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3‐2 近づく噂

 午前十一時前。侑李と会う前に雑用を済ませたかったので少し早めに家を出た。もちろん碧波は玄関前でスタンバイしていた。暇人かよ。

 天気は曇り。太陽がないとやはり寒い。降水確率は高くないが、もしかすると雨か雪が降るかもしれない。


 「ところで赤塚君。今日はどこに行くんです」


 「とりあえず醤油を買いにスーパーに行って、それから人に会いにファミレス……。なあ、一つ訊いてもいいか」


 「なんです」


 「俺が人に会ってる時、お前どこにいんの?」


 不意に過る素朴な疑問。隣を歩くこの碧波由奈は口を開けば監視、監視といった監視女だ。そんな彼女が気を利かせて席を外してくれるのだろうか。


 「どこって、それはもちろん赤塚君の近くです」


 「潜んでくれないの?」


 「できそうならしますけど、できないなら隣にいます」


 「ああ、そう」


 そういうことねとため息を零す。まあ、もしそうなったら面倒くさくなりそうだが、碧波相手なら何とでも誤魔化せるだろう。とっておきもあるし。

 国道沿いを学校方面に歩きながらそんな会話をする。ここからだとスーパーまでは十分ちょい、ファミレスだともう十分かかる。手慰みには丁度いいだろう。


 「赤塚君。私からもいいですか。スーパーは学校近くにありましたけど、ファミレスなんてありましたっけ」


 「街中までいけばな。北高近くまで行けばある」


 「へぇ。そうなんですね。そっち方面にまだ行ったことがないから知りませんでした」


 ふむふむと頷きながらメモを取る碧波。一体何してるのかと思い、メモを取り上げて言葉を失った。というのも、このデジタル化が進んだ昨今を生きる若者が地図を書いていたのだ。しかも無駄に精巧。伊能忠敬かよ。


 「返して下さい!」


 ジト目で睨む碧波に気付き大人しくそれを返し


 「――地図つくるの趣味なのか?」


 「違います。道を覚えるのが苦手なんです」


 「スマホ使えば……」


 「そんな高等技術ができれば苦労はしませんよ」


 顔を少し赤らめて憤慨した。ああ、なるほど。こいつ方向音痴で機械音痴なのか。キャラ立ってんなあ。


    ◇


 醤油を買い終え、ファミレスに着いたのは正午前。


 約束した時間より少し早いが恐らくもう来てるはず。応対してくれた店員さんに待ち合わせだと、断って周囲を見渡す。土曜日の飯時ということもあって、店内は老若男女でごった返し喧噪が溢れている。しかし、その中でもはっきりと響く声。


 「あ、先輩!こっちです」


 全くあいつの目はどうなってるんだと思いながらブンブンと手を振りながら叫ぶ侑李の元へ歩く。侑李の前の机には半分ほど無くなっているチーズインハンバーグと空っぽの皿の数々。どんだけ食うんだよ。


 「相変わらず良く食うのな。普通に感心するわ」


 「そうですか。これくらい普通というか。先輩が小食なだけじゃないですか。それに昔はもっと食べてたじゃないですか」


 侑李の対面に腰を下ろしてメニューを見る。平均価格は六百円。普通に高い。やっぱここはチキンドリア一択。という訳でチキンドリアを注文。ドリンクバーはなしで。


 「ところで先輩。普通に気になるんですけど、そちらに立っている方はお知り合いですか」


 そう言って侑李は俺の隣に立っている碧波に目を向けた。


 「――気にすんな。守護霊的な何かだ」


 「いやいや。どう見ても実体あるんですけど」


 「そりゃ大変だ。今すぐ眼科行った方がいいぞ」


 碧波のことを突っ込まれると面倒なんで、これで押し通したい。正直に監視員と言うのも友達だと嘘をつくのも難易度が高いのだ。まあ、他の奴ならこんなので誤魔化せないと思うが、侑李なら大丈夫。なんたって、人を疑うことを知らないお人よしなのだ。いつか犯罪に巻き込まれそうで少々心配であるが、今のところ平穏に間抜けをやってるので問題はなし。


