第三話 仲間にするための計画。一段階目
さて……始めるか。
俺は今、以前ダンジョンで聞きだした勇者たちの居住場所である王城横の宿舎、良音の部屋の前にいる。
ここに良音が帰っているのは分身からの視界で確認済み。
そして俺は【気配遮断】を発動させたまま、扉を軽くノックする。
「はーい、委員長かな?」
目論見通り部屋の奥から声がして、パタパタと足音が近づいてきた。
俺はすぐに扉の横の壁に張り付き、良音が開けるのを待つ。
「あれ? 誰もいない……気のせいだったのかな」
良音は顔を出し、真横にいる俺に気づくことなく何度か廊下を見渡した後引っ込もうとする。
すかさず扉が閉まる寸前に足先を隙間に滑り込ませた。
「えっ……なんで閉まらないの?」
突然のことで、ガチャガチャと扉を引っ張る良音。
俺はすぐさまドアノブを掴んでいた良音の手を振り払って後ろに倒し、素早く部屋の中へと入るとともに、扉を閉めて後ろ手で鍵を掛けた。
「【気配遮断】解除」
スキルを解除して、良音の前に姿を現す。
「えっ!? ファースさっ――ムグッ!?」
良音は驚き、慌てて声を出そうとしたが、即座に左手で口を塞ぎつつ、右手で脇に差していた投げナイフを抜いて良音の首に突き付けた。
「静かに。俺は君と話をしに来ただけだ」
ナイフの先をチラつかせながら、良音に静かになるよう脅しをかける。
「――っ!」
良音は何度も頷き、すがるような目を向けてきたので、俺は口をふさいでいた手を離した。
「よし、部屋の奥まで入れ。ここでは廊下に他の勇者がいたら気づかれるかもしれない」
良音を立たせると、ナイフを背中に当てながら先に歩かせる。
「ファースさん……どうして?」
「理由はすぐに教えてやるさ」
身体を震わせ怯える良音を部屋の隅にあるベッドに座らせ、俺は小さな机を挟んで向かい側の椅子に座った。
もちろん、ナイフは向けたままで。
「さて……手荒なことをしてすまないが……さっき言ったとおり君に大事な話があってね」
「お話……?」
「そうだ。まぁ長々と説明もなんだし、まず結論から言うとしよう……残念だが、君たち勇者はこのまま魔王を倒しても元の世界には帰れない」
「え……? 一体、どういうことなんです? 魔王を倒しても帰れないって……?」
「言葉通りの意味だよ。たとえ魔王を倒しても君たちは帰れず、王の奴隷として一生を過ごすことになる」
「ちょっちょっと待って下さい! ここってゲームの中ですよね? ここから帰れないってどういうことですか!? それに奴隷って一体?」
ゲーム……以前良音から聞いた話によれば、自分の夢や理想を疑似的に叶えてくれる楽しい玩具だそうだが……。
俺は静かに首を振って否定した。
「いいや、この世界は前に君が言っていたゲームなんかじゃない。紛れもなく現実の世界。君たちは魔王を倒す勇者として異世界から連れてこられたんだよ」
同時に俺は、ここが現実であることを分からせようとナイフで自分の左手の人差し指を軽く切る。
傷口からは血がしたたり落ちて机を濡らしていく。
「――っ! 何を!?」
そして良音が叫ぶよりも先に、俺は血の流れる人差し指を良音の開いた口へと突っ込んだ。
「がっ――!?」
「君の言うゲームでは感じられるのか? この血の味も、温かさも」
指を口に突っ込まれたまま、良音は俺の血をゴクリと飲み込んで存分に味わった後、ハッとして首を横に振った。
「分かれば良い」
良音の口から指を抜き取り、ハンカチで唾液と血を拭く。
「……じゃあこの世界がファースさんの言うとおり現実だとして、僕たち勇者が王様の奴隷になるってどういうことなの?」
良音が不安そうに尋ねてくる。
「それを説明するにはこれを見てもらうのが早い」
そう言って俺は懐から鑑定珠よりも一回り小さい水晶玉を取り出し、良音の前の机に置いた。
「これは……?」
「これは記録珠。魔力量に応じて、周囲の状況を映像で一定時間記録してくれる物だ」
そして俺は記録珠に手を置き、魔力を流し込んで起動させる。
「記録珠、再生」
するとその上に、過去に記録したとある一室での光景が鮮明かつ立体的に浮かび上がってきた。
「ここは?」
「王城にある隠し部屋の一つだ。王様や大臣はよくここで大事な話合いをするのさ」
斜め上からの視点で映し出された部屋は窓も無く、防音性を高めるために全て布張りされており、家具は中央に十人ほどが座れる長机と椅子が置かれているだけ。
そして机には四人の男性が座っている。
「この部屋にいるのは王様と将軍、眼鏡を掛けた太っちょが財務大臣、ひげ面が外務大臣だ」
王様や将軍はともかく、他の二人は良音も知らないと思って教えておく。
映像の中の王が口を開くと、記録珠から声が流れてきた。
