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龍吟の琴  作者: みなきら
龍吟じて、雲を呼ぶ
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星の護り手

 桜の花びらが風に舞う。


 晴明に棗と呼ばれていた式は「()()()(いつ)()。それにさらに一つ加えるのですね」と晴明の声で数字を読み上げる。


 一人合点した様子で棗は少彦名命の話に相槌を打ち、「龍の珠姫の魂の《厳の魂》。それを国常立尊は《渦》と《錐》でお護りになられたのか」と話した。


 その棗と同じ声が棗とは反対側からも聞こえてきて、柊吾が振り返ると、そこには何やら筒状の紙を持った晴明が戻ってきている。


「遅かったな。」

「ええ、少しばかり計算に手間取りまして。ですが、今のお話しで残っていた疑問の一つは解けましたよ。」


 そう言うと晴明はパチンとひとつ手を叩き、棗の姿を桜の花びらに変じる。そして、ふうと息を吹くと、棗だった花びらは南面の池の水面へと飛んでいき、他のものと紛れてしまった。


「晴明でも疑問になることがあるのか?」


 少彦名命が尋ねれば、「往々にしてありますよ」とうち笑って柊吾のすぐ横に座る。


「特に須勢理毘売命の御力については分からぬ事ばかりです。」

「偏諱を受けたのにか?」

「ええ。」


 本来、偏諱までされている身であれば、力の代行や制御は容易いことのはずなのに、加代子に限ってはそうならず、ある程度、力を行使すると無闇に力を使い過ぎないように急に制限が掛かるのだという。


「通信量がオーバーして、通信速度が急に落ちるような感覚と言えばいいでしょうか。丁度、あんな感覚です。」


 先日の神楽で力を使いすぎたせいか、無理に使おうとすれば、手酷いしっぺ返しを食らいそうで、ここ数週間は微調整しかしていないらしい。


「幸い、今は須勢理毘売命が葦原中国に身を潜めていらっしゃいますし、雅信殿もいらっしゃいますから、そう大きな力は必要としません。しかし、いざ何かあった時には、少々、困った事態に陥るやもしれませぬ。」


 どうやら加代子の存在は、色々と規格外な晴明から見ても規格外ならしい。柊吾はふと「みんなして規格外扱いして」とむくれる加代子の姿が思い浮かんで、ふっと笑みを浮かべた。


「それは厄介だな。熾久に加護の重ねがけでもしておくべきだろうか?」

「重ねがけですか?」

「ああ、大己貴命や火産霊神とは違って、俺のは一時的な加護だったからな。」


 大山咋神の加護もだが、一時的な加護は主神である大己貴命や火産霊神の加護に比べれば弱いもので、罔象女神と晴明のように念話をしあったり、火産霊神のように召喚したりといったことまでは出来ないらしい。


「ならば、いっそ、少彦名命の神使となさってはいかがでしょうか?」

「うーん、だが、国常立尊に大己貴命、火産霊神であろう? その三柱で、かなりの力を代行出来る身の上なのに、俺の力まで与えたら、それこそ規格外にも程がないか?」


 しかし、それを聞いていた晴明は「須勢理毘売命の規格外に対抗できるのは規格外な者だけだと思いますよ」と笑う。


「罔象女神もそう思われませんか?」


 晴明の問いに罔象女神も「そうかもしれませんね」と笑った。


「少なくとも晴明が内から制御出来ぬと言っている以上、外より守る他ないのではございませんか?」


 そして、罔象女神は「大己貴命は、お一人では守れぬと判断なさったからこそ、熾久の近くに居を構えたのでしょう」と話す。


「それに何かあった時、あの時熾久殿を神使としておけばと後悔なさるよりは、今、熾久殿を神使として迎え入れておかれた方が、お気持ちの上でも良いのではないでしょうか?」


