31. 蝶野さんと…3
やがて館内の照明は全て消え、大きなスクリーンに映像が流れ始めた。
舞台はいきなり近未来の世界… そこで激しく戦うロボット軍団と人類。劇場のスピーカーは大音量で戦場の音を伝え、場内は臨場感に包まれる。
さすがに映画館だ…家のTVで見るのとは迫力が全く違う。
俺と蝶野さんの意識はあっという間にスクリーンに吸い込まれていき、二人は夢中になってその瞳に映像を映していた。
夢中になってスクリーンを見つめる二人… ストーリーはどんどん進行していき、やがてクライマックスを迎える。
未来から送られてきた暗殺ロボット、そいつから必死に主人公を守ろうとする味方のロボット。最後はボロボロになりながら暗殺ロボットを道連れにして共に消滅していく。
毎度おなじみの展開……なのに、毎度この場面を見ると俺は感情を揺さぶられてしまう。
命令を忠実に実行し、主人公を助けようとする味方のロボット。
自身が破壊されながらもただひたすら戦い続ける、…どんなことがあってもただ守るために…。
自分を犠牲にしながら一切の迷いもなく戦い続けるその姿を見ると心を締め付けられる想いがする。
―――自分の身を挺しても誰かを守る…か。
もし人間でこんなことをする奴がいたとするなら……そいつはどれだけ深い愛情を相手に持っているんだろうか…。
俺は誰かを本当に愛したとき、こんなことができるんだろうか……。
……やばい、もう限界。
これも毎度おなじみの展開。この映画のラストになると目頭が熱くなってきて涙が出てきてしまう。
だが蝶野さんに泣き顔を見られるのもちょっと恥ずかしい。ここはぐっとこらえて……。
そう思うのだが……俺の瞳からは温かいものが溢れ出してもう限界突破。ツーっと頬を雫が伝う…。
―――ヤバい…蝶野さんに見られちゃった?
そう思い隣の蝶野さんをふと見てみると………
大粒の涙をぼろっぼろ零しながら口を手で覆い、声を殺しながら大号泣している蝶野さんがいた。
食い入るようにスクリーンを見つめ、もはや魂は完全に映画の中にトリップしている。
完璧に感情移入してしまい、悲しみの感情を包み隠すことなく思いっきり表現している彼女……
―――蝶野さんって…やっぱ素敵な人だな。
そんな彼女を見てそう思った。悲しいと思えばそれを正直に表現する。その素直さが素晴らしく思える。
さってと、俺は女神様の下僕。女神さまのお供をするのは下僕としての使命だ…
これで心置きなく涙を流せ……ごっほん、…仕方ないので一緒に泣いて差し上げましょう。
いや~あ…素直に泣けるって……ほんっとにいいもんですね。 では…また来週~
それから暫く二人揃って大号泣大会。体の塩分無くなるまで頑張ってみようって感じで…。
やがてクライマックスも終焉し、場面はラストシーンに向かう。自分の身代わりとなり犠牲になったロボットに対してこれから強い意志を持って戦っていくことを約束する主人公。主人公の眼にはうっすらと涙が滲んでいた…
流石にクライマックス……場内のいたるところからすすり泣く微かな音が聞こえるようになる…。
隣の蝶野さんはというと……さらに大号泣。もう完全に声まで出ちゃってる。
そして上映は終了し、スクリーンにはエンドロールが流れていく。
未だに先ほどの興奮が醒めやらない二人は、ただ呆然としながらスクリーンをぼんやりと見つめていた。
「………ほんとよかった~… もう感動しちゃったよね~…」
「―――うん…」
そう言って何故か二人で見つめ合う俺と蝶野さん。二人とも目は真っ赤…。
エンドロールが完全に終了し、場内の明かりが点灯するまで座ったまま二人は感動の余韻に浸っていた。
映画の感想は?… なんて聞くまでもない。
蝶野さんの表情はすっかりご満悦って感じ。取り敢えず喜んでいただけたみたいで俺はほっと一安心。
「ん~んッ… さってと…」
席から立ち上り両手を組んで上に伸ばして思いっきり背伸びをすると、
「おなかも減ったし、お昼ご飯でも食べにいこっか?…」…こちらに振り向きニコリと笑って彼女はそう言った。
「そうだね。美味しいものでも食べに行きますか…」
時刻はもう2時を過ぎていることもあり、結構腹ペコな状態。
二人でシアターを後にしてフードエリアに向かって歩いていくと、程なく目的の場所に到着した。
さてと、今度こそ修二君にお任せあれ。昨日の間にちょっとオシャレで雰囲気のいいお店を探してある。当然ピーマンの姿を彼女の前に晒すことなど心配無用の店だ。
いざ、女神様を素敵なお店に誘い………
「あ、この店がいい。ここにしよう。本郷君行くよ」
「………はーい」
―――Donmai・part3
食事するお店屋さんは蝶野さんが即決。俺の計画は完全崩壊。
気遣いって何だろう?… それは究極の哲学なのかも…。
一瞬で彼女が決めたお店はパスタ屋さん。
お店に入り席に案内されると蝶野さんはニコニコ笑顔で早速メニューを眺めている。
想定外の事ばかりでちょっと慌てていると、彼女はメニューをパタッと閉じて「決まった?」と訊いてきた。思わず「はい」と答えてしまったおれ…。すると彼女はすぐに店員を呼んで注文を始める。
「え~っとね、私はたらこのクリームパスタで…… 本郷君は?」
あまりの手際の良さに全っぜん追いつけていないボク…。
やっべ… なんも考えてない。しゃーない、いつものやつでも頼むか……
「そんじゃあ…俺はナポリ………」…いやダメだろ! 考えろ俺…。
「………で大人気と言われてるトマトとモッツァレラチーズのパスタ……」
―――あっぶねー!… もうちょっとでピーマンの姿を蝶野さんの前にお披露目するとこだった。
だいたいピーマン入ってるパスタなんて滅多にないのに……ピンポイントで地雷踏みに行ってどーする?
