32. 恭子と二人でⅠ
「………お兄ちぁ~ん、お兄ちぁ~ん… ま…舞子もう限界なの… 早く…早く欲しい…………」
あ”~ッ…もうッ! うっせーんだよ! 朝っぱらからヤバいセリフ大声で言ってんじゃねー!
思わずスマホを壁に投げつけようとしたが寸でのところでストップ。直ぐに目覚ましを止める。
………お隣さんに聞かれでもしたら通報案件待った無しだぞ。……ったく。
さてと……もう9時か。しゃーないから起きよう…。
蝶野さんと遊んだ翌日の日曜日、今日は恭子と買い物に出かける予定となっている。
10時過ぎに出かける予定となってるんで、仕方なく例の目覚ましをセットしていたんだが……
―――『近くて親しい相姦関係……お兄ちゃんLOVE…舞子ver…』―――
しっかし、マジでもう消そーかな…この目覚ましアプリ。母さんに蔑んだ目で見られんのヤダし…。
それにしても……眠い。 完璧に昨日の後遺症が残っている。昨日家に帰り着いたのは夜の8時過ぎだもんな。
『なんでそんなに遅いの? いったい何やってたの?…』
恭子からはラインでグジグジ文句を言われるし…。
何をやってたってのって言われましてもね…… 女神様が覚醒なさったとしか言いようがないんですよ…。お昼ご飯を食べ終わってから、「ちょっとその辺のお店屋さんでも見て見ようか…」と女神様に言われましてね…
そこから女神号という名の暴走特急が走り始めたって感じです…はい。
「ほら、本郷君… こっちだよ~」
「きゃああ~ 可愛い~ 本郷君も見て見て~…」
「あっ、私の大好きなキャラが売ってるお店だぁ~」
「次はね、向かいのお店に行くよ~」
…………。
そして最後の締めくくり。
「はぁ~あ… いっぱい遊んだね。今日はほんっとに楽しかった~。でも遅くなっちゃったし…そろそろ………」
―――よかった~…やっと帰れるよ。
「………夕ご飯食べに行かないと帰るのがもっと遅くなっちゃうね……」
「―――そーですね…」
いつ帰るって言いだすのかと思っていたが、結果はまさかの“ディナーまで行っちゃう?”…
こんなパターンになるとはお釈迦様でも予知不能。
夕方過ぎには帰る予定をしていたのだが、ディナーまで行っちゃって遅くなったので、結局俺は蝶野さんを自宅の近くまで送るはめに…。
その後ようやく俺が家に辿り着いたのは夜の8時過ぎとなりましたとさ…。
モールで蝶野さんに引っ張りまわされたこともあり、家に着いたときにはもうHPがすっからかんだった。
部屋に入って倒れこむような感じでベッドに寝っ転がると、ようやく少し落ち着いた。
―――あ~ 癒される…。このまま寝ちゃおうかな。
そう思って寛いでいるとスマホがブルブルと震えだした。
そーいえば……。
モールにいるころから、何度か恭子からラインが送られていたことには気付いていたのだが、流石に蝶野さんの前でピコピコするのも悪いと思い、未読スルーを決め込んでいた。
―――さすがにマズいよな。 そろそろ返信しとかないと。
そう思ってラインを見ると………。
見たこともないような未読の数が表示されている。
用事といえば明日の約束を決める事ぐらいなのに、どうしてこれほど大量に送ってくる?
―――何かあったのか?…
ちょっと心配になった。 何時間にもわたって送り続けられていたライン。
まるで、どーしても相手して欲しい人に相手してもらえないんで拗ねて怒っている?…ような…
……はッ! ま、まさか… も、もしかして… 恭子… お、お前にとって……俺は……
―――唯一の友達なのか?… 他に友達いないの?
いや…それはない、それは無い筈だ。あいつだってクラスでは天使と呼ばれている存在。
それにあいつの周りにはいつも女子がたむろっているし…。
まあいーか。その辺は置いとこう。内容を確認すればわかることだし…。
さて、溜まりにたまった未読の中身はっと……
ラインをひらき、指を使ってフリックして、か~ら~の~…一気にスクロール……ってどんだけあるの?
