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44. 私と彼…Ⅱ



 本郷君の相談を受けた次の日から、私と彼の関係は変わっていったと思う。確実に……。二人の距離は大きく縮まった。 


 あんなことがあったのにどうして? ……

確かに私と本郷君は互いの秘密を打ち明け合った。それによって以前よりも近しい関係になるのは自然なことなのかもしれない。あんなことが無ければね…。


 だけど私は彼を傷つけてしまった。だから彼は私から遠ざかっていくのが普通なのに…。それなのに彼は以前よりも私に近付いてくる。そんな彼の行動は本当に読めない。でも彼は以前と同じ、いえ、それ以上に私と親しく接するようになってくれた。


 今の私達は少し特別な絆で結ばれているのかもしれない。



 あの日から本郷君はぐいぐい押してくるようになった。まるで得難い何かを見つけたかのように私を求めてくる…。今の彼は私との関係を必死に守ろうとしている。ある意味特別な運命を感じているのかもしれない。



 彼は私を見つめる……真剣な眼差しで。そんな彼の瞳を見ると、私からはあらがうという選択肢が消え失せていく。そして思ってしまう、…彼の期待に応えたいって…。


 こんな気持ちになったのは初めて。 陳腐な表現ではあるが、“幸せ”というありきたりな言葉でしかこの気持ちを表すことができない。


 初めての経験に戸惑う私。でも彼はそんなことお構いなしって感じで本能の赴くままに私の領域へと侵入してくる。彼は私を惑わせる。だが私は、その戸惑いの中で新たな悦びを覚え始めている。いま私が感じているこの気持ちはいったい何なんだろうか…?


―――私達の関係って……?


 考えてみたことはあったが分からない。でも今はもうどうでもいいって思ってる。だってそんなことが気にならないぐらい私は満足しているのだから…。


 彼は私を求めてくる。そして私はそんな彼に抗うことなく、素直に彼を受け入れてしまう。それが今の二人の関係だ……。



「蝶野さん……」


今日も彼は私を見つめる。―――いいえ、彼は私を欲している。


「―――あのさ…」


「どうしたの?……」


私は彼に微笑みを送る。

“あなたの望みならなんでも叶えてあげる”と、彼に語りかけるように……。




「お願いしまあぁぁぁす! 古文の宿題を見せてくださあぁぁぁあああい!…このとおぉぉぉりぃぃぃ……!」



 まるでバッタのように机にへばりつき、見事な机上土下座を完成させている本郷君。これでもかとべったり机に頭を擦り付けて平伏している姿の完成度は非常に高く、その形式美は芸術の域に達している。


「ウフフ… はい、本郷君…古文のノート…」


 今の私達は固い絆で結ばれている。……絶対に切り離せない強い関係。


例えるなら、そうね………


―――ヤクの売人とそれに支配される常連客ジャンキー…。


彼は完璧に私に依存している。もはや私無しでは生きてはいけないだろう…。


………いけない、このままでは彼は廃人になってしまう。


 分かっている、でも彼の私を欲する純粋な瞳を見ると、私は彼の要求に応えざるを得なくなってしまう。


 それにね……。

何なんだろう、……私の心の黒い部分から沸き起こってくるこの異常なまでの幸福感。


 いけない事だとは分かっている。人として最低なことだとは分かっている。でもね…彼のあまりにも見事すぎる土下座の様式美は私の心を捕らえて虜にしてしまう。ダメだと分かっているのに思わず感じてしまうこの愉悦……ほんと、癖になりそう。


 本郷君、ダメだって。……私に新しい境地を開かせないでちょーだい。変な悦びに目覚めちゃいそうで怖いんだけど…。


 最近、彼といると私の心の歪みが別方向へ広がっていくのを感じてしまう。



「あ、ありがとうごぜえますだぁ~」


 ノートを渡すと嬉々とした表情に変貌する本郷君。まるでヤクを手に入れたジャンキーみたい…。でもさ、私が学校を休んだりしちゃったら本郷君はいったいどうするんだろう?… 禁断症状に耐えられるのかな?


 彼のことは心配になるのだが、私もプロの売人、これだけはしっかりと言っておかねば…。


「……で、報酬は?…」


「し、暫しのご猶予を…」



 そう言ってばつの悪い顔をしながら、ちょっと俯く本郷君。面目ないって感じで苦笑いしている。私はそんな彼を見ていると凄く楽しい気分になる。なんだか二人だけの楽しいやり取りって感じがして…。


 彼と私は宿題を抜きにしても以前より関係は深まった。本郷君は前よりも色んなことを私に語ってくれるようになったしね…。


 私も彼も過去の恋愛経験について相手に打ち明けた。そんな互いの秘密を共有する私達が普通よりも一歩進んだ関係になるのは自然なことだし、私自身はそのことを歓迎している。


 少し距離が縮まった新しい私達の関係、それを嬉しく思ってたんだけど……。


 一つだけ気になる出来事があった。

彼が私から宿題を受け取った時に「召喚成功!…さすが俺のバハムート…」と思わず口にしたことがあったのだけれど……


………バハムートって何?… すぐにネットで検索……


 へぇ~、召喚獣なんだ…。でもこれって怪物だよね? …まったく可愛くないし…。


 そっかー、そう思ってたんだ……本郷君は。私の事を召喚獣って感じにね~…。 呪文を唱えたら召喚獣わたしが宿題を携えて目の前に現れるってわけ? 結構便利なやつって感じ?…


 本郷君さ、「を感じ震えていた。」…これってわかる? 

