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36. 結果発表



 テストが終了した次の週の金曜日、朝からクラスの雰囲気はざわざわとして、落ち着かない様相を呈している。本日は中間テストの結果発表日。強がりを吐く者や、世捨て人の境地に到達した者以外は、皆一様に不安の面持ちを隠せないといった感じである。


 いつもの俺なら不安など感じない。だがなぜか今回ばかりは結果が気になり、朝から少し落ち着かない。世捨て人だった俺が真面目に勉強なんぞしたもんだから、平民にランクアップしてしまった。


 出来栄えは如何に?… なまじある程度自信なんぞ持てるようになったため、余計な不安を抱いてしまう。昔の自分が懐かしい…あの頃は全てが楽しかった。結果なんか見る前から知ってたし…。



 やがて朝のHRが始まり、担任がここぞとばかりに渇を入れる振りをして、普段の鬱憤を晴らすべく暴言をのたまう。


「お前ら分かってるのか?… 来年は受験生なんだぞ! 受験とは戦争だ! 真の強者しか生き残れん! 最後まで勝ち残り、選ばれし民にならねばならん! すべての敵を薙倒し、その手に栄光を掴むのだ!……」


最後は胸の前で両の拳を握り締め、天を仰いで涙を流す我らが担任……お前は総統か? とっとと成績表を配れ、さもないと通報すっぞ。


 トランス状態から復帰した担任は、ようやく成績表を配りだした。出席番号順に名前が呼ばれ、担任から成績が書かれた紙を渡されると、みんな少し離れた場所で立ち止まり、こそっと結果を確認すると一喜一憂しながら自分の席へと戻っていく。


 そして俺の順番が巡ってくる。 正直言って赤点は無いとは思っている。だが、合格すれすれの点数ばかりではお世話になった2人の女神様に申し訳が立たない。


「次、本郷…」…… いよいよ俺の番だ。 


 担任に紙を渡される。 どうしよう……どっかの隅っこに行ってこそっと見ちゃおうかな… でも……。


―――えぇーい! 俺も男だ! 席に戻って堂々と見てやる!…


成績表を受け取り席に戻ってくると、


「どう?… どうだった? 点数は?」


 蝶野さんが真面目な顔をして訊いてくる。当然と言えば当然のリアクション。あれだけ時間を費やして俺の面倒を見たのだから、その結果が気になるのは当然のことわり


 だがはっきり言って俺もまだ知らない。先に確認しようと思ったが止めた。苦楽を共にしてくれた蝶野さん、だから俺は彼女と共に自分の成績を確認することに決めた。


「俺もまだ見てないんだ… 今から一緒に見てくれる?…」


「………うん…」


 二つに折られた成績表を蝶野さんの前に差し出し、いざそれを開かんとする俺…。 その様子を固唾を飲んで見守る彼女…。


 折られた紙の両端を指で持ち、いよいよ今から成績表を開く。


―――ああ、神のご加護があらんことを……


それッ!… 気合を入れてビシッっと開く。


―――――。


「……ほ、本郷君… これって…」


「―――ああ、俺も驚いたよ……」


はっきり言って手応えはあった。感覚的にも力いっぱいやった感はある。


―――案外簡単なもんだな…


さすがの俺も驚きを隠せない。こんなことが本当に起きるんだなって感じ…。


「ど、どーしたの? 本郷君…」


 隣の席の佐藤も俺の異変に気付いたのか、慌ててこちらを振り向く。

だが俺の様子を見て直ぐに何かを察した佐藤…。


「―――そっかー、…予想外だったんだね…」


佐藤は優しい瞳で俺を見つめる。


―――大丈夫だよ、気にすることなんてないさ… ってな感じで。


………あのさ、佐藤……そーじゃないんだよな…。


俺の手には、見事に破れて2つになった成績表がひらひらと揺れている…


 「ビシッ」っと気合を入れて開いたら、「ビリッ」っと二つに破れた……ただそれだけだ。 成績がクソだから癇癪起こして破ったんじゃない。だからね、そんな哀れみの眼差しを向けるのは止めてってば…佐藤君。


―――しっかし、簡単に破れすぎだろ? もしかして破りたいと思っている生徒への配慮?


「ちょ、ちょっと本郷君… どーして破いちゃうの?……」


 ガチで驚いている蝶野さん。目の前で成績表を破り捨てるやつなんて初めて見たって感じで…。そりゃそうだわな。俺だってそこまでイカれたことする奴なんて初めて見たわ……やったの俺だけど。


