一話 天竜2号、そはスイカの名前なり
一話 天竜2号、そはスイカの名前なり
20XX年某月某日
ぐしゃり。
何かが終わる音がした、気がする。嫌な音だ。耳にこびりついて一向に消えていく気配がない。音のはずだが、目の前には真っ赤なイメージが広がる。これは見たことがある。そうだ。以前バイトでトマトジュースを地面にぶちまけたときにそっくりだ。
オレは、確かのどが渇いたのでジュースを買いにコンビニに向かっているはずなのだが。
なぜに、耳にこのような音が響いているのだろうか。
家を出て、信号を待ち、コンビニに入り、ジュースを持って帰る。
この過程にまるで骨が砕けたような音はないはずだ。
今までは一度も聞いたことがない。
体の自由がきかない。そして、周りでは何人もの人が話しをしている。悲鳴らしきものも混じっている。何かあったのだろうか。ああ、だんだん物が考えられなくなったきた。元から頭なんざ良くないが、自分が何考えているかくらいはわかっていたのに。
◆
目を覚ませば、テレビでしか見た事のない手術台を照らすおっきなライトが視界一杯に鎮座している。意識は以前と朦朧として、はっきりしない。
オレは何をしていたのだろう。何でこんなところで寝ているのか。これは夢か? ならば、自分を確認してみよう。
オレは――誰だ?
あれ? 名前が出てこない。どこの出身だったか。何歳で、恋人はいたっけかな。まずい、何も思い出せない。ただ焦りだけが募る中、子供の声が聞こえた。
「おはよう、天竜君」
「む? 誰だ?」
見たところ小学生くらいか。不釣合いに大きい白衣を着て偉そうにしている。
「気分はどうかね?」
「なあ、あんた、オレは一体、誰なんだ?」
全くと噛み合わない会話をする。
「ちなみに、あんたではない。お前の造物主だ。そのボクが聞いている。気分はどうかね、と」
「気分は、良くないな」
「そうか、やはりな。だが、今考えうる最良の方法だったが、再考の余地ありか」
ふむ、と何かにメモしている。
「ところで、オレのことなんだが……」
「お前は、天竜2号。ボクの作品第一号だ。胸を張れ」
「天竜……2号? それがオレの名か。変な名前だな」
「まあ、スイカの名前だし」
「スイカ? なんでスイカの名前なんだ、オレ?」
「そこに姿見がある。納得するまでにらめっこするがいい」
使い慣れた身体のように起こし、縦に大きな鏡に全身を映す。
「はっ?」
正直な感想だった。そこにあるのは、たくましい身体に、何の冗談か、ちょこんと乗っているスイカ。しかも、本来なら顔が乗っかっているはずの部分にである。つまり、オレの顔がスイカになっている。いくら不安定な記憶といえど、そこにあったのがスイカじゃないのは覚えている。三角の目に、ハロウィーンのかぼちゃよろしくギザギザにくりぬかれた口があった。
「どうだ。ボクは手先も器用だから、よく出来ているだろう?」
「そ、そういう問題かー! オ、オレの顔は? これは地球上の生物ではないだろう? ありえない、ありえないぞ!」
「ありえない? では君は、自分はこの世の生き物ではないと自ら否定するのかね? 現実を受け入れたまえ。君は確かにここにいる。まあ、創ったのだから君しかいないとは思うが」
オレは力いっぱいで姿見を殴りつけた。まるで、写っている物を否定するかのように。すると、鏡が粉々になるのはわかるが、後ろの壁まで大穴があいた。
「な、な、なんじゃこりゃー!」
オレは、慌てて造物主とやらに詰め寄った。見た目は子供っぽいが人一人を持ち上げるのがこんなに簡単だったかと、襟首を掴んで持ち上げて先ず思ったことだった。
「ふむ、気をつけたまえ。君が少し力加減を誤れば、人は容易く死ぬ。そう、野山の花を手折るごとく、簡単にだ」
