38. 打ち上げⅡ
キィーンコーンカーンコーン……
6時限目の授業が終わる。
「さッ、行こうか~ みんなで打ち上げだね…」
一日の授業が終わったというのに、何故か朝よりもテンション高めで元気になっている堕天使モードの蝶野さん。これから『中間テストの打ち上げ会』の会場となる場所へみんなで揃って出発となる。
名目上は「テストの打ち上げ」…だが真の目的が異なるのは言わずもがな。盛大に打ち上げられるのはテストの結果ではなく、俺と恭子の関係だろう。
でも最大の問題であった「なぜ今まで二人の関係を隠していた?」…このことについては既に解決済みである。
お昼の休憩も終わりに近づいた頃、5時限目の準備もあるので俺はしぶしぶ魔界に戻った。俺の後には怪しく微笑む魔界の主様が待ち受けていたことは言うまでもない。
なんとか主様を納得させる言い訳を考えつかねば… 焦れば焦るほど脳汁は出てくるが良いアイデアは出てこない。徐々に実感する絶望という言葉の意味…。
「本郷君……」
「……ひゃい…」
プッ…声が裏返ってやんの。ウケるwww(自虐)
「本郷君と高科さんって幼馴染だったんだね…」
ちょっと優しい感じの主様に一安心……なんだけど、……何でそれを知ってんの?
「……そーだけど… きょ…高科さんに聞いたの?」
「クスッ… ええ、恭子ちゃんから聞いたよ。修二くん……」
にやりと魔性の笑みを浮かべる蝶野さん。 いつもの天使から完全に小悪魔へと変貌している。怪しげな眼差しに、少しまどろんだその表情…こんな蝶野さんを初めて見たんだけど…… はっきり言って最高です。お替わり三杯いけそうです。踏んで頂ければ尚良しです。
などと素直な感想を語っている場合ではない。恭子はどこまで話したのだろうか?…
「たか……恭子とは他にも何か話したの?」
もう面倒くさい。これから全部恭子で通してやる。
「ウフフ… そうね、…どうして今まで他人の振りしてたのか教えてもらったよ。……いろいろ事情があるんだね……」
そう言うと目線を切って、窓の外を虚ろな表情でぼんやりと眺める彼女。まるでこの世の真実を全て把握しているかのような深みを感じさせるその雰囲気を見て……
―――ま、まさか…恭子のやつ、全てを話した?…しかもよりによって蝶野さんに…
もう完全にテンパった。いったいどーすりゃいい?… って言っても、もう手遅れなんだけど…。
「でも高科さんってさ、本当に優しいって言うか…本郷君の事を思ってるんだね…」
「………」
「本郷君の彼女に気遣ってワザと距離をとっていたんでしょ? 私が目立ちすぎるのが悪いんだって高科さんは笑ってたけど… 確かに高科さんと仲良くしてたら彼女は気が気じゃないでしょうね。高科さん、凄い美人だし…。ほんとに幼馴染思いって言うかなんて言うか… 優しいよね…高科さんって」
そっか… そんなこと言ったんだ、恭子の奴。
………そうだよ。本当に優しいよ、俺の大切な幼馴染は………
一瞬でも恭子を疑った自分が恥ずかしい。よく考えれば恭子が二人の深い事情を他人に話したりなんか絶対にしない。
「本郷君が彼女と別れたからそろそろ元通りに…って思ったけど、今まで他人行儀だったから急に態度を変えられなくて…… なんて言ってたよ。クスッ…確かにそーだよね~……」
さすがは恭子だな。確かにこの理由なら何となく筋は通る。しっかし…ホントに恭子には敵わないな…。
「俺も恭子には感謝してるよ。いつも俺の事情をよく考えてくれてさ……。でももう隠す必要もないしね。これからは普通にやっていくよ…」
「うふふ… そうそう、普通が一番。ワザと他人の振りするなんて馬鹿らしいよ。私も誰かに訊かれたら誤解のないようにさっきの理由を伝えるから…」
「……ごめんね。なんか蝶野さんにまで気を遣わせちゃって…」
「別に気にしないで。 それにね、今日初めて高科さんとゆっくり話したんだけどさ、凄く話しやすいし気が合いそうだし、友達になりたいなぁ~…なんてね。えへへ…」
そう言って無邪気に微笑む蝶野さん。本当に彼女らしいといった感じだ。でもこれで最大の問題はクリアできた。しかもこの先は蝶野さんの協力も得られるので百人力。なんといっても彼女の影響力は絶大だし。
