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49. 変化…Ⅱ



美月に「あとで話がある」と言われたので、「じゃあ後で…」…俺はそう言って美月の部屋を後にした。


 仁志の部屋に戻ろうかと歩みを進めたが、先程の光景を思い出すとつい頬が緩んでしまう。仁志にはナイショと言われた手前、この表情を何とかせねば部屋に戻ることもまかりならん。


 ちょっと落ち着くまで……そう考えて俺は廊下の壁にもたれ、何となく美月と出会った昔の事を考えていた。




 「家に遊びに来いよ」…仁志と仲良くなってから少し経った頃、そんな感じで誘われた俺は大喜びでその誘いに乗った。


 初めてできた親友、…そいつが家に遊びに来いよと誘ってくれる。それがなんだかちょっと嬉しい…。 だが俺が喜んだのにはもう一つの理由があった。


「俺には妹がいるんだがな…。 困ったやつっていうか、俺にべったり纏わりついて離れないんだよ…」


そんな仁志の話を聞いていたからだ。


“お兄ちゃん大好きブラコン娘”


……なんて素晴らしいこの響き。そこには男のロマンが凝集されている。


 俺は一人っ子。だからちょっと兄妹には憧れがある。俺の彼女は活発なスポーツ少女だったし、恭子は口煩くちうるさい姉って感じ。そんな俺が憧れるのはやっぱきゃわいい妹だった。


 家に帰ると「お兄ぃちぁあああ~ん」ってな感じで全力ダッシュで駆け寄ってきて俺を抱きしめる可愛い妹……もうたまりまへん。


 そんな妹いたらね、も~う口から砂糖をドバドバって吐き出すぐらいに甘やかしてやる。なんなら蜂蜜漬けにしてやってもいい。



 だが悲しいかな、現実ってもんは俺に厳しい。俺にとって必須アイテムともいえる愛でるべき妹は現実世界に存在しない。でも仁志やつはそれを持っている。……羨ましい,悔しい,―――呪ってやる。 普通そう思うよね?



 しかし俺は考えた。

「お兄ちゃんが好き」ということはだな、お兄ちゃんが好きなものは妹にとっても好きなものになるのではないか…。 それにさ、俺が仁志と義兄弟の契りを結べば、仁志やつの妹は自動的に俺の妹にもなるってもんで…。


―――よし! これで行こう!


 あの当時、三国志に嵌っていた俺。 …義兄弟は全てに勝る!…厨二病も末期的な症状を迎えていた俺はそう信じていた。


「仁志、俺たち親友っていうかもはや兄弟のようなもんだろ? 俺はお前のことを『兄』と思ってるぞ!…」


「言っておくがうちの妹の美月はお前が思ってるほど可愛げがないぞ? それでもいいのか?」


 完璧に見透かされていた俺の下心。

毎日のように『妹に会わせろ,俺がもう一人の兄さんになってやる』と仁志に言っていたので流石にちょんばれって感じ。


「そんなに妹って欲しいもんなのか?」

「うん、ほちい……」


ちょっとかわいい顔して仁志におねだりしてみた。


「なら会わせてやるよ…」

「わぁ~い… 仁志お兄ちゃん大好き!」


「……キモイからやめろ、修二」


 真顔でキモイと言いやがった仁志には軽く殺意を覚えたが、妹に会わせてもらえるんならどーでもいい。 結局、そんなこんなで仁志が家に招待してくれることとなった。



 仁志に連れられ初めて仁志の家を訪れる俺。

もうすぐ夢にまで見たブラコンの妹を拝める…。俺はまだ見ぬ美月という名の妹に思いを馳せていた。


 そして仁志の家に到着。

仁志に促されて玄関の中に入り、靴を脱いで家に上がろうとしていると、何やらドタドタト言う音が聞こえてくる。 やがてその音はどんどん近付いてきて………


「お帰りぃぃぃ~ お兄ぃぃぃ~」


 大きな声でそう言って仁志に思いっきり抱き付いている女の子、……俺が初めて見た美月の姿だった。


 仁志の胸に飛び込み、顔を埋めながらすりすりとしているその姿は、俺が夢にまで見たブラコン妹そのものって感じ。


 その姿はもはやリアル妹ゲーの世界…。

萌えた…俺はそれを見て萌えに燃え盛った。



「こら、美月… あんまり引っ付くな。友達が来てるんだから…」


 そう言って美月の頭をポンポンと軽くたたく仁志。


「……へっ? 友達?……」


 仁志の言葉を訊いて何故だか一気に素に戻ったその少女。


「修二、こいつが俺の妹の美月だ」


 そう言って仁志は美月を俺の前に向けた。



 驚いた……いや、正直ぶっ飛んだ。

美しい…思わずその言葉が口から零れてしまう。


 仁志から小学6年だと聞いてたが、とてもそんな風に見えない。身長も高くスラっとした体形でやたらと大人っぽく見える。俺達と同じ中学生だといっても誰も疑わないだろう…。


 セミロングで黒く艶めく髪、鼻筋が通り、切れ長の美しい瞳に形の良い唇……まるで少女雑誌から飛び出してきたモデルのような美月を見て、俺は言葉を失った。


 典型的な美人顔、…美少女という言葉がそのまま当てはまる。

さすが仁志の妹だ―――思わずそう唸ってしまう。



 ちょっとの間、余りの驚きで呆然としていた俺だったが、ふと我に返って美月に挨拶をする。


「初めまして。俺は仁志の友達で本郷っていうんだけど… よろしくね」


 なんで俺はこんなに緊張してんの?…ってぐらい上手く言葉が出てこない。

だが、そんな俺を尻目に美月は表情を曇らせ、少し後退って仁志の背後に隠れると、ちらちらとこちらを睨みつけるような眼差しで見つめる。


「おい美月、お前も挨拶しろ…」


 仁志にそう言ってたしなめられた美月。だが怪訝な表情で俺を見るだけで何も言わない。そして暫く俺を睨み続けた後に「ふんっ!」ってな感じで顔をプイっと背けて自分の部屋へと戻っていった。


