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1-1 魔族の街 姫野宮

 二〇一六年の二月二十六日。

 つまり今から二年前の今日。


 地方都市である姫野宮市に未曾有の大災害が暴威を振るった。それは天災なのか人災なのかも判断が付かない原因不明の大災害。姫野宮大災害と呼ばれるその災害は地域創生の一環として丘に開発された住宅街である煌坂ヒルズの九割をたった一夜で残骸の山へ変えた。


 だが、明け方になるまで煌坂ヒルズで起こった災害について誰も気付いた者はいない。

 それどころか死傷者も見当たらない。まるで、そこには最初から誰も住んでいなかったように見事なまでに家屋の残骸しか残っていなかったのである。災害から二年が経った今も行方不明者の目撃情報が皆無なのは変わらない。

 現段階でこの大災害の唯一の生き残りは当時十五歳だった少年ただ一人であるが、その少年も多くは語ろうとせず、真相は迷宮の中に秘されてしまっている。


 いったいなぜその少年だけが生き残れたのか。そもそも何が起こったのか。

 世間は生き残った少年に説明を求めたが、語られることはなくやがてそのニュースも報道から消えていった――


 × × ×


 二〇一八年。

 粉雪がチラつく曇天の下。


 俺は彼女――雪下咲奈(ゆきしたさきな) の墓前に立ち尽くしていた。この墓の下には(さき)の身体は眠っていないのは知っていたけれど、他にどこに行けばいいのかわからなかったから。


 二年という時間を経て高校二年生になった。今年の春で高校三年生。来年の春には卒業だ。背も十センチも伸びて百八十超えも見えてきた。昔は咲と同じ身長だったけれど今ではもう俺の方が高い。生きているのだから当然なのだろうけど。


 瞳を閉じればかつての色鮮やかな情景、楽しかった日々、平穏な時間が今も浮かび上がり胸を締め付ける。


 俺はどうして。


 あの時。何も出来なかったのだろう。何も言えなかったのだろう。言わなかったのだろう。彼女が死ぬとわかっていたはずなのに、止めようとしなかったのか。そして――


 最後に見せた咲の笑顔と言葉がどうしても頭から離れない。


 ありがとうと伝えなくてはならないのは俺の方なのに。最初はずっと一人でいる彼女が気になって近づいたけれど、気付けば一緒に過ごした一年半は暖かくて幸せで。なのに彼女は俺がいたせいで死を選択してしまった。


 ふと、目線を上に向ける。粉雪は大粒の雪になり姫野宮の地に降り注ぐ。まるで誰かが泣いているかのように。


 「なあ咲。俺は正しかったのか?」


 雪の音にかき消される俺の声。

 自分の行動の正しさがわからなくなってそんな言葉が零す自分がどうしようもなく嫌いで仕方ない。


 ◇ 


 三月一日。木曜日。


 雲一つない晴天を眺めながら、俺は自分以外学生服を着た人が誰もいない通学路をゆっくりと歩いていた。すれ違う人は買い物袋をぶら下げた主婦やお気楽そうな大学生ばかりだが、それもそのはず。なんたって今の時刻は九時三十分。とっくに一限目は始まっていて、真面目な高校生は教室で授業を受けている時間帯。


 言い訳のしようがないほどの遅刻だが、もう慣れてしまったから何とも思わないし、急ごうとも思わない。


 いつから俺はこんなにもどうしようもない奴になってしまったのだろう。中学三年生の冬までは学校に遅れたことなど一度もなかったのに。今ではすっかり遅刻常習犯の名が板についてしまっている。


 普通なら親が何かを言ってくると思うが幸いにもそれはない。父親は二年前の大災害の際、妹と一緒に死んでいるし、別居していて難を逃れた母親は仕事が忙しく俺が起きる時間には家にいないのだ。


 不意に目端に座り込んでいる猫が映った。白を基調とした体毛に黒い体毛が斑に浮かんでいる。それはパッと見、ただの猫にしか見えないけれどその尾は三つあった。普通の猫は尻尾は一つしかないのは今更確認するべきことではない。


 つまり、これは猫又と呼ばれる魔族の一種。ここ姫野宮ではもう珍しくもなんともない怪異種(かいいしゅ)と呼ばれる人型ではない魔族だ。


 いつの間に足を止めたのか。

 気付けばジッと猫又を見つめていた。それに気付いた猫又は首についた鈴を鳴らしてそそくさと垣根を超えて消えてしまった。

 俺はそれを無言で見送って止まった足を再び動かし始める。


 二年前の大災害。


 姫野宮大災害と呼ばれる大災害は姫野宮という街の在り方を悉く変えた。それは人の街から魔族の街へ変え昼間であろうと魔族が活動するようになった事を意味する。


 このことが発覚した当初、魔族退治を一手に引き受ける祓魔協会は混乱したが今では姫野宮支部をつくることで落ち着きを取り戻した。


 結果、この街に住む人間はその祓魔協会の尽力によって守られ、魔族という荒唐無稽な存在を知ることなく安穏と過ごしている。が、この街にいる限り魔族の影は誰にでも纏わりついていて真に安全かと言われればそうではない。さっき見かけた猫又は無害な魔族だったから良かったけど。これがもし人狼だったりしたら今頃俺はひき肉になっているはずだ。