読んでいくと最初は優しい感じで明日のことなどを相談する内容だったのだが、徐々に返信がないことに苛立ち始め、最後には、『ふぅ~ん… そーいう態度とるんだ。 そっか… そうなんだ……』ってな感じ……ってか嫌な感じ。
マジ怖いんですけど…。恭子がこんな言い方をするとき、それは激おこぷんぷん丸のときだけ…。
恭子はガチで怒っても怒りの言葉を表に出さない。怒れば怒るほど冷静になるって言うか…キンキンに冷えていく。そしてメラメラと黒く燃える炎を内に溜めこみ、臨界点に達すると一気にそれを放出する。
―――俺にだけね…。
あいつは俺に対してだけ何をやっても許されると思ってんだろうな…… 実際許されちゃうんだけど。
はぁ~あ~…… なんだかね~…
溜め息しか出ないが、返信しないとさらに燃料投下する結果となるのは明々白々。
さっさと謝って許しを請いましょうか……。
『恭子様… 返事が遅れましたこと誠に申し訳ございませぬ……』
送信するとマッハの速さで返信が……
『―――こんなに遅くまで何してたのかな?… 修二君…』
名前に“君”なんてついちゃってるよ…おい…。 何年ぶりだよ?…修二君なんて呼ばれるの…。
……ダメだ。怒りは最上階まで到達しちゃってる。
『……やんごとなき事情というものが御座いまして……』
『ふぅ~ん… それで…?』
『……色々と予測不能の事態が起こってしまい……』
『だから?…』
『―――おねがいゆるして… きょうこたん…』
『ダ~メ!』
この後、恭子様を宥め賺せるのに1時間を要した。
どーして俺がこんな目に?… なのだが、別に今に始まったことでもない。
他の人には礼儀正しく温厚な淑女を装う恭子だが、俺に対してだけは普通に牙をむく。
そういや恭子は昔から俺に対してだけ特別待遇だな。……優しさ2の厳しさ8だけどね。
―――しっかし、俺と恭子の会話って……
さっきまで恭子としていたラインのやり取りを思い出すと、なんだか可笑しくなって笑えてきた。
「どーしてすぐに返事を返してこない?」
「何処へ行ってたの?」……「誰と何やってたの?」
「私の事なんてどーでもいいと思ってるんでしょ?」……
もう……ね。 俺はお前の彼氏ですか?…って感じ。
知らない人が聞いてたら痴話喧嘩してるとしか思わないだろーな…。
でもね、これが恭子らしいって言うか…。ホント、小さな時からこの辺は全然変わってないよな…。
今から思えば小さかったころの恭子ってさ、まるで俺の彼女みたいに振舞ってたんだな。
そう思うと久しぶりに訊いた恭子の愚痴は……ちょっと懐かしくもあり、そして可笑しくもありって感じで…。
昔の恭子は俺のことにいちいち干渉してきて言いたい放題。あれやこれやと始終文句や愚痴をこぼしていた。俺はそれにイラっとして腹を立ててたんだけど… なんか今はそれを訊くと別の事を思ってしまう。
―――恭子にとって俺は大切な存在なんだ…って。
なんだかそう思えて嬉しくなってくる。
自分にとって大切な人だからこそ気になる、気になるから心配になる、そして心配させられた分だけ文句を言いたくなる。
多分こんな感じなんだろうな。ガキの頃には全く気付けなかったが、今ならなんとなくそれがわかる。
恭子にとって俺は大切な人…か。そう想ってくれるだけでも有難いな。
たとえそれが「幼馴染として」でも構わない。俺にとっても恭子は大切な人だから…。
最近は恭子との関係を考えることが多かった。
あの頃の自分が本当は何を思っていたのか……それにも当然気付いてはいる。
そしてあの時、自分が誰を選んだのかも、どうしてそうなったのかも覚えている。
全ては選択… 誰を選び、どうするかによってその後の運命全てが変化する。
しかも当事者の俺だけではなく、周りの人を巻き込んで全てを変えてしまう。
誰を選ぶのか… その大事なことを俺は今までよく考えもせずに決めてきちゃったのかな…。
恭子との関係に苛立っていた俺に対して優しくしてもらえた……
―――だからその人を好きになり、付き合った。
初めて付き合った彼女に裏切られた……
―――その辛い想いを払拭しようとして紹介された理沙子と付き合った。
―――本当にそれでよかったんだろうか?
ただ知り合って、…互いに気になりだして、…そして知らぬ間に惹かれあって。
確かに中学生や高校生ではごく普通のパターン。それが悪いとも思わない。
だが、それで最愛の人と呼べるほどいつかは深い愛情を相手に持つことができたのだろうか?…。
………はっきり言って自信がない…。
そんなことを考えていると、不意に恭子の事が頭に浮かんだ。
恭子が相手ならどうなんだろうか?… もし俺の彼女が恭子だったのなら……
―――多分持てると思う。俺は…誰よりも深い愛情を恭子に向ける自信はある。
空想でもなく、妄想でもなく、確かな実感として…。
俺は恭子をよく知っている、理解もしている。それは恭子とて同じだろう。
二人とも互いの良いところ、悪いところ、その両方を知っている。
だから俺は恭子の事を信じることができる。そしてそんな恭子を心から大切にしたいと思える。
―――俺には恭子を大切に思う理由がある。
―――そういうことか…。
本当に信じられる相手かどうか知りもしないのに… 本当に理解できているのかもわからないのに…
そんな相手に深い愛情を抱くことなんて不可能だよな。
本当に深い愛情を抱くためには何かしらの理由が必要だ。自分にとって大切だと思える理由が…。
以前の俺はそのことに気付かずに、互いに相手の事を好きだと思う感情さえあればそれでいいんだと思っていた。
だがもっと深い絆を結びたいのなら、ただ好きだと思っているだけでは駄目なんだろう。
もっと互いを理解し、そしてそこから互いに信頼し合えるような関係にならないと…。
俺と恭子が築いた関係……
それと同じ関係を築くことができる彼女を俺は得ることができるんだろうか…。
だがもし、そんな彼女を得ることができたのなら、俺は自信をもって言うことができる。
―――その人は俺にとって最愛の人だと
そしてその人は、俺が選んだ最後の彼女になるのかもしれない…。




