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無駄によく晴れた日の朝だった。
学園に着くまでの道を、俺 ──── 紡木 漣は耳にイヤホンを差し込んで歩いていた。
イヤホンから流れているのは、今巷で話題の歌姫《vendetta》の新曲だ。
ハイテンポながらも何処か悲壮感や物悲しい雰囲気を内包しているこの曲を、俺は既にMP3プレーヤーのお気に入りリストに登録しているほど気に入っていた。
『終わってしまうセカイでも
明日に意味がある事
あなたが教えてくれたから
だから私は今日も歩き続 ──── 』
「おはよ、漣!何の曲聞いてるの?」
突然の声に続き、俺のイヤホンが片方引っこ抜かれた。
そいつは俺の了承も得ずに引っこ抜いたイヤホンを自分の耳に差し込む。
「…………聴いた事無い曲。そもそも誰?」
「《vendetta》。つか人のイヤホン勝手に取んなよ、楓」
そう言われてもふふっと笑うだけのこいつ ──── 秋本 楓は、俺のいわゆる幼馴染とか腐れ縁的なヤツだ。
眉目秀麗で成績優秀、1年生にして生徒会の一員に上り詰めた生粋の優等生 ── と周りからは言われているが、実のところかなり間抜けというかアホだ。言ったら怖いので絶対に口にはしないが。
「そういえば漣、今日何の日か覚えてる?」
「は?いや、特に何も無いだろ」
すると途端に楓の顔が呆れ顔に変わる。
「はあ…………今日は数学Ⅱのテストだって、先生に何回も言われたじゃん!もう」
「うわ、マジかよ…………まあ俺には対して関係無いけどな、面倒ってだけで」
「漣なんで勉強全然しないのに学年1位なんだか…………しかもここ進学校なのに」
「天才なんで」
「将来ろくな大人になる気がしないわ……」
そうこうしている間に俺と楓が通う神谷学園に到着していた。
さあ、今日も面倒ながらも何でもない1日が始まりそうだ ── と思った矢先。
唐突にそれは起こった。
「ねえ…………あれ、見て、漣」
何故か怯えたような口調で楓が上を指差し言う。気のせいだろうか、周りもどことなく騒がしくなっている。
言われるまま上を見てみると、そこには有り得ない光景が広がっていた。思わず口に出してしまう。
「空が…………割れて、る?」
雲ひとつ無い空に、不可解なひび割れが出来ている。まるで硝子のようだ、とそんな事を思った。
そしてひび割れはついに限界に達し、割れた空の“欠片”が何処かへと落下していく。割れた向こうは光の一切無い暗闇で、宇宙空間のようにも感じるが不思議な事に星一つ見えやしない。
崩壊は徐々に、だが確実な速度で広がり、辺りはどんどん薄暗くなってくる。
『政府からの緊急避難勧告が発令されました。屋外にいる生徒は今すぐ校舎内への避難を開始して下さい。繰り返します、屋外にいる生徒は ──── 』
などという放送も、遠くから聞こえるサイレンも、もう俺の耳には入ってこない。
「漣!何ボーッとしてるのよ!早く逃げないと!」
切羽詰まった楓の声で俺はようやく我に返り、校舎へと避難した。
その次の瞬間、空から光が失われた。