「すまんな、修二。美月は結構人見知りでな…。家族以外の人間にはだいたいあんな感じなんだよ…」


「いーや別に。なぁ~んにも気にならないから」


 これが美月との初コンタクト。

愛想無し、可愛げ無し、好感度無し。まさにオールナッシングって感じ。


 だがそんなことはどうでもよかった。

俺の眼に焼き付いているのは満面の笑みで仁志に抱き着くブラコン魂丸出しの美月の姿。


あげな妹おらにも欲しい~~ ……それしか感じなかった俺。


 彼女がいるのに何やってんの?… そう言われれば身もふたもないのだが、だって欲しいもんは欲しいんだもん。


……絶ってー美月に「修二お兄ちゃん」と呼ばせてやる!……


俺はそう心に誓った。




 今から数えればもう3年前の出来事。あの頃の俺は若かった。……今も若いんだけどね。 目の前にいるブラコン娘を見て放置などできようはずも無し。是が非でもわが軍門に下さねば……思春期特有のイミフな使命感に突き動かされ、無謀ともいえる目標に向かい俺は邁進を始める。



 だが美月は手強かった。正に強敵って感じ…。

気性が荒いくせに人見知り……ていうか、自分が認める人としか普通に接しない。―――敵か味方か…美月にはその二つしかないって感じだ。だから認めていない俺のことは敵視するが、認めている仁志に対しては全幅の信頼を寄せる。はっきり言って美月に認められるのは至難の業だろう。


……でもそれがいい。それでこそやりがいもあるってもんだ。

この試練を乗り越えれば、仁志のように愛されるお兄ちゃんになれる…。


 初めて美月を見たときのあの表情。屈託のない純粋な笑顔で幸せを讃えている。頼れる兄に縋りつき、その安心感から出る自然な笑顔は、傍で見ている俺の心まで和らげてくれた。


 俺もそんな風に頼られてみたい…あんな笑顔を向けられたい。

なんだかそんな思いになってしまった。



 そーいう訳で、そこから俺と美月による壮絶なバトルが開始されることになった。 妹のように懐かせようとする俺、まるで親の仇でもあるかのように俺を敵視する美月、二人の戦いの火蓋は切っておとされた。



 生か死か……それは終わってみなければ誰にも分らない。ただ確かなことは、美月の罵声が一つ響くたびに、俺の心が削られていき、儚く宇宙の塵となっていくことだけだった。


―――修二君いきまーす!


 なんて感じでカッコつけてカタパルトから勢い勇んで発進してみるものの、出撃しては即撃墜される始末。美月が放つメガ粒子砲は容赦なく俺の心を焼き尽くし、俺を消し炭へと変えていった。 「修二君逝きまーす」…本当に何度逝きそうになったことか…。


 優しく声を掛けても、美月から返ってくる言葉は、「ふんっ! 話し掛けないでよ!」「さっさと帰れ!」…こんな感じ。 さらには「あんたシスコン? キモいんだけど?…」「くたばれこのロリコン野郎!」…美月の罵声は日を追うごとに過激になってくる始末。


シスコンだのロリコンだの言いたい放題言いやがって、美月め……


 どうして図星を突いてくる? 笑えねーだろ…。

まるで俺の心を見透かしているような美月の言動に恐怖する俺。―――間違いない、美月はララァを超えるニュータイプだ。果たしてただの強化人間である俺に太刀打ちできるのか?…不安だ。


 何度となく美月に話し掛けてはみるが、美月の口から出てくるのは侮蔑の籠った言葉ばかり。初めて美月に会ってから二か月ぐらいが経っても、その態度に何ら変化は見られなかった。


 やっぱ無理か……

流石の俺もここまでくると諦めというか、呆れるというか…。 もういいや…って感じで匙を投げた。これ以上美月に嫌われては仁志にまで迷惑をかける… それだけはちょっと勘弁。


 そんな思いもあって、俺は仁志の家に遊びに行くことを躊躇うようになったのだが、仁志は「気にすんな」と言って何ら気にも留めない様子でいつものように俺を家に招く。


 美月に会いたい一心で仁志の家に遊びに行くようになった俺。だが、それが今では美月がいるから仁志の家に遊びに行くのを躊躇うようになっている。 さすがの俺も自分のアホさ加減に辟易してくるってもんで…。


 ま、仁志の家に行っても美月に関わらなければいいか……

完全に白旗を掲げる気持ちになった俺は、もう美月を刺激しないように決めた。じゃないとマジで仁志の家に遊びに行けなくなってしまう。



 それから俺は仁志の家で美月に会っても知らんふりしてやり過ごすようになった。そして俺から話し掛けられることがなくなった美月も少し大人しくなる。 和平交渉成立……俺と美月による二か月戦争の結果は、相互不可侵という形で幕を閉じることとなった。


 もう美月には関わるまい……

ちょっと反省って言うか、美月には悪いことをしたと感じるし、何より俺の心ももう限界でボロボロ。これで平和な日常がやってくる……


 そう思っていたのだが、結果としてそんな日常がやってくることは無かった。


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