 こういった運のない人が年に何人か殺されている。右を向いたか、左を向いたかの違いで命が奪われるそんな街。


 これが今の姫野宮市の現状で、大災害が起こした変化である。



 俺が通う私立黎原学園(れいげんがくえん)は小高い丘の上に建てられている。そのため正門をくぐるためには地獄のような坂を上らなくてはならない。俺が中学生だった時、バレーボール部の練習でこの坂を十往復させられた時は本気で死ぬかと思った程。三十度はある傾斜は膝に尋常じゃない負担をかけるのだ。

 身体に優しくないにもほどがある。


 そしてその地獄の坂を視界に捉えた時――


 「やめてください。私はこんな所で油を売ってる場合ではないんです」


 少女の懇願する声が真横から聞こえてきた。反射的に足を止め、声のした方へ顔を向けて


 ――息が止まるのを感じた。

 全身を駆け抜ける電流。

 それはまるで無くしたと思っていたものを再び見つけた時の歓喜に近い衝撃で。


 眼前にいるのは綺麗な白髪を肩の所で切り揃えた少女。


 そして取り囲んでいる学内で有名な馬鹿三人組。息が止まったのは白髪の少女が一瞬、俺のよく知る人物と重なって見えたからで。


 ああ、クソ。完全に人違いだ。似てるのは髪の色だけだ。身長は百六十五程度だし全然違う。


 まあでも、黎原学園のしかも高等部の制服である紺色のセーラー服とスーカートを着ているから同じ学校には通っているのだろうけど……。しかし、見事なまでにはじめましてだ。

 

 改めて見る。


 馬鹿三人組のうちの一人が白髪の少女の細腕を強引に掴み壁に押し付ける。所謂壁ドンである。生まれて始めて実際にやっている人を見たので少し感動。傍から見ると純粋に気持ち悪い。


 「ちょっと位いいじゃん。付き合ってよ。別にお金を奪おうって訳じゃないんだし。俺らはあくまで君を楽しませたいだけなんだから」


 壁ドン男どや顔でがそう言う。すると


 「そうそう。あんな学校なんてクソみたいな所に行ってないで俺らと遊んだ方が楽しいっしょ」


 そんな感じで金髪ピアスデブが便乗する。コレステロールの化け物が一体自分のどこを見てそんな台詞を吐けるのか純粋に疑問だった。


 「とにかくその手を離してください。お願いですから」


 「ええ。そう言われると離したくなくなるのが男心ってやつでね」


 やらしく壁ドン男の顔が歪む。うーん。これは止めるべきか否か。そういえば、猪上の奴そろそろ戻って来てもいいくらいなのにどうしたのだろう。

 などと。そんなことを悩んでいると、白髪の少女と目が合った。合ってしまった。


 あ。やばい。


 そう思ったけど時すでに遅し。俺を発見した少女は目を輝かせやがった。そして、大きく息を吸い腹の底から声を出す。


 「そこの君!どっかで見たような気がするから私を助けて!見てのとおりもの凄く困っているの」


 そう声高に助けを求めた。そして、当然の如く馬鹿三人組も俺に気付き壁ドン男以外の二人がにじり寄ってくる。関節がポキポキなっているからもうやる気満々。短気にもほどがあるだろ。


 「おい。何見てんだ。やんのか」


 低い声でそう脅してくるコレステロールの化け物。近くで見ると破壊力が半端ない。のしかかるだけで人を殺せるんじゃなかろうか。まあ、今はそんなことを思っている場合ではない。誤解を解かないといけない。


 「いえいえ。そんなつもりはないですよ」


 「ああ。だったらさっさと行けよ」


 「わかりました」


 そう言って促されるまま歩き始める。余りにも潔過ぎて不良さん達も困惑している。

 ここは普通、助ける場面だもんなー。

 

 「ちょちょ!君!見捨てるの?か弱い女の子を放置しておいて。ちょっと正気?それが人間のやること?」


 そんな叫び声が聞こえてきた。このまま無視しても良かったが、うるさかったので


 「すまない。俺は干渉するつもりはないので自力でどうにかしてくれ」


 そう言って通学路を歩き始めた。背後から「呪われろ」とか「祟ってやる」といった罵声が聞こえてくる。最近の女の子は元気いいなー。俺に分けてくれ。

 結局一度も振り返ることなく坂を上り切る。校門から小さく見える彼女がいた所を俯瞰したけれどまだやいやい騒いでいる。


 まあでも。

 彼女なら例え熊に襲われようとも平気で撃退できるだろうから大丈夫だと思うけど。


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