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47. 私と彼…Ⅴ



「ええっ?… 私と修二の小さかった頃の話?…」


 私は話を本題に移した。

沖田君との関係など、クラスでのゴシップネタを聞き終えた私は、本来の目的に向かうために話題を変えた。


 本郷君の事を最もよく知っているのは一番付き合いの長い高科さんで間違いない。多分彼女以上に彼の事を知る人はいないだろう。彼女に訊けば私が謎に思っていた部分が全て解明されるかもしれない。私はそんな期待を抱いて彼女に本郷君と歩んできた歴史を尋ねようと考えた。



 本郷君が何故あれ程自信を無くしているのか?…

やっぱり初恋の彼女とのことが原因なんだろうと思う。


 彼の心はその時に砕けた。多分今もその破片の一部が見つかっていないのだろう。でもバラバラになった彼の心を最初に繋ぐ手助けをしたのは、きっと高科さんだろうと思う。傍から見てもあれだけ強い結びつきの二人だ。


 憔悴しきった彼を高科さんが一生懸命励ましたであろうことは想像に難くない。彼女は全てを知っている。失意の底に堕ちた本後君がどのようにして立ち直っていったのか、その全てを…。



 私が知っているのは現在の彼のみ。アンバランスな行動と精神状態の本郷君だけだ。でも彼はそんなおかしな状態なのに、何故だか周りのみんなを気遣って、楽しくて明るい雰囲気を作り出そうとする…。


 どうして彼がそのような人なのか、私はそれを知りたいという衝動に駆られてしまう。


 まだ幼かった時の本当の彼、裏切られて傷ついた彼、そこから立ち直ってきたときの彼… 彼について少しでも多くの事を知りたい。決して興味本位ではなく彼の力になるために…。



 私はそんな想いで高科さんが語りはじめた本郷君との昔話を注意深く聞いた。


 彼女は微笑みながら楽しそうに語り始める。

親同士が仲良くなり、物心がついた時には既に本郷君と一緒にいた。親が話に夢中になっている間、暇な二人は色んな遊びを考え出して楽しく過ごしていた。やがて一番の遊び相手となり、いつも二人で一緒にいるようになった。……


 昔を懐かしむように感慨深いって感じで語る高科さん。彼女にはそれがまるで昨日の事のように、鮮明に記憶されているんだろう……そう感じた。そんな彼女の笑顔を見ていると、何だかこちらまで温かな気持ちになる。


 やがて話は小学生時代へと移り、色々な出来事を話し始めた。

私はいつの間にか彼女の話に聞き入ってしまい、ワクワクしながら続きを愉しんでしまっていたが、ふとあることが頭をかすめた。このまま時代を辿っていけば、やがてはあの出来事がやってくることに…。


 私のそんな思いを他所に、彼女は成長していく二人の様子を語り続ける。


 小学生になり、学年を経て行っても変わらない関係の二人。

夏休みには一緒にプールに行ったり、両方の家族で一緒に海に出かけたり、バーベキューをしたり…。家族ぐるみの付き合いもあり、二人の関係はもはや兄妹に近いぐらいって感じがする。今の二人を見ていて感じる強い絆……それがどうやって出来ていったのか、彼女の話を聞いているとよく理解できた。


 彼女は本郷君の良い面を本当に嬉しそうに、ちょっと自慢気に私に語る。だがそれは私が本郷君に抱いている感想とピタリと一致するものだ。あの明るくて陽気な本郷君と共に過ごしてきた子供の頃は彼女にとってさぞ楽しかったのだろう。


 さもありなん…… 聞いていた私の率直な感想だ。


 だけど二人が成長し、小学校も高学年ぐらいの話になってくると少し感じが変わってきた。今までは本郷君の良い面の話が中心だったのに、徐々に彼のダメな部分の話が出るようになり、高科さんも笑いながらではあるがちょっと憤慨するといった場面が出てきた。


