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龍吟の琴  作者: みなきら
龍吟じて、雲を呼ぶ
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空界蓮来

「それでどうなったのです――?」


 少彦名命の話を聞いていた柊吾が訊ねれば、「国常立尊の願いが高皇産霊神らに聞き入れられていれば、我らはこの世におるまいよ」と笑う。


「ともあれ天常立尊と国常立尊は喧嘩別れをした。」


⠀その後、国常立尊は進んで天野香久山に降り立ち「自分がいる間はこの地に紛い物を置くつもりはありません」と高皇産霊神らの申し出を突っぱねたという。


「一方、国常立尊と龍の君は、龍の珠姫の口利きもあって和解したと聞く。」

「では、一人で立ち向かわなくても良くなったのですね?」

「ああ、しかし、それが龍の君と龍の珠姫の名が、()()()()()()()()消えるきっかけになった。」


 《名》は消えても存在は消えはしない。


 少彦名命は「ただ別天津神としては国常立尊、龍の君、龍の珠姫の名は残らなかった」と話す。


「高皇産霊神は国常立尊らを《まつろわぬ者》と見なして別天津神からは追放した。もっとも、国常立尊はその前から神去りして天之御中主神の大宮を後にしていた訳だが。」


 しかも、高皇産霊神は龍の珠姫の神威の有用性に気づき、彼女から多くの神威を奪った。


「神から神威を奪う・・・・・・? そんなことが出来るのですか?」


 柊吾が驚いて尋ねれば、少彦名命は「その神を魂に戻し、力任せに引き剥がせば出来なくもない」と話す。


「高皇産霊神がやったのか、他の者がやったのか、今となっては分からぬ事だが、ともあれ、龍の珠姫がこの星に到った時には虫の息だったらしい。」

「なぜ、そうまでしてこの地へ?」

「さあ、それは俺にも分からぬ。だが、この三界ができる前、その時もこの星はとても美しかったそうだ。」


 そういうと少彦名命は「全ては母神である神皇産霊神の受け売りだが」と肩を竦める。そして、長い神代の話を始めた。


 ◇


 遠い昔。龍の珠姫の言葉に従い、太陽系までやって来た龍の君は言葉を失った。


 国常立尊の神威の気配を頼りに、一際美しい瑠璃色の星に降り立ってみれば、大量の水で出来た海が眼下に広がる。


 沸き起こる白い雲、時折、光る雷。


 そして、さらに近付いてみると大きな陸地が見えてきて、その岸辺の高台に立派な邸が建っていた。


 この辺りは穏やかに晴れ渡り、庭には様々な色の花が咲き乱れ、木々は青々とし、そよ風が吹き渡っていく。


「これは一体・・・・・・。」


 龍の珠姫に聞いていたよりも、いっそうこの星は美しく、龍の君はしばし何のためにこの星に来たのか忘れてしまったかのように、辺りを無言で見回した。


 青い海、光る水面、ざざんと聞こえてくるのは潮騒だろうか。やけに心惹かれてしまう。


「もうし、お客様。」


 その声にビクリとして邸の方を見れば、やがて邸からは白金の髪を結い上げた天女と、青みがかった銀の髪を垂らした天女が姿を現し、「ようこそおいで下さいました」と出迎えてくれる。


「お待ちしておりました。ささ、こちらへ。」

「主様もすぐにいらっしゃいます。」


 そして、その言葉通り、邸の奥から国常立尊が姿を現す。後ろには白金の髪に金目の男が付き添っている。


「このような辺境の地へ、遠方よりどうぞお越しくださいました、龍の君。」

「国常立尊、これは一体? 斯様な星は見たことがない。それに、この者達は? よもや()()()か?」

「いいえ、彼らは私の配下となった(きつ)にございます。この星の維持には外なる《水》と内なる《火》が欠かせませんから、彼らを管理下に置いたのです。」


 野放しにすれば災いとなる、雷雨、地震、大気振動、噴火、雪崩、洪水、暴風、地滑り。この八狐を統べなければ、この地は荒れてしまうのだと笑う。


「彼らはこの星に自ずと生まれた《精》。それをこの星の石を媒介に契約し結んだのです。」


 天常立尊の構想している神とは違い、自然に生まれた姿なき《精》に名を与えて縛っているのに過ぎないという。


 その話を聞くと龍の君は「高皇産霊神と天常立尊への備えか?」と口の端を上げ「つくづくお主は妖しの(わざ)を使う」と笑う。


「私は天の(ことわり)を紐解き、龍の君の《渦》の御力を微調整する為に名付けたに過ぎませぬ。ご自身の御力を《妖しの業》とおっしゃるのですか?」

「では、《酔狂者》だな。お主以外に、天の理を読み解いたり、我が力を微調整できるまでに使いこなしたりする者を他に知らぬ。お主とは和議を結ぶように珠姫に求められた時は、今ひとつ信用しておらなかったが、こう実物を見させられてしまうとな・・・・・・。」