 少彦名命は「今、お断りなさったとして、結局、あとでお悩みになられるでしょう?」と言われると、「はあ」とため息をひとつ吐く。


「致し方ないな。幸い、大己貴命と火産霊神、両方の《気》を御するにしても、高めるにしても、俺より相性がいい神も居るまいし。」


 少彦名命は「本当、どこまでいっても腐れ縁だ」とぼやきながら、「俺の場合は《名》ではなく《()》で結ぼう」と言った。


「何なら肴も用意したいところだが、何が良いだろうな・・・・・・。」

「この時期は鰹か栄螺あたりがよろしいのでは?」

「お、良いな、それで行こう。」


 そう言うと少彦名命はニコニコとして「焼酎も良いし、昔ながらの白酒もいいが、先日、大山咋神に貰った日本酒も良さそうだよな」と嬉しそうにする。柊吾はその話を聞きながら、先日、大己貴命と少彦名命が飲んでいた酒の量を思うと思わず頬を引き攣らせてしまった。


「ああ、そういや、国常立尊とは()を媒介に神使の契約を結んだんだ? 大己貴命と、火産霊神とは《火》で結んでいるようだが、同じもので結びすぎると互いの神威が干渉しすぎる。国常立尊とは《火》ではない、何か別のものを媒介にしていよう?」

「実はその辺りが曖昧でして――。」

「曖昧?」

「はい。国常立尊には焼け野原でお会いして、《大己貴命に水を与えたい》と話した結果、《柊》の名を頂いたのですが・・・・・・。」


 次の瞬間、辺りは金色に染まり、気が付くと自分は一人の男の姿に変じていた。


「なるほど。それで今は《柊吾》なのか。となると、媒介は《火》か《柊》だろうが、少し引っかかるな・・・・・・。」


 そう言いながらも「まあ、酒ではなさそうだな」と言って「我は(にな)の神、()の神、少彦名命」と唱え始める。


螺旋(うず)の力を 葦牙の如くし、我が()、我が()、清き()にて、気を()とし、彼の者と縁を結ばん。」


 途端にゆらゆらと少彦名命の手の平のところに陽炎が起こり、「口を開けろ」と言われる。


 困って晴明を見れば「大丈夫ですよ」と言うので恐る恐る口を開ければ、「ほい」と言われた。口の中に少彦名命の指先に浮かんでいた三センチ台の白く濁った水の玉が飛び込んでくる。


「んぐ?!」


 それは愛宕神社の時と同じように、やけに度数の高い酒で、口に含むのと同時に酒気が鼻にぬけ、胃の腑がじわりと熱くなる。


 途端に、丁度、少彦名命が火産霊神の御神体である炎にスピリタスを撒いた時と同じように、身の内にある国常立尊、大己貴命と火産霊神の力が膨れ上がる感覚がして、柊吾は目を白黒とさせた。