「おま、おまえ、人の体で好き勝手な事を!」
もうすでに口がうまく回っていない。今、一番気にしなきゃいけないことはなんだ? さっきまで気にしていた重要な案件があったはず。そう、そうだ。オレは誰かってことだ。とりあえず落ち着こう。落ち着いてこのクソガキを問い詰めなければ。
「おい、オレの記憶をどうした? オレは誰なんだ?」
がくがくと襟首をもったまま揺すぶる。
「お、落ち着きたまえ。僕は、何も、してない。本当、だ。意識は、変えたが、記憶は、いじって、ない」
「じゃあ、なんでオレは何も覚えてない?」
ガキを放り出して、背中を向ける。ガキは尻から落ちて打ち付けたようだ。
「おまえ、命の恩人に対する姿勢がなってないぞ」
尻をさすりながら立ち上がり、恩人様は続けた。
「おまえ、覚えてないのか? 自分の最期を。自分が最後に見た映像、音、なんでもいい手当たりしだい思い出してみたまえ」
オレは、辛うじて残った記憶の残滓をかき集める。思い出すだけなのに苦痛を感じる。
「目の前に広がる、赤い、えきた、い。それか、ら、耳、に、残る、音。す、ごく、耳障、りだ。な、にか、固いもの、が、砕けたみたい、だ」
搾り出すように声にする。まるで、誰かが記憶にふたをして押し込めているようだ。気持悪い汗が体中を流れる。吐きそうだ。吐く口はないのだが。
「そうだ、客観的に説明してやろう。おまえは車に轢かれ、頭部を強打。普通なら即死、よくて脳死のところだった。それを助けてやったんだ。おまえは、自分が改造人間である自分を否定しないように無意識に刷り込みは行った。だが、記憶はいじっていない。考えれば、頭を強打したのだからその反動ではないのか?」
「本当なのか」
オレは、体の気持悪さが引くのを待って、続けた。記憶を辿らなければ気持ち悪くない。
「信じられんが、オレは、確かに改造人間であることは全然不思議じゃない。こんな異次元もないはずだが、何故かオレは不審に感じない。そして、おまえがそれを可能なのも不自然と思わない」
「だろう? 僕は天才なのだ」
ふふんと胸を張り、鼻を高くする。
「で、なんのためにオレを助けた。世界征服でも夢か? 某昆虫仮面のような世界がお望みか?」
少年は、はははっ! と声高に笑うと、きっぱりいった。
「いや、単なる思い付き。おまえは運が良かった。僕には、世界征服なんていう下賤な趣味はないし、正義の味方を作るといった反吐の出るような理想もない。とりあえず、気ままに生きて、やりたいことができたら君には自由意志で参加してもらおう」
「はっ? オレはそんなものに参加はしないぞ。今から決定だ」
「そう言っていられるのは今のうちだ。僕が本気になったらおまえは逆らえないようになっている」
「どこが、自由意志だ!」
「とりあえず、我々は“僕の気に食わないやつを潰す団”、BKTDと名乗る事にしよう」
「なんか、プロレス技みてえだな」
がっくり肩を落とし、現実と折り合うことにした。
「いや、某有名小説からだ。本は好きかね?」
「ああ、好きだ。どんなに興奮しててもすっきり寝れるからな」
ひどく落胆した造物主が目に入った。
◆
オレは、とりあえず支給されたバイクにまたがり、ヘルメットをかぶり町に出た。普段のオレの力は軽々とコンクリの壁を砕く位のパワーがあるので、それを抑制するために人間の姿をとる事でそのパワーをセーブするらしい。一応、戸籍上オレは死んだ事になっているので顔も名前も、もちろん免許も架空のものらしい。確認したところ、大框 文雄と言うらしい。元の姿? に戻りたくなったらある変身ポーズをとる事でリミッターがはずれ力を解放できるらしい。
