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龍吟の琴  作者: みなきら
龍吟じて、雲を呼ぶ
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天地開闢

 それは天地開闢の頃のお話――。


「その娘の真の名は私が生まれいでた当時にも伝わっておりませんから、《龍の珠姫》としましょう。」


 時は初めの神である天之御中主神がお生まれになったころで、まだ世は天地の境もなく混沌としていた。


 こう書くと、いかにも神話的な入り方なのだが、罔象女神曰く、別天津神の御世の話は「この宇宙の成り立ちの話」であり、天之御中主神については「彼の方はこの銀河の核そのもの」と話し出す。


「この銀河の核そのもの?」

「ええ。この地にあっては《天の川》と呼ばれる星々の集まりの中心に坐わす方。《天帝》とも呼ばれる方です。」


 罔象女神の話がやけに壮大で、柊吾はやや面食らってしまったが、「先日、楕円銀河の中心にブラックホールがあるのを観測したとニュースで流れていたでしょう?」と話し出す。


 どうやら柊吾が会った時は、柊吾が認識しやすいように人の姿をとってくださったようだが、天之御中主神とは天の川銀河の中心にあるというブラックホールの神なのだそうだ。


「東京大神宮でお会いしましたが、よもやそのような方だとは思いも寄りませんでした。」

「まあ、お会いになったの?」

「ええ、美しい金眼銀眼の方でした。」


 それを聞くと「御眼(おんまなこ)をお開きになられたの?」と罔象女神は驚きの声を上げる。


「ええ、火産霊神の力を手に入れてどうするのだと問われました。」

「それには何と?」

「何も望まぬ、と――。」


 それを聞くと罔象女神は「賢明な心持ちで良かった」と話す。


「もし、貴方に二心があれば、天帝は眷属となる事どころか、その生をお許しにならなかったでしょう。熾久は人の身ながら、つくづく危うい橋を渡っておいでね。」


 御簾越しにうっすらと見える罔象女神のシルエットが揺れ、僅かに笑った気配がする。しかし、もし天之御中主神のお眼鏡に適っていなければその場で無に返されていても可笑しくないと知ると、柊吾は愛想笑いさえ上手くできなかった。


「そう怖い顔をなさいますな。すでに過ぎた事でしょう?」

「そうはおっしゃいますが、そのように恐ろしき方だと、火産霊神には聞かされていなかったものですから・・・・・・。」


 とはいえ、説明された所であのように「何も望まない」などと答えられたか分からないから、逆に聞かなくて良かったのかもしれないと思い直す。


「それで天之御中主神がこの銀河の神だとして、天疎向津媛とどう関わるのです?」


 すると、罔象女神は「順番に話しますから、そう急ぎますな」とくすりと笑う。そして、罔象女神はこの銀河の初めは、ブラックホールと連星となっていた大きな中性子星を、天之御中主神が飲み込んだ事で生まれたと話した。


 中性子星はその形を崩しながら砕け散り、ブラックホールに飲み込まれると潮汐破壊現象を起こす。その結果、天之御中主神が最初に生んだのが、「降着円盤」という《塵芥》と時空を揺らす「重力波」という《漣》だったという。


「その塵芥と漣が、のちに八岐大蛇と呼ばれる《龍の君》と、天疎向津媛という《龍の珠姫》の御祖となりました。」


 重力波で揺れた降着円盤には揺らぎが生まれ、温度の高いところと低いところを生む。続いて、その温度差は《渦》を生み、同じようにして生まれた初期の銀河を引き寄せたり、迷い込んだ初期の星を引き寄せたりしていく。


「先に生まれたのは《龍の君》。銀河の腕とも呼ばれるそれは天之御中主神の眷属となり、星々を喰らう者となり、数多の恒星の卵と同じように生まれたばかりの銀河を飲み込んでいったのです。」


 星々の断末魔の叫びはブラックホールから吹き上げるジェットとなり、音の届かぬ世界で鳴り響く。そうして生まれたのが双極のジェットで《()》の神の高皇産霊神と《()》の神の神皇産霊神であるという。


「双極のジェットで持ち上げられた冷たいガスは泡の表面を滑るようにして進むことで、小さな渦を生み、星を生み始めます。」

「ブラックホールが星を生む・・・・・・?」

「ええ、そうです。宇摩志阿斯訶備比古遅神はそうした《星の卵》になりかけては消えていった《小さき渦》の事。彼は生まれてはすぐ消え、また生まれてはすぐ消えを繰り返しました。」


 しかし、それは小さなつむじ風が起こり、すぐさま解けてしまうような脆さ、ひとところに留まることはなかった。


「そんな時です。他の銀河とぶつかり、龍の君が飲み込んだばかりの星の一つが、眩く輝き始めたのは――。」


 それはまるで天女が羽衣を纏うように、輝き出した恒星はガスの纏って渦巻き、核融合を始めて暗い宇宙を照らし出した。


「淡く柔らかに光るその星に、龍の君は魅了され、そのまま飲み込むのを躊躇いました。」

「では、それが・・・・・・?」

「ええ、それが《龍の珠姫》こと、天疎向津媛です。」


 麗しき光を放つ珠姫は、大いなる天之御中主神の娘として生まれて、龍の君の庇護を一心ち受けていたのだから、別天津神としても名が残ってもおかしくない存在だった。


「そんな姫の名も逸話も消えたのは、やはり高皇産霊神のためですか?」

「そこからは俺が話すよ――。」


 不意に声がして、視線を西の対の方に向けると、「よっ」と片手を上げて、ネイビーのピケ・ポロシャツにベージュのチノパン姿に白衣を引っ掛けた少彦名命がクーラーボックスを持って現れた。