「今日の打ち上げが楽しみだなぁ~」
「そ、そんなに楽しみなんだ……」
「もう、ね… 高科さんにい~っぱい訊いちゃおっと… キャハハ…」
何を?… なにを訊かれるおつもり?…
あんまり他人のプライバシーに踏み入るのはね、良くないと思うんだけどな…ボク。
最後に妙な不安を覚えさせられたが、俺と恭子の関係をあれこれ訊かれるのは百も承知のこと。どのみちいつかは訊かれるんだし、遅いか早いかといった違いぐらいだからしょうがないか…。
それから午後の授業も全て終了し、今から蝶野さん企画による「打ち上げ会」なるものを行うために、そろそろ移動を始めようかという頃合いになった。
授業が終わると直ぐにトイレに行った俺が、教室に戻ってくると…
「おい修二… ちょっと…」
仁志に呼び止められた。なんだろうと思い仁志の近くに行くと、「打ち上げはどこでやるんだ?」と訊かれたのだが、……そんなの俺も聞いてない。いや、それどころか誰が参加するのかも聞いてない。
「俺はなんも聞いてねーよ。そんなもん蝶野さんに直接訊きに行けばいいじゃん…」
子供じゃあるまいし、それぐらい自分で訊きに行け…この鉄面皮。……
なんて思っていると、仁志にグイっと肩を掴まれ蝶野さんの席がある方向に無理やり体を向けられた。
「悪いが訊きに行ってくれるか?」
「うん、ボクには無理かな…だってまだ子供だもん……」
俺の目に映ったのは巨大な人の壁。ウォールマリアもびっくり…ってな感じの壁が出来上がっていた。しかも壁は分厚い層をなし、もはや俺と蝶野さんの席なんて完全に覆いつくされている。
……いったい何が起こってる?…
「とにかくお前が訊いてこい。この後どーするのか……」※"訊く"(=尋ねる)と"聞く"の使い分けを前提に誤字報告していますが、"訊く"は常用漢字には含まれないので"聞く"で統一した方が良いかもしれません。
仁志に背中を叩かれて、無理やり人の壁に向かわされた俺。全く様子が分からないので、壁の隙間からこっそり中を覗き込んで聞き耳を立てていると、がやがやとした騒がしい喋り声が聞こえてきた。
「麗香~ 打ち上げに沖田君も来るんでしょ? 私も行く行く~」
「高科さんと沖田君が一緒に来るんだよね?… だったら私も混ぜて~ 二人の話聞いてみたい…」
「ちょ、蝶野さん… 俺も行きたいっす…」
どーやら皆さん「打ち上げ会」に参加希望って感じのようで…。 必死に参加させろと蝶野さんに掛け合っている。恭子と仁志の噂のカップル(?)、そこに蝶野さんまで参加……みんなの興味をそそるのは理解できるが、別に参加したところで何が変わるってわけでもないのに……。
あほらしくなって呆れた感じで傍観していると、今度は群れからあぶれた有象無象たちの会話が聞こえてきた。
「これ、何の集まり?」
「なんかさ~ よく分からんけどテストの打ち上げって言ってたような…」
「俺もそう聞いてたんだけどね、実は違うんだって。なんか本郷がやらかしたみたいでね、それを追及するためとかなんとか…」
「あ、それ俺も聞いた。噂によると高科さんの弱みを本郷が握ったみたいでさ、それで偉そうにしてるって……」
「だからいきなり名前を呼び捨てで呼んだりしてたんだ… あいつめ、高科様に向かって無礼な…。ほんとクソだね…」
「でもさ、そんなことしたら彼氏の沖田が黙ってねーべ?…」
「だよな。だからそれを知った沖田が怒って打ち上げをエサにして本郷を呼び出したとか……」
「えっ、それマジ? じゃあさ、本郷って喜び勇んで『打ち上げ』に行ったら、怒りの沖田に『吊し上げ』にされるって感じ?…なにそれマジウケるんだけど…」
「あははは~ だよなぁ~」
「お前さ、その現場とか見たくない?」
「そんなもん見たいに決まってんだろ!」
「だったらここは蝶野様に土下座してでも絶対に参加させて貰わないとな……」
………………………。
『打ち上げ』で『吊し上げ』だって…。 ククッ…マジおもしれ~よ ウケるわ~ って……
―――ウケる訳ねーだろ!? どこに笑いのツボがあるのか言ってみろ!
