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第二話 仕込みは大事

「よっしゃあ! 今の魔物でレベルが8に上がったぜ!」


 勇者の召喚から数日が経ち、俺は王都近くにある地下五十階層からなるダンジョン『神の試練』へ来ている。


 ここでの目的は、勇者たちのレベル上げの護衛。


 この『神の試練』はその名の通り神様が人間たちに腕試しの場として与えたものらしく、世界に点在する他のダンジョンよりも中にいる魔物から得られる経験値が高いというお得な場所だ。


「私も! レベルが上がって風属性の新しい魔法が使えるようになったわ!」


「俺もレベルが上がったぞ!」


 ダンジョンは岩壁をくりぬいたような洞窟で、通路は大人が10人並んで歩いても余裕なほど広く、壁の中の鉱石が魔力によって発光しており、かなり先も見通せるほど明るくなっている。


 内部は小部屋や袋小路などが点在していて一見すると迷いやすい構造だが、すでに詳細なマッピングも行われており、全階層を網羅した地図が販売されているほど。

 そういうこともあってか駆け出しの冒険者や戦士たちには人気のダンジョンである。

 

「聞いてくれ! 現在は九階層で、この下の十階層には中ボスに当たるミノタウロスが行く手を阻んでいる。討伐推奨レベルは9か10なので、勇者たちはその辺りまで頑張ってレベルを上げてくれたまえ!」


 集団の先頭では、勇者たちに並んで将軍が指導で声を張り上げ、その周りでは嬉しそうにレベルアップや新しい技、魔法の取得を喜ぶ勇者たちが声を上げている。

 

「ふわぁぁ……勇者様たち頑張ってるなあ」


「だなあ……」


 俺はそんな勇者集団の後方でのんびりと様子を眺めていた。


 浅い階層は魔物も弱く、多くのスキルや魔法、そして俺たちの装備している安物の鉄製装備とは違い、王国から与えられたミスリルや魔法の武器などの高価な装備。


 それらおかげで、レベルの低い勇者たちでも火力は過剰。

 出てくる魔物はあっという間に消し飛ばされ、俺たち兵士に出番はない。

 隣にいる同僚なんかは、上司の将軍がいるのにあくびを隠そうともしない始末。

 

「まぁそのおかげで俺たちはこうやってのんびり勇者たちの背中を眺めているだけでいいんだ。楽できることをありがたく思わないとな」


「ははっ違いねえなファース」


 ファースというのは俺がこの国で使っている偽名である。


 だがそうして暇を持て余す俺の視界に、勇者たちの集団から弾き出されるように後方へ下がってきた二人が目に入った。


 一人は先端に赤い魔石がはめ込まれた木の杖を持ち、足首まで隠れた長く青いローブを着込む眼鏡の女性勇者。


 名前は……以前ステータスで見た時に表示されていたのは宮本琴葉だったっけな。


 もう一人はブカブカのミスリルの鎧と、身体が隠れるほどの大きなミスリル鎧、そしてナイフといっても差し支えないような短さの小剣を装備した良音。


「ああ、またあの子か……あの子がいくら勇者でも、職業が火力の無い『盾使い』じゃ魔物も倒せなくて経験値なんて稼げるわけないよなあ」


「そうだな……召喚の時にステータスをチラッと見たけどスキルも全然無かったし、レベル上げは厳しいだろうな」


 同僚のぼやきに俺は頷く。


 まぁ……彼を仲間にするためには、弱いままでいてくれたほうがなにかと説得しやすい。

 万が一でも魔物を倒してレベルを上げ、自信を付けてしまうとこちらとしては少々困るところである。


 なので俺は彼の装備をわざと体格に合わない物にすり替えたり、【影分身】で俺の分身を生み出して勇者たちの先にいる魔物を適度に間引くというちょっぴりせこい手を使ったりもしている。


「ごめんなさい……委員長。僕、全然役に立てなくて……」


「いいのよ、あなたの分も私が頑張るから、良音くんは後ろで少し休んでいるといいわ」


「うん……ごめんなさい」


 そんな俺の仕込みのおかげもあってか、初日から二人はいつもあのような感じ。

 毎日良音が魔物討伐で忙しい他の勇者たちから邪魔者扱いをされて追い出され、それを琴葉が慰めるという図式だ。

 今日も琴葉は泣き顔の良音に寄り添い、その顔や肩を撫でていた。


「それじゃあ、私はまた皆の所に戻るから、良音くんも元気になったらまた戻ってきてね」


 琴葉は良音にそう言い含めると、また勇者たちの集団へ戻っていく。


 そして残された良音はダンジョンの岩壁に寄りかかって盾を下ろし、楽しそうに魔物を倒していく勇者たちの背中を羨ましそうに眺め始めた。


「さて……俺はあの可哀想な勇者とお話に行ってくるよ」


「はは、いつものお守りを頼むぜファース」


 俺は同僚に手を降って別れ、良音の側へと駆け寄って同じように岩壁に寄りかかって話しかける。


「大丈夫かい? 良音くん」


「あっファースさん! だっ大丈夫です!」


 俺が来たことに気づくと、良音の顔がパァっと明るくなった。


「じゃあ今日は食べ物の話でもしようか」


「はいっ!」


 俺は良音の信頼を得るため、ダンジョン挑戦初日からこうやって話しかけ、お互いの世界について話し合ったりしている。


 最初は腰が引き気味だった良音も、根気よく話しかけているうちに俺に慣れてくれたようで、いつしかこっちの姿を見てニッコリ笑いながら手を振ったり、ダンジョンから帰る時に二人で話をしたりするなど良い関係が築けてきていると思う。


