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2-4 暴食の聖具

 祓魔師が魔族退治の依頼を受ける方法は主に二つある。一つは祓魔協会の一員となり仕事を斡旋してもらう方法。二つは個人から直接依頼を受ける方法。今回は後者で依頼主は祓魔師御用達の雑貨屋を営む三栗横臥(みくりおうが)だった。


 「で、その魔族で亜人種ですか。それとも怪異種ですか」


 時刻は七時過ぎ。闇に呑まれた田園地帯を歩きながら俺は瀬那さんに質問する。が、それに答えたのは依頼主である店長。店を早々に閉め魔族退治についてきたのだ。


 「怪異種だな。塗壁(ぬりかべ)って知ってるか――ってまあ訊くまでもねえか。有名だもんな」


 塗壁。確か夜になると現れ人の通行の邪魔をする怪異種に分類される魔族。気性は穏やかで人間に危害を加えることは稀。本来ならわざわざ倒さなくていいはずなのだが……。


 「そりゃ知ってますけど……。害はない怪異種(やつら)でしょう?」


 「いやいや。あったんだな、これが。二週間前、山奥に住む婆さんが家ごと潰されて今は私道を塞いでる」


 「え」


 想像を上回る回答に思わず絶句。家ごとぺちゃんことか穏やかじゃない。というか、これから俺がやらされることの予想がついた。

 うーん。今すぐ回れ右したい気分。


 「あの瀬那さん、まさかとは思いますけど……その塗壁を喰えとか言わないですよね」


 「ん。まさかもなにもそれ以外、お前を呼ぶ理由はないでしょうが。あれの外装は固すぎるから七割ほど喰って防御力を下げて。そしたら後は私がやるわ」


 真顔で無茶苦茶言ってのける茶髪の悪魔。下手したら死にますわ。せめて遺書くらい書かせて。

 いや、そもそもこんなに危険なのに完全出来高性で薄給なのは納得いかない。


 「勘弁してくださいよ……」


 そんな切実な願いも瀬那さんが聞いてくれるはずもなく、にべもなく無視される。碧波は表情さえ動かさず大人しくついて来ている。


 ああ、一刻も早く帰りたい。それはもう一秒でも早く帰りたい。


 「まあ、どうして普段は大人しい塗壁が暴れてるのか不思議だがあそこを塞がれるとちと困る――と着いたぞ」


 そう言って先導する店長は止まりそこを懐中電灯で照らす。


 「大きい……」


 碧波が見たままの感想を言う。まあ、確かにデカいけど。

 そこには大きな岩があった。全長十メートル、重さは二トンはあろうかという岩。いや、只の岩ではない。岩の至るところから若木が生えていて、至る所に目があった。光に反応してかその目がぎょろぎょろと蠢いた。それはまるで無数のゴキブリが這いまわっているような気持ち悪さ。


 よく見ると岩が赤黒く変色しているから、多分あれがお婆さんの血液だろう。漂ってくる臭いも強烈で、ビジュアル的にも臭い的にも近づきたくねえ。


 「さあ、晃成。さっさと行きなさい」


 尻込みしている俺の背を瀬那さんが思いっきり叩く。いてえよ。


 全く瀬那さんは人使いが荒い。祓魔師でもない俺を魔族退治に駆り出すなんて正気の沙汰じゃない。まあ、でも。一か月前は俺の我儘を聞いてもらったし今回くらいは仕方ないのかもしれない。


 はあ、とため息をつく。それが始まりのスイッチ。何の始まりかと問われればもちろんそれは――


 ゆったりとした足取りで塗壁の元に歩いていく。岩のように巨大な塗壁はぎょろぎょろと目を動かすだけで何かをしてくる気配はない。このまま最後まで大人しければいいが、そうはいかないだろう。


