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40. 想い…Ⅰ



 打ち上げも終わり、解散となってみんなそれぞれの帰路に着いた。


 俺と仁志と恭子は電車で一緒に帰り、地元の駅に到着すると仁志とそこで別れて、その後は俺と恭子の二人でいつもの道を歩いて帰る。


 恭子は今日の打ち上げがよほど楽しかったのか、電車の中でも上機嫌で、俺や仁志にあれやこれやと話しかけては一人で騒いでいた。


 俺と仁志それに恭子、この3人が揃って他の人達と交わることなど想像もしたことが無かった。だが、結果から言えば、俺達3人にとって非常に有意義であったと思う。特に恭子にとってはその表情が物語っている。


 たまには今日のようにみんなで集まるのも悪くない。はじめは蝶野さんの意地悪かなと思ったけれど、今はこんな会を開いてくれた蝶野さんに感謝してる。でも…恭子は本当に楽しそうだな…。



「クスッ… 今日はほんとに楽しかったな。加賀美さんも楽しい人だったし、蝶野さんとは凄く気が合っちゃったし…」


「そっか… まあ楽しめたんなら良かったな」


「……でも、ごめんね。私が修二に近寄ってつい声を掛けちゃったからこんなことに……」


「別にいいよ。どーせいつかはバレることだし。それにもうこそこそすんのもだるかったしな。ちょうど良かったんだよ…」


「ウフフ… でもさ、みんなびっくりしてたよね? 何もそこまでって思っちゃった…」



 そりゃビックリもしますって…。クラスで一番目立つ美少女、しかも彼氏と思われる超イケメンの男がいる、そんな女の子に彼氏よりも親しげな別の男がいきなり湧いて出たらね…。来週からの学校を考えると溜め息が出るけど、人の噂もなんとやら…だ。ちょっと時間が経てば誰も騒がなくなるだろ…。案外これはこれで良かったのかもしれん。




「それよりさ、……恭子」

「ん?…どーしたの?…修二」


「―――ありがとうな。 蝶野さんに説明してくれて。ほんとに助かったよ…」


「クスッ… 何を気にしてんのよ。あたり前でしょ?… そんなこと…」


「俺が勝手な想像をして…そして恭子を遠ざけた。……情けないけどこれが本当の理由だもんな……」


「………本当の理由…か…」


「どうした?…恭子」


「修二はそれを他の誰かに知られたくないんだよね?…」


「そりゃあ……な。 俺が悪いんだからやっぱり知られたくないって言うか… 自分で言うのもだけど…酷い話だもんな」


「私もね、そのことは絶対に誰にも言いたくないの。誰にも知って欲しくないの…」


「確かに…な。誰かに酷い事された話っていうのも、他人には言いにくいよな………」


「―――でもさ、本当は……俺に気を遣ってくれているんだろ?…恭子」


「クスッ… 残念でした。そうじゃないんだよね~……」


「えッ、…じゃあどうして?…」


「あのね、修二……」


「……なに?」


「それって私達だけが知っていることだよね?… だから二人だけの秘密って感じかな…」


「………ああ…」


「 『二度と俺に話しかけるな』……そう言ったのは修二だよね…」


「………ああ、そうだよ…」


「じゃあさ、私が足を怪我したときに家までおんぶして帰ってくれたのは誰?…」 


「デパートで一緒に迷子になっても、泣いている私の手を引っ張って必死にお母さんを探してくれたのは誰?…」


「夏休みには怖い映画を抱き合って震えながら一緒に観てくれたのは誰?…」



「―――そして…10年もの間、ずっと私の傍にいて…私と一緒に過ごしてくれたのは…誰?」



「………修二だよね?」


「…………」



「確かに修二は私に辛い想いをさせたかもしれないけどね、……でもね、それ以上に優しさもいっぱい与えてくれた。それに今は昔よりももっと優しくして貰ってる」


「………私はね、今がいい…今が一番いいの。今が一番幸せなの…。もし修二が私から離れていかなかったら……私は今、こうやって幸せを感じることができてるのかな…」


「そう思うとね、修二が離れていったことも必要なことだったのかもって気がする。だから修二には何も気にして欲しくない。あの時の出来事が今に繋がるんだったら、私はあの出来事に感謝したいって思う」



「……今があるんだったら……昔のことなんて私はなにも気にしない……」



「―――恭子…」



「うふふ… それにね、楽しかったことも離れたことも全部二人の思い出。二人だけの秘密。だから私は絶対に誰にも言わない。二人の秘密は二人だけのもの。他の誰かに知られるなんて絶対に嫌だもん。知られちゃったらもう二人の秘密じゃなくなってしまうでしょ?… クスクス…」


