第5話 計画開始
良音との話し合いから一夜が明けた。
現在、勇者たちはダンジョン十階層のボス、ミノタウロスに挑戦中。
手はず通り護衛の兵士役は分身に任せ、本体の俺はミノタウロスの後ろで【気配遮断】を使いながら勇者たちの戦いを眺めていた。
「行くぞ! 強撃!」
「私も! 風の刃!」
勇者たちは各々の武器でスキルや魔法を使い、彼らの三倍はあろうかという巨大なミノタウロスを次々に攻撃をしていく。
「ブモオオォォッ!」
そんな勇者たちの激しい攻撃を受けるミノタウロスは、痛々しい叫び声を上げて苦しみ悶えていた。
頭上に表示されている体力はすでに1400/3000と半分を切っており、この調子なら何事も無く勇者たちはミノタウロスを討伐出来るだろう。
ふっ、だがそう簡単にお前たちに倒されてもらっちゃ困るんだよ。
俺は【神毒霊薬生成】で作っておいた特製の狂化薬が入ったビンを懐から取り出し、フタを開けて持っていた投げナイフの先端に軽く塗りつける。
この狂化薬は、摂取した目標を狂暴化させるだけでなく、体力の増加や力の上昇、レベルの一時的かつ大幅な上昇を促す俺自慢の逸品。
加えて成分調整もしており、効果は三ヶ月と長めにしてある。
さて……ではそろそろ始めるとするか。
そして俺は、狂化薬を塗った投げナイフをミノタウロスへ向けて投げつけた。
「ブオオオオォォォッ!」
ナイフがミノタウロスの太ももの裏に刺さった瞬間、その姿がいきなり変容し始め、今まで攻撃していた勇者たちが手を止めてざわつき出す。
「なっなんだ!?」
「一体何!?」
ミノタウロスの茶色の肌が一気に真っ黒に変色し始め、目も真っ赤に血走っていくとともに、体力の上限が10000と一気に三倍を越え、残り三割だった体力も全回復した。
「レベルが……! さっきまで頭の上に表示されてたのが10だったのに、なぜか80に増えてる!?」
勇者の一人が身体を震わせながら叫ぶ。
「一体どういうことだ!? いきなりレベルが上がるミノタウロスなんて聞いたことがないぞ!?」
「魔物のステータス表示が壊れたのか!?」
「いや、姿も変わってるし明らかに普通のミノタウロスじゃない! ここは一旦撤退しよう!」
護衛の兵士、将軍たちも途端に慌て出す。
「ブモオオオォォォッ!」
そして狂化されたミノタウロスは口から大量のよだれを垂れ流しつつ、手に持った木の大槌をがむしゃらに振り回し始めた。
「ひいいぃぃぃっ!」
「たっ助けてくれえ!」
狂暴化前より数段威力の上がったミノタウロスの攻撃によって、勇者たちを守ろうと前に出た兵士たちは吹き飛び、叩き潰されていく。
「みんな、逃げろぉ! うわあああぁぁぁっ!」
俺の分身にも勇者たちをかばうように前に立たせ、ミノタウロスに一撃によってぺしゃんこにさせておいた。
よしよし、良い感じに死んだな。
今後自由に動くためにも、俺を死んだことにするのは必要な行為。
だがスキルで生み出した分身は、体力が尽きると身体が霧のように消えてしまうだけ。
単に殺されたところを見せただけでは死体が残らずに疑われる可能性がある。
なので俺は、事前に分身の背負っていたカバンへ大量に獣の血や肉、骨を入れておく一手間を加えておいた。
その甲斐あって分身が潰された瞬間、カバンの中身が一気に周囲に飛び散り、近くにいた勇者たちの身体を濡らしていった。
「にっ逃げろおおお!」
「死にたくないぃ!」
兵士たちの無残な死に様を見た勇者たちは戦意を喪失し、一目散に入ってきた部屋の扉へと殺到する。
そして同じように逃げてきた兵士たちと押し合いになり、我先に外へ出ようと醜い争いを引き起こしていた。
ここをゲームの世界と思っていても、やはり死ぬのは怖いか……ふっ。
その光景を眺めながら、俺は次の手を打つ。
「【魔法剣・火】」
俺は右手に、メラメラと真っ赤に燃える小さなナイフほどの魔法剣を一本作り出す。
そして昨日、部屋の隅の地面に埋めておいた爆破薬に向けて投げつけた。
魔法剣は地面に突き刺さってビンを割り、火に触れた爆破薬は次々と大爆発を引き起こす。
その爆発によって部屋の一角に地の底まで落ちていくような深く巨大な大穴が形成された。
この『神の試練』では、挑戦者の不正防止のために階層の地面に穴を掘って次の階層へ行こうとした場合、問答無用で空間をねじ曲げ最下層まで落とされ、一定時間が立つと穴も塞がってしまう仕様となっている。
だが、今回はレベルの高い魔物が多い最下層で手っ取り早く良音の育成を行うため、その仕様を逆手に取ることにした。
よし、これで準備は万端だ。
大穴をのぞき込みながら、俺はにやりと笑う。
さて……向こうはどうだ……?