 「リラ。もしもの時は頼んだ」


 「了解じゃ。安心して喰らってくるがよい。妾の主様よ」


 相変わらず尊大な声が暗闇から響く。姿は見えないがこちらを見てくれてるのだろう。けどまあ、今はその尊大さは心地よい。


 やがて俺は塗壁の足元にたどり着き右手を岩肌につける。そして右腕に魔力を廻し元の姿へと戻してやる。心なしか久しぶりの食事に興奮しているような気がする。


 俺は二年前の大災害で家族と咲奈に加え右腕を失って、新しい右腕を得た。それは暴食の聖具と呼ばれる呪具で霊的エネルギーを喰らい尽くすもの。普段は宿主の身体に擬態している借り物の腕だ。


 鈍痛を伴って借り物の腕は黒く変色していき――


 食事を開始した。


 塗壁の淀んだ呪力と魔力が流れ込んできて染み渡るのを感じる。俺の右腕は喰らうという器官を獲得している。最初は腕で飯を食ってるみたいで気持ち悪かったが、今は何ともない。普通の食事と同じように魔族の力の源である霊力を食い潰すことが出来る。


 〝ヴォォォオオオオオオオオオオオオ〟


 塗壁の霊力の四割を喰ったところでマンドラゴラの金切り声のような悲鳴が上がり、若木が成長し始めた。その成長は自然の速さを卓越していて、二秒と経たないうちに大木となる。伸びた枝を鞭のようにしならせ襲いかかってくるが塗壁に俺は構うことなく喰らい続ける。


 「リラ頼む」


 「構わぬが少しは避ける努力をせい」


 そう言いながら金髪を振り乱しながらリラが闇の中から染み出るように現れて。迫り来る枝を一掃した。粉微塵と化した枝の残骸が雨の如く振り注ぐ。


 〝ヴォォォオオオオオオオオオオン〟


 中身が無くなる苦痛に耐えかねて再び塗壁が咆哮する。が、もう遅い。力の源である霊力の多くを喰われたことにより、外装の岩がボロボロと崩れ始めた。塗壁という怪異種の魔族は霊力をボンドのように使い土や岩をくっつけて成長する。故にボンドの役割をしていた霊力が無くなれば外装が剥がれるのは必然だった。


 〝ヴォォォオオオオオオオオオオン〟


 止めてくれと塗壁が叫ぶ。でも、それはできない。なぜならこいつは人を一人殺しているから。つもりこの塗壁はもう手遅れだ。魔族は亜人種、怪異種に限らず一度人を殺せば、その快楽に魅せられて再び殺人を犯す傾向が強くなる。


 人間に近い亜人種なら一概には言えないが、知能指数も低く本能で生きている怪異種は一度人を殺せば九十九パーセントの確率で再び人を殺す。


 だから。


 俺は喰うのを止めない。止める訳にはいかない。


 〝ヴォォォオオオオオオオオオオン〟


 外装が雨のように振り注いでくるけど、リラがそれから守ってくれている。全くどういった原理かは俺の知らないが彼女に近づいた小岩はさっきの枝同様粉微塵と化す。塗壁は自身の中身が喪失していく苦しみからか岩のような図体を激しく揺らし、その弾みでサッカーボール大の岩が碧波のいる方向へ一直線で伸びていく。


 「しまっ――」


 慌てて振り返るが塗壁の足元にいる俺にはどうすることもできない。このまま碧波に岩が直撃するのを見届けることしかできないと、一瞬で覚悟を決めた。が、その覚悟も杞憂に終わる。


