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20. 高科恭子Ⅳ



 私は修二に絶縁の言葉を投げかけられてから、魂が抜けたように何もやる気が起こらなくなった。

こうなると予測していなかった訳ではない。ただ実際の修二の怒りは私の想像をはるかに超えていた。


 絶望にも似たような感情に支配されて毎日を過ごしていた私だったが、そんな私の前にある日仁志君が現れた。


「―――結局あの事を修二に喋ったのか?…」


ただ一言、仁志君はそう言って来た。多分仁志君は修二の態度の変化からそれを感じ取ったのだと思う。


「……全部言う前に修二から…… 二度と話しかけるなって言われちゃった…」



 私の言葉を聞いた仁志君はそれから暫く黙り込んだ。難しい表情で思案していた彼はおもむろに私に語り始めた。


「今回のことに高科が関係していたとしても根本的には修二とその彼女の問題だ。二人がどう付き合って互いにどう想うかはあいつらが決めることだ。彼女が裏切ったのなら何かしらその理由があるはず、…修二に全く悪いところが無かったなんて俺は思っていない。だからもうこのことは忘れろ…。今さら何を言ってももう何も元へは戻らない。だったらこの先修二が考えを改めたときに高科にはもう一度修二の力になってやって欲しいと思う。多分いつかはそんな時が来ると思うから…」



 大切な幼馴染を失った喪失感… そんな救いようのない悲しみの中で仁志君のその言葉は何よりも有り難く思えた。いつかまた修二と話せるときがくる、……仁志君に言われるとなんだか本当にそんな時が来るような気がした。


だから今はそっと遠くから修二の事を見ていよう… 何となくそう思えるようになった。





 それから時は流れて私達は高校へ進学した。


 修二と違う高校に行った方がいいのか… 凄く迷ったが、自分の気持ちに正直に従うことにした。

ここで修二と離れれば、多分もう一生昔のように戻れることは無い。……そう感じた。


 結局私は修二と仁志君と同じ学校に進学することに…。

そして高校1年生となった初めてのクラスには修二はいなかったが幸運なことに仁志君がいた。


 仁志君はあの時以来、何かと私に気を遣ってくれている。修二の様子なども仁志君は全て私に教えてくれていた。そんな仁志君が同じクラスにいてくれて救われる思いだったのだけれど……。


修二との関係が全く変化しない状況は私の心に暗い影を落としたままだった。



 修二との関係が全く無くなった状況…

もう関係が戻ることに対して諦めるような気持も出てきたおかげだろうか……

私は自分と修二との関係を冷静に見つめ直す事が多くなっていった。


―――私にとって修二とはなんだったのだろう…


 幼馴染で大切な人、それは間違いない。では修二を男の子と見たときに私は……。

そこがその時でもはっきりしなかった。


 ただ、修二に彼女ができたときのあの何とも言えない感情……

あれはいったい何だったのか… それもはっきりとは分からない。



 思えば私は恋愛というものをしたことが無い。

中学の時は修二との関係の変化や部活動に気をとられていたせいであまり考える暇も無かった。


 だから私に近付いてくる男の子は何人かいたけど、すべて断っていた。

修二との関係でモヤモヤした気分をテニスで発散させて、テニスに打ち込んで… それ以外のことは考えないようにして…。


 そして部活動が終わった頃にあの出来事…… とてもじゃないが恋愛など考える余裕なんてなかった。

高校に入学してからも恋愛を真剣に考える気になれないことにあまり変わりはない。



 一番身近な男の子であった修二にすら私は恋愛という感情が存在したのかどうかも分からない始末…。 はっきり言って自分が恋愛音痴なのはわかっている。


いったい皆は何処で区別をつけているのだろうか?… ただの好意と好きだという感情の区別を…。



 そんな感じのことをなんとなく考えるようになっていた時、仁志君から修二に新しい彼女ができたと訊かされた。


―――そうなんだ…。


それ以外に言葉が出ない。


 修二はもう中学の時の出来事から立ち直ったんだ…。

あの出来事からようやく立ち直ることができた修二に、本来なら私はおめでとうの言葉をかけてあげなければいけないのだろう…。



 だけど修二と言葉を交わせない状況なので修二にその言葉を伝えることはできない。


―――いいえ、本当は違う。


私はその言葉を修二に言いたくないんだ… 多分。



ようやく何かが分かってきた気がした。


 中学の時に初めて修二に彼女ができた。その時私の心は冷静で居られなかった。

それは私達の幼馴染の関係が壊れることを恐れたから…。


でも今は?…。


 今は私と修二の間に何の関係も無い。もう失うものは何もない。

それなのにどうして私の心はざわついて落ち着くことができない?…



―――そういうことなんだ…



 その時初めて私の中で何かが理解できた。

今までは幼馴染だからという理由のせいにして、分かりやすいその理由を言い訳にして自分を誤魔化していたんだ。


私は幼馴染を失いたくなかったのじゃない…。 修二を失いたくなかったんだ…。


 幼馴染という特別な関係、普通の友達よりも一歩踏み込んだ深い関係、全てはそこから特別な想いが生まれてきているんだと思っていた。長い時間をかけて築き上げてきた関係をただ守りたいだけなんだと…。