しかし、オレは、生前にバイクを運転していた記憶はない。だが、こうも軽々と乗りこなすところを見るともとから乗っていたのかもしれない。それにしても、このバイクは化け物か? ありえない出力をしている。これも、天才坊ちゃんのなせる技なのだろうか。だが、見た目は黒塗りのサイクロンまんまだな。今度、何キロ出るか、夜中にでも試してみよう。
町外れにある、お決まりの秘密基地からバイクを走らせ一時間と言うところか。街の中心が見えてきた。ああ、この街は記憶にある。しょっちゅう遊びに来てたし、日雇いのバイトにも来ていた。それを、バイクの上から感慨深げに眺めていると、頭に痛みが走った。
「つうっ」
危うく転倒しそうになった。きっと、転倒してもけろっとして怪しい人間であることをアピールするだけだろうから気をつけないと。オレの、早くも向かえた第二の人生をまだ台無しにするには早すぎる。まだ、何をするかも決めていないのだ。まだ、合コンもやったことないし、できればキャバクラや、風俗も体験しておきたい。オレの人生、まだまだやりたいこと一杯よ。
やりたい事と言えば、今月末に出る新作ゲームもやりたいなぁ。でも、金がきついんだよな。ん? そういえば今日は何日だ? ボスからもらった通信機、GPS、万歩計、フラッシュメモリーの音楽再生機能、メールの送受信機能、その他もろもろ付きの腕時計にに目をやった。これの機能は本当に今の技術でできるのだろうか。でも、考えて見ればケータイを小さくしただけか。この3Dのホログラムによるタッチパネル操作以外は意外とありそうだ。一足先に、未来を体験。なんかかっこいいじゃないか。ま、オレが生きてるだけでも未来超体験なんだけどな。オレって、いかしてる?
げ。オレは短くそう漏らした。なんと、オレの記憶にある日から一ヶ月が悠に消費されていた。くそ、記憶はつい昨日なのに、なんという時間旅行。ゲームか。オレの人生は、仮想の世界より面白いかも。
――君はのんきそうで何よりだ。
「うわ! びっくりしたぁ。何だこれ、直接耳に響いてるぞ」
――そうだ君は、改造人間だ。君の体は、最新式の機械で埋まっている。無論その頭や、耳も言わずもがなだ。ちなみに、その気になれば君のプライベートは一瞬で粉々になる。君の見たものを記録し、聞いたものを残し、君が思っていることもログに落とせる。
「もしかして、今の楽しいそう、という思考読んだのか?」
――ああ、君は君の体の説明をろくすっぽ聞かず飛び出してしまったからね。今どこで、何をしているか気になったし。嫌なら今後の、僕と君の楽しい主従関係のため自粛しよう。
「楽しくはない。今もこれからも。多分、断言しても差し障りはない」
――はは、そう照れるな。うれしはずかし、初めての主従関係☆、だ。
「照れてないし、何がうれしはずかしだ! おまえ、幾つだよ!」
あいつ、ぜってぇ小学生じゃない。きっと、超幼く見えるか、自分の自慢の科学力で偽装してんぞ、あれ。
――おいおい、失礼な物言いは止めてくれないか。僕は、生まれてこのかた、親からもらったこの体に手を加えたことはないし、僕は立派な21世紀ベビーだぞ。
「おーい、おまえこれからは自粛するんじゃなかったのか。舌の根はまだ乾いてねえぞ」
――自粛はするといったが、しないとは言ってないからな。嘘はない。
「はいはい。ひねくれたガキだな」
オレは、半ば諦めて嘆息した。
――ないと思うが有事には、姿を解放するため変身したまえ。方法は、通信時計のほうにメールで送っておいた。ふむ、この通信時計と言う名前、是非改名しよう。かっこ悪い。では、せいぜい休暇を楽しみたまえ。おまえには明日から働いてもらうからな。
「な、き、聞いてないぞ! おい!」