“怒りを感じ震えていた”…って読むんだよ? なんなら“プルプル”も付けとこーか?



 だいたいさ、宿題見せてあげてる私のことを召喚獣って呼ぶ?…

しかもバハムートって……ドラゴンでしょ? 失礼にもほどがある!


 言っておくけどね、私ってみんなから美少女って言われてるんだからね。 私はドラゴンなんかじゃない。私はね、青白く、そして怪しく光る美しい氷神……


私はシヴァ…氷の女神よ!―――


今度バハムートなんて言ったらシヴァくからね!


………………。


 寒いよね?…やっぱり。

氷神だけに寒いし凍ってるもんね…だから滑っちゃった?…な~んちゃって………。


 暫く本郷君から離れよう、うん。完全に汚染されちゃう前に…。



 私の人格が日々歪んできている感じは否めないけど、今の生活は結構楽しい。本郷君のおかげで出来上がった仲良しの隣人たちに囲まれて、穏やかでのんびりとした毎日が過ごせている。こういった環境はなかなか得られるものでは無い。今の状況は私にとっての理想。だから本郷君にはかなり感謝してる。


 そんなある日のお昼休み、本郷君と佐藤君がゲーム談議で盛り上がっていたらそこへ加賀美さんがやってきた。


―――あ、始まっちゃうのかな?…


 毎度おなじみの恒例行事が始まることにちょっと期待。すると案の定、例のやつが始まる。


「だから言ってんだろ? お前に佐藤は勿体ないって…」


 よせばいいのに本郷君が、相も変わらず加賀美さんを弄り始めてからのバトル開始。でもこの不毛な言い合いを聞いていると結構楽しい。


「うっさいわね! いちいちもう… ほんっとに最低―」


「ええ私は最低の人間ですけどなにか?…」


「あんたみたいなクズってさ、マジ消えちゃっていーよ、この世から……」


「ばーか。俺はクズの中でも上位種であるゴミなんだよ。まだクズになり切れてないから消えれませ~~~ん」


 ねえ、本郷君…素朴な疑問。「ゴミ」と「クズ」って違うの? ていうかそもそもクズを否定しないの? それと上位種ですら「ゴミ」なの?…


 クスクス… 本当に楽しい。聞いてて飽きないって言うか……。

でもなんでだろ? どーして本郷君の自虐ネタだけはこうも面白いんだろうな? 他のはだいたい寒いのに…。それに妙に説得力があるって言うか… 自虐ネタだけは上手すぎる。



 バトルすること5分。もうすぐ午後の授業が始まることもあり、加賀美さんは自分の席へと戻っていった。二人の喧嘩はまるで夫婦漫才。周りの他の人達もワクワクしながらいつもそんな二人を見物して楽しんでいる。



「クスッ…本郷君」


「ん? なーに?」


「あんまり加賀美さん弄ったら可哀そうだよ…」


 バトルが終わり、興奮冷めやらぬ本郷君に私は話し掛けた。


「大丈夫だよ。あいつはこんなもんで絶対に傷つかないから…。なんせあいつの心は防弾ガラスでできてっからね」


「ウフフ… でもさ、お互いに何もあそこまで言わなくっても…」


「なにが?…」


「だってさ、本郷くんだってクズとか言われちゃってたでしょ?」


「別に。だって俺クズだし、ホントの事言われてもあんまり腹は立たないって言うか…」


「……本気で言ってるの?」


「ぜんっぜん本気だけど?… なにかおかしい?」


「―――本郷くんさ、1年生の時のクラスって楽しかった?」


「ああ、それはもう。森田がいたし、それに俺の周りにはいい人が多かったからね…」


「本郷君の周りにはいい人が多いんだね?……」


「そうなんだよね~ 結構運がいいって言うか…みんな俺より凄い奴ばっかりなのに優しいし…」


「本郷君もいい人じゃないの?…」


「あはは… 俺なんか全然ダメ。なぁ~んにもできないし…。ただ運がいいだけだな…」


「―――そう…」



 謎が少し解けそうな気がしてきた。

どうしてこうも本郷君を理解できなかったのか…。彼のおかしな部分が少しだけ見えてきた気がする。


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