昨日あれだけピーマンを見たくないって言われてたのに…。そもそも何でナポリタンにピーマン入ってんの?…
危うく蝶野さんに究極の嫌がらせをしそうになった俺。なんか色んなところから変な汗が出てきた。
色々と画策して蝶野さんを楽しませてあげようと考えていた俺なのだが…。結果はなんにも出来ず仕舞い。ちょっと自分の不甲斐なさを感じて気落ちしていると……
「あのさ~、すっごく感動したよね…さっきの映画。もう想像してた以上っていうか…。本当に観に来れてよかったなぁ~」
本当に嬉しそうな表情をしながら蝶野さんはしみじみといった感じで話し始めた。
「それにね… 本郷君も凄く感動してたみたいだし… ふふっ…結構泣いちゃってたもんね」
―――み、見てたのね…家政婦のように。
「でもね、なんだかそれが良かったなって言うか… 私と同じように感動して、同じように涙を流してくれて… 同じ想いを共有してくれる人と観れたから… それが凄く嬉しくって…」
「だから本当に良かった。本郷君のおかげだね。今日は私のお願いを聞いてくれてありがとう……本当に感謝してる」
ちょっと大げさ過ぎるって感じのお礼の言葉を聞いて気恥ずかしい思いになったのだが…
―――なんなんだろう… 心の奥から滲み出てくるこの温かな気持ちは…。
俺に語りかける彼女の表情、その笑顔……そこには一片の陰りもない。嘘偽りのない真心の籠った本物の笑顔。
懐かしい… どれくらいぶりだろうか? こんな笑顔に出会えたのは…。
昔、大好だった女の子はその笑顔をよく俺に見せてくれた。俺はその笑顔が本当に……大好きだった。
―――今ではもう二度と見ることはできないが…。
久しぶりに見ることができた本物の笑顔…… ちょっと特別な想いが詰まった大切なもの。
やはり本物はいい… 嘘やまがい物には無い、心に響くものがある。
蝶野さんには感謝されたが、本当に感謝するべきは俺の方だな……。
さってと、いつまでも湿っぽいことを言っていても仕方がない。
暗い顔なんてしてたら蝶野さんに失礼だ。彼女にはもっと楽しんでもらわないといけないな…。
それから楽しく二人でお喋りをしていると、注文の品がやってきたのでちょっと遅めのランチがようやく始まった。
お気に入りのパスタを目の前にして蝶野さんはルンルンといった感じ。
待ってましたと言わんばかりに食べ始めると、
「う~ん、美味し~い… やっぱりたらこのパスタって最高! ホント大好きなんだよね~」
相変わらず本当に美味しそうに食べる蝶野さん。彼女が食レポをしたら多分その店は大繁盛間違いなしだろう。蝶野さんと一緒に食事をすると、何を食べてもいつもより美味しく感じてしまう。
ほんっとに……蝶野さんには勝てないな。
感情表現が豊かな彼女。一緒にいると完全に彼女のペースに嵌ってしまうのだが…なんだかそれが凄く楽しい。
楽しむを愉しめる人……蝶野さんとは正にこのような人だな。
どーやらおれは間違ってたのかも。 彼女を楽しませることなんて俺にはできない。
俺に出来るのは彼女のお供をして一緒になって楽しんであげることぐらい……
あれ?… でもこれって… 女神さまのお供をするってことは…おれって下僕?
なぁ~んだ、下僕になればいいんだ。
簡単じゃん…今までと同じなんだから。考えて損したわ。
などと考え事をしていると物凄いプレッシャーを感じた俺。さては近くにニュータイプが…?
「本郷君が食べてるのって……美味しそ~だね… 美味しそ~だよね~」
「―――はい、どーぞ。 蝶野さん…」
俺の敬愛する女神様は……ちょっと食いしん坊でお茶目なんだけど、とっても可愛い女の子でございましたとさ。