ふざけんなよ、まったく。 いったいどこでどう話がねじ曲がった? これぞまさにフェイクニュースだろーが。もうガチでむかつくんだけど……でも…どーすんのこれ?
こんな奴らがギャラリーで参加したら俺は確実に無実の罪で処刑台に吊るされるぞ? ここは蝶野さんに何とか踏ん張ってもらって参加希望者を全て抹殺してもらわないと…。
蝶野さん、僕たちのめぐり逢いは宇宙だったよね? あの時はお互い敵同士だったけど分かり合えたよね? 僕たちは同じニュータイプなんだから…。だから僕の心の声が聞こえるはず! お願い、みんな断って…。君にはパリピーなんて似合わないんだから……。
「そうねぇ~ みんなで行くとしたら18人かぁ~ なんかパーティーみたいで楽しそう! ウフフ…」
―――ちょっと麗香さん聞いてます??
「でもみんなごめん。 あのね、もうお店に予約入れちゃってるんだ。人数も連絡してるし…。それに小さなお店だからそんなに入れないしね。次の機会には必ず誘うから…今回はごめんね」
「え~~えっ… 私達もい~き~た~い~…」
「ほんっとに次の機会があんの?…麗香」
「大丈夫よ… ほら、来月の期末テストの後ってどーかな?…」
……………。
さすが蝶野さんって感じ。華麗な手際というか本当にお見事。
「また来月の期末テストの後に打ち上げを開くから…」…みんなその言葉で渋々納得したみたい。
「来月の期末テストの後…」そうは言ったが、終わったら“すぐに”とは言っていない。終わってから10年後だってOKなんだよね…。
「……ホント助かったよ。みんなが来るなんて悪夢だし……」
集まっていた人たち全員が散らばって蝶野さんと二人だけになると、俺の口からはそんな言葉がポロリと出た。
「ウフフ… そう?… みんなで行った方が案外楽しかったかもよ?… クスッ…」
悪戯っぽい顔でそう言って微笑む彼女。 揶揄されてちょっと悔しい感じもするんだけど、その魅力に免じて許して進ぜよう。 だが蝶野さんのおかげでホントに助かった。もう少しで冤罪被害にあうとこだった。フェイクニュースの恐ろしさを思い知ったよ…。
「それじゃあ、そろそろ出発しましょうか…」
「……そーだね」
訳の分からん騒動に巻き込まれて出発が遅れたが、今から打ち上げの会場へと向かうことに…。
クラスの天使と呼ばれる二人の女神とご同伴。男なら誰だって嬉々として喜ぶところであるのだろう。だが、今の俺にはそんな心の余裕はない。重大な懸案を抱えている。勇気はいるがここは確かめねばなるまい。 いざ……。
「あのさ、仁志……怒ってる?」
「いきなりどーした? 怒ってる訳ねーだろ…」
「―――ほんとに?」
「なんで俺が怒らねばいかん?……」
………よかった~。吊るされないで済みそーだ。……