ちっ、切りやがった。仕事? なんだ、家政婦でもやれと言うのだろうか。もしかしたら、友達がいなさそうだから、遊べって言うんじゃないだろうか。まあ、いい。明日の風は明日吹くってね。
だいぶ、中心区に近づき車の量が増え、バイクと言えどするすると進まなくなってきた。少しイライラしてきたが、以前も、車でここを通るたびイラついてたのを思い出し、なんとなく安心した。オレは確かにここで信号を待って不機嫌だった。そんな詰まんないことがひどく大事なもののように思えた。
そんなときだった。中心より少し外れたところから、ズシンと体の芯に直接響くような音が聞こえた。そして、ものの何秒かの内に煙が立ち上っていた。市内のあちこちから消防車、パトカー、救急車の音が聞こえ、何かを思い出しそうになり吐き気がした。特に、救急者の音が耳に残った。
「く、何が起きたんだ? あっちには工場とかはないはずだ。でも、最近は温泉施設が吹っ飛んだりするから街中でも油断はできん。そんなことがなくても、オレみたいに死ぬやつもいるんだし。よし、吐き気もおさまったし、いっちょやじりに行くか」
勢い良く、バイクを反転させ頭の中に最短経路を描き、直行した。現場は、混乱していて車とかがぐちゃぐちゃになっててうまく進めなくなっていた。そのとき、なにか特撮ものの画面に入り込んでしたようなデジャブに襲われた。瓦解したファミレスの瓦礫の上で何か奇妙なものが声高らかに何かを宣誓していた。それは、逆光ではっきり見えなかった……のは一瞬の事で、オレの高性能のフィルター機能がついた目には暗いなりにどんな馬鹿が話しているかを捉えたし、テレビ局もきっと垂涎のこの高性能な耳は何を話しているかをしっかりと拾った。オレって、すげえな。おっと、自分に酔ってる場合じゃない。
随分と、奇妙な奴がしゃべっていた。ライオンの頭に、人の体。体は所々機械機械していて子供には大人気ではないだろうか。いかにも悪そうなやつだが、デザインで行けばオレよりずっと上等だ。昨今のテレビはともすれば、正義より悪役の方がかっこいい事もある。
で、何をもって悪と決めてるかといえば、単純なことだ。あの、ライオンの着ぐるみを着た酔狂な男は、この街を支配すると言っている。この世の中で、何が世界征服だ。今は、国家が強い。個人では到底そんなことはできない。ほら、見ろ。もう、国家権力様がお仕事に来た。ライオンの着ぐるみに警官が群がる。そのときだった。恐らく、野次馬の中でこの声を聞けたのはオレだけだろう。短く、馬鹿共が。そういって、警官を蹴散らし始めた。殺すのが怖いのか、方針なのか。そんなことはわからないが、ライオン男は誰も殺していない。オレの目には生命反応がはっきりと表示されていてどれもまだ失われてはいない。だが、人間の力にしては強すぎる気がするのだが。
しかし、プライドを傷つけられた国家権力はきっと誰よりも短気だろう。その圧倒的な力の前に、銃を抜いた。あろうことか、恐怖に駆られた奴が威嚇射撃なしで発砲した。他のやつも怖かったのか、皆一斉につられて発砲した。パンパンと花火が破裂するような音が響き渡った。ライオン丸(オレ的愛称)は精神病院に担ぎこれる事もなく死ぬかと思ったら、なんと弾を受けて平然としていた。
「えっ?」
オレは、自分が何であるかを棚に上げて驚いた。ライオン丸は弾に怯むことなく警官隊の中に突っ込み、これまたちぎっては投げちぎっては投げ、八面六臂の大活躍だ。悪ながら見事だった。観衆も、警察には何か思うところがあってか、皆ライオン丸の活躍を囃し立てている。
