25. 中間テストⅤ
「この問題は解ける?…」
「ああ、これはこうやって……こんな感じ」
「―――へ~、…本当にテスト勉強やってたんだね…」
恭子と一緒に勉強を始めて2時間ほど…。
恭子のノートをもとに重要事項を覚えていき、時折練習問題などを恭子にやってみろと言われたが、ほとんどの問題を俺は解くことができた。
まー、当然と言えば当然。あれだけ蝶野さんに仕込まれて出来なかったら俺の脳ミソは霊長類で最低だ。だがそんな事実を知らない恭子はしきりと首を傾げて不思議そうにしている。そんな恭子の気持ちはよく分かる。
気持ちはよ~くわかるのだが………傾げ過ぎだってば。
腑に落ちないといった感じで恭子の首が傾くたびに俺の心が削られていくのは気のせいなの?…
結構集中して頑張ったのでそろそろ休憩ということに…。
だがこの2時間の間、勉強というものを媒介にして恭子と二人だけで話していたせいもあり、結構昔の感じで話せるようになってきた。
恭子と会話を交わす回数が増えるたびにゆっくりと昔の感じに戻っていく気がする。
もう10年を超える付き合い… いくら離れていたとはいえ、少し話しているだけで数年間のブランクもあまり感じないようになってくる。
「飲み物持ってくるけど何がいい?」
「ん~、冷たいお茶がいい…」
キッチンへ行って二人の飲み物を用意し、それを部屋に持ってきてしばしの小休止。
冷たいお茶の入ったコップを頬にあてて無邪気に気持ちいいと言っている恭子。
もうすっかり昔のような感じとなった恭子はお茶を飲んだ後、バタンと背中から倒れこみ寝そべって寛いでいる。
恭子をこれほど間近で見るのも中学以来で本当に久しぶりだ。特に高校に入ってからは同じクラスである現在でも少し離れたところからしか恭子を見たことがなかった。久しぶりに近くから恭子を見てやはり思う。
―――本当に綺麗になったな
中学の頃も美少女だったが、高校生となった今ではそこに女性としての魅力が加わっている。
そんな恭子の横顔を見ていると思わずドキッとしちゃたりして…… いや~ん、ばか…。
中学の頃はテニス少女であったため、髪はショートカット、そして年中日焼けで肌もこんがり焼けて黒かった。今ではテニスもやっていないため髪も伸ばしたようで、黒く艶めいたロングヘアに変わっている。
そして肌の方もすっかり元の色白に戻っている状態。
その姿はどちらかというと小学校時代に戻ったようで、俺としてもこちらの方が親しみを持てる感じがした。
そんな恭子をぼんやり眺めていた俺に向かって…
「ねえ、修二……」
何だかちょっと真面目な顔で恭子が話しかけてきた。
「修二ってさ、―――今は彼女っていないんだよね?…」
「……ああ、いないよ」
俺と理沙子が別れたことは仁志から伝わっているであろうことは分かっていた。だから別に気にならなかったが…
「―――また誰かと付き合うの?…」
さらに突っ込んだ質問が来るとは思わなかった。
「うんにゃ… 多分暫くは無いと思う。今は誰かと付き合おうって気が起こらないし…。それに特別好きな人もいない…」
別に聞かれて困ることでもなかったので正直にそう答えたのだが……
……ふと思い出した。
そういや俺も恭子に聞いてみたいことがあったんだ。
「そう言う恭子はどうなの? 好きな人とかいないの?…」
まさかこの歳になって初めて恭子と恋バナすることになろうとは思ってもみなかったが、蝶野さんと喋っていて恭子の恋愛観も一度聞いてみたいと感じていた。
恭子の好きな人…今まで想像すらしたことが無い。
なので何気なくただ聞いてみただけであったのだが……
「わ、わたし?……」
いきなり驚いて慌てだし、ちょっと動揺している。それになんだか急に頬もほんのり赤く染まった感じに……
―――いるんだ。
分かりやす過ぎるってば…。 普段冷静で落ち着いている恭子だから余計にその態度の変化が目立つ。
「―――好きな人は…… 多分いると思う…」
………だよな。 恭子にもそんな人がいるんだ。……
少し恥じらってもじもじしながら俯いて小さな声でそう言った恭子の姿……
それは俺が今まで見たこともないもの。恋をしている少女を感じさせるその表情はとても魅力的に見えた。
恭子も花の女子高生。好きな人の一人ぐらいいて当然といえば当然だと思う。思うんだけど……
そう納得できるんだけど、……恭子の口から直接“好きな人がいる”と聞いた俺の心は何処か複雑な想いになった。
―――いったいどんな奴なんだろ?…
凄く気になる…色んな意味で…。
こんなに可愛い恭子に惚れられるなんて……どこのドイツだ、こん竹症め、裏山しいだろ。
ちょっと悔しいんで字はわざと間違えておいた… どうだまいったか?