そして今度は肝心の良音を見てみると、彼は腰を抜かして尻餅をついている琴葉の側にいて、ミノタウロスに片手で盾を向けつつ、空いている手で琴葉を起こそうと必死に腕を引っ張っているようだ。
その足元には俺が渡した超硬化薬のビンが転がっていた。
ふむ……そろそろ頃合いか……。
俺は自分が横に立っている大穴から少し離れた位置の良音に聞こえるよう、合図の指笛を大きく吹き鳴らす。
「――っ!」
その音に良音はビクッと反応し、俺がいる大穴を一瞥した後、琴葉の手を離してこっちへと走ってきた。
「化け物め! 俺が相手をしてやる! 【挑発】!」
そして大穴の前で良音はミノタウロスに向け、スキルを発動させる。
「ブモオオォォォ!」
ミノタウロスは大勢の人間がいる扉の方へ向かおうとしていたが、良音のスキルによって急激に進路を変えて走り出す。
「うう……怖くない……怖くない……僕が……僕が委員長を助けるんだ!」
良音は俺の横で盾を両手に構え、迫り来るミノタウロスを真っ直ぐ正視しながら、自分に言い聞かせるよう必死につぶやき続けていた。
そして次の瞬間、振りかぶって放たれたミノタウロスの大槌が俺の鼻先をかすめて良音に襲いかかった。
ミスリルの盾に木の大槌がぶつかった甲高い金属音が部屋中に響き渡る。
「ぐうぅっ!」
超硬化薬のおかげで良音はミノタウロスの一撃は問題なかったが、全身を襲う衝撃までは抑えられず、足は宙に浮き、後ろの大穴へと真っ逆さまに落ちていく。
「うわあああぁぁぁ――……」
「良音くん……良音くん――! 嫌あああぁぁぁ!」
俺は良音が無事穴へ落ちたのを確認したあと、琴葉の方を見た。
琴葉は悲鳴を上げながら兵士たちによって両脇を抱えられ、激しく暴れながらも部屋の外へと連れ出されていったようだ。
他の勇者たちもほとんどが部屋の外へ出ていっている。
少々良音の悲鳴が不自然な感じだったのは不満点だが、まぁそれ以外は概ね計画通りだな。
俺は念のため、ミノタウロスに麻痺薬を塗ったナイフを再び投げつけ、勇者たちが無事に逃げれるよう動きを止めてから、良音の落ちていった穴へと飛び込んだ。
「【空中歩行】、【ダメージ無効(落下)】」
穴に落ちた俺はすぐさま空中を足場に出来るスキルを使い、何度も空を蹴って加速し、先に落ちていった良音へとぐんぐん近づいていく。
「よっと!」
「うわっ! ファースさん!」
そしてどうにか追いついた俺は、両手をばたつかせていた良音を抱きかかえることに成功し、その直後に地面へと降り立つ。
「はぁ……はぁ……怖かった……」
顔を真っ赤にし、荒い息を吐く良音を見ながら、俺はニッコリ笑った。
「ようこそ、『神の試練』の最下層である50階層へ」
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