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龍吟の琴  作者: みなきら
龍吟じて、雲を呼ぶ
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神狐の鏡

 渦の中は満天の星空で、天の川に取り込まれてしまったような心地になる。


 大狐の姿となった天狐は国常立尊の傍に寄り添うようにしていたが、その周りは薄いシャボンの膜に覆われていて、動かずとも移動しているようで、周りの景色は後ろへ後ろへと飛び去っていく。


《主様、《結び》はどの辺りにあるのですか?》


 天狐が「ケン」と鳴いて問えば、国常立尊は「海色の星のさらに外だ」と教えてくれる。やがてオールトの雲が見えてきて、それも超えると暫くは何もない漆黒の中を進んでいった。


「先程渡した《鏡》はお前の身を守る。手元に用意しておくがよい。」


 そういうと自らも光に包み、武装する。その姿は天狐も初めて見るもので、白の鎧に、白の鞘の太刀を腰に佩き、所々に金と紫のあしらわれた神々しい姿であった。


《目立ちそうな格好ですね・・・・・・?》

「ああ、初めは《結び》にいると、印象付けねばならぬからな。」


 そして「兄者には少し痛い目を見てもらわねばな」と不敵な笑みを浮かべる。


「さあ、着いたぞ――。」


 小さな白い丸が見えてきて、そこを通り抜けると、一気に光の平原が見えてくる。


「ここが・・・・・・?」

「ああ、ここが兄者の星と我が星の結びの地。」


 ここを切り離せば、双子星は各々別の星系となり、互いに干渉出来なくなるという。


「この銀河の中、どこへ流れるのも別々となる。」


 ひとつの球の表面を剥いた時のように、Sの字を描く二つの渦の結び目は、国常立尊の気と同じように薄紫色の光を薄く放っていた。


「初めに光あれ、と神は仰せになった。」


 星となる前の散光星雲の頃から、この結びは天常立尊と国常立尊の星を繋いでいた。


「やがて神は光と闇をわけられた。」


 国常立尊の指さした先はどこまでも暗い闇が続いている。


「光は渦巻き、星となし、あとはお前も知っての通りだ。」


 国常立尊は天狐を伴いながら、光溢れる平原に降り立つと「どこで道を違えたのだろうな」と淋しそうに呟く。


《主様、お迷いならば、まだ引き返せます。》

「いいや、もう迷いはない――。」


 ただ残っているのは、在りし日には戻れぬという感傷だけだ。


「ここからは心せよ。あちらも、我らがこの地に来る事は予想がついていよう。」

《は・・・・・・。》


 と、途端に目に見えぬ何かに足を取られ、強く引っ張られる感覚に陥った。


「天狐ッ!?」


 目に見えぬ糸を断ち切るようにして跳躍すれば、少し焦ったような表情の国常立尊がいて、「ああ、良かった」と安堵の表情を浮かべる。


《今のは・・・・・・?》

「《滑車》だった。見えにくい糸で罠を張っていたのだろう。だが、今ので、大きな陽動は要らないようだ。」

《見つかりました?》

「ああ。事を急ぐぞ。」


 そう言うと「あれが《結び》だ」と光る六角柱を指さす。


「芯の部分は帰りでも良い。今はあの柱にお前の天雷を落としておくれ。」

《承知しました。》


 国常立尊は「頼んだ」と言いながら、飛んできた矢を剣で払い落とす。


「やはり、この鎧は目立つようだな。」


 矢継ぎ早に飛んでくる矢の様子に、天狐は一鳴きすると、雷電を生み、国常立尊の指示した結び目へと雷を落とす。


「よくやった。次へ行こう――。」

《主様、後ろッ!!》


 ひょうと空を切って丹塗の矢が飛んでくる。


 国常立尊は「シッ」と短く息を吐き、丹塗の矢を切り払う。しかし、その後ろから飛んできていたもう一本の矢に鎧の袖は砕かれた。


《主様――ッ!!》


 グッとくぐもった声とともに、国常立尊が膝を付く。国常立尊は肩口に刺さった矢を引き抜くと「返し矢となりて、射た者を貫け」と《呪》をかけて、飛んできた方へと投げ返す。すると、遠くで「ギャッ」と叫ぶ声が聞こえて矢の雨が一瞬止んだ。