「真面目にやれと言ってもちっとも言うことを聞かない」

「怒ってもぜんぜん堪えない…」

「都合が悪くなると直ぐに逃げる…」


 聞いていて思わず微笑ましくなって笑ってしまいそうになるような内容。だが、高科さんは時折真面目にちょっと怒っているような雰囲気で話す。


―――まるでしっかり者の姉に教育されているダメな弟みたい。


 わたしはちょっと真剣になっている高科さんの表情を見て、彼女には悪いと思いながらもつい出てきそうになってしまう笑顔を必死に我慢した。―――本当に本郷くんらしいな… 話を聞いててそう感じる。


 確かに小学校も高学年になると男子と女子が明確に別れてくる。そう言った面もあるので、ちょっとしたすれ違いが起こり始めたのかな?…と彼女の話を聞いて私は単純にそう思った。ありがちな話と言えばそうだろう。



 そして話はいよいよ二人の中学時代へ…。


「中学校時代?… そうね、……実は私も中学時代の修二については詳しくないんだよね。私はテニス部に入って部活に明け暮れてたし、修二は帰宅部だったし…。二人になる機会も殆ど無かったんだ。生活の環境がまるで違ってたというか…」


 彼女が語ったのはこれだけだった。

あれだけ詳しく語った幼い時の話に比べて、中学時代の話は完全にスルーされた感じだ。彼女は詳細を何も語らない。


―――だよね。


 理解できる。詳しく話せば必ず本郷君の闇の歴史に辿り着いてしまう。だから彼女はそれに関することを一切語らない。


 高科さんは見た目通りの聡明な人。今日仲良くなったばかりの私には本郷君の秘密を絶対に明かさないだろう…。 私は彼女の態度からそれを強く感じ取った。



 さて問題はここから。

こうなることは最初から想像はついていた。深い信頼で結ばれている二人、だからこそ相手の知られたくない秘密を他人に軽々と語ることなど絶対にないのは分かっていた。だから私はあることを彼女に伝えようかと迷っていた。


………実は以前、私は本郷君から相談を受けた。その時に彼は全てを語ってくれた。―――初恋の彼女の事を。


 これを伝えれば高科さんは真実を話してくれるかもしれない。

私はできるだけ多くのことを知りたかった。そして全ての事を記憶しているであろう高科さんは、現在進行形で私と二人だけで話している。―――訊くなら今しかない。


 そう思うんだけど、分かってはいるんだけど……訊けなかった。

本当に楽しそうに本郷君の事を私に語ってくれている高科さん。でも私がそのことを口に出せば、その表情が途端に曇りだし、陰鬱なものに変化することは目に見えている。


そこまでして今訊くべきなのか?―――


 私は諦めた。

無理に訊くなんて愚策もいいところだ。私が高科さんともっと仲良くなれば自然の流れでいつかは訊く機会も出来るだろう…。それよりも高科さんが話してくれるであろう残りの部分を先ずは聞いておいた方が良いと思う。



 そう考えて私は高校に入学してからの話を訊く準備をした。

彼女は何を語ってくれるだろうか、……高校に入学してからの話は今に通じるものも多い筈だ。それも重要なことだし…。


 だが、彼女の話はそこで終わった。

次に話し出したのはごく最近の事ばかり。まだ少し前の事と言っていいぐらいの高校1年生の時の出来事が全く出てこない。


 何処からともなく私の心に湧きおこってくる強烈な違和感―――。


 それは無い。だって高科さんと沖田君は同じクラスだったはず。それに本郷君に二人目の彼女ができたのは入学してからだいぶ後の事。彼女のいない本郷君に高科さんが気を遣わなければいけないことなど何もない。


 そんなときに、彼女に裏切られた心の傷が、未だ癒えてなかったかもしれない本郷君を高科さんが放置したなんて考えられない。それに沖田君とも同じクラスだったのだから、普通に考えれば3人での行動などがあって然るべきだ。その時の話が一切出てこないって…。―――どう考えてもおかしい。


