45. 私と彼…Ⅲ
本郷君を見てて以前から少し感じてはいた。
ちょっと自虐的って言うか… 自己評価が低いって言うか…。
初めはネタかなって思っていた。みんなを楽しませるためにワザとって感じで…。だってそうじゃないと信じられない。あれだけ明るくて自分からみんなに話し掛けに行く人が、実は自分に全く自信を持てない自虐的な人物だなんて…。普通じゃ有り得ない。
彼は自ら進んで周りの人に話し掛ける。そしていつも陽気で笑顔を絶やさない。普通に考えれば陽キャラだ。彼の普段の行動もそれを物語っている。だけど彼の内面は自虐的で自分というものに全く自信を持っていない。
―――いったいどういう事?
私が彼を理解できなかったのは、彼からこの相反する性質を感じていたからなのかもしれない。常識的に考えれば、自虐的で自分に自信を持てない人は自分の殻に閉じこもってしまう人が多い。自信がないので不安を抱く、だからどうしても消極的な行動をとってしまう。そのような人が自ら人前にしゃしゃり出て他人と関係を結ぼうなどとは思わないだろう。―――なのに彼は自ら前に出る。
行動はポジティブ、思考はネガティブ…… それが今の本郷君だと思う。彼の中には矛盾するこの二つが両立している。しかも彼の行動のポジティブさばかりが目立ち、外からはネガティブな部分がなかなか見えない。だから彼をただの陽気なキャラだと単純に思ってしまう。
だが、彼の言動を思い起こせば、確かにネガティブな部分を見つけることができる。
「みんな仲良くやれてるのは蝶野さんのおかげ」
「自分の周りの人は優しい人ばかり」
自分は何もできていないが、周りにいる人達が優しいから楽しく過ごせている。自分など全く何の役にたたない。そんな自分に比べれば周りの人達は素晴らしいと思える。
彼は自分を本当にダメな人間だと思い込んでる。自分に対する自信というものを全く持っていない。一体どうして彼はこれほどまでに自信を喪失しているのだろうか……
客観的に言って彼が他の人に比べて劣っているところなど何もない。明るく楽しい雰囲気、人を選ばない態度、それになにより他人の良いところに気付いてあげられる優しさを持っている。私から言わせてもらうと普通の人よりよほど魅力的だ。それに容姿だって人並み以上。自慢こそすれ卑下するところなど何処にもない。
そんな彼がどうして?……
彼があれ程自虐的になる原因、自信を根底から覆してしまうようなものとは……。
―――あれしかないよね…
目の前で見せられた初恋の彼女による裏切り……。
それ以外に考えられない。きっとその時に彼の自信は全て崩壊したんだ…。
最も信頼を寄せていた人、最も傍にいた人、そして最も愛していた人……その人が目の前で自分を裏切った。自分は愛されてなどいなかった。勝手な思い込みをしていた。自分には愛されるほどの価値などなかった。
………だから彼女に裏切られたんだ……
裏切った彼女を責めながらも、時間の経過とともにその責めを自分にも向けるようになってしまった?… 心に大きな傷を負った彼は自虐的になり、最終的にそのような結論に辿り着いてしまったのかも…。
もしかして彼は自分でも気づかぬうちに自分の価値を下げることによって、裏切られたという事実を受け入れようとしてしまっていたのかもしれない。
自分には愛してもらえる程の価値などなかった、だから仕方がなかったんだと…。そう考えて彼なりにこの事実を終焉させようとした?…。
もしかしたら……
私は本郷君に相談された日の事を思い出してみた。
彼は確かに彼女の事を非難していた。それを聞いていた私も別に違和感を覚えなかった。裏切った彼女を非難するのなんて当たり前だろう。ごく普通の反応だと感じた。だから私はそんな言葉を聞いているうちに、自分勝手な苛立ちを募らせて彼を追い詰めるようなことを言ってしまった。
……あなたには本当に悪いところがなかったのか?…と。
だがよく考えてみれば彼は彼女を罵るような言葉を使わなかった。恨みを募らせている感じにも見えなかった。少し感情的にはなっていたが、あくまでも冷静な言葉使いで彼女のした事だけを非難していた。そして私に尋ねたのは裏切った彼女の気持ちだけだった…。
私は……あの時どうして冷静でいられなかったんだろう…。
考えてみればすぐに分かることだ。
そもそも今更その時の彼女の気持ちなどなぜ知りたいって思う?… 知ってどうする?… 彼女の事を蔑みたいだけなら勝手な想像をして侮辱すればいいだけの話だ。わざわざ私に訊く必要もない。
私に相談してきた理由、それは彼女の気持ちを知って自分の悪い部分を見つめなおそうとしていた… それしか考えられない。結局彼は相談していた時も初恋の彼女を責めるのではなく、きっと自分を責めていたんだ…。
そして私はそんな彼の気持ちに全く気付かずに、彼に止めを刺すような言葉を言い放った。……
自分に自信が持てず、自分の悪い所ばかりを見ようとしていた彼に向かって、お前が悪かったからこうなったんだと…。
―――最悪だ。
自虐している人間を追い込むなんて自殺を強要するようなもの。私はなんてことをしてしまったんだろう…。