「天狐、行くぞ。」


 鏡の中に逃げ込むと、国常立尊は纏っていた武具を消し、その肩に受けた矢傷に顔を歪める。


「抜かった。もう一本、飛ばしてくるとは。」

《主様、傷口の手当てを・・・・・・。》


 手当てのため、人の身に戻った天狐に「利き腕ではないから後で良い」と言ったものの、「なりませぬ」と腕を掴まれる。


「つ・・・・・・ッ!」

「毒矢ではないようですね。」

「だから後で良いと・・・・・・。」

「そのまま帰れば、赤狐が大騒ぎをして、風狐にはお灸を据えられますよ?」


 そう言われると国常立尊は諦めがついたのか、天狐の生み出した澄んだ水で傷口を洗い流す。しかし、国常立尊の顔色は悪くなり、表情も苦痛に歪んでいく。


「一旦、邸の庭にもどりましょう。」

「それは出来ぬ。まだ、姫君の神威を取り戻せておらぬ。それにあの雷だけでは星系同士の繋がりも完全には切れていない。」

「ですが・・・・・・。」


 そう言いながら、国常立尊は懐から小瓶を取り出して一気に煽る。


「龍の君にせよ、我にせよ。直ぐに殺しには来るまい。先程の矢に何か塗られていたにせよ、麻痺毒の類であろう。応急処置をしたら、次へ向かう。」


 天狐が「しかし」と言葉を濁せば、「いずこへも付いて参りましょうと言ったのは偽りか?」と言われる。


「手負いの状態で、敵の本丸へ乗り込むなど無謀過ぎましょう。傷を癒してからではいけないのですか?」

「ならぬ。そうしている間に彼の方の神威が尽きてしまう。」

「龍の珠姫の神威にございますか?」

「ああ。」


 地狐や空狐のように「なぜ」と問われるのかと思ったが、天狐は「そうですか」と答えただけだった。


「龍の珠姫の神威を取り返すのに、どれくらいかかりますか?」

「先程の結びに敵を惹き付けておけたとしても、そう長くはもたないだろう。」

「では、我が背にお乗り下さいませ。」


 そう言うと再び大狐の姿に変じて、口で咥えるようにして国常立尊を背に乗せる。


《乗れましたかでしょうか?》

「主を咥えるやつがあるか・・・・・・ッ?!」

《でも、そうせねば乗れませんでしょう?》


 カカッと笑う天狐は「しっかりお捕まり下さいませ」と言うと、鏡の世界から外に出る。


 そこは先程とは違い、黒を基調にした大きな建物の中だった。


 黒御影石のような柱と床。所々に灯された火の色は青く、神の宮にしては暗く冷たい印象だ。


《ここは・・・・・・?》

「兄者の宮の中だな・・・・・・。」


 天狐は国常立尊の案内に従って進んでいたが、先に進むに連れて国常立尊は「おかしい」と呟く。


《何か、おかしいのですか・・・・・・?》

「先程から兄者の側付きの者がおらぬ。」


 そして、「嫌な予感がする」と言うと、国常立尊は天狐に背から下ろして欲しいと頼んだ。天狐はその場に伏せ、国常立尊を下ろす。


 一歩、また一歩。


 漆黒の空間を進んだ国常立尊は、数歩歩んだところで突如として立ち止まる。


《主様?》


 しかし、国常立尊に天狐の声は届いていないようで、ただ呆然と前を見つめていた。


「兄、者・・・・・・?」


 ようやく声を絞り出すようにして、そう呟くと、よろよろと前に進む。


 本来なら玉座のある位置には、薄青色の液体の入った筒型の水槽があり、その中で虚ろな表情の男が漂っていた。


「兄者――ッ!!」


 国常立尊が悲痛な声を上げる。そして、周りに注意する様子もなく、突き進んでいく。天狐は天井にキラリと光るものを見つけて、国常立尊に続いて咄嗟に走り出した。


《主様、お待ちくださいッ!》


 水槽に触れようとした国常立尊の前に躍り出て狐火で壁を作る。驚いた国常立尊が立ち止まると、少し遅れてたくさんの光の矢が降り注ぐ。


「天狐ッ!!」


 と、天狐の持っていた鏡が輝き、篠突く雨のような光の矢を弾いた。


《主様の鏡のおかげで、命拾いしましたね・・・・・・。》


 ほうとため息を吐く天狐の横で、国常立尊が「すまぬ」と答える。そして、天常立尊の入った水槽を見上げて、その水槽から繋がった管の先に、大きな機械がある事に気が付いた。