 そう言って、くつくつと笑う龍の君は、瑠璃の宮で会った時とは違って気負った様子はなく、ずっと表情豊かで、その腕に抱かれている珠姫の事が無ければ、酒でも酌み交わしながら話でもしようと言い出しそうな雰囲気すらあった。


 国常立尊も「確かに酔狂者でなければこのような星を作ろうとは思わぬでしょうね」と笑う。そして、国常立尊は龍の君へ「ご案内申し上げます」と話すと、東の対の(きざはし)へと案内した。


「急ぎ設えましたので、至らぬところもあるかもしれませぬが、何卒ご容赦ください。」


 ここの風土に合わせたのであろう、木で組まれた邸は、今まで嗅いだことのない良い香りに包まれている。


「これは何で出来ている? 見たことのないものばかりだが。」

「これは《木》です。《木》はこの星の《気》から生じたもの。加工が比較的容易でしたので、邸を建てるのに使ってみたのです。」


 国常立尊に倣って(くつ)を脱ぎ、素足で邸の中へと上がる。なるほど木の邸は磐座で出来た宮よりも温かみがあり、足下より《気》が立ち上ってくるのを感じる。


「こちらをお使いくださいませ。」


 国常立尊に案内された局には白布の帷で囲われた(しとね)が用意されていて、龍の君は静かに龍の珠姫を横たえた。


「かなり熱が高いご様子ですね。替えの衣と氷も用意させましょう。」

「ああ、頼む。もう幾日もこのような状態で、一瞬、目を覚ましたと思ったら、またすぐに眠ってしまう。」


 龍の君は汗で湿り気を帯び頬に掛かった彼女の髪を払う。眠っている彼女の呼吸は浅く、目元に僅かに力が入り苦しげに見えた。


「もうこれくらいしか、してやれることがなくてな・・・・・・。」


 そう言うと龍の君は辛そうな表情になる。


 地位も、名誉も、何もかも――。


 龍の君がその全てを捨ててまで、この箱庭の星まで来たのは、今は眠る珠姫の初めての望みを聞いたからだった。


《もう一度、国常立尊の見せてくれた星々を見てみたかった――。》


 紺碧の星、空色の星、萱色の輪のある星、大きな赤斑の渦巻くマーブル模様の星。


 苦しそうに話す珠姫は最期の夢見るようにして「本当に綺麗なのよ」と話を続ける。


 瑠璃色の星の内から見る美しい夕焼けと煌めく海。


 暗い闇に浮かぶ白い真珠のような月と、砂子のような星たち。


《ああ、あの星から見た景色を兄様にも見せてあげたかった・・・・・・。》


 全てを過去形で話して、意識を失い、静かに目を閉じた龍の珠姫の涙をこぼす姿に、龍の君は強く胸を打たれた。そして、すぐに瑠璃の宮を捨てることを決心し、天之御中主神と神皇産霊神に暇乞いをして、ここまでやってきたのだという。


「では、瑠璃の宮ごとお捨てになって、こちらにいらっしゃったのですか?」


 国常立尊が驚きを隠せずに問えば、龍の君は自嘲気味に笑った。


「ああ、神皇産霊神には《星ひとつのために神去りするか》と呆れられた。だが、気がついたら身体が自然と動いていたのだ――。」


 龍の珠姫を眺めている龍の君の様子に、国常立尊は胸が潰れるような感覚に陥った。


 もし自分が龍の君の立場にあったなら、こんなに気丈でいられるだろうか。


 国常立尊は辛うじて「ああ、私も同じように呆れられましたね」と返答すると、龍の君もようやく顔を上げて「どうやら我も《酔狂者》の仲間入りのようだな」とククッと苦笑した。