「……へえ、向こうじゃ暑い日でも果物の汁を簡単に凍らせて冷たく食べられるんだ……」


「はい! シャーベットって言うんですよ」


「こっちでは水魔法に物を凍らせる魔法があるが……知り合いが使えるから一度試させてみようかな?」


「でも、凍らせすぎると逆に美味しくなくなっちゃうらしいですから気をつけないとダメみたいですよ」


「そうなのか……」


 今日も楽しく会話は続き、先ほどまでの良音の泣き顔はどこへやら。


 この感じなら大分信頼は稼げているようだな。

 できればあともう一押し欲しいところだが……。


 俺がそんなことを考えつつ良音を見ていると、ふと彼は勇者たちの方に視線を向け、小さくため息をついた。


「ねえファースさん」


「なんだい?」


「僕って……やっぱりいらない子なのかな?」


 背の小さい良音が助けを求めるような顔で、俺を見上げながら訴えてくる。

 

「僕……学校ではこの女の子みたいな顔のせいでいつもいじめられてて、委員長はかばってくれるけど他の同級生は誰も助けてくれないんだ……」


 自分と違う、そして弱い者をいじめるというのは、やはりどこの世界にでもあるものなのだな。


「だから、このゲームに参加させられたときは、僕も男なんだってところ見せてみんなを見返してやるって意気込んだけれど、僕の職業は役に立たない『盾使い』でこうやってみんなから弾き出されちゃって、結局いつもと変わんなかった……」


「良音くん……」


「現実でもダメでゲームでもダメで……僕って生きている意味あるのかな……って思っちゃうんだ」 

 

 こういう悩みを打ち明けられたということは、かなりの信頼を得られている証。

 ならばその悩みを解消してやれば、さらに信用してもらえるということだ。

 さて……そうなると俺の言うべき言葉とは……?


「良音くん、俺は君のこと役に立たないなんて思いはしないよ」


「……え?」


「だって、『盾使い』は単に火力が無いだけで、ちゃんと必要な場面はある職業だからね」


「……本当?」


「ああ、『盾使い』の本質はその圧倒的な防御力。今は実感しにくいかもしれないけれど、このダンジョンを下に行けばどんどん魔物の体力は多くなり、攻撃もどんどん強くなってくる。そんな時こそ君が【盾術】や【挑発】スキルが活躍するときだ」


「僕が……活躍する……!」


 俺がビシッと力強く指差すと、良音は指を指された自分の鎧や盾をジッと見つめた。


「それに数少ないとはいえ、レベルが上がれば【カウンター】とか攻撃スキルも覚えるから今は我慢の時さ。大丈夫、俺が今後の君の活躍を保証してあげるよ」


 俺は良音を励ますように肩を何度かポンポンと叩いてあげた。


「本当――!?」


「ああ、きっと他の勇者たちは向こうの世界でも隠された君の実力がまだ分かっていないだけさ。安心してくれ、《《俺だけ》》は君のことを分かっているからね」


「……はい……はい――!」


 良音は目から溢れてくる涙を拭いながら、何度も頷く。


 よしよし、良い感じに励ませたな。


 俺は良音との信頼関係の構築に手応えを感じていた。


「全員集合――!」


 すると集団の方から将軍の声が飛んでくる。

 どうやら今日のダンジョン挑戦はここで終わりのようだ。


「さあ、良音くん。皆の所へ戻るといいよ」


「はい! ファースさん、ありがとうございました!」


 大きく手を振る良音に俺は小さく手を振り替えす。


 そうして勇者の集団は元来た道を引き返し、俺たち兵士もその後をついてダンジョンから離れてゆく……。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「よし、もう誰もいなくなったな」


 しばらくして、静かになったダンジョンの中で俺の声が響き渡る。


「さて……今日の夜にでも良音に話を切り出すか」


 さきほどの会話の感じなら、少し強引に事を進めても問題はなさそうだ。


「それと、明日には勇者たちが十階層のミノタウロスに挑戦するだろうし、その前にボス部屋に仕込みをしておかないとな」

 

 俺は懐から透明の液体が入ったビンを取り出すとともに、九階層の先にある階段を降り、十階層にあるボス部屋の扉の前に立つ。

 

「【影分身】視界共有」


 まず先に、俺は勇者たちが今どこに居るのか確認しようと、護衛の兵士としてさっき入れ替わった分身の視界を自分に共有させた。


 するとすでに外を出て、王城へと帰っていく勇者たちの背中が視界に映し出される。


「勇者たちはちょうどダンジョンを出た辺りか」


 俺は【影分身】からの視界を切り、他人から一切気づかれなくなる【気配遮断】を使ったままボス部屋に侵入してミノタウロスに気づかれぬよう部屋の隅へと移動する。


 そして先ほどの瓶に入った液体……火に触れると大爆発を起こす爆破薬を一カ所に何個も設置した。


「よし、ここでの仕込みは完成だ」


 俺はぐるりと部屋を見回した後、元来た道をたどり地上へと戻っていった。


作品を閲覧いただきありがとうございます。


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