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3話

 テリムとルリは二人で先頭を歩いていた。

 訓練の山登り。ニ十キロの装備を抱えて標高千メートルの山の頂上を目指す。ルリとテリムは、いままでこの訓練はキツくてしょうがなかったのだが、心臓を付け替えてから身体能力は飛躍的に上昇している。

 辛そうな顔をする他の訓練生とは違い、汗一つかかずにこの山を登っていた。

「ルリ君。今は何歩だ?」

 教官から質問をされる。

「一万二千十二歩です」

 歩くときの歩幅は七十五センチと決まっている。いままで歩いてきた歩数だけわかれば、歩いてきた距離が分かるし、頂上まであとどれくらいかが分かる。

「ここで休憩だ」

 教官はあえて何も休める場所のない山道の途中でそう指示を出した。

 椅子などもない場所だが、訓練生達はその場にへたり込んで休憩を始める。

 体力に余裕のあるルリとテリムは、その彼らを見下ろしていた。

「少し血圧を上げましょう」

 ルリは言い、テリムもスイッチを倒して血圧をあげる。

 テリムとリルは荷物の中から疲労回復用の薬液を取り出す。

 それを飲むと二人の体から汗が滴ってきた。

「本当に疲労がなくなった」

 汗を拭きとると、二人の体の疲労物質が排出され、八時間の睡眠をとったあとのような快調な体になる。

「こんなことまでできるんだね」

 二人に埋め込まれた機械の心臓の便利さに舌を巻いたテリム。

「いーや結構、結構。いい感じに私の研究のすばらしさを周りに知らしめてくれてるね」

 最初からこの訓練についてきていたドローンから声が聞こえる。

 ドローンも最新式で、音を立てずに半重力の力で飛ぶ小型のものだ。

「飛び級の天才である私こと、プロフェッサーテレストの研究のすばらしさを皆の目に焼きつけるといい」

 歩きづめで疲れている訓練生たちに向けて言った言葉だった。

「調子に乗るな。研究したのは俺達チームだ」

 ドローンから男の声が聞こえてくる。テレストの後ろに誰かいるのだろう。

「そろそろ薬の時間だ。持って来ているな?」

 そうテレストが言うと、ルリとテリムはポケットの中から薬を取りだす。

「二、三日分をいつも持ち歩いておく事をオススメする。片方が忘れてしまった時や、薬を回収する時間がない時などのために用心だ」

 テリムもルリも頷く。この薬を定期的に飲まないと、穴という穴から血を吹き出して絶命する事になるというのだ。そんなのは二人ともご免である。

「一週間後だ! 一週間後に君らは前線に送られる! そのようなへっぴり腰では勝てんぞ!」

 教官から激がとぶ。

「はい!」

 全員はそう返事をする。ここで弱音は許されない。

「そうだね。あと一週間なんだよね。ここでの訓練」

 ルリは言う。訓練所での訓練の後、自分達がどこに配属をされるかはわからない。ルリとテリムは離れ離れになるだろう。

「そして、多分お互いが死んだことすら分からないまま、死ぬまで戦い続ける」

 ルリの言葉に、テリムはコクンと頷いた。


 頂上に到達すると、訓練生達は歓喜の声を上げた。

 頂上は訓練用のグラウンドになっており、四百メートルトラックや宿泊用の山小屋なども設置されている。

『やっと着いた!』『これで終わった!』

 口々に言う。

「整列!」

 教官がそう言うと全員が最後の力を振り絞って整列をする。

「君らは行軍を終えた。行軍を終えたという事は、戦地に到着したという事だ!」

 教官は言う。これは当分休めそうにないなと全員は思った。

 それから、装備を抱えたままトラックを走って十周する。

 

「みんなすぐ寝ちゃったね」

 今、テリムとルリの二人は遠くにある街が見回せるグラウンドの端にまで来ていた。

「この心臓はすごいよ。いままでは、ボクはみんなについていくだけで精いっぱいだった」

「私も、ここに着く頃には、早く休む事しか考えられなかったもん」

 新たな心臓。

「この力があればオルカ達にも対抗できるかもしれないね」

「ねぇ。今その話はやめない?」

 ルリはテリムの顔を覗き込んで言う。

「私達はオルカと戦うために訓練をしてきた。でもオルカを倒すための機械じゃないの」

 ルリはテリムの手を握った。

「戦地に送られる前に、一日の休暇があるんだってさ」

 そして、訓練をしている訓練生たちには、給料が支払われていた。額はお小遣い程度のものだが、訓練は休みなく続けられ、給料を使う機会がないため、そこそこの金額になっている。