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『さて、我らサルベリア大陸のグリンガム王国は来週にも勇者召喚の儀を始めるつもりだが……ピエール外務大臣、残る四大陸にある召喚の儀が可能な国で、準備は進んでいる様子はあるのかね?」
王の質問に対し、ひげ面の外務大臣が答えた。
『いえ、ガルム王。集めた情報によればどこも貴族の内乱や全土で魔族による反抗、王位継承権争いでそれどころではなく、今回の儀式はほぼ間違いなく我らが実行出来るかと』
『そうかそうか……我が大陸内の全ての国も、我らがたっぷり金と脅しを送っておいたおかげで、勇者の処遇は我らに任せると賛同を得たぞ』
『これで召喚の儀に対する障害はほぼ無くなりましたな』
今度は眼鏡を掛けた太っちょの大臣が口を開く。
『そうだなロボス財務大臣。では聞くが、勇者たちが魔王を倒した後、暗黒大陸への侵攻に必要な資金や物資の確保も済んでいるか?』
『もちろんです王。捕らえた魔族や掘り出した貴重な鉱石を運ぶための運搬船は着々と数を増やし、彼らを従わせる隷属の首輪も数を揃えております』
『うむ、それならばよい』
『先代の王も四十年前の魔王討伐後、暗黒大陸で相当数の魔族を捕らえ、掘り出したミスリル鉱石などの資源と併せて大金を稼ぎ、現在に続く王国の繁栄の礎を築きましたからな。くっくっく』
ひげ面の大臣が笑い出すと、王も釣られて口元を歪めた。
『ふふっ、全くサーダイン様には感謝せねばなるまい。勇者という力を与えてくださったおかげで魔王も脅威ではなくなり、こうして我らの繁栄が続くのだからな』
『ではガルム王、召喚に無事成功したとして勇者の処遇はいかにしますか』
将軍が机から身を乗り出しながら王に尋ねた。
『決まっておろう。召喚次第、有用なアイテムだとか言って、勇者にも隷属の首輪を着けて奴隷にしてしまえ。魔王を倒した後の他国への圧力として必要な存在だからな。しっかり手綱は握っておかねばならん』
『ははっ! 勇者用の首輪は特別製になりますので準備に時間が掛かりますが、なんとしても召喚までには間に合わせましょう』
『うむ! これで金も力も手にした我がグリンガム王国の未来は安泰よ! はっはっはっは……』
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王の高笑いを聞きながら、記録珠の映像は唐突に途切れた。
「そっそんな……」
記録珠の映像を見た良音の顔は真っ青になっている。
「ちなみに将軍が言っていた特別な隷属の首輪だが、俺が調べたところだと昨日でやっと数は揃ったようだ。明日の十階層挑戦前には勇者全員に配られるだろうさ」
「み……みんなに……みんなに知らせなきゃ!」
良音が慌てて立とうとしたのを見て、俺はすぐさま近づき、肩を押さえつけてベッドに座らせた。
「離して! みんなに王様たちの陰謀を知らせないと!」
「知らせてどうする。王が勇者を奴隷にしようとしているなんて話を、他の奴らがすぐに信じると思うか?」
「今の水晶玉の映像を見せればきっと信じてくれる! そしてみんなで力を合わせて王様たちをやっつければ!」
「倒してどうする? 王に刃を向けるということはこの国への、そして人間たちへの反乱だ。この世界を敵に回すのか?」
「うっ……」
「それに一般兵士はともかく、王の周りには基本レベル50や60の近衛隊や将軍が控えている。いくら勇者とはいえ、まだレベル10かそこらの連中が勝てるような相手じゃないぞ」
「でっでも……!」
「加えて聞くが、事実を知った君が他の勇者たちに陰謀を話したとして、全員を納得させられるだけの力や人望が君にはあるのか?」
「そっそれは……」
「たとえこの記録珠を勇者たちに見せたとしても、君自身に信頼されるだけの器がなければ無駄なこと。誰かに嘘でも吹き込まれたんだと論破されるのがオチだろうさ」
「うう……」
「さらに王にまで話が伝われば、君は速やかに捕らえられてこの記録珠は破壊される。そして隷属の首輪を無理やり付けられて他の勇者たちと引き離され、その綺麗な顔でお楽しみの道具となるだろうな」
「……」
反論できなくなった良音は力なくうなだれた。
「うう……じゃあ、どうすればいいのさ……このままみんな王様の奴隷になって、一生ここで生きていかなくちゃいけないの?」
「いや、一つだけ勇者たちの窮地を救える、君だけにしか出来ない方法がある」
俺は良音に対し、指を一本立てた。
「え……?」
「簡単だ。君が俺と世界各地の『神の試練』を周ってレベルを上げ、他の勇者たちよりも先に魔王を倒す。そしてその後で首輪を付けられた勇者たちを救い出すんだ」