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1-4 暗躍する者たち

 「わざわざご足労をおかけして申し訳ない。本来なら私自らがそちらに出向くのが筋というものですが、もう私も若くない故ご理解して頂きたい」


 やたら座り心地の良い黒のソファの上からしわがれた声が響く。

 そこにいたのは枯れ木を思わせる年老いた男性。黒の着物で身を包み、泰然と瀬那を睥睨している。

 名を三雲清雲(みくもせいうん)。年齢不詳の協会幹部の一人。そして瀬那の活動の支援をしてくれる祓魔師派遣部隊のトップである。

 瀬那はまた老いたな、と思いつつ口を開く。


 「いえ。いつも三雲殿にはお世話になっていますから。私が出向くくらいなんてことありません。しかし、今日はいつもと趣が違うようですが、どうかなされたのですか」


 「ああ。あの披露宴ですか。あれはただのダミィですよ。近頃、協会側の締め付けが強まっていましてね。こうでもしないとおちおち外出もできないのです」


 困ったものだと、肩を竦めながら告げる老人。

 その言を聞いた瀬那の表情は重い。


 「――協会が監視体制を強化した理由は」


 「残念ながら詳しいことはわからないのです。幹部である私にも情報を秘匿しておきたいらしく、安全対策のため、というおざなりな説明しか受けておりません。

 しかし、独自の情報網によるとどうやら協会は海外の祓魔協会と手を結び何かをしよと画策しておるようですな」


 「海外の祓魔協会と提携?一体どうして」


 「私にはわかりませんな。内容を知っているとすれば現会長、天崎雁紀の懐刀である碧波宗次とその部下くらいでありましょう。

 そう言えば負傷した猪上麗華の代わりに派遣された監察官も碧波でしたか」


 「ええ。碧波由奈。あの碧波宗次の一人娘ですね」


 「なるほど…。二代目監察官に碧波の性を持つ祓魔師を送り込んで来るとはやはり捕食者の存在は無視できないようだ。魔力、呪力を問わず霊的エネルギーならば喰らい尽くす伝説の聖具の適応者。他の六つの聖具の適応者はちらほらと確認されていましたが、暴食の聖具の適応者が現れるのは実に百年振りとなる。やはり彼は我々の計画の切り札となるのは間違いないようですな。して、件の捕食者――名前は確か」


 「赤塚晃成」


 「そう。赤塚晃成。彼の状態はどうでしょう」


 「まだ尚早だと。少なくとも我々が期待する役目はまだ出来ない」


 「覚醒までどれくらいかかりそうでしょう」


 「はっきり言ってまだわからないですね。こればかりは予測の立てようがない。それに外部の私たちがあまり介入しすぎると協会に私たちの思惑が気取られる可能性すらありますから」


 「ふむ。となると計画は臨機応変に、そしていつでも実行できるように進めておく必要がありますな」


 「それが最善かと」


 「わかりました。それではそのように。

 それはそうとあの悪魔の所在について何かわかりましたか」


 「いえ。残念ながら」


 「そうですか。では、一つ私の持つ情報を開示することにいたしましょう。どうやら協会はあの悪魔の行方を自力で掴みつつあるようです。余り時間は残されていないということですな」


 「……肝に命じておきます」


 にっこりと微笑む三雲。その瞳は孫娘を見るように温かい。


 「それでは瀬那様。これからご活躍を期待しております」


 「ありがとうございます」


 そう答えた瀬那の瞳は豪奢な室内ではないどこか遠くを見つめていた。


 × × ×


 午後九時三十分。二咲家近くにある自動販売機の前。

 張り込みを始めて一時間と三十分が過ぎた頃。なんら変化のなかった二咲家に変化が訪れた。

 二咲の祖父母がいる一階の電気が消え、暗闇に覆われる。


 「もう寝るのでしょうか」


 碧波が言う。

 寝たとしてもおかしくない。ともすれば何らかの動きがあっても不思議ではない。


 「さあな。でも年寄りは早く寝るって言うし不思議じゃないだろ」


 「そうですね……。そう言えば赤塚君。二咲さんのご両親はいらっしゃらないのでしょう

か」


 碧波が問う。俺は答える。


 「――いない、な。俺も詳しいことは知らないけど見たことはない。あいつが引っ越してきた時から祖父母と姉の四人暮らしだった」


 「お姉さん。確かもう亡くなって」


 「二年前の大災害の時にな。運悪く煌坂ヒルズで旦那さんと新婚生活を始めたばかりのことだよ」


 そう言ったその時――

 ガチャリと。

 何の脈絡もなく正面玄関から灰色の寝間着姿の二咲楓が現れた。


 × × ×


 「ん」


 VIP室での会合が終わり披露宴会場に戻る途中、何となく開いた携帯電話には一件の着信履歴が表示されるのを見て瀬那の口から驚きの声が漏れる。


 着信があったのは十分前。ちょうど協力者の爺さんと話をしていた頃だ。

 着信主は天崎天理。祓魔協会姫野宮支部長であると同時に、瀬那と志を共にする祓魔師である。


 一体何用なのだろうか。確かに用があったら電話しろとは言ったが、実際にかかってくると嫌な思考が先行してしまう。

 嫌な予感を抱えつつ残っていた留守番電話を再生する。


 「あ。天理です。お仕事中すみません。

 仕事の依頼です。本当はこっちで処理しようと思ったんですが、別件が入ってしまいできなくなりました。詳しい話は直接したいので、時間がある時に折り返しを下さい。それでは失礼します」