「最後に私に思い出をくれない?」

 ルリは二人で街にいってデートをしてくれないかと頼む。

 テリムはそれに顔を赤くする。

「うん……」

 どう答えていいか分からないテリム。その言葉は頷いて小さく言った言葉だった。


「なんか味気ないね」

 休みの日に会ったテリムとルリは、訓練着を着ていた。

 訓練着以外の服を持っていない二人は、同じ服装で街を歩いていた。

「これ、ペアルックっていうやつじゃ?」

「言わないよ」

 この雰囲気のでないかっこうはルリには不満のようだ。

「最初は服を買いに行こう」

 不機嫌そうなルリはテリムの手を取って、街を歩いて行った。


「やっぱりかっこからだよ」

 服屋に到着したルリは、さっそく気に入った服を試着した。

「どう? 私はかわいいでしょ? テリム君」

「なんかそういうかっこをしていると新鮮な気分だね」

 テリムが言うと、ルリは不満そうな顔をした。

「素直にかわいいって言えないのかな?」

「そ……それは……」

 ルリに言われて口ごもったテリムに、ルリは笑いかけた。

「それが言えないのがテリム君なんだよね」

 それから、ルリはテリムの分の服も選び始めた。

「着替えないのは許しませーん。無粋なかっこはやめてくださーい」

 テリムに言って、試着室の中に押し込んだ。


「ねぇ。これでいい?」

 着慣れない服を着ると、妙な恥ずかしさがあるテリム。

「うんうん、かわいい、かわいい」

 手を叩いて言うルリ。

「かわいいはやめてほしいな」

 男の意地もある、テリムとしてはかっこいいといってほしいところだった。

「でも、私の事をかわいいって言ってくれなかったし」

「それは……」

 ルリの言葉に、テリムはうなだれる。

「そうだよね。ぼく、そう言ったんだし……」

「そこまで落ち込むか、君は」

 ルリはテリムの頭を乱暴になでた。

「君はかわいいって言ってくれなかった、私は君をかっこいいとは言わない。それで終わり。貸し借り無し!」

 テリムの頭をペチンと叩くと、テリムの手を引いていった。


 映画、遊園地、それらのデートコースはルリ達には合わないという事は本人たちもわかっている。

 やはり物を手に入れておきたい。何かを食べておきたい。

 体を作るための決まった食事や、規律を正すための皆に平等に与えられる支給品のみで、いままで生きてきた。

 暴飲暴食や無茶な買い物は今だけ許されるのであった。

 テリムはルリに手を引かれて、喫茶店に入る。


「うーん。おいしー」

 ルリはテリムとお金を折半して一つのパフェを二人で食べていた。

「このバナナのソースが最高!」

 ルリは幸せそうにして食べている。頬にしびれを感じる甘いソースに舌鼓を打つルリ。

「なんで一つなの? 二つ頼めばいいじゃない。お金はあるんだし」

「いろんなお店に行って、いろんなもの食べたいじゃない」

 いろんなお店の食べ物を少しずつ食べていきたいという。

「それとも、間接キッスとか気にしているのかなぁ?」

 一つのスプーンを使って二人で食べているテリムとルリ。

「そんなんじゃないよ」

 そうテリムが言ったところ、ルリの持ったスプーンがテリムの口の中に押し込まれる。

「どう? たまらなくおいしいでしょう?」

 ルリが言う。テリムは腑に落ちないものを感じながら、それを食べた。


「ねぇ。不安じゃないの?」

 次の店に向かう道中、テリムは言う。

 街中の建築物は西暦二千年代と変らない様子だ。

 道行く人のファッションは、二千年代と比べて夏物用の新素材が現れてより薄く涼しくなったし、若干流行りによって形状は変わったが、基本的な形は変わっていない。

 街をスーツで歩く人、ジャージで歩く人もいる。

 形は変わらずとも材質が変わり、汚れの付きにくい輝くほどきれいな壁が、見上げるほどの高さまで伸びている。

「うん。不安。私だって長く生き残りたいし」

 テリムの手を引きながらルリは言う。

「でも、不安だからってビクビクして生きていきたくないの。楽しめる時はめいっぱい楽しみたいし」

 そう言うルリ。テリムはそれで固唾をのんだ。