 「先輩。流石の私でもそれは嘘だってわかりますよ」


 むう。ダメだった。こいついつの間にか成長してやがる。


 「――ちょっとした冗談だ。こいつは転校生の碧波由奈だ」


 「碧波です」


 簡潔に名乗りぺこりとお辞儀をして、また石像のように俺の隣に佇む。徹底してる。


 「あの……座らないんですか?」


 「お構いなく。私のことはいないものと扱って下さい。もし気になるというのなら席に座りますが」


 おずおずと尋ねた侑李に対し碧波は極めて冷静に答えた。侑李が俺の方を困ったような顔で見てくる。おまけに通りすがる人がちらちらと好奇の目で見てくるのも気になり始めたので


 「あーこれ以上目立つのは嫌なんで座ってくれ」


 「そうですか。わかりました」


 淡々と答えて俺の隣に座る碧波に侑李は困惑した様子を隠せないようだった。仕方ない。魔法の言葉を使おう。話が長くなるので出来れば使いたくなかったがこうなってしまった以上仕方ない。碧波には犠牲になってもらおう。


 「実はこいつ、お前と同じ趣味でさ。しかも鎖怪人(チェーン)だっけ。あれについて興味があるみたいなんだよ」


 瞬間。え、と驚愕といった反応を見せる反応を見せる碧波だが


 「そうなんですか!それはそれは貴重な同士じゃないですか!あ、先輩から聞いてるかもしれませんが、私燎里侑李って言います。黎原学園中等部の三年生です!」


 オタク仲間にはぐいぐい迫る侑李の迫力に負けて戸惑っていた。


 侑李のオタクトークが始まって三十分後。俺はチキンドリアを丁度食い終え、碧波は逃げるようにお花を摘みに行った。始めて見る碧波の戸惑う姿を肴にして食べるチキンドリアは最高に美味かった。性格が悪いって?そんなの知るか。


 さて、腹も膨れたしそろそろ本題に入るとしよう。


 「で、侑李。進捗があったって言ってたけどどうなったんだ?」


 「あ、そうでした。つい話が楽しくなっちゃって。碧波さん、オカルトに詳しいんですね」


 そりゃあな。祓魔師だしある程度は知ってるのだろう。もちろんこのことは侑李には言えないので適当に相槌を打つことにする。


 「そうだな」


 「さて進捗ですけどぶっちゃけ動画を撮った本人には会えませんでした」


 「会えなかった?ばっくれられたのか?」


 「いえいえ。――化野珠理(あだしのじゅり)さんってご存知ですか?」


 化野珠理、その名前には覚えがある。今朝のニュースでやっていた七原で殺された噂好きの女子高生。


 「ああ、知ってるけどまさかそいつがあの動画の投稿者なのか」


 「はい。その化野珠理さんがどうやらあの動画のup主らしいんです」


 「まじか。そりゃまた物騒な話だな」


 たった今聞いた話で確信する。

 やはりこの話は想像以上にやばい。

 動画を撮った高校生が殺された。それがどういった状況なのかはわからないがそれでもこの事件が侑李みたいな素人には手に余るものだというのは明白だ。おまけに協会の支部長である天理が動いてるんだから人間の手に余る。正確には戦う力のない人間だが。


 「それじゃあ、鎖怪人(チェーン)については何か分からなかったか?」


 念のため聞いておくことにする。

 

 「はい。撮影者が亡くなっていたので残念ながら鎖怪人(チェーン)については何も。でも――あの動画が撮られた場所はわかりました。七原の田園地帯の一角に火事で焼け焦げた廃工場があるんですけど、どうやらそこが撮影場所らしいです」


 七原に廃工場……?

 そんなものあったけ?

