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0   空腹/憎悪

 三月四日。深夜。

 その報せはパトロール中の警察官からもたらされた。何でも姫野宮市鬼南町で全裸の少女が発見されたらしい。目立った外傷は見当たらなかったが、意識の方が混濁しているため至急救助に来てほしいとのことだった。


 最近の姫野宮はひどく物騒だなと思いつつ、その救急隊員は仲間二人と共に救急車に乗り込んだ。



 ほどなくして指定された現場に到着する。

 そこは鬼南町と伏流町の間を流れる椿川の河川敷だった。もう少しばかり進むと鬼南町と伏流町を繋ぐ橋がある。

 パトランプを回したままのパトカーの後ろに駐車。だが、不思議なことに警察官の姿はない。こういった場合、警察官が近くに待機しているはずなんだがそれがないのである。


 不審に思いつつ要救助者を回収するため車から降り、パトカーに近寄る。

 しかし、中はもぬけの殻。保護された少女も警察官の姿もない。


 どこに行ったのか。

 無線で来た救助要請だったため悪戯である可能性はないに等しい。


 仕方ない。パトカーがここにある以上、近くにいるのは確実なのだ。もしかすると河原にいるのかもしれない。


 そして、救急隊員は一人を残し雑草の生い茂る河原へと降り立った。


 

 十分後。

 救助者を探しに行った二人は帰ってきていない。何かあったのかもしれない。そう思い最後の一人が地獄への門を潜った。


 懐中電灯の明かりで河原に生い茂る雑草を踏んで捜索する。

 

 「おーい!誰かいないのか!?」


 声は虚しく闇に溶けるだけで返る言葉はない。車のエンジン音も虫の音も何もない空間。

 そのせいか彼の声は異様に響く。

 

 ほどなく捜索していると草が踏み倒されているのを発見し、彼はそれを辿ることにした。

 

 足元から聞こえてくるザクザクという音。

 草しかない河川敷。

 その光景が唐突に終わり、土色の地面が現れる。 


 気付けば橋の下に行き着いていた。そこはゲートボール広場となっているらしくフィールドが整えられている。

 

 懐中電灯で周囲を照らし誰かいないかと目を凝らすと――

 

 警察の制服を着た人が倒れている。


 「大丈夫ですか!?」


 救急隊員の性か。彼は急いでその人に駆け寄ろうとして


 ピチャ。


 そんな異音を足元から聞いた。その異音――水溜まりを踏んだ音に彼は自然と脚が止まる。

 昂った感情に水を掛けられる感覚。

 そこに溜まる水溜り。最近、雨は降っていないのに溜まっているその液体はいったい何なのか。

 理性は落ち着きを取り戻し、ゆっくりと足元へ視線を落とそうとして


 ピチャ――


 何かが水を踏む音。

 限界まで研ぎ澄まされた意識は振り返り


 「あ――」


 最後に。自分を殺す獣の姿を見た。


 × × ×


 血の海で(わたし)の意識は覚醒する。


 ぐっしょりと濡れた牙。肉がこびり付いた爪。そして、バラバラになった肉の断片。

 それは明らかに狩猟の名残。眼下に広がる赤い景色を作りだした本人であることの証明だ。


 だが、獣は不満気に唸る。

 これでは満たされない。まだ足りないと言わんばかりに。

 そもそもこの狩猟は突発的に起こった事故に過ぎないのだ。無意識下で起こった狩り程度で満足するのなら、そもそもこのような力を手に入れられる訳もない。


 この程度では胸の裡に燻るドロドロにまで煮詰まったこの感情が晴れることがないのを獣は知っている。


 解消方法は一つ。

 ■■■■を殺す。ただそれだけ。いや、正確にはそれしか方法はない。


 夢想する。

 この手で、この鉤爪で、この牙で。

 縊り殺し、引き裂き、跡形もなく喰らい尽くすその光景を。

 限界まで煮詰まった憎悪の根源を咀嚼して、無念を晴らすその快感を。


 ああ。そうだ。こんなことをしている時間はない。一刻も早く殺して家に帰らないと。

 

 そして獣は次の獲物を求め彷徨い始めた。

 

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