幕間Ⅲ
「――――――」
白スーツの人の独白が終わる。
「どうでしたか。これが君が傷を負った原因で真実だよ」
言っている意味がわからず困惑する。
魔族。
祓魔師。
火車――
その全てが荒唐無稽で、現実味がない。それだけでも頭はパンク寸前だったのに、構うことなく白スーツは続けて言葉を紡ぐ。
「でも。君は本当に運がいい。なぜなら君は元に戻れるのだから」
「もど、れる?」
「そうさ。元に戻れるんだ。現代医学では到底不可能な、人体の復原。漫画ではよくあるだろう。腕を切られても、寸分違わず再生できる、あれと同じことさ。まあ、それには相応の代償が必要なんだけどね」
……益々意味がわからない。そんなことが出来るはずがない。
蜥蜴のように再生できるのはフィクションである夢だけで、ノンフィクションである現実ではあり得ない。もしも本当にできるというのならそれはまさしく奇跡と呼ぶに相応しい。
胸の裡にじっくりと広がっていく現実と絶望。
すると見計らったようなタイミングで病室に入って来る父の姿。それはあまりにも唐突で。私は呼吸を忘れたほどだった。
「鉋……」
「お、父さん」
何とも言えない静寂が落ちる。
これはこの白スーツの人の計らいなのだろうか。顔を見ると口元が三日月と見紛うほど笑っていた。
「さあ。葛灘鉋さん。決断の時だよ。君が元の身体に戻るためには戻るための身体を探さなくてはならない。君にしかない、とっておきの身体だ。そのためにはまず脚が必要だろう。だからお父上に来て頂いた。
――さあ。父君を殺すんだ」
静寂を切り裂く白スーツの朗らかな声。言ってることは滅茶苦茶でやはり意味がわからない。だが、その言葉には真実だと信じさせる魔性の魅力がある。
――元に戻ることが出来る。
――でも、それをするには父を殺さなくてはならない。
父を見る。
父は何も言わずただ頷くだけ。まるでそれが自分に出来る精一杯の謝罪だと言わんばかりに。
「さあ。葛灘鉋さん。これを」
手には見覚えのある鎖。それは紛うことなくうちで造っていた鎖だった。
「もしも。覚悟が決まったのならこれを咥えるんだ。きっとこの鎖は力になってくれるはずだよ」
まるで。勇者を過酷な冒険に送り出す案内人のような口ぶり。
口元まで運ばれる鎖。
鼻孔を擽る懐かしい匂い。かつてそれを造っていたが、今はもう叶わない。地を踏みしめる脚も工具を握る腕もないのだから。
でも。もしも。白スーツの人の言う通り、元に戻れるというのなら――
それはとうの昔に諦めた願望。
ずっとベットの上で生きていくしかないのだと悟った時に消え失せた願い。
それをもう一度、失った当たり前を取り戻すことが出来る。
そんな思いが駆け抜けていく。
そうして私は鎖に噛みついた。刹那。身体中が疼き内側から弾ける鎖。肉を突き破り生まれる鎖の数々。見るからに痛そうだったが、不思議なことに痛みはない。
それどころか、どうすればいいのか手に取るようにわかる。
鎖が伸びる。
父の首に絡まり、締め上げていく。ギリギリと肉に食い込んでいく鎖。
父は苦しそうに口をパクパクしながら、言葉を残す。
「いいんだ鉋。これが満足な治療を受けさせることのできない私にできる最大の罪滅ぼしだ。お前は幸せになりなさい」
最後の父の言葉。
今まで事故を起こしたのは父と思い、憎んでいたが最後の最後で感謝の気持ちが浮かんできた。
「ありがとう。お父さん」
……………………グキリ。
骨の砕ける音が響いた。
これが鎖怪人が生まれた日。
再生の日の出来事である。
第一章完結でございます!
ありがとうございます!
第二章はボチボチ投稿していきますのでよろしくお願いいたします!