「…………」


「ねえ修二…… 私と修二は特別な関係。それはいつまでも絶対に変わらない。……そうだよね?」


「―――ああ、絶対にそれは変わらないよ……」


「ホントに? 良かった~… クスクス……」



…………………………◇



「今日は本当に楽しかった。またみんなで絶対に集まろうね…」


 話し終わると、恭子はそう言って元気よく家に向かった。そして玄関の前で振り向き、幸せそうな笑顔を俺に向けながら大きく手を振ると、扉の奥へと消えていった。


 恭子が家に入るのを見届けると、俺は天を仰ぎ見て大きく息を吸い、そのまま息を止めた。夏至を意識した太陽が、夕刻には似合わぬ強い陽光で俺の顔を照らす。思わずその強い陽光に刺激され、俺の瞼は勝手に閉じ、溜めていた息は一気に吐き出された。


―――せっかく天を仰いだのに…


瞼を閉じたせいで、瞳に溜まっていたものは限界を超えて零れ落ちた。




 恭子の想いを聞かされて思い知った。

やはり俺は一生かかっても恭子には勝てないんだろうなって…。


 いつも恭子は俺の先を行っていて、追いついたと思っても気が付けばやはり先にいる。やっぱり悔しいな…。



 恭子と離れて様々な経験をした。そこから学ぶことも多かった。やがて穿った感情を拭い去ることができるようになり、素直な気持ちで物事を見るようになったので、冷静な判断を下せるようにもなってきた。


 そうして過去を振り返った時、過去の自分の愚かさに気付いた。つまらない感情から、最も大切な人との関係を自ら捨て去ったという事実。それを理解した時、後悔した。でも…できればもう一度、その人との関係を紡ぎたいと思った。


 冷静に考えればそれは本当に身勝手なこと。普通ならたとえ俺が手を差し伸べたとしても、その手を振り払われるのがおちだ。だけどその人は、そんな俺の手をしっかりと握ってくれた。そして歩み寄ってくれた。


 正直言って驚いた。そして改めて感じた。やはり恭子は大人だと…。

一時の感情で激昂したり、いつまでも誰かを恨んだりせず、しっかり相手の話を聞いてくれる。それだけでも尊敬に値するのに、全てを水に流してくれたかの如く昔と何ら変わらない態度を示してくれる。


 流石に恭子だなと感嘆する思いだったが、そんな恭子の想いも俺には少しわかるような気がした。恭子にとって俺達二人の関係は凄く特別で大切なものなんだろうって…。冷静な考えをできるようになった俺には何となくそれが理解できた。


 俺も以前に比べれば大人になれたと自負するところもある。だから恭子の想いも何となくだが理解できるようにもなってきた。今の俺は恭子の気持ちを汲み取ることができる……そう思っていた。



 そして恭子の想いを聞かされた。


―――あの時のことも私にとっては大切な思い出…あの出来事に感謝したい…と。


恭子の表情を見て、その言葉が真実であることは間違いないと感じた。



 恭子……本当に覚えているのか? 俺が言った言葉を……


―――「二度と俺に話しかけるな!! 今すぐ出ていけ!!!」―――


 そしてその言葉通り、それから2年もの間、俺は恭子との関係を一切絶ったよな……。



 どうしてそんなことが言える? 何故あんなことが大切な思い出なんて言える? いったい恭子は何を想って、何を考えて、そんな結論に辿り着いた?


 恨みこそすれ、感謝したいなどという言葉が出てくることなどおかしいだろ?


 恭子……お前はどうしてそこまで優しい? その言葉を聞かされた俺はどうすればいい?……


 俺にはわからない。俺には恭子の深い想いなど想像することすらできない。

少しは大人になれたと思っていた俺の更なる上に恭子はいる。やっぱり俺は恭子に追いつけない。


……やっぱり、ちょっと悔しいな…。


 恭子の想いを聞かされていた時、俺は気の利いた返事を何一つすることができなかった。何かに心を掴まれた感じがして胸が苦しくなり、何も考えることができなかった。


 それなのに、苦しい筈なのに、凄く温かくて優しさに包まれる心地よさを感じていた。

そして、……心地よい筈なのに何故だか瞳には温かいものが溢れてきた。



 恭子の想いを本当に理解することは今の俺にはできないだろう。だが、一つだけはっきりと分かった。恭子が望むものは俺からの贖罪ではない。俺にあがなって欲しいのではなく、信頼できる者として傍にいて欲しいということだ。


 ならはっきりと断言できる。

恭子にとってそれが望みというのなら、俺はその望みを叶えてやるだけだ。


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