 慌てて破れた紙をくっつけてみたが、肝心の点数と順位が書かれていた部分が綺麗に裂けており、数字がうまく読み取れない。


「えッ?… まだ見てなかったの?……」


 破いた経緯を説明すると、呆れた感じであっけにとられていた佐藤だが、直ぐに修復作業を手伝ってくれた。



 やがてHRも終了し、仲の良い友達同士で成績を見せ合いながらみんなが盛り上がっている中、俺と佐藤はミリ単位の精密作業に従事していた。


「ほ、本郷君… そっから動かしちゃダメだよ… 佐藤君、もうちょっと右にずらして…」


現場を監督する蝶野さんの指示に従い、破れた紙を二人で慎重にくっつけていると……


「ねえねえ佐藤君、見て見て~ 佐藤君のおかげでね、私の成績すっごく上がったの~」


やたらでかい声を上げながら満面の笑みで加賀美が近づいてきた。


「―――何やってんの?」


 俺と佐藤との共同作業を見ながらしきりと首を傾げる加賀美。やがて豪快に破られた成績表に気付いたようで…


「大丈夫だって、本郷…… 次頑張ればいいんだからさ… きっと出来るよ…」


 ちょっと憂いをまといながら、菩薩のように慈愛に満ちた表情で俺に同情の想いを語る加賀美…


 どうしてなんだろうか?… 加賀美の同情に溢れる言葉を訊くと死を選びたくなってくる。はっきり言ってこれ以上の恥辱は無い…



 そうこうしているうちに成績表も復元され、俺の点数が徐々に浮かび上がってくる…。


「……えッ?… 凄いよ…本郷君 本当に…」


「ほんとに凄いや… 僕は負けちゃったな…」


「へ~え… 凄いね本郷。よくバレなかったね…」

何がだ?… 主語を言ってみろ、加賀美。



 修復作業の結果、俺の成績はようやく判明した。

俺の得点は全ての教科で平均を上回りかなりの高得点。そしてなんと!……


―――クラス内順位………5位


 赤点どころかクラスのトップが見えてきそうな点数。 蝶野さんも驚いているが、俺の方がもっとぶったまげている。


……な、なにこれ?……


 慌てて氏名の欄を確認してみた。そこに書かれてあるのは確かに俺の名前。間違って他人の成績表を渡されたわけではない。 だがなぜか素直にこれを信じる気にはなれない…信じたら負けのような気がする。


……まさかの担任が仕掛けたトラップ?… 喜んでいるところにいきなりやってきて……


「わりーな、本郷… あれね、冗談。本物はこれだよぉ~ん。 ねえねえ本郷君どうだった? 喜んだ? 嬉しかった? 俺って実は出来る子って勘違いしちゃった? でもね、残念!!……本物はこっちなんだよな~…wwwwww…」


 普通に考えたらあり得ねー話……だからこそあり得るってか、それぐらい平気でやる…うちの担任の場合。


 ちくしょう、いったいどんなオチを考えていやがる?…それはホントにウケるのか?…ウケるのならしょうがな…いや違うだろ、いくらウケても俺だけ笑えない。担任め、どんな狙いがあってやったのか知らないが……この陰謀、じっちゃんの名に懸けて暴いてやる!



 クラス5位という成績を見て、陰謀論しか頭に浮かばなかった俺のことを尻目に、蝶野さんと佐藤は笑顔で俺の事を褒め称えてくれた。その横で加賀美はどんな方法を使ったのか必死に俺を尋問していた。


 だがそんな中、俺の眼に留まったのはまるで自分の事であるかのように喜びはしゃいでいる蝶野さんの姿。


「やったぁ~ すっご~い!…本郷君。良かったね~ ……でも、あれだけ頑張ったんだから当然と言えば当然かぁ。うんうん、二人で頑張ったもんね……」


 本当に嬉しそうにして微笑んでいる彼女。何だか照れ臭くさい…。だけど素直に嬉しい。


 良い成績を褒められたから……そうではなく、なんというか…一緒になって頑張ってくれた人、その人からの称賛は特別な想いが伝わるようで、心に染み入る感じがする。


……そうだった、大事なことを忘れてた。


ちょっと姿勢を正してしっかりと彼女の顔を見て…


「蝶野さん、本当にありがとう。全部蝶野さんのおかげだよ…」


 彼女に心からの感謝の気持ちを伝えた。普段なら照れくさくて言えない言葉だが、なんだか今は素直に言える。


「ウフフ… おーげさだよ、本郷君。私はちょっと手伝っただけなんだから…」


少し照れながらそう言って微笑む彼女の姿は、冗談抜きで俺には天使のように輝いて見えた。


「しっかし、奇跡ってホントにあるんだね。どっかで変な猫と契約でも交わした?…」


少し訝しい感じでそう言って睨む加賀美の姿は、冗談抜きで俺には魔女のように怪しく見えた。


 変な猫の口車に乗せられて死の契約交わしたのはおめーだろ?…加賀美まどかさん。



 加賀美はともかく、蝶野さんと佐藤にお褒めの言葉を頂きなんだか嬉しくなってきた。気分は上々、今なら何でも許せそうな気分だ。さっきから俺の足をワザと踏んでる加賀美のことだって…。



 そうしてニコニコとしていたら、「しゅうじ…」という聞き覚えのある言葉が聞こえてきた。


―――いったい誰よ?…俺の名前を呼んじゃってるのは…。


 思わず笑顔で振り向くと、そこにいたのは親愛なる幼馴染の恭子たん。


「どーした、恭子?」


「どうだった?… テストの点数は…」


「お陰様でばっちりだよ。見てくれ、恭子。なんとクラスで5位だぞ!」


「すっごーい! やったね、修二」


「恭子にもお世話になったもんな。ほんとにありがとう…恭子」


「修二……」


 素直になれた。昔、あれだけ恭子の世話になっても、俺は一言も恭子にお礼を言ったことが無い。いくら努力しても絶対に勝つことができない相手……なんだかそれが惨めに思えてただイライラするだけだった。


 だが今は違う。恭子の想い、それを理解できる。だから初めて素直に言えた。


―――ありがとう…って。


 俺の言葉を訊いた恭子は、嬉しそうな表情をしたまま言葉をつまらせて黙っていた。


 やがてちょっと照れるような感じで視線を彷徨わせる。俺にはそんな恭子の様子がなんだか可愛く思えた。


―――やれやれ、いったい何処を見てるのやら…


 そう思って恭子の視線を追っていくと、なんとなく恭子が可愛くなっている理由が分かったような気がした。


 見られてる…ってかもはやガン見されている。しかも周囲にいる人全員から…。

みんな言葉を忘れたかのように呆然としながら黙って見ている。俺と恭子の二人を…。


「……しゅうじ?…」…ポカンとしながらそう呟いた蝶野さん。


「本郷君って…高科さんと?…」…あっけにとられた感じの佐藤。


「――――――」…完全に固まっている加賀美。



あ~あ… やっちまったよ、おれ…。


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