 今日、初めてルリの口から決意の言葉を聞いたのだ。

「ねぇ。ここにいこ?」

 ルリはそう言う。それはこの惑星で作られた神社だ。


 ここに祀られているのは戦争で命を失った英霊である。

 訓練所のあるこの街では、戦争で死亡した少年少女の遺骨や遺髪が集められ、この神社に奉納される。

 もっとも、宇宙での戦争で戦死した人間の遺体が見つかる事は稀で、収められている遺体は、この訓練所を出発した死者の百分の一にも満たない。

「よかった。やっぱり人がいない」

 そろそろ訓練所の門限には間に合わない時間だ。

「私は訓練所の希望の星だっていう自覚はあるよ。君はどう?」

 ルリは言う。訓練所で好成績を残して期待されている自分が、こんなところで神頼みをしていたらみっともないではないかと……

 ルリは誰もいない神社でパンパンと手を鳴らし、願いを唱えた。

「私は死にたくありません。生き残りたいです。どうか、私に力をください!」

 ルリは大声で、なおかつ引き絞った声で言う。

「そんな事を言ったって知られたら……」

 訓練所の中でそんな事を言ったら懲罰ものだ。兵士はいつでも命を捨てる覚悟がないといけない。それを持たない兵士は軍法会議にかけられて銃殺をされる事だってありえる。

 この戦争は劣勢の情勢。兵士の士気の維持や、規律の保持のために必要な措置だ。

「そうだよ。でも仕方ないじゃん。怖いものは怖いんだから」

 フルフルと震えた声のルリ。

「君はもっと強い子だと思ってた」

 テリムが言うと、ルリにテリムに向けて駆け出した。

「訓練所で一倍弱い子が何を言っているのよ! 私だって、死にたくないんだから!」

 そう言いながら、テリムにとびかかったルリはテリムの胸をドンドンと叩く。

 テリムはいきなり変わったルリの様子に、辟易して何も言えないでいた。

「生き残る方法を知りたいか?」

 そこに声がかかる。テリムはその声に聞き覚えがあった。

「コッダ……なんでここに?」

 後ろからコッダが現れたのだ。彼が一歩歩くたびに、玉砂利が音を鳴らし、コッダが近づいてくる。

「オルカ様方に忠節を誓うんだ。お前たちなら、優遇をされるだろう」

 コッダは言う。

 テリムとルリの二人が心臓を付け替えられたのはオルカ達も知っているという。二人はこれで、貴重なサンプルとなる。

 人間達の新兵器がどれほどのものかを、調べるために貢献できるだろう。

「コッダ……なんでそんな事を言うの?」

「いろいろな意味にとれる言葉だ。何が聞きたい?」

 コッダは聞く。

「人間はオルカに勝てない。そんな事は分かり切ってる」

 コッダは話し出した。

 科学力、資源、兵力、全てをとっても人間とは格段の差がある。人間は戦場でオルカに勝てる事は少なくない。

 一度勝利をすれば、一月の間はその勝利がニュースや新聞で大々的に宣伝される。その戦争で活躍した兵士がインタビューもされる。

 だが、その裏には百以上の敗戦がある。

 百一回戦い、百回負けて、一回だけ勝つという、絶望的な戦いをしているのだ。

「従うんだ! 人間はオルカを敬い、称賛し、服従する。人間の歴史にも、一部の権力者に民衆が従った時期だってあった。昔に戻るだけだ!」

 コッダの言う事は確かに正しい。テリムもルリもその言葉に反論ができない。

「俺はテリム達と一緒に遊んだことを忘れているわけじゃない! お前は俺の親友だ! 俺の事を信じてくれ!」

 コッダの言葉だが、テリムはそれでオルカに服従をしようとはならない。

「あんな奴らに従えるか! たとえ生き残れても、そんな生き方をしているんだったら、死んだと同じだ!」

 テリムとは思えない強気な言葉。コッダはそれに顔を伏せた。

「俺だって機械の心臓を持っている!」

 そう言い、コッダは服をめくった。

 胸の部分に手術跡がある。

「お前たちが必死になって開発しただろう機械の心臓だがな! オルカは百年以上も前に開発しているんだよ! できたてで何の技術革新もない心臓が勝てるはずがない!」

 コッダの言葉にテリムの心はグラついた。

 オルカ達はずっと前にそんなものは開発済みだったのだ。やはり、人間はオルカに追いつくことはできないし、追い越すこともできないのだと感じた。

