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1-2 不穏な空気は未だ漂い続ける

 時刻は八時半。


 定刻通りホームルームが始まったが、何ということか。我らがクラス委員長二咲楓が今日も休んでいるのである。

 中学二年生の夏休みまでは欠席しがちだったのだが、夏休みが明けてからは一回も休んだことがなかったのだ。だというのに、金曜日と月曜日も休んでいるのだ。時期は過ぎたがインフルエンザにでも掛かったのだろうか。


 副委員長の号令で朝の挨拶をして席に座る。

 そして、諒子ちゃんがいつものテンションでホームルームをこなしていくのを漠然と眺めていた。


  ◇


 終業を報せるチャイムが鳴る。

 姫野宮で起こった連続殺人事件の影響で相変わらず放課後の部活動は禁止されているので人が濁流のように校外へ流れ出ていく。

 当初は反発していた生徒も降って沸いた放課後の自由時間を友達や恋人との時間に充てるなどして思い思い過ごしている。まあ、殺人犯がうろついているから放課後の部活動が禁止になったのに、道草を喰っていては本末転倒のような気もするが危機察知能力に疎い今の日本人にとってはそれは仕方のないことなのかもしれない。


 そんな下らないことを俺は帰る準備――教室の窓を閉じながら思う。本来ならいの一番で帰ってやりたかったのだが、あろうことか諒子ちゃんに雑用を押し付けられ、挙句の果てに教室の鍵閉めまで押し付けられてしまったので一足遅れてしまったのだ。

 まあ、今日は帰りにスーパーに寄って晩御飯を調達するだけなんで特に急ぐ理由はない訳であるが。


 文句を言いつつも鍵閉めを終え教室の外へ出ようと歩き始める。と、バタバタと忙しい足音が響く。足音は一直線にこちらに向かって来ている。

 忘れ物でもしたのかと思いつつ扉を潜るとちょうど一人の少女と鉢合った。

 少女はここまで全速力で走って来たのか息を切らし肩で呼吸をしている。身長は百六十センチと少し。髪型はボブで、顔は整っているがどこか気弱な空気が全身から零れている。

その少女の顔には見覚えがある。確か二咲楓の取り巻きの一人で名前は稲瀬優奈(いなせゆうな)だったはずだ。激情家である二咲とは正反対の大人しい性格の少女。


 稲瀬は肩を震わせ大きく呼吸をしながら俺の方を何か言いたげに見つめてくる。


 …………。

 どうしよう。すこぶる気まずい。というのも俺と二咲のグループは仲が悪い――というかリーダーである二咲が俺のことを【人殺し】呼ばわりするレベルで嫌っているので今まで一言も話したことがないのだ。

空気に耐えきれずこのまま立ち去るという案もちらついたが、この状況で立ち去るのは気が引けたので、ひとまず稲瀬の呼吸が落ち着くまで待つことにした。


 二分後。

 今にも死にそうだった稲瀬の呼吸はようやく会話が出来るようになっていた。心なし顔も今にも死にそうだった先ほどと比べると落ち着いているように見える。

 が、恐らく俺に話があるのであろう稲瀬は決心がつかないのか口を開いたり閉じたりしている。傍から見ると餌を求める金魚のようで滑稽だ。


 面白かったのでしばらく眺めていても良かったのだが、外で碧波が待っているのを思い出したので手っ取り早くこちらから話を振ってやることにする。


 「なあ。稲瀬、さっきからにらめっこをしてる所悪いけど何か用があるのか?忘れ物をしたのなら鍵開けるけど」


 どうする、と問いかける。

 すると頬を林檎のように染め上げる稲瀬。どうやら自分の行動がそう見られていたと知り恥ずかしくなったようだ。


 ぶっちゃけ今まで俺の近くにはいないタイプの反応だったので新鮮である。

 そして稲瀬は顔を赤面させた後、どうしようと迷ったような表情を浮かべたが意を決したように唇を固く引き締め口を開く。


 「あの……赤塚君。人伝に訊いたんだけど何でもやってくれるって本当?」


 「本当だけどまあ。内容によるな」


 確かに俺はこれまでお小遣い稼ぎで難易度の高いパシリを何度か引き受けているが、暴力沙汰は純粋に面倒なんで断っている。これ以上、警察に後ろ髪を引かれるのは勘弁したいのだ。


