18. 高科恭子Ⅱ
幼馴染の男の子に彼女ができた…。
そして私達の幼馴染としての関係は消えようとしていっている…。
修二が彼女と付き合うようになってから私は日々そのことを感じていた。
時折修二と会って話をすることもある。だけど修二の眼にはもう私は映っていない。
それがはっきりと感じ取れた。だから私もあまり修二と会わないように心掛けた。
これ以上見たくない現実に目を背けたい…… そんな逃げるような気持からそうしたんだと思う。
修二の彼女も付き合いだしてからは私と距離を置くようになった。修二に関係するものはどんどん私から離れていく。
ただ、修二が2年生になってからできた新しい友達、沖田仁志君……彼だけは私に対していつも親切にしてくれた。
中学2年になって修二とは別々のクラスになり、話す機会も少なくなっていた時だったが、不意に私の前に現れた修二は“俺の親友だ”といって仁志君を紹介してくれた。
そして仁志君に私のことをこう言って紹介してくれた。
―――俺と長い付き合いの幼馴染の恭子だよ。
まだ修二はそう思ってくれてるんだ…… 何となくその言葉が嬉しかった。
そして仁志君も優しい笑顔で私に話しかけてくれた。
「初めまして。勝手に親友にされちゃってる沖田仁志っていうんだけど……高科さんってこのバカの幼馴染なんだ?」
「―――え、ええ… そうですけど…」
「大変だね… ずっとこんなバカの世話してたんだ。尊敬するよ…」
いきなり何を言うの?… そう思ったけどイヤミっぽくなく、はっきりとそう言い切る仁志君を見て私は可笑しくなった。それに隣で顔を赤くして仁志君に怒っている修二を見て、なんだか久しぶりに楽しい気分になった。
修二に初めて出来た親友と呼べる友達…… 私と修二の関係はまた変化することになるんだろか……そう感じた。
でも私と修二の関係はその後はさして変わらなかった。私とは時折顔を合わす程度で、普段の修二は彼女に夢中といった感じ…。
だけど仁志君はたまに声を掛けてくれるようになり、修二の事などで二人で楽しく話せる間柄となっていった。
時間が経つにつれ人はその環境に慣れていくもの……
修二には彼女がいて幸せそうに過ごしている… 私も段々とその現実を受け入れて変化した修二との関係に慣れていき、あまり深く考えることも徐々になくなっていった。
心の中に何かモヤモヤしたものがあり、それが何なのか分からない。ただそんな想いも長く続くとその事を考えないようにしてしまう。そんな諦めにも似たような感覚から考えることを止めてしまったんだろう…。
それに希薄になったとはいえ完全に修二との関係が無くなったわけではない。
繋がりは細くなったが切れることは無い… そう思えてきたことで少し落ち着けるようになったような気がした。
それからの私は色んな雑念を振り払うかのように部活に集中していった。一生懸命テニスが上達するように練習に励んでいると少しだけ気分も晴れてくる。そしてテニスが上達して試合に勝てるようになると更に練習に励むようになる。
そんな感じで私は夢中になってテニスをやるようになっていった。
そして私達は3年生になりいよいよ中学時代の最後を締めくくる大会が迫ってくる時期となった。
当然だが3年生の皆は今まで以上に努力を惜しまずに練習に励むようになる。部活が終わった後でも居残りで練習する人も出てくる。
私も試合に勝ちたいという想いから居残りで練習する機会も多くなった。
そうして練習に励む日々だったが、ある時から妙な違和感を覚え始めた。
修二の彼女と仲が良かった男子テニス部員の男の子だが、妙に彼女の傍にいることが多い。互いの批評などをしあって練習に励んでいるのだが、男の子の方が妙に彼女から離れない。
彼女の方は実力もあり上位を目指しているので真面目に練習しているようなのだが、明らかに男の子は練習よりも彼女を見つめている時間の方が多いように見えた。
それに、修二が彼女を迎えに来ることが全く無くなった。以前ならちょくちょく彼女を迎えに来ては仲睦まじく一緒に帰っていった。いくら大会が近いからとはいえ全く来なくなるのはおかしい…そう感じていた。