しかし、奴は警察官の持つ銃を奪うと、周りを見渡し、満足げに頷くと近くで転がっている警官の足を撃ち抜いた。そして、高らかに笑うと周囲にいた一般人に発砲を始めた。まさに、蜘蛛の子を散らした状態。一斉に逃げ出し、奴から距離を置こうと必死になった。そのとき、一人の子供が親に取り残されたのか、興味津々に近づいてしまったのか、ぽつんと突出していた。目立つその子は、奴の目に止まった。オレは、それがスローモーションのようにゆっくりと過ぎて、気づけばその子をかばって撃たれていた。痛くはなかった。そして、それが信じられないとライオン丸は、二発三発と打ち込んできたが、結果は変わらず。それには、奴も信じられないという顔をした。それは、オレも同じだった。子供を守りたいと思って、とっさに飛び込んだが、まさか、自分の体も弾をはじくとは何の確証も持ってなかった。
皆が、信じられないと顔を合わせる中、多分オレたち二人は内容が違ったと思う。周りは、鉄砲の弾に耐える事が常識の範疇になかった故の信じられなーい! だったろうが、オレたちは、えっ! 自分以外にもいたの? だと思う。ライオン丸の表情はすごかった。口は開きっぱなし。目も大きく見開かれていて、きっと鼻水もたれていたことだろう。ちえっ、自分もそうなのによ。ライオン丸は高らかに吼えた。
「おまえ、何もんだ!?」
「オレか? オレは――名乗るほどのもんじゃねえ」
そうかっこつけた。ただ単に大框と名乗るのも今後に支障があったし、天竜2号と本名(?)を名乗るのも抵抗があったからはぐらかしただけだった。
「なんだとー! 馬鹿にすんじゃねえよ、このやろう!」
そう言って、殴ってきた。オレも、同類だ。受けれ……はぐあ。
きりもみで吹っ飛んだ。吹っ飛んで顔面で見事に着地。そのまま転がった。あ、あれ? オレ、もっとパワフルだったと思うが。そのとき、例によって主の声が頭に直接響いた。
――あほか、おまえ。能力がセーブされているから、解放しろといっただろうに。やれやれ。
ため息が頭一杯に響く。
「ま、また貴様覗いてたな!」
――そういう話をしている場合でもないだろう? 早く変身したまえ。
く、そうだ。奴の言うとおりだ。幸いな事に、あまりの手ごたえのなさに目が点になっている。今のうち今のうちに、と。メールメール、メールはどうみんだよ、これ! おっ、なんか出た。メニューか。メールと。なになに、ふむふむ。
「ふっふっふっー。これで、一安心! これでおまえをいわすことができる」
びしーっと、ライオン丸を指を刺す。
「人は指差しちゃいけないって教わんなかったのか、おまえ?」
「教わったが、生憎、親の育てたいようには育ってない!」
そう言って、拳を作り、頭の上で合わせた。
次に腰の位置まで両手を下げて、拳を引いて止めた。
そして、次に右手を開いて前に突き出して、大声で「へぇんしぃん!!」と叫んだ。
すると、人のサイズに合わせて作られたヘルメットは砕け、スイカが現れ、体は黒に緑の装飾のついた強化服に変わっていた。大き目のマフラー(もちろん緑)にはでっかく「西瓜仮面、参上!!」と書かれていた。つるりんと、頭が光った、気がする。
「はっはっはっ! てん……」
この姿ならいいだろう(何も良くないが)と、天竜2号、爆参! と名乗ろうとしたら、さっき助けた子供が無邪気な目をらんらんと光らせ、期待も高くこう叫んだ。
「頑張って! にしうりかめん!」
ぐぅ。オレに、八十七のダメージ。確かにヒーローっぽいが、それはないんじゃないかな、ボク? 周りもつられてざわついていた。
「あれ、スイカ仮面て読むのかと思ってたけど、にしうりなのな」
そうです、常識に従ってください。
「えー、でも、助けられた子供が言ってるんだからあってるんじゃないの?」
い、いや、正しく読んでください。
「えっ? あれ、にしうりって読むんじゃないんですか。初めて、知ったー」
く、最近の学校教育はどうなっているんだ?