「まあ、ひとまずは、こんなもんでいいだろう。」

「ええ、これならば問題ないでしょう。」


 そう話す少彦名命と晴明の横で、目を回しかけている柊吾を見兼ねてか、女童に水を持ってくるように指示する。


 柊吾は水の入った器を女童から受け取ると、急いで渡された水を飲み干した。


「如何した?」

「少彦名命、《如何した?》ではございませぬ。彼は人の身ですよ?」

「それがどうかしたか?」

「あのように度数の高い御神酒、しかも、大己貴命や火産霊神の力も増しましょう? 他の神の気に当てられて、苦しくなっていませんか?」


 少彦名命は「人の身を神使とするは加減が難しいな」と話す。


「大丈夫ですよ、先程頂いたお水で落ち着いたようです。」

「そう、それなら良かった。」

「ちなみに先程のは? 呑んだことのない味わいでした・・・・・・。」

「ああ、あれは早酒(わささ)だ。漉す前の酒なんだが、美味かったろう?」


 美味いか不味いかで言えば、確かに美味い酒だったようにも思うが、予告なく、口に流し込まれるものではないと思う。


「少彦名命も《渦》の力の神でいらっしゃるんですね。」

「ああ、だが、晴明の好きな《錐》には完全には満たないからな。」

「そうなのですか?」

「ああ、蜷の端は欠けているんだ。」


 すると、晴明は待っていたと言わんばかりに持ってきた筒状の紙を広げ始める。


「《渦》を変じて《錐》と成す。しかし、国常立尊も《錐》にはひとつ欠けた存在ですよ。」


 そこには大小様々な幾何が描かれていて、晴明は広げた中のひとつの図を指し示す。


「渦・・・・・・?」

「ええ、これはフィボナッチ数を幾何的に現した図。十九(とこ)とは、一桁のフィボナッチ数の総和です。《黄金比》といえば聞いたことがあるでしょうか?」


 晴明の指し示した先にはいくつかの四角が規則正しく並び、その内に螺旋が描かれている。


「これがフィボナッチ数が生み出す形。」


 一と一で二、一と二で三、二と三で五、三と五で八。螺旋は美しい弧を描くらしい。


「一、二、三、五、八。全て足して出来るのが十九。この黄金比は桔梗紋にも繰り返し使われている比率なのです。」


 レオナルド・ダ・ヴィンチなども見つけた比率は、人に「調和」と「美」を感じさせる。


「その十九(とこ)()を加えると二十(はた)になる。そして、二十は《錐》となり、《八芒星》を作ります。」

「《錐》と《八芒星》・・・・・・?」

「ええ。少彦名命の御力が、国常立尊と同じように《渦》ならば、欠けた《錐》になるのは自然な事。」


 そう言うと晴明は薄青色の光でホログラムを作り出し、積み木をするようにして先程の渦の図から十九個の正方形を数珠繋ぎに作り出す。


「これで十九。」


 そして、そのまま、折り畳むようにして立方体を重ねていくと正四面体には一つ足りない、頭の欠けた立体が出来る。


「凄いですね・・・・・・。」

「でしょう? これに一つ足せば二十です。」


 柊吾はホログラムに驚いたのだが、どうやら晴明は二十になって正四面体が出来たことに感じ入っているようだ。


「三角と四角、渦と錐。五芒星、六芒星、八芒星。美しい幾何を描くのはこれだけではありません。」


 もう一枚、晴明が広げた紙には複雑な円形の、魔法陣のようなものが描かれている。


「こちらは最近作ってみた西洋占星術と東洋占星術のハイブリッド版のホロスコープなんですが、これで見るとこの星系は、五芒星と六芒星、そして、八芒星で作られているのだと分かります。」


 木星と土星で六芒星、金星と地球で五芒星。水星は、金星と地球が五芒星を描く時に丁度内側に出来る五角形に接する軌道を通っている。


 そして、春分、夏至、秋分、冬至で金星と、立春、立夏、立秋、立冬で水星と八芒星も描く。


「火星は若干歪んだ楕円を描いていますが、二年二ヶ月毎に起こる《衝》が木星と土星が生み出す六芒星との和するのを緩和しています。」

「確か、六芒星と五芒星って・・・・・・。」

「はい。《籠目の封印》と《桔梗の封印》です。ですが、この星は、もっと精密で、もっと大きな《呪》の中に組み込まれています。」


 そして、嬉しそうに「このように美しい《呪》を私はまだ見たことがありません」と話す。話を聞いていた少彦名命は眉間に皺を寄せ、「また始まった・・・・・・」と頭を抱えた。


「晴明、《呪》の話はそれくらいにして話を進めてくれないか?」

「そう先をお急ぎなさいますな、少彦名命。ここからが話の(かなめ)なのですから。」


 そう言うと、今度は何やら記号の書かれた図を指さす。


「これはモトアケの図と呼ばれるものなのですが、この図に使われている文字や配置を定めたのが国常立尊と言われています。」


 真ん中に「アウワ」の神。その周りに「トホカミエヒタメ」の神。晴明の言葉に合わせて、ホログラムと同じように図は八芒星を描き出す。


「さらに外の《アイフヘモヲスシ》の神も少しずれて八芒星を描きます。それらは《渦》を描き、真ん中の《アウワ》の神を守ります。」


 アは天、ウは于、ワは地と言われていると話しながら、アとワの渦のマークを指す。


「アとワは《渦》。その間のウは《神の息吹》と言われているものです。そして、その息吹こそ、天疎向津媛、その方。」


 晴明は「国常立尊は、余程、彼の姫をお護りなさりたかったようです」と話す。


 その神威を喰らい我が物とする事も出来ただろうに、このモトアケの図の通りなら、天疎向津媛は巡り、廻り、再生を司る《呪》が組み込まれているという。


天疎(あまさかる)が天御中主神の元を離れたの意であるとして、残る疑問は向津媛の名。二つの渦がある事を考えると、この《于》にも相対するものがある名だと思われますが、何と向かいとしたのかが、この図だけでは解けぬのです。」


 晴明は「この辺りが解ければ、大峠を止める事も或いは出来るだろうに」と呟いた。

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