 そこにルリが前に出る。

「あなた。オルカの奴隷なんでしょう? 人間をやめたんでしょう?」

 そして、前に進み出ていく。

 コッダの目の前にまで歩を進めたルリはコッダの胸ぐらをつかんだ。

「奴隷が一丁前に人に意見をしているんじゃない! 主人の言う事だけ聞いていればいいのよ!」

 その言葉にコッダもテリムも面食らっていた。

「オルカのところに帰りなさい!」

 それを聞いたコッダは苦々しい顔をした。

 スゴスゴと引き下がったコッダ。コッダの姿が見えなくなると、ルリは膝から倒れていった。

「ルリ! なんて事を言うんだい!」

「なんて事って……国のために戦う訓練兵だったら、ああいうべきでしょう?」

「そうじゃないよ! もし、コッダが襲ってきたら!」

 コッダが武器を隠し持っていなかったとも限らない。

 ここで、あんな事を言って挑発をしてもいい事なんてない。

「君がコッダ君と一緒に行っちゃわないかって思って」

 ルリは言った。テリムの服の裾を引っ張り、テリムの事を見上げた。

 コッダの言う事は魅力的でもある。勝てない戦いを続ける人間。今でもオルカに服従をするしかないと考えている者も多い。

 弱気なテリムがその考えに染まり、コッダと一緒になってオルカに服従をしないかと思ったのだ。

「君と敵になるなんてやだよ」

 ルリはテリムに泣きついて言った。


 門限を破ったが教官からは特に何も言われなかった。

「君らはもう俺達の管理下から外れているようなものだ」

 遅刻を許すための苦しい言い訳だが、それを聞き、テリムは寂しくなった。

「僕らの事はもう関係ないのかな」

 小さく愚痴った言葉。教官は聞こえているようだったが何も返さない。

 その事を思い出しながら、パンをちぎって池に投げ込んだ。

 テリムは訓練所の裏手の池で考え込んだ。

 考えるのはルリの事だ。ルリは自分の事を必要としてくれていた。だが、自分は臆病で頼りない小さな人間だ。

「確かにあの時……」

 コッダにオルカの奴隷になろうと言われて心がグラついていたかもしれない。自分は人間の尊厳や、オルカから人間を守る事になど興味はない。

 テリムはコッダを助けたいと思っているだけだ。しかも、その意思は限りなく小さいものだ。

 この心臓を力を使ってコッダをオルカから解き放つ事を目的に戦ったとしても、コッダに勝てるかどうかもわからない。勝てそうになかったら、全てを投げ出しそうになるのが、自分でも分かっている。

「ルリと離れ離れになりたい」

 ぼんやりとそう思う。

 彼女が自分に向けてくる愛は、自分には重すぎる。大きすぎるルリからの期待を受けたくないと思ったのだ。

「何を悲しい事を言っているのかな?」

 テリムの背後から、そう声が聞こえた。

「やっぱりここにいたんだ」

 考え事をする時、テリムはいつもここに来る。

 明日、配置が発表され、自分達の戦地が決まる。ここの訓練生は、全員が不安な気持ちになっているのだ。

 気の弱すぎるテリムが、その例外になるわけがない。

「でも、同じ場所に配属なんてありえないかもね。配置されるのはどの場所にも一人二人だもん」

 オルカとの戦いでは死者は絶えない。どの現場も人手不足だ。

 どこも、猫の手を借りたいほど忙しいのである。その要望に応えるために、訓練生は一人ずつ一つの現場に送られる。

「ねえ。もし、二人とももう一度会うことができたら、結婚しない?」

 ルリが言う。

「そんな! 気が早すぎるよ!」

 そうテリムが驚きながら言うと、ルリは笑った。

「こういう時は『うんそうだね』って言っておけばいいの。どうせ、会うのはこれで最後になるんだから」

 ルリは言い、テリムの手を握った。

「私、君に会えてよかった。なんか、人並みにお姉さんになった気分になれたよ」

 ルリはテリムの手を自分の胸の前に持って行きながら言う。

「ボクが役に立てたなら……」

 テリムはそう返し、その手を離した。

 ルリはその場から立ち去り、テリムは池の鯉を見つめた。

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