つーか、オレは、天竜2号であってスイカ仮面ですらないのだが。
「オ、オレは……!」
訂正しようとしたけど、すでに時は遅し。周りは、にしうり仮面コールが巻き起こっていた。
「貴様、どこの改造人間だ? 我輩は、カーニボアの改造人間、ロウインハウプト様だ、がっはっはっ!」
「はっはっはっ、オレはカタカナが大の苦手だ。貴様など、ライオン丸で充分だ!」
改造人間二人が、お互いの話しも聞かず、馬鹿笑いしている図。
それにしても、悪人の癖にきちんと名乗りやがって、その権利本来ならオレの物なのに! ほら見ろ、まわりもロウインハウプト引っ込めー、とかちゃんと呼んでもらえてるし。
「まあいい。オレは、BKTD所属、天竜2号だ」
びしっと、腕の上の赤いBKTDと刻まれたロゴマークを指した。ちなみに、さっきのメールによると、オレの着ている怪しげな配色の強化服は、耐刃、防弾に優れ、筋力を二倍強強化することが可能であるらしい。
「行くぜ、にしうり仮面!」
すでに、敵にも名前を読んでもらえないこの状況。ホームにいるのにアウェイ気分。泣きてえよ。
「来い! ライオン丸!」
オレは、すでにヤケッパチだった。ライオン丸は手に鞭状の武器を持ち、それを繰り出してくる。しかし、それは、改造人間であるオレには少々のろかった。ライオン丸は、うぬれ! とか言ってるけど、それでは当たらない。
「のろい。のろいぞ。ライオン丸」
すっ、すっと避けてあっという間に奴の懐にもぐりこんだ。
「おまえは、改造された体に頼りすぎだ。もっと、己を磨くべきだった」
――おまえも生まれて三日だが。
主が、冷たく突っ込むが気にしない。
そういって、いくつもの拳を叩き込む。ベキ、バキといった固いものをひしゃげさせる手ごたえ。ライオン丸は、ぷげ、ふぎゃなど面白い音を出してる。
「おらおらおらおら!」
これでもかと、殴りつけた。避ける事も、受ける事もできずに、よろよろとよろめいていた。
「オレは、貴様のせいで、にしうり仮面になってしまったではないか!(逆恨み)灰燼に帰せ、らいでん(スイカの名前)パーンチ!」
一際大きく振りかぶり、自慢の右フックを叩き込んでやった。推定40トンクラスの破壊力。これで奴も死ぬだろう。しかし、そこはそれ。敵も主力であったらしく、テレビのように爆死はしなかった。吹っ飛んだ先の、ファミレスの瓦礫をかぶりながら、立ち上がった。
「ぐはっ、がは。くそやるな。我が軍のトップをいきなり撃滅とはすごい作戦だ。感服した。だが、我輩はここで死ぬわけにはいかん。では、さらばだ!」
上空に待機していたヘリの一台に飛び乗り、悠然と去っていった。おいおい、官憲共、あれを落とせよ。何やってんだ。これだから国家権力は。
それにしても、敵のトップ? をいきなり倒してしまうとは。話が続かないではないか。まあ、奴は生きてるし、またちょっかいを出してくるのは目に見えてるがな。
――随分と立派な正義の味方だな。
「正義の味方? よしてくれ、オレにそんなつもりはない」
ただ、子供達やこの町に手を出すのが許せなかっただけだ。正義なんて、眩しくて、重い信念は支えられないが、でも、目の前の子供達ぐらいは守りたいじゃないか。
――くく。立派な道化師だな。僕は、造った責任として最後まで見ててやる。
助けた子供が駆け寄ってきた。オレは、頭をなでてやろうかと思ったが、自分の身を思った。こんな怪力で誤って殺したりしては立ち直れない。オレは、出しかけた右手の手首を左手で握り、子供が来るまえにその場を去った。
「ちくしょう。まぶたがないせいか、夕日が目に染みるゼ」