 碧波は一直線に伸びる岩に対して一分も臆することなく銃を構える。その銃は見るからに奇怪な色合い(水色)をしていて、ベレッタのような自動拳銃の形をしていた。


 束の間、サプレッサーをつけた乾いた音が咆哮し、銃口から氷柱状の氷晶が射出され、ドリルの如く回転をもって岩を打ち砕く。


 ……流石は祓魔師といったところだろうか。しかし、同じ白髪で同じ氷晶術の使い手か。余り意識したくはないが、こればかりは意識せずにはいられそうにない。


 「クソッ」


 「ふむ。そろそろ頃合いか。お疲れ晃成。下がっていいよ」


 不意に瀬那さんの声がして、気づけば隣に悠然と佇んでいた。忍者かよ。まあでも、碧波のせいで心乱されたんで大人しく言う通りにしよう。


 「――わかりました。それじゃあ、後はお任せします」


 言って俺は塗壁から手を離して後退した。リラも俺が塗壁の射程圏外に出ると闇に溶けるように姿を消す。すると瀬那さんは指を鳴らしてから、甲の部分に六芒星が刻まれたグローブを嵌める。そして。


 「ふんっ」


 ボールを投げるような気軽さで塗壁の岩肌を殴りつける――


 瞬間。


 塗壁が轟音を伴って瓦解して。瀬那さんの一撃で塗壁は死に残骸の岩だけになった。


 「な……」


 碧波が口を開けてるのがわかる。まあ、誰でも最初はそんなリアクションをとる。岩を拳で砕くとか人間のやることじゃないのだから。

 一体どんな身体の構造をしてるのか本気で気になるが、わかったところでどうしようもないのでその興味はゴミ箱に捨てる。


 「さあ、これで仕事は終わりだ」


 そう言いながら戻ってくる瀬那さんの顔はどこかスッキリとしていた。うーん、怖い。やっぱこの人、人間兵器と呼ばれるだけのことはある。流石は姫野宮の人間大砲。

 あんまり怒らせるようなことだけはしないでおこう。じゃないといつ肉片にされるかわかったもんじゃない。

 俺は密かにそんなことを実感したのだった。


 ◇


 不本意な魔族退治のお仕事も終わり帰ろうとして唐突に瀬那さんに引き留められた。


 「あ、そうだ。晃成、お前この動画見たことない?」


 瀬那さんは真っ黒のガラケーを見せてくる。ちなみに瀬那さんはアナログの人なのでスマートフォンなんてものは扱えない。なんでも操作方法がわからず買ってもすぐ壊してしまうそうだ。おっかない。


 「動画……?」


 小さい画面を覗き込む。ディスプレイに映し出されるのは半日前に見たばかりのもの。鎖の音を響かせる謎の影が映った気味の悪い動画だった。なんでこの人がこんな動画を俺に見せるのかって……そりゃ答えは一つしかないか。


 「どうだ。知ってるか」


 「ええまあ。今、学生の間じゃけっこう有名ですよ。鎖怪人(チェーン)って呼ばれてるそうです。でもこの動画がどうしたんです?ただのコラ動画か悪戯でしょう?」


 「さてね。私は詳しくは知らないけど、協会は――少なくとも天理(てんり)の奴はそうは思ってないみたいでね。なんでも最近、姫野宮を賑わせている連続殺人犯らしいんだけど。他に知っていることはないか」


 うんざりした様子でいう瀬那さん。天崎家と縁を切り、協会からも離れた彼女ではあったが弟の天理には弱いらしい。なにかと天理の頼みを聞いていることが多い気がする。まあ、金は取ってるんだけどね。


 「残念ながら知りません。でも、後輩にその手の話に詳しい奴がいるんで何かわかったら連絡しましょうか」


 「ああ頼む。だが、無茶だけはしてくれるな。お前の遺体を回収するのは骨が折れそうだからな」


 「言われなくてもそんなことはしませんよ。安全志向が俺の売りですから」


 少しふざけた感じでそう返す。瀬那さんはそうだったなという小さな呟きと含み笑いを零してた。

 こうして一か月振りの魔族退治のお仕事は幕を下ろしたのだった。



 × × ×


 

 晃成と由奈が帰ったのを見送った瀬那は大きく息を吐き、


 「全く子供の成長はいつも早いものだな……」


 遠い目のままそう呟いた。


 その黒い瞳がいったいどこに向けられたのか。

 それを知っているのはごく一部の限られた人間だけである。


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