 でもそれは違ったんだ。

私自身が修二の傍から離れるのが嫌だったんだ…。

だから私は幼馴染の関係に縋っていた、…この関係を壊せば修二が私の元から離れていくと思って…。



―――多分私はもうずっと前から修二の事が好きだったんだ…。



 私は修二に初めての彼女ができたときに考えたことがある。

私は修二の事が好きだったの?…って。 でも答えは出なかった。


 もし修二の事を幼馴染ではなく、男の子として好きだと思うようになったのなら、私の中で何かが変わるだろうと思っていた。


 修二を見つめたとき、…修二に見つめられたとき、…修二に優しくされたとき…。

でも何も変化が感じられない。以前からの感覚と何ら変わらない。

だから私は自分が修二に恋をしているとは思えなかった。



 だけどようやく分かってきた。私の中でなぜ変化が起こらなかったのか…。

私は自分で気づかないうちに、もうとっくの昔から修二の事が好きだったんだ…。

だから変化なんて起こるはずもない。初めから好きなんだから…。



 修二はずっと傍で居てくれた。私にとってはそれがあたり前だったが同時に最高の状態だった。

だから修二の事を好きかどうかなど考える必要も無かった。


 だけど中学に入り、徐々に私の傍から修二は離れ、修二に彼女が出来たことにより修二の存在が遠くになってしまった。いきなりの状況の変化、そのことに対する焦り、…私はそれを全て幼馴染の関係から来るものだと手っ取り早く理由を付けてしまったんだろう…。



 そうして修二との関係を全て無くしてしまった今、ようやく気付くことができた。


―――ずっと前から、まだ小さかった時から私はずっと修二の事が好きだったんだと…。



 ようやく自分の気持ちを理解することができた。

私の初恋の相手は修二だったんだ…。



 やっと気付くことができた。

そして……気付くと同時にその初恋は叶わなかったという現実を知ることになった。



もし修二と仲の良い関係のままでいたのならこの感情に気付けたのだろうか?…


 それは分からない。

だが、修二と完全に離れた今の状況だから私は自分の気持ちに気付くことができた。

関係が無くなった時になってようやく分かった自分の気持ち…。

後悔……それが本当に先には立たないものだと言うことが良く分かった。




 そして私達は2年生になる。

新しいクラスになり私は驚いた。そこには修二も仁志君もいる。


 はっきり言って修二と同じクラスになったのは複雑な気持ちだった。

修二の顔を見れる、だが修二に話しかけることは出来ない。そして修二には彼女がいる…。


 最初はその現状をどう想えばいいのかかなり戸惑った。

だけど一つだけはっきりと分かったことがあった。それに気付いて私の心は少し穏やかになった。


―――もう修二は私を恨んだりしていない。


 修二は相変わらず私と目を合わせようとしない。私が見ればすぐに目をそらす。だけどその時の修二の表情を見て私には分かった。


 あれは怒っているからではない。何かから逃げているだけ…。

修二はもう私のことを許してくれのかな… そう思えるようになり少し気分が楽になった。



 だが現状が大きく変化したわけでもない。たとえ同じクラスになっても修二はやはり私に話しかけることは無い。私は相も変わらず仁志君から修二の様子などを教えてもらっているような毎日だった。



 もうこの状況が変わることもないか…。

全く変化しない日常、いつ見ても変わらない風景、…それを見ていたら諦めという言葉が自然と浮かんでくる。


もう考えても仕方がない……


そう思っていた。もういいんだって…。




 そんな時に私の携帯に一通のSNSが入った。

いったい誰?…… 私は内容を確認した。


 私の頬をつたい温かい何かが零れ落ちていく。最初ははっきり見えていた文字が少しにじんで見えた。表示されている電話番号、その下のメッセージに書かれてあった懐かしい名前。


私は携帯を胸に抱いて暫くそのままじっとしていた…。



 修二は何を考えてるの?… なにを思ってるの?…

それを知りたい。修二から電話がかかってくるのは分かっている。その時に訊いてみないと…。


 やがて修二からの電話が来た。 ……そして私は何も訊けなかった。

だけどそれでいい。もう訊く必要もない。

修二の話し方を訊いていて私には理解できた。


 二人が最も仲の良かった時と全く変わらないこの感じ…。

修二との関係を元に戻すことができた。しかもあの懐かしい優しい修二が帰ってきてくれた。



―――私にはもうこれ以上望むものは無い。



 これからもう一度修二との関係を築いていく。

でもそれは幼馴染としての関係ではない。

私はこれから新しい形で修二との関係を築いて行こうと思う。


 私と修二との間には解決しないといけない問題もある。

でもそれを乗り越えてもう二度と離れることのない関係になりたい…。


今回で回想は終了となります。

次回からは新たな日常編となります。

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