正直言ってなんかモヤモヤする。それが何故なのかは分からない。
だけど考えてみれば恭子に好きな人ができたり、誰かと付き合ったり… そんなことが起こるのは当たり前だ。俺だって既に二人の女の子と付き合った過去がある。
……ま、どっちも上手くいかなかったんだけどね…。
俺の恋愛は失敗の連続…。
だからこそ誰と付き合うことになっても、恭子には幸せになって欲しいって思う。
大好きな人と互いに想いあえるような理想の関係… それを築けるように…。
それともう一つ…。
……俺みたいな経験だけは絶対にして欲しくない。
これは俺の願い…。 あんな思いをするのは俺一人で十分だ。
でもさ、…恭子はその気持ちをもう相手に伝えている?…
「―――それで、恭子はどうするの?…」
「うん… 今は…何もしないかな。ちょっと様子見ってことで…」
「そんなことしてたらその人が誰か他の人にとられちゃうぞ?…」
恋は競争… 優良物件なんてあっという間に売れてしまうんだぞ… お節介なことだがちょっと言いたくなった。
「それは大丈夫。その人は今は誰かと付き合うとか考えていないみたいなんで…。だから焦らずゆっくりやろうかなって…」
少し照れながらちょっと嬉しそうにそう語る恭子はまさに恋する乙女だった。
―――今更ながら恭子ってこんなに素敵な女の子だったんだ
気付くのが遅いっていうか、何というか…… 俺は今まで何を見てたんだろうな…。
自分の手の届かないところに行って人は初めてその人物や物の価値を見出すという。
その言葉の意味が今の俺には何となくわかるような気がした。
恭子には俺とは別の理由で大切だと思える人ができたんだ……
何となく寂しいような、ちょっと切ないような複雑な気分。
……俺って恭子に惚れてたのかな?…
そんな気もするが、大切な幼馴染の初恋を応援してあげたいような気持ちにもなる。
―――これからどうなるんだろうな…… 俺達って。
少しぼんやりしてしまった。そのような想いに耽っていると…
「でもね、今は修二と昔のように仲良くしたいと思ってるんだ。今はそれが一番の望みかな…」
安心した… その言葉を訊いた時の正直な感想だった。
恭子の気持ち、それは俺と全く同じもの…。
「また昔のように…か。楽しかったよな、あの頃は…。もう一度あの時のようになれるといいな…」
「―――大丈夫、きっとなれるよ…」
そう言って微笑む恭子。その顔を見ると確かにあの頃に戻れるような気がした。
いくら幼馴染と言ってももう高校2年生。やがてお互いにそれぞれの道を歩むようになり離れていくのは必然のことだ。
昔のように仲良く過ごせる時間ももう限られている。だからこそ最後に良い思い出を恭子とつくりたい。離れた後も互いに良い幼馴染を持てて楽しかったといつまでも笑顔で語れるような関係でありたい…。
そう思って何となく恭子を見ていた。ちょっと懐かしいような照れ臭さを感じながら…。
二人の間に流れる和やかな、穏やかで温かい雰囲気…
だが恭子は急に表情を引き締めてしっかりと俺を見据える。
一体どうした?… そう思っていると何かを思い詰めたような表情をしながら恭子は話し始めた。
「―――修二… ごめんなさい。 私ね、…修二に伝えないといけないことが…………」
………。
「……もういいよ。何も言わないで…。全ては終わったことだから…」
何かしらの贖罪の言葉を言いだそうとする恭子、…そしてそれを止めた俺…。
さっきまで楽しそうに微笑んでいた恭子の表情は、いつの間にか暗いものに変わっていた。
「……で、でも… あの時の事で私は修二に………」
俺の言葉を聞いてもまだ語ろうとする恭子… そんな恭子に俺も言わなければいけないことがある。
「もういいんだよ。……あの時、俺の知らない何かがあったのは知ってる。でももう答えは出てるんだ。俺自身が考えて…。今の俺の気持ちははっきりしている。別れた昔の彼女よりも恭子とのこれからの関係の方が俺にとっては大切なんだよ…」
これが今の本当の気持ちだった。
過去の失敗に拘るより、これから先に繋がる未来の方を大切にしたい。そして大切な人たちには意地を張らずに素直な気持ちで向き合っていきたい… これが今までの失敗から学んだこと。だからこそ恭子とのこれからの関係の方が俺にとっては重要だと思える。
「だからもう何も言わないで…。これから昔のように仲良く出来ることが俺の一番の望みだから…」
「―――うん、…わかった… もう何も言わない…」
悲しみが滲んだ表情、その瞳からぽろぽろと零れ落ちる涙の滴…
2年前にも俺は今と同じように恭子を泣かせてしまった。
でも今日の涙はその時とは違う。それは今までの事を洗い流す涙であり、悲しみを表すものではない。
だからこの涙が乾いた後はいつも笑顔で恭子がいられるようにしてあげたい、…そう思う。
そんな想いで恭子を見つめていると、俯きながら泣いていた恭子は急に顔を上げて俺の眼をしっかりと見据えながら話し始めた。
真っ直ぐに俺を見つめて… 大切な何かを伝えたいといった感じで…。
「―――修二、…わたし… わたしね…これだけは誓ってるの。 ……たとえ誰と付き合うことになっても私は絶対にその相手を裏切らないって…。修二を苦しめたようなあんな思いを相手の人に絶対にさせたくないって…」
真剣な表情でそう訴えかける恭子……
それを見て俺は自分の心の何かが救われたような感覚を覚えた。
俺と初恋の人の恋愛を全て実際にその目で見てきた恭子。
それを見てきた恭子が自分は裏切るようなことはしないと誓ってくれている。
裏切られた人間がどれほど辛い思いをするのかはそれを経験した者にしか分からない。
恭子は自分が体験したわけではないが、裏切られた俺を近くから見ていた… だからその辛い思いを理解してくれている。
そんな恭子の口から出てきた「私は裏切らない」という強い意志を感じる言葉を聞くと、あの時の出来事も無駄に終わった訳ではないと感じることができる。
あの時の俺の姿を見て恭子がそう思ってくれるようになったのなら、…恭子の人生に役立つことになるのなら…
俺はあの時の経験が全て無意味なものではないと思うこともできる。
投稿が遅くなり申し訳ございません。
アフターコロナで半端ない仕事量に追われる日々となってしまい…。
ペースが遅くなりがちになるとは思いますが、この先も連載を続けて
行きますのでよろしくお願いします。