 歯車は静かに回り、滑車が上下する。そのうちの幾つかは瑠璃色の輝きを放っている。その機械の先には石臼がついていて、星の(つぶて)を砂子に変えていた。


「先程まで結び目の庭にいた貴方が、もうこのような所にまで入ってくるとは。やはり貴方は期待通りの御仁だな。」


 不意に後ろから声を掛けられて振り返ると、神経質そうな細面の男が立っている。


 天狐は伏せていたのから立ち上がると、向かってくる男に威嚇で牙を向いて唸る。その様子に「どうやら国常立尊の神狐は躾がなってないと見える」と目を細めた。


「高皇産霊神・・・・・・。兄者にこのような仕打ちをしたのは貴殿ですか?」


 すると「高皇産霊神」と呼ばれた男はくすりと笑い「美しいだろう?」と話す。


「その姿のお前の兄は、もはや物も言わず、我が命を拒むこともない――。」


 にたりと笑う男の様子は禍々しいもので、国常立尊は間合いを取る。


「高皇産霊神の荒御魂よ、瑠璃の宮の姫の神威も貴殿が奪ったのか?」


 国常立尊が睨みを聞かせたまま尋ねれば、高皇産霊神はククッと喉を鳴らすようにして笑う。


「荒御魂? いいや、そんな低級なものではないよ。」


 そして、「私は災禍(わざわい)の神となった」と話した。


「災禍の神・・・・・・?」

「ああ、お主はおかしいと思わぬか? 天の理は天之御中主神が、天の力は龍の君が持っている。」


 それ以外の神はその理と力のおまけのような扱いだ。


「お主の星は天の理に反さず、天の力をもってなし得たようだが、瑠璃の宮の姫の神威を用いれば、天の理に沿わずに下から上へ持ち上げる事も、天の力を使わずに渦の向きを変えることも可能だ。」


 そう言うと災禍の神だと言う男は、国常立尊に「そろそろ土産物は届いた頃であろう?」と酷薄に笑う。


「お主は兄の天常立尊と違って聡く、賢い。瑠璃の宮の姫が、これに使われている歯車と滑車だと分かっているのだろう?」


 渦によって歯車は回り、歯車が回る事でまた別の渦ができる。


「そして、彼の姫の力が偉大な事も気が付いている。お主の(とこ)の力によって生み出される磁力。従えている天狐の力は天雷を生む。そこに龍の珠姫の持つ歯車の力が加われば、多くの機械(からくり)が操れよう?」