全ては推察に過ぎないが、彼が自信を無くして自分を責めていたこと、そこに私が彼の責任を追及したことだけは事実だと思う。
彼を知れば知るほど私の後悔は大きくなる。自責の念に駆られてしまう。私はどうすればいいのか……。
だが、ふと現状を思い起こすと、彼は相変わらず陽気で楽しそうに過ごしている。それどころか不思議に思うのだが、以前にも増して明るくなってきているようにも感じる。私の理解など全く及ばないが、それが現実だ。
そうであれば私がやるべきこと、私が彼にしてあげられること。 ……彼のために出来ることは?…
―――彼の自信を少しでも回復させてあげることができれば…
そのことが頭に浮かんだ。
彼は以前よりも私と近しい関係でいてくれている。それに彼の傍で最も長い時間を過ごしているのは後ろの席にいる私だ。私ならできる。彼に自分の素晴らしさを理解させることが…。
私はその時から彼の良い部分をじっくりと観察することを始めた。
彼の良い部分を分かりやすい感じで彼自身に教える、そしてそれを認識させる。自分にどれ程の価値があるのかをはっきりと分からせる。それができれば自分に対する彼の価値観も正常に近付いていくはずだ。
それからは彼の事を注意深く見守る日々が続いた。
相も変わらず楽しげに周囲の人に語り掛け、楽しい雰囲気を自ら提供する本郷君。みんなの笑顔は自分のおかげだと気付いてくれればいいのだが、彼の口から出るのは周りの人への感謝の言葉ばかり。
どうしたもんかと考えていると、彼は突然私にある依頼をしてきた。テストのために勉強を教えて欲しいと…。
はっきり言って他人に勉強を教えるなんておこがましい事が、自分にできるのか不安もあったが、彼に何かしてあげたいと思っていた私はその依頼を受けることにした。
そうして私は彼の面倒を見ることになった。
彼を近くで観察することもできるし、まだ私が知らない彼の一面が見えるかもしれない。ある意味都合がいいかも…。
そんな思いで引き受けたのだが、少しだけ不安も感じてはいた。彼にはちょっと不真面目な部分がある。本当に真面目に取り組んでくれるのか? それともう一つだけ……。
言いにくいんだけどね、決して自慢じゃないんだけどね、私じゃなくてみんなが言ってることなんだけどね、…私って美少女でしょ?… そんな私がずっと傍でいてたら彼は勉強に集中できなくなっちゃうかもって……どーしましょ?(キャッ)
そうしてちょっとした不安を感じながらも二人での勉強が始まった。
勉強が始まると私の不安をよそに、彼は私の指示に従って真面目に勉強を始めた。やはり彼はふざけているように見えるだけで、実はちゃんとしている。私はそんな彼を見て少し感心する思いだった。
彼は分からない問題があるとすぐに私に尋ねてくる。そして解き方を教えてあげると「すっげー、さすが天使様!」子供のように燥ぐ。「あのさー、この問題は?」問題が解けるたびにテンションを上げてくる本郷君。「やりぃ~ 解けたぜ…」…それからも彼はひたすら勉強に集中した。集中した……
……ええ本当にそれはもう……
隣にいる美少女なんて一切気にならないって様子でね。
彼の集中力は本当に凄い。完全に勉強へと入り込んでいる。私は彼の新たな一面を垣間見たような気がした。そして私はある確信を抱く。……やっぱ本郷君ってそうだったんだね。
―――私の事をバハムートって思ってるんだね…。
どーやら彼にとって私は便利なドラゴンってな感じらしい。解き方を訊いたらすぐに出てくる便利なやつって感じですかね?…
あーそうですか、それはどうも…。本郷くんさ、あなた私の事をいつも天使様って言ってるよね?神々しくて直視できないとか言ってたよね? ……どの辺が? 君の態度からは1ミリもそれを感じ取れないのは私の気のせいなの?
冗談は置いといて、彼は思いのほか真面目に勉強した。それに集中力も凄い。それだけでも驚きなのだが、そのほかにも不思議に感じたことがある。
男子が女子に勉強を教えてもらう状況って、男子からすれば多少のやりにくさがあると思う。普段そのような状況など滅多にないだろうし……しかも私は美少女だし。(自分で言わないと誰も言ってくれないんで言わせてもらいましたがなにか?…)
でも本郷君は何も感じてないって言うか、凄く自然ていうか…。本当にいつもの感じだった。
でもやっぱり一番の驚きは彼の学習能力だ。
重要なポイントさえ教えれば彼は勝手に理解していく。しかも驚くべき速さで…。彼は勉強ができないのではない。勉強をしていなかっただけだ。彼は物凄い集中力であっという間に要点を掴んでいく。
何故これで自分に自信が持てないんだろう―――
本当に不思議だ。やはり一度心が折れてしまい、それからは自信を持たないように自分を仕向けているのかな?…
そんなことを考えていた時にふと気づいた。
彼に自信を持たせる方法、……そうだ、これだ! これなら絶対に自信を持てるようになる。……間違いない!
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