「《酔狂者》同士の(よしみ)で、助けてはくれぬだろうか? もうお主ぐらいしか頼れるものがおらぬ。」

「天御中主神の大宮で何が起こったのです?」

「我が妹の神威を何者かが喰らったのだ。恐らく高皇産霊神の手の者であろう。」

「な・・・・・・ッ?!」

「恐らく我への牽制と、この瑠璃の星の仕組みを聞き出そうとでもしたのだろうが・・・・・・。」


 国常立尊はその言葉に目を見開き絶句する。


「天之御中主神は神去りの訴えをお聞き入れになり、お主を箱庭計画の推進に巻き込む事はならぬと仰られたが、それが高皇産霊神や天常立尊には気に食わなかったと見ゆる。」


 ここに来るまでの合間も幾度となく雉子の襲撃に合い、追い払いながら来たのだと言う。


「我が珠姫を見つけ出して助け出した時には、もう虫の息であった。」


 龍の君はその怒りのまま我を忘れそうになったが、彼女のささやかな望みを聞くと、龍の君は居ても立ってもいられず、全てを打ち捨ててこの星に降り立ったのだという。


 国常立尊は疲労の色を隠しきれていない龍の君の様子を労りながら、険しい顔付きのまま、絞り出すようにして、「そうでしたか」とだけ辛うじて答えた。


「ここは私どもで看ておりますから、龍の君も少しお休み下さいませ。局もご用意しております。」

「我が妹の受けた仕打ちに比べれば、このくらい何ということでもない・・・・・・。」

「しかし、姫が目覚められた時、少しでも龍の君がお窶れであれば、姫はご心配なさいますでしょう?」


 国常立尊は無理やり笑みを作ると「看る方が疲れ顔ではいけません」と龍の君を説得し、「天狐」と呼びかける。


「このまま龍の君を設えた部屋までお連れしておくれ。それから空狐と白狐は姫に氷と衣の用意を。」


 その言葉に付き添っていた三人は「御意」と答えて、天狐は「こちらへどうぞ」と話すと龍の君を先導し始めた。


 一方、空狐と白狐は水色の靄と白い靄を生み出して、くるりと靄を混ぜる仕草をすると、それぞれ氷水の入った桶と着替え一式を取り出だす。


「あとは頼んでもいいかい? 私は近くで待っているから。」


 その言葉に空狐と白狐は「仰せのままに」と御帳台へと入ると帷が下した。


 さらさらと衣擦れの音と、水の音がしてくる。


 国常立尊はふらふらと覚束無い足取りで広庇へと向かうと、局に背を向けて座した。


 外は夕暮れ時で、空の半分は茜色に、もう半分は藍色に染まり、天の川がうっすらと見えてくる。


 しかし、国常立尊の目にはその景色が映らぬほど、怒りに打ち震えていた。


 山は怒りに赤く染まり、海は悲しみに黒く染まる――。


 彼女から神威を力づくで奪った高皇産霊神も許せなかったが、国常立尊は何より彼女を巻き込んでしまった自分自身に憤っていた。


 ギリリと歯噛みをして目を閉じる。そして、せめて帳の向こうで眠っている彼女の気配を、感じていたくて、深呼吸して邸に満ちる気を探った。


 しかし、邸に感じられるのは龍の君の気配と八狐の気配ばかりで、珠姫の気配はほとんど感じられない。


(こんなにも、お悪いのか・・・・・・。)


 姿はすぐ近くにあるのに、珠姫の神威をほとんど感じられない事に衝撃を受ける。


 そして、代わりに感じたのは、追ってきたのであろう高皇産霊神の気配で、双子星である天常立尊の主星の近くに集った星々の気配だった。


 とたとたと足音をさせて近付いてくる地狐の気配にゆっくり目を開く。


「主様、大変です。外の星に守られてはおりますが、すぐ近くの星の元に数多の星が集まってきて、いつになく騒いでおります。」

「ああ、龍の君を追ってきた輩のようだな。二千、いや、三千だろうか――?」

「はい、細かな星々ばかりとは聞きますが、偵察から戻ってきた野狐もそれくらいであろうと申しております。」


 心配そうに「如何しましょう」と尋ねてくる地狐に、国常立尊は「捨て置け」と吐き捨てるように言った。


「この地の守りはそう簡単には破れぬ。ただし、すり抜けてくるものがいたり、御二方に害をなす動きがあらば、八狐の力をもってこれを全力で阻止せよ。天狐と地狐は龍の君を、空狐と白狐は龍の珠姫を守護し、他のものもすぐに応戦できるように控えよ。」


 その言葉に地狐が「しかしながら、それでは御身の護りが弱くなります」と話す。


「構わぬ。場合によれば刺し違えてでも、高皇産霊神と天常立尊を封じる。」


 国常立尊がいつになく刺々しい様子に、地狐は青ざめ「左様な事、主様にさせられませぬ」と話す。そして、時を同じくして、空狐と白狐が「終わりましてございます」と御帳台より出てきた。


 国常立尊と地狐のやり取りは、空狐と白狐にも聞こえていたのだろう。空狐はさらさらと衣擦れの音をさせて国常立尊のすぐ傍に腰を下ろすと「恐れながら申し上げたき事がございます」と話す。


「なんだ?」

「御二方が主様を頼られていらっしゃったのも、また、主様が御二方を大事に思われている事も承知致しました。しかし、それはこの星や御身を危険に曝すほどのことなのでしょうか?」


 国常立尊が空狐をひと睨みすると、空狐は「ひっ」と息をつまらせて苦しげな表情になる。今度は白狐が慌てて「主様」と止めに入った。


「地狐も空狐も御身が心配で申し上げているだけでございます! せめて天狐か地狐だけでもお傍に置いてくださいませ。」


 国常立尊は「言いたいことはそれだけか?」と三人に確認すると、地狐も空狐も白狐も頷く。しかし、国常立尊は三人を威圧したまま、その場に立ち上がると見下ろした。


「この(なり)を無くし、たとえ虚となろうとも、龍の御方とその珠姫はお守り申す。これは(うけ)いなり。」


 そう言うと胸元の勾玉を外し、生み出した光を閉じ込める。


「主様・・・・・・ッ!」

()()は覆らぬ。」


 そうして国常立尊は勾玉を地狐に渡すと「我が身を守りたくば、気を引き締めて御二方をお守りする事だ」と命を出す。それから地狐には持ち場に戻るように言い、空狐と白狐には人払いを頼んだ。

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