 「……あのね、話があるんだけど少しだけ時間を貰ってもいいかな?」


 おずおずとそんなことを言う稲瀬さん。

 不覚にも。上目遣いで告げられたその言葉に心臓の鼓動が跳ね上がったのだった、まる。


 ◇


 「気を悪くしたらごめんなんだけど、赤塚君って怪物とかって信じる人かな?」


 人気のない放課後の学校で、稲瀬が小さな声で放った言葉はそんなことだった。

 怪物を信じるか信じないかは人によって分かれるところではあるが、俺は立場上信じている口に該当する。何せこの目で魔族なんていう荒唐無稽の化け物と命を奪い合いをしたことがあるのだ。これで信じないという方がおかしいというものだろう。

 とはいえ、いきなり魔族がどうとか言ってもそれはそれでおかしなことになるのでここは慎重に言葉を選ぶ。


 「信じるか信じないかって言われると信じる方だな。その方が夢がある。でも、どうしてそんなことを訊くんだ?」


 「良かった。赤塚君になら言うことができる……あのね、信じてくれないかもしれないけど――」


 そこまで言って稲瀬は言葉を止め、再度大きく息を吐く。それはまるで何か大きな決断をする前の最後の確認のような動作そのもので。

 そして――


 「楓ちゃんのお家に怪物が住み着いているの」


 笑顔のない真剣な表情で稲瀬は口にする。

 …………。


 「………」


 「赤塚君?」


 予想外の人物の登場にリアクションがワンテンポ遅れてしまう。

 思えば二咲の取り巻きが俺に話がある時点で気付いても良さそうなものだが、鈍いのでそれはあまり期待できそうにない。


 “楓ちゃんのお家に怪物が住み着いているの”


 それはつまり………どういうことだ。魔族が二咲家に押し入り一家全員を殺した挙句、拠点としているのか。それとも二咲家の誰かが魔族なのか。今、二咲が学校を休んでいることと何か関係があるのか。

 現状でははっきりとはわからない。まだ情報不足だ。


 「すまん。それで怪物ってのは具体的どんな姿をしてることを言うんだ?」


 努めて自然に言葉を発する。顔に動揺が浮かんでないか心配だが今は気にしている余裕はない。


「――赤塚君。本当に信じてくれるの?私が言ってることは荒唐無稽なお伽噺のようなものなんだよ?美奈ちゃんや郁ちゃんはアニメの観過ぎだって言って信じてくれなかったし。なのにどうして赤塚君は真剣に聞いてくれるの?それに私は赤塚君に酷いことをしてきたんだよ?どうして赤塚君はそんなにも強いの?」


 泣きそうな顔の稲瀬。その顔には後悔と自己嫌悪が入り混じっている。

 どうして強いのか。

 稲瀬がどこを見てそう思ったのか知らないし、そもそも強くも何ともないが、二咲が俺にしたことはして当然のことだ。酷いなど一度も思ったことはない。


 それに俺が稲瀬の話を信じるのはもちろん魔族という異形の存在を知っているからだ。それ以外に理由なんてない。

 よって稲瀬の問いには魔族を知っているとしか答えられないが、まさかそのままいう訳にもいかない。少し前にも似たようなことで悩んだような気がするが、まあここは適当に答えてお茶を濁すことにしよう。