「もうよろしいのですか?」

「ああ、あとは数日待てば完成。」


 そう言いながら、クーラーボックスを柱近くに置くと、中から何やら取りだして少彦名命は「それにしても堅苦しいな」と言いながら、「ほい」とラムネの瓶を差し出してくる。


「薬を作るついでに、作ったからやる。」


 青色のよく冷えたラムネ瓶を柊吾が会釈して受け取ると、「ちょっと失礼」と柱近くから、御簾の中に入り込むから「旦那様ッ!!」と女房達の悲鳴に近い叱責が飛んだ。


「まあ、ラムネではございませんか。ありがとうございます。」

「御方様ッ! 御方様も《まあ、ラムネではございませんか》ではございませぬッ!」

「加賀、そんなに怒るなよ。血圧上がるぞ?」

「どなたのせいだとお思いですかッ!」

「もう二十一世紀だと言うのに・・・・・・。」


 そして、面倒くさそうに「出ればいいんだろ、出れば」と言うと、入った時と同じようにして御簾の内から出てきて、不貞腐れた子供のようにして柱近くに胡座をかく。それからもうひとつ自分用にラムネの瓶を取り出すと中にビー玉を押し込んで、美味そうに口にした。


 中では「御方様、来客中にございますよ」という声がしたが、「気の抜けたラムネなど美味しくないですよ?」とくすくすと笑う気配がする。


「棗は式符だから飲めないだけだから、冷えているうちに飲んじゃえよ。」

「では、お言葉に甘えていただきます。」


 ぽんと音を立ててビー玉を瓶の中へ押し込んで、ごくりと飲めば、ラムネはよく冷えていてとても美味しい。思わず「美味い」と声に出して言えば、少彦名命はニッと嬉しそうに笑った。


「大己貴命の奴がさ、温泉旅行にはもうちょいかかりそうだからって言って、炭酸水メーカーとウイスキーやウォッカ数本を送ってきたんだ。まずは試しにラムネでも使ってみようと思ってさ。」


 満足そうな少彦名命は「相変わずお前の主人は贈り物のチョイスが絶妙だよな」と笑い、「これでしばらくはハイボールもモヒートも作り放題だし、ラムネやコーラも作り放題だ」とにこにこする。


 罔象女神に聞いていた不機嫌さはなく、狐に摘まれた心地になりながら、「君より連絡が入りましたでしょうか?」と訊ねれば、「ほんの少し前に小笹が来て知らせてくれたんだ」と笑って話してくれた。


「新居の場所は明かせないが、ひとまず加代子を上手く隠したって連絡と、熾久がこちらに来るようなら、俺が一番の事情通だろうから、状況説明をしてやってくれ、って。」


 上機嫌で話す少彦名命の様子に、御簾の内でもきっと罔象女神も笑みをこぼしてるに違いない。柊吾は「左様でしたか」と答えながら、「では、よろしくお願いします」と頭を下げると何とか笑いを堪えた。


「それで? 天疎向津媛の別天津神から消された理由から話せば良いのか?」

「あ、はい。高天原が一枚噛んでいるのかと思いまして・・・・・・。」

「ああ、高天原が一枚噛んでいる。だが、その姫の事を語るのがタブーとなったのは、高皇産霊神とは別の神の為だよ。」


 そう言うと少彦名命は天常立尊と国常立尊の兄弟神の話を始めた。


 天之御中主神、高皇産霊神、神皇産霊神、宇摩志阿斯訶備比古遅神、そして、龍と龍の珠姫。この他の神が現れたのは銀河の成長が進み、龍の珠姫以外にも多くの星が生まれ、輝き始めた頃だった。


「多くの星は《つがい》となる星がいて、互いが、互いを引っ張りあって安定している。」

「地球と月のようにですか?」

「あれはまた、若干、成り立ちが少し違うんだが、まあ、おおよそその考えで構わない。ともかく、今の太陽系の前身としての星が()()生まれたんだ。」


 生まれたのは二柱の双子の神で、名を天常立尊、国常立尊と言った。二柱は「連星」の神であり、天常立尊は勝気な性格で、やんちゃ坊主、国常立尊は甘えたながら心優しい子で、常に兄を慕っていたという。


 いつだって二人一緒に行動し、仲が良く、とても二人がその後「天地を分け、陰陽を分かつ神」になるとは思えなかった程だ。しかし、二人は成長し、数多の星の管理をする中で意見が対立するようになっていった。


「その最たる物になったのが《箱庭計画》。」

「《箱庭計画》ですか――?」

「ああ、今、葦原中国でも人工知能による機械学習やシュミレーションの研究が活発だろう? あれと似たような事をしようと天常立尊が言い出したのだ。」


 天之御中主神の力が強く及ばない辺境の地にある連星の星系を舞台に、そこを使って箱庭を作り、天の川銀河のミニチュアを作って、今後、星々がどのような進化を遂げるのかの観察や、そこで育った神へ管理を委任しようという話になったのだ。


「だが、その神議りの結果、天常立尊と国常立尊の対立が(あらわ)になった。国常立尊は箱庭計画《反対》派に回ったんだ。」


 その事は酷く天常立尊のプライドを傷付けた。

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