 もしかしたら―――

二人目の彼女についても語りたくないからなの?……

それは考えられる。別れた原因は初恋の彼女と同じもの。だからその事にも一切触れたくないって思ってる?…


 やはりこういったことは難しい問題だ。原因が原因だけに安直に訊くことなど到底できない。


 でも……。

私はあの時の本郷君の様子を思い浮かべる。

彼は彼女の浮気に気付いていても日常の態度は殆ど変わっていなかった。はっきり言って大きなダメージは見受けられない様に見えた。だったら私の話し方次第では高科さんは口を開いてくれるかもしれない……。


 やってみよう―――。


「高科さん、森田君を知ってるよね? 本郷君が1年生の時に森田君と出会ってからね、彼の中学時代からの友達だった青木さんや山下さん達とよく一緒に遊ぶようになったみたいなんだけど…。実は青木さんって私とすっごく仲の良い友達なんだよね。高科さんは青木さんの事を本郷君から聞いたことないかな?…」


 高科さんの答えはこうだった。


「―――そうだったんだ。私あんまりその辺は修二から聞いて無くて……全然知らないって言うか…」


 呆然とした。彼女からの答えがあまりにも予想外過ぎて私は少し目を見開く。聞いて無い筈がない、知らない筈がない…。


―――だって山下理沙子さんは本郷君の二人目の彼女なんだよ?


 青木さんと私は1年生の時のクラスメイトで友達になった。今では本当に仲の良い友人となっている。

そんな青木さんは、森田君と中学時代からの仲の良い友人であり、そして山下さんとは中学時代からの親友。


 席替えにより本郷君と話す機会が増えた私は、ある時青木さんに本郷君の事を話した。そこから私は本郷君とその彼女であった山下理沙子さんの関係を知るようになった。二人が別れた原因も青木さんがなんとなく私に教えてくれた感じであった。


 本郷君は初恋の彼女に裏切られてから、ようやく立ち直ることができたと思えたので山下さんと付き合おうと考えたんだろう。


 一度傷ついた本郷君にとって、次の彼女となる人は物凄く重要となる。そんなとき、本郷君とあれだけ深い関係である高科さんが何も関与しないなんて考えられない。本郷君からの相談を受けたり、彼を励ましたり、彼のために何らかの応援をしたであろうと思う。―――それが本当に何も知らないなんて…。


 高科さんに誤魔化そうとしている感じは見られない。多分彼女は本当に知らないんだろう…。



 私の心に湧き上がってくる大きな疑念。

どのように考えてみても、高科さんが山下さんの事を全く知らないなんて考えられない。


 本郷君と高科さんの関係ってどうなってるの?…

私の頭の中は二人の関係に対する疑問が支配していき、他の事が考えられなくなってきた。


 いくら考えても、浮かび上がるのは謎ばかり…。

何一つ見えてきそうにない真実に私の思考は迷走を始める。


 だが、今もなお隣では高科さんが楽しそうに本郷君の事を語っている。


「でもね、修二は本当に変わらないって言うか……昔から変なところに自信を持っててね、出来そうにない事でも“俺なら出来る”っていって私の言うことを聞かなくって…。根拠もないのにいつも自信満々って感じなんだよね。だから今回のテストも心配だったんだけど…。でも結果を見たらびっくり。本当に自信あったんだって思わず驚いちゃった…」


「―――本郷君って、昔からそんな感じだったの?……」


「そうなのよね。変なとこにプライド持ってるって言うか…。 でもそれは今もぜんぜん変わってないな。修二はもうちょっと謙虚にならないとダメなんだけどね……」


「そう……なんだ―――」


 高科さんってさ、今の本郷君の事を理解できていないんだね……。

あなたが知っている自信に満ち溢れた本郷君はね、今は何処を探しても見つからないんだよ?…



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― 新着の感想 ―
[気になる点] こ、これは、蝶野さんが、主人公を取りに動く??? [一言] 続きを楽しみにしています!!
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