 記憶を辿ってみるが、心当たりはない。七原と言えば田園地帯の中に住宅街があるような姫野宮市の一般的な光景が広がっている場所だ。今は新都市に向かうための道路が通っているため、昔よりは車の往来が激しくなっているが。


 とはいえそんな場所に工場あったなんて初耳である。


 「七原に工場があったこと自体初耳なんだが。そもそもその工場は何を作ってたんだ?」


 「鉄工所なんで、鉄製の鎖やボルトですね。特に鎖は耐久性が高くて全国から発注があったみたいです」


 鎖ねえ。

 何だが侑李が喜びそうな展開である。


 「ちなみにだが、その工場が火事にあったときに亡くなって人はいるのか?」


 「いますよ。当時の所長の奥さんと従業員が二人。それと娘さんの葛灘鉋(くずなだかんな)さんが四肢を切断する大火傷を負って市内の病院に入院していました」


 「いました?ってことは亡くなったのか?」


 「いえ。それがどうやら失踪したらしいんです。二週間前の新聞に小さく載っていました。でも、父親も同時に失踪しているので実際のところどうなんでしょうね」


 「……火事の原因は?放火か事故か?」


 「事故ですね。警察の最終的な調べによると設備の点検不足が火事の原因ってことで決着がついてますね」


 「……念のため聞いておくが、お前そこに行こうなんて考えてないよな?」


 「え?行きますよ?せっかく場所がわかったんですから普通行きますよ。先輩、ふざけてるんですか?」


 何を言ってるのかわからないといった顔をする侑李。ふざけてるのはお前だ。

 しかし、ここまでくると俺の懸念は正しかったらしい。このまま放っておくと殺人犯がいる廃工場まで自殺しに行くことになる。

 流石にそれを見逃すことはできない。


 さて、どうするか。

 いくつか方法があるが、とりあえず説得してみるか……。


 「悪いことは言わないから行くのは止めとけ。お前、アホなんだからそれが危ないってのもわからずに首を突っ込むだろう」


 「失礼な!私をそんなアホの子扱いしないで下さい!あーもう!こうなったらどんな手段を使ってでも取材に行きますからね!!絶対スクープ映像撮るんだから」


 あえなく玉砕。

 アホの子扱いされたのが勘に触ったのか声高に叫ぶ侑李さん。

 ぐぬぬ。相変わらず強情である。こうなった侑李は梃子でも動かない。

 仕方ない。誠に不本意ではあるが妥協案で落ち着くことにしよう。ああ。憂鬱だなあ。


 「わかったよ。その廃工場、俺が代わりに行くからお前は大人しくしてろ」


 「え、どうしたんです急に」


 「いや、スクープ動画が撮りたいんだろ?だったら俺に任せとけ。一応、お前も女の子だからな。廃工場なんて実際何がいるかわからないし、用心するに越したことはないだろう?」


 とっさの機転でそれっぽい事を言う俺。素直に気持ち悪い。

 しかし、どうゆう訳か侑李には効果覿面。思いのほかあっさりと引いてくれた。心なしか顔が赤い。もしかして照れてるのだろうか。


 「そ、それじゃあ、お任せします。いい映像待ってますね!」


 「ああ。任しとけ」


 「あ!そそ、そういえば!私これから用事あるんですた!お先に失礼します」


 急に立ち上がったかと思うとそんな噛みまくりの捨て台詞を残して侑李はファミレスから退店した。


 ◇

 

 その後ろ姿を見送ってから店を出ると、店先で佇む碧波さん。

 お花を摘みにいったと思っていたが、一足早く店から出ていたらしい。どんだけ侑李の事苦手なんだよ。


 「お前、何してんの」


 声をかける。


 「休憩です。……赤塚君の方は終わったようですね。もう帰りますか?」


 「いや、少し寄りたい場所がある」


 さて。誠に不本意ではあるがやるからには相応の準備をしなくてはならない。

 そういう訳で俺は件の廃工場へと足を進めた。

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