それからも少し気になって様子を見ていたが、彼女が居残りをしているときには必ずその男の子も残っている。
―――気のせい?… いえ、そうじゃない。あれは少しおかしい……
私の中で妙な胸騒ぎが起こるようになってきた。
私は修二がなぜ彼女を放っているのかが分からなかった。彼女は修二の事が大好きなのは傍でいる私達にはよく分かっていた。
なのになぜ修二はその彼女を放っておくのか?… 彼女も寂しそうな顔をしているときがあるのに…。
それからも様子を見守っていたが、相変わらず男の子は彼女に近付いて離れようとしない。
―――修二にこのことを知らせるべき?……
私は悩んだ。この問題は凄くナイーブなもの。私の勘違いであったら逆に私が彼女と修二に間に亀裂をつくってしまう結果となる。それだけはどうしても避けたい。
それに彼女は修二の事が本当に好きだ。だからこれは私の杞憂だろう…。
私は自分をそう納得させて修二には何も言わないことにした。
そしてその日がやって来た。
もう大会は目前となっていたある日の昼休み、私の教室にいきなり仁志君がやって来た。
その時の仁志君の顔は今でも忘れない。
優しさの欠片も無い、怒りに満ちた鬼のような形相で私に訊いてきた。
「修二の彼女と仲良くしていた男子のテニス部の男を知ってるか? 知っていたら名前とクラスを教えてくれ……」
物凄い迫力で私に迫ってくる仁志君。私は一体何があったのか全く訳が分からなかったので何も答えることができなかった。
そして……少し考えて…… ハッ!…とした。
―――ま、まさか…… 修二の彼女に何かあった?……
呆然としている私になおも仁志君は訊いてくる。……いったい何処のどいつなんだと…。
私は今までのいきさつを簡単にまとめて仁志君に話した。修二の彼女に近付いていた男の子の名前も…。
すると仁志君は教室から飛び出していった。
その日の放課後、3年生の皆は一様にざわついていた。
後で聞いた話だけど、私のクラスを飛び出した仁志君はその男の子のクラスに向かい、教室に入ってその子を見付けると胸ぐらをつかんで廊下まで引きずり出し、そのまま何処かへ連れて行ったらしい。
その後、二人は職員室に呼び出され、教師から事情を訊かれることとなる。
その時の男の子は殴られてボロボロになっていたらしいが、仁志君が「ただの喧嘩です」と言い張り、その男の子もそれを全く否定しなかったので、結局は喧嘩両成敗となったようだった。
多分その男の子も喧嘩を否定して詳しく理由を訊かれるのが困るからそれをあえて否定しなかったんだろうと思う。結局は二人で口論になって喧嘩となった……それでこの件は終わることになった。
私は慌てて修二を探したが、修二は学校を休んでいた。そして彼女の方も同じように学校を休んでいた。次の日も、また次の日も……結局二人とも暫く学校を休んでいた。
やがて修二も彼女も学校に来るようになった。
―――そして彼女はテニス部を辞めた。
最後の大会に向けあれだけ頑張っていたのに、あれだけ実力があったのに…。
彼女は二度とテニス部の部室を訪れることは無かった。
それからすぐに大会は始まったが、3年生の私達はその騒動に影響され、思いっきり大会に打ち込むことができなかった。
男子の部員たちもその騒動を起こした男の子と、それに協力していたもう一人の男の子を締め上げて、その人達との関りを持たなくなっていった。
私も他の女子部員もその男の子達を恨んだ。
どうしてこんな大事な時期にいらないことをする?……
そして私は修二の彼女にも言いたかった。
―――どうして修二以外の男の子に心を許すの?
私の大事な幼馴染を傷つけられた… そんな恨みのような感情が湧きおこる。
だけど……もう一つのことも同時に頭に浮かんできて私は冷静でいられなくなる。
―――どうして私は修二に教えなかったんだ…と。
後の祭り… まさにその言葉通り。
教えればよかった、…そうすれば未然に防げた、…その後悔が私の心に重くのしかかって離れない…。