 「……確かに怪物がいるなんてのは信じられないけどさ、お前が俺にそんな意味のない話をする理由はないだろ。それだけでも真剣に話を聞く理由には充分だろ」


 「確かにそうだけど」


 不満げな声。どうやら納得していないようだ。が、これ以上雑談に付き合う義理はない。


 「私は、赤塚君に酷いことを、これまで……」


 「それは見解の相違だよ稲瀬。俺は二咲の行動が酷いことだなんて一度も思ったことはない。第一、稲瀬は見てるだけで何もしてないだろう?」


 「でも、見て見ぬ振りはいじめてる人と同罪だって」


 「まあ、一般論だとそうだけどな。俺個人としては傍観者と実行者は同罪じゃない。理由は――まあ言うまでもないか」


 「でも……」


 「もういいだろう稲瀬。お前が心を痛める理由はどこにもない。何もないんだ。だから、そろそろ本題を話してくれないか。人を待たせてるんだ」


 遮るように言葉を放つ。

 稲瀬はまた申し訳なさそうに顔を背ける。


 「……ごめん。話長かったよね。私がソレを見たのは塾帰りに楓ちゃんの家の前を通った時。楓ちゃんの部屋の窓が開いていることに気付いたの。こんなに寒いのにどうしたんだろうって思ってたらね。窓から狼男のような顔に、背には大きな鳥の羽根が生えた怪物が飛び出して行ったの」


 「狼男のような顔に、背には大きな鳥の羽根が生えた怪物、ね……」


 稲瀬が二咲家で見たという謎の怪物。

 それは少し前。俺を公園で襲った魔族の外見的特徴とかなり酷似していた。


 ◇


 稲瀬との話を終え、纏まらない思考を必死に纏めながら階段を下っているとポケットで振動するスマートフォン。着信主は瀬那さん。今は電話に出る気分ではなかったが、先日の一件でこの人の電話を無視すると後々面倒くさいことになるので渋々出ることにする。

 まあ、学校じゃ携帯電話の使用は校則で禁止されているが、放課後の部活動が禁止されていることもあって幸いにも校内にいる人は少ない。

 なんで、ここで電話に出ても大丈夫だろう。


 「はい、赤塚です」


 「お、今日はでたな。感心だな。と、さっそくで悪いが時間がない。要件だけを伝える。私は今から私用で――と言っても仕事でだが、事務所を三日間ほど開ける。本来なら事務所を開けるほどのことではないのだが、先方の顔に泥を塗る訳にもいかない。そんな訳で晃成。お前、どうせ暇だろう。学校が終わってからの三時間だけでいいから事務所の店番をやってくれないか?いや、やれ。これは雇用主からに命令だ」


 「え、ちょ――」


 「それじゃあ、後は任せた。鍵はいつもの場所に隠してあるから」


 などと。一方的に言い捨てて電話を切る悪逆雇用主。もしもうちの万屋事務所がまともな会社だったら絶対にブラック会社リストに載るレベルの悪環境だ。


 正直やってられねえ。


 だというのに俺が今も辞めずにいるのは瀬那さんに多少なりとも感謝しているからだ。もしも二年前。煌坂があんなことになって、俺を取り巻く環境ががらりと変わった時。瀬那さんがいてくれなかったら生きることを放棄していたかもしれない。それこそが更なる災厄の引き金になるとも知らずに。

 でも、そうはならなかった。それはきっと瀬那さんが隣にいて俺を支えてくれたから。だから俺は今も愚痴を吐きながらも言われたことをこなしているのだろう。


 さて、と思考を切り替える。

 考えるのは稲瀬からの依頼について。内容は彼女が見たという顔は人狼、背には大きな翼を持つ謎の魔族の存在を確認すること。それから先は何も言われていないが場合によっては武力も必要となってくるだろう。最低限の準備はしておいた方がよさそうだ。


 稲瀬によるとその魔族を見たのは昨夜。時刻は塾帰りの十時過ぎ。住宅から零れる明かりによって照らされただけなので、詳しい特徴はわからなかったのだそうだ。


 二咲家の一階は主に家主である祖父母が住んでおり、稲瀬が謎の魔族を目撃した時は電気が点いていた。

 この時、二咲の無事を確認しようとしたらしいのだが、あと一歩のところで恐怖心に負け逃げ帰ってしまったのだそうだ。その後、メールと電話をしてみたが両方とも未だ返信はないとのこと。

 まあ、友情だなんだと綺麗ごとを並べても結局のところ人間は自分の命が大切なのだし、それは仕方のないだろう。

 しかし顔は人狼、背には大きな翼を持った魔族なんて本当にいるのだろうか。やはり葛灘鉋と同じケースなのだろうか。そうだったら――


 などと。色々なケースを考えながら碧波の待つ正門前へ足を動かした。


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