 切れる声。漏れるため息。

 またかと瀬那は思う。天理が所長を務める姫野宮支部は慢性的な人手不足に悩ませている。それも偏にこの姫野宮という街が祓魔師界隈では呪いの街と呼ばれるほど嫌われており、本部の人間ですら好き好んで立ち入ろうとしない忌み地なのが所以だろう。


 おまけに魔族との戦闘による祓魔師の死亡率も極めて高く魔族の温床と揶揄されても仕方ないくらいだ。

一週間程度なら我慢できるかもしれないが、一年、二年ともなると長続きしない。現にこの街に配属された祓魔師の八割が二か月以内に去っている。


 瀬那は仕方ないことだと理解しつつ、どうにかできないものかと思索する。が、そんな方法はどこにもない。魔族退治は人海戦術が基本だ。一人では狩れる数に限界があるのは明白だ。だというには基本となる人がいない。もう少し待遇を良くすれば多少は増しにはなるはずだが、資金難に喘いでいる姫野宮支部にその選択肢はない。となれば一人が担当する量が多くなるのも必然であり、捌き切れないものはこうして瀬那の元へと舞い込んで来る。


 再びため息。一番危険な姫野宮に配属される祓魔師のほとんどは出世街道から外れた訳ありや、能力的にクズだと判定された落ちこぼれたちが占める。中には好き好んでやって来る変態もいるが、使えないという理由で左遷された人間のモチベーションは極めて低い。薄給に加え、評価されることもないのであれば、それは仕方ないことだと言えるが。


 それに最近では姫野宮支部は使えない祓魔師の処刑場だという噂も出回り人手不足は深刻化する一方で打ち止めになる気配はない。


 「どうしようもないな。本当に」


 自然と胸中が零れる。

 一番魔族被害の多い姫野宮に割かれる人員はほんの一握りで、多くの祓魔師は現会長のいる東京に拠点を置いている。それも甘い汁が吸いたいという理由で。

 これは明らかに異常だ。いつから祓魔協会は利己的な屑の集まる組織に成り下がったのか。

 そんな思いを胸にしまい瀬那は天理への折り返しの電話をかける。

 リフレインするコール音。五回鳴り通話が接続される。


 「もしもし。天崎です」


 「天理。私だ。留守電を聞いた。それで私に頼みたい仕事とはなんだ」


 「姉さんですか。お疲れ様です。というか、電話をかけてくるなり本題に入るとかどれだけせっかちなんですか」


 「まどろっこしいのは嫌いなんだ。いいから要件を言え」


 「わかりましたよ。別件の任務に当たっていた職員からの報告なんですが、一つ気になることがありまして。昨夜、道化師らしき人影を見たそうなんです。一瞬のことなんで正確性には欠けるそうですが」


 「場所は」


 「鬼南町と伏流町を繋ぐ桟橋の近くだそうです」


 「そうか。つまりお前が私に頼みたい仕事というのはそこに行って来いということか」


 「御明察です。それでは頼みますね」


 「わかったよ……。ああ、そうだ。天理、協会が道化師の行方を掴みつつあるそうだ。いずれ姫野宮にも現れるだろうから警戒の方を頼む。今、奴らに介入されるのだけは勘弁して欲しいからな」


 「……わかりました」


 通話が終わる。

 瀬那の表情は昏く、いつもの自信に満ち溢れた顔もなりを潜めているのだった。


 × × ×


 時刻は十時前。姫野宮市の夜道。

 正面玄関から現れた寝間着姿の二咲を追って夜の姫野宮を歩く。二咲は街中の方へと移動する。その足取りに迷いはないが、瞳は虚ろで夢遊病患者を連想させる。

 二咲は黎源高校を通り過ぎる。しっかりとした足取りで歩いて行く。目的地があるようには見えないが、一体何処に行くというのだろうか。まさかこんな夜に散歩という訳ではあるまい。寒さは和らいできたとはいえ、まだ三月の上旬だ。あんな寝間着姿で外をうろつくのは時期が早い。

 二咲は歩く。通行人に好奇の目で見られようと構わず歩き続ける。ひたすらに歩き、やがて伏流町と繋がる桟橋に行き着いた。

 通行人のいない桟橋。十メートルほどの長さの橋は白い外灯が煌めている。

 二咲は橋を渡る。追って渡ろうとしたその時――


 不意に。

 一瞬。ほんの一瞬。

 視界が。世界が。完全に消失する――そんな現実離れな錯覚に見舞われる。

 足元が覚束ない。余りにも唐突で心当たりのない異常に脳が悲鳴を上げている。


 「なんだ、どうしたんだ」


 振り返ると後ろを歩いていた碧波も頭を押さえている。元真祖であるリラも同様だ。

 

 「なんですか、これ」


 「なんじゃ、あの気持ちの悪い映像は。

 ……おい、晃成。あの娘っ子はどこじゃ」


 慌てて視線を戻す。

 けれど。

 そこに二咲の姿はなく、外灯が灰色の地面を照らし出しているだけだった。


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