二度目の入院
翌朝。
「パパー、早く来てー」
庭でママさんの叫び声がした。
ジュンがいそいで庭に出てみると、リョウベエがママさんに抱き起こされていた。
「リョウベエ、だいじょうぶか?」
パパさんの問いかけにも、リョウベエはなんの反応もしなかった。目をとじ、ぐったりしている。
「草むしりしてたんだよ。ほら、手に土が」
ジュンの言うとおり、リョウベエのそばにはむしったばかりの草の山があった。
「休んでろって、あんなに言っておいたのに」
パパさんは不思議に思った。
正常なロボットは、主人の命令に決してそむくことはない。そむくということは、どこかが正常でないということになる。
「もう良くならないかもな」
「リョウベエ、そんなに悪いの?」
「ああ、大事なところがかなり悪いらしい。そこが故障したら、今度こそダメだそうだ」
「ダメって?」
「いっしょに暮らせなくなるってことだ。定期検査で不合格のロボットは解体されるんだ。法律で、そう決まってるんだよ」
「パパ、じゃあ早く病院に」
「ああ、これからすぐに連れていかなきゃな」
「わたしも行くわ」
「ボクも」
ママさんとジュンも心配で、パパさんについてロボット病院に行くことになった。
リョウベエは精密検査が終わって、診察室のベッドの上で眠っていた。
診察室にパパさんが呼びこまれる。
パパさんは診察室に入るなり、すぐにリョウベエのそばに行き顔をのぞきこんだ。
「先生、どうでしたか?」
「かなりひどい状態ですね」
「良くなりますか?」
「せいいっぱい努力はしてみますが、こんどばかりは保証できかねますね」
「お願いします」
パパさんが先生に向かって頭をさげる。
「リョウベエくんの場合、もっとも大事なところがですね……」
先生はそう言って、ディスクのような小さな部品を見せた。
「これを交換することは、法律でかたく禁止されてるんですよ。交換したら、リョウベエくんじゃなくなりますからね」
「それにはどのような役目が?」
「人間でいえば脳にあたる部分です。これがこわれたら、ロボットは鉄のかたまりにすぎません」
「では脳の治療を?」
「そういうことです。ですから、今回は覚悟をしておいてください」
「わかりました」
パパさんはうなずいてから、ずっと気にかかっていたことをたずねた。
「それにしても、どうしてわたしの命令にそむいたのでしょうか? 休んでいるよう、強く言っていたんですが」
「故障をすると、よくそういうことがあります。だからこそロボットには定期検査があるんです。主人の命令にそむくというのは非常に危険なことですからね」
「それで解体を」
「そのとおりです」
「ずっといっしょに暮らせる、そう思っていたんですがね」
「残念ですが、ロボットはいずれこうなるんです。どんなロボットでもですね」
先生は立ち上がり、リョウベエから取り出した部品をパソコンにセットした。
「リョウベエくんの記憶をお見せしますので、できたら奥さんたちにも」
先生が案内ロボットに、待合室にいたママさんとジュンを連れてくるように命令した。
ママさんとジュンが診察室に入ると、先生はパソコンの操作を始めた。
「これは故障したときからの、リョウベエくんが目をとおして残した記録です」
パソコンの画面を三人に向ける。
それにはトラックのレーンが映っていた。
それからすぐに画面の風景が回転を始める。リョウベエが地面を転がっているのだ。
回転が止まると、テントの中に多くの笑い顔が映し出された。
――あっ!
ジュンは自分のうしろ姿を見つけた。そう、あのときはずかしくて逃げ出したのだ。
風景がゆらぎ始め、応援の人たちの顔もゆらぐ。
それでも画面は進んだ。故障しながらも、リョウベエは走り続けているのだ。
白いテープが大きくなって目の前になった。
みんなが声援を送っている。
と、そのとき。
画面がいきなり真っ暗になった。ゴールしたところで完全にこわれたのだろう。
――リョウベエ……。
ジュンは胸がしめつけられる思いだった。
「あんなに応援されちゃって。故障してても、ゴールまでがんばったんだわ」
ママさんが涙をぬぐう。
「リョウベエ君は、なんともすばらしいロボットのようですね。わたしもせいいっぱい、治療にがんばらせていただきます」
先生はそう言って、ベッドで寝ているリョウベエを見たのだった。