 国常立尊が黙り込む。


「なぜ彼の姫を喰らわなかった? 喉から手が出るほど欲しい女なはずだ。」


 国常立尊はぎりりと歯噛みをする。


「せっかくお前のために彼の姫の神威を残したというのに。彼の姫に絆されたか?」

「彼の方に何をした? 箱庭計画に彼の姫は関わりはなかったはずだ。」

「ああ、箱庭計画・・・・・・。あれは良い隠れ蓑だった。」


 そう言うと「私の狙いは最初から初めから彼の姫よ」と笑う。


「彼の姫が神威を引き剥がされる度に、軋んで、啼く声は実に素晴らしかった――。」


 瑠璃の宮の姫を捕え、その魂から神威を引き剥がした時は、生きながらに蝶の羽根を捥ぐ様で「ずっとあの啼き声を聞いていたかった」と嗤う。


「これからは機械(からくり)の世だ。そして、お主ほどその力を使いこなせる者もおらぬだろう。どうだ? 我と共にこの世を治めるのは。」


 男の周りはゆらゆらと禍々しい気が立ち込み始め、威嚇していた天狐もじりじりと後ろに下がる。一方、国常立尊は薄紫の気を立ち上らせていた。


「それが彼の姫から神威を奪った理由か?」

「ああ、そして、天常立尊と違い、彼の姫に止めを刺さなかった理由でもある。」


 国常立尊が去ってから少しして、天常立尊も高皇産霊神の異変に気が付いた。そして、龍の君に危険を知らせに行こうとしたらしい。


「それゆえ、先に天常立尊を捕え、お主の代わりに機械(からくり)に組み込んでみたのだが、この者は《張力》しか持っていなかった。」


 それでも、簡単な機械ならば瑠璃の宮の姫から奪った滑車と組み合わせて動力を得たが、国常立尊の持つ力には遠く及ばないという。男は首からいくつかぶら下がった瑠璃色の勾玉を抜き取ると、「この程度あれば十分だろう」と言って近付いてくる。


「さあ、これを喰らうが良い。さすれば、この世の半分をお前のものだ。」


 その言葉に国常立尊は僅かにゴクリと生唾を飲み込み、「是」とも「否」とも答えぬまま、手を差し出す。そして、忠誠を誓うかのように災禍の神となった高皇産霊神に跪く。


《主様・・・・・・?!》


 天狐が驚きの声を上げる。一方、高皇産霊神は青いラピスラズリで作られたような勾玉を国常立尊の手のひらに乗せる。


「やはりお前は聡く、賢い――。」


 そう満足そうな顔をして、高皇産霊神が国常立尊に近付く。と、次の瞬間、無数の光の縄が高皇産霊神を捕らえた。


「何――?」


 魔法陣が幾重にも高皇産霊神を囲うように展開し、国常立尊が天常立尊への弔いの祝詞を上げ始める。


「謀ったなッ!! 国常立尊ッ!!」


 かつて高皇産霊神だった者の声が、変声器を通した時のような歪んだものに変わっていく。


 一方、国常立尊は涙を浮かべて、中空に祈り続けた。


 浮かれる 天常立尊の御魂を

 高く尊く 広く厚き 御恩頼(御魂の振ゆ)に依りて

 思わざる穢れ 思わざる罪を 赦し給い

 天之日之若宮に 返し給え 納め給え


 やがて水槽の中の天常立尊は薄黄色の光となって、それを迎えに来たかのように、ふわりと光の中から神皇産霊神が姿を現した。


「私をこのような地まで呼んだのはお前か? 国常立尊よ。」


 肩を震わせて苦しげに咽び泣く国常立尊は、神皇産霊神の問いに辛うじて頷く。


「そうか――。あとは任せるが良い。今はお休み、吾子よ。」


 その言葉に急激な眠気に襲われた国常立尊は「お待ちください」と言って、瑠璃色の勾玉を見せ、朦朧としながらも巨大な機械に組み込まれた歯車を指差した。


 神皇産霊神が「分かった。それも必ず」と言えば、その言葉に誘われるかのようにして国常立尊は意識を手放す。


《主様――ッ?》


 国常立尊がぐらりと体勢を崩したのを見て、天狐が咄嗟に支える。神皇産霊神は国常立尊を天狐の背に乗せるのを手伝うと「心配せずとも神威の使いすぎで気を失っただけだ。大事ない」と話した。


 国常立尊に初めて会った時にも感じたが、目の前の女神からは清涼な気が漂っていて、心が洗われる心地がする。


「神狐よ、お前の主を箱庭の星に連れてお行き。」


 しかし、天狐が戸惑っていると、神皇産霊神が「何をぐずぐずしている」と眉根を寄せた。


《主の星は、まだ、この星らと結びが切れておりませぬ。このままでは我らの星は引きずり込まれます。》

「その事も心配せずとも良い。先程、繋がりは絶ち切っておいた。急げ――。」


 そして、天狐を鏡の内へと押し込む。それから禍々しい姿になった高皇産霊神と対峙すると、神皇産霊神は「主上にまつろわぬ禍津日神よ」と声をかける。


「愚かにもお前が《高皇産霊神》の名を今もなお名乗っていることを、天之御中主神はお怒りだ。そのまま、大人しく塵と化せ。」


 それが国常立尊に渡された鏡の中に飛び込んだ天狐が見た天常立尊の星の最後だった。

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