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5‐13

「眼ども、数は」

「大体、大型種が294と、小型種が450」

インユェは歩きながら髪をほどいた。目を奪う金の髪が翻る。

彼女はほどきながら、とりわけ大荷物を背負っていた青年が差し出す髪紐で、髪を固定した。固定しながら片手で、服の帯を緩める。

「幼体はいくつだ」

「四分の三が幼体ですね。どれも肉食の大ぐらいどもです」

帯を緩めているあいまに、大荷物の青年がカバンから上着を取り出す。

「まあ二十人もいれば片が付くな」

言いつつ上着を羽織り留め具をつけ、インユェはこれも下の服踏みつけながら脱ぎ、それを青年に手渡しながら、自分は差し出された下の服を履いた。

「多いのはどっちだ」

「やはり西側」

「どっちかといえば北西側」

「山の蟲どもも引き寄せられてんな……そういえば、偽蟲鈴が聞こえるな、どこまで渡してある」

「庶民の区画全て」

「でかした。なら狙われてんのはこっちに近い場所だな。都合がいい」

インユェは狼のように歯をむき出して笑った。

獰猛な印象を強める顔だ。その顔をすぐさま引っ込めて、彼女は言う。

「北に三組行け。組み合わせはお前たちが一番いいようにしろ。それと弟ども、お前たちは別行動だ。上位の爪が二人も一緒になってんじゃねえ」

「了解」

「わかりました」

向こう傷の青年と、灰色髪の青年が頷く。

「ほかの方位は……どうせお前ら、情報交換してんだろ。数の具合は把握しているな?」

「まあね」

「あったりまえじゃん!」

「できないでどうすんのさ」

三人の言葉に、牙は頷く。

「それに合わせていけ。ディンガとベーロィは別行動だ。お前たちは腕がいいくせに顔を合わせるたびに言い争って時間を無駄にする」

ディンガとベーロィらしき二人組が苦笑いをする。

「いいか、一人で行くな。馬蟲に二人で乗っていけ。一人で行って囲まれたら目も当てられない」

「そうしたら、ほかの方角に行く人間が少ない事になりませんか」

「おれを誰だと思ってる。おれが上空から引き寄せの音調で四分の一を引き受ける」

「……あなたは相変わらずの好戦的な性格だ」

「馬鹿を言うな、おれは複数相手の方が有利なのは知っているだろ?」

「知ってるぜ、姉さんはそういう人だ」

「俺は範囲内の中央に近い場所で引き寄せる。お前たちは徹底的につぶしていけ。それと怪我人がかなり出ているはずだ、治癒蛞蝓がいたら神経絞めて連れてこい」

「……村ならともかく、都でその治療を受け付ける人はいますかね」

「んなもん、ぶん殴って気絶させてこっちで勝手に手当てすりゃいいだけだ」

「さすがお頭、相も変わらず強引で非道だ」

「言ってろ」

にいやりと嗤って、インユェはさらに言う。

「全員に、“虹”の使用を許可する。狂闘段階は第三段階まで上げていい。この大戦、勝つぞ」

彼女のその言葉を聞いて、誰もが真顔になる。それは今まで軽かった調子が、一切消えた表情だった。

「それと、眼の片割れはフーシャにつけ。盤上の把握とそれに付随する事を頼む。あと、調合百種全部覚えてるやつ、そいつもフーシャと一緒だ。怪我人の治療を中心にしてもらう。いいか、治療は要だ。この大戦で戦えない事を恥じるな。おれたちにはそいつが必要だからな」

一瞬落ち込んだ顔をした少年が、かなり明るい表情になった。

「了解。片割れは?」

「おれにつけ。盤上の把握は二人いた方がいい」

「合点」

そこまで言っている間に、もう門までついた。そしてインユェの格好は、蟲狩に特化した装束だ。彼女は最後に靴を脱いだ。

「災厄花は金持ちの家に広がっておる。おれが許す、じゃんじゃん燃やせ。あ、でも火事場泥棒はやめておけ、やつらケチの極みだからな、恨まれると厄介だ」

「燃やす時点で恨まれるでしょう」

「命の方が大事だ」

「まあそうだけどな。ケチは死んでも治らねえ」

インユェの言葉に、彼らが笑う。それを彼女は片手で止めた。

「じゃあお前ら、最後に一つ、絶対命令だ」

「はい」

静かになった彼らに、インユェは牙として命じる。

「何が何でも生き残れ。戦えないのに戦おうとするド阿呆になるんじゃねえぞ。引く時を見誤るんじゃねえ、いいな? おれはお前たちに飯を食わせるのが楽しみだからな」

そこで牙は、晴れやかな笑顔を彼らに見せた。

「約束だぞ?」

聞いていた配下たちは、一斉に破顔した。

「あなたのために、我らが牙」

その声は二十人そろっていて、彼らの並ではない連携を示すものだった。

そうして彼らは、腰に下げていた瓶から、おかしな匂いの液体を一口飲む。

インユェも、一人からそれを受け取り一口飲んだ。その時だ。

「牙、あなたの武器です」

箱が捧げられた。

「おまえ、よくこんな重いもの頑張って持ってきたな」

インユェは、箱ごとそれを受け取った。それを見て、大荷物の青年が胸を張る。

「絶対に必要だと思って持ってきたんですよ!」

「いい子だ」

青年がうれしそうに笑う。そして全員が各々散っていく。

彼らは相談もしない。それは全員の相性を誰もが把握しているからできる芸当だ。

そして一番効果的な組み合わせで、馬蟲に乗って跳んでいく。

「インユェ!」

牙も盤上に出向こうとした時、彼女を可憐な声が呼び止めた。

「なに、フーシャ」

「最後にする事があるでしょう?」

フーシャが両手を広げる。それを見て、インユェはニヤッと笑った。

「そうだった。儀式忘れてた」

言って、インユェはフーシャを抱きしめた。

「必ず、フーシャのもとに」

「ええ、必ず、皆で私の所へ」

インユェとフーシャは言い合い、背中を軽くたたいて離れた。

そうしたらもう、どちらも振り返らない。

大戦が、幕を上げた瞬間だった。







高らかな口笛の音が響き渡る。

こんな時に口笛なんて、と思っていた兵士たちは、突如現れた二人組に目を奪われる。

彼らはやすやすと、鉄の武器が通用しない蟲たちを、無造作に切り捨てていく。

どんな蟲の装甲も、柔らかく頑丈な皮膚も、彼らの武器の前には豆腐に等しい。

たちまちのうちに、大通りが蟲の青緑の体液で染まる。

なんなんだあいつらは。

兵士たちは絶句した。

彼らは口笛で、自分たちに蟲を引き寄せ、群がってくる蟲たちを鮮やかに殺していく。

「雑魚ばっか」

「こっちは幼体ばかりですねー。運がいい、らくちんだ」

「大型の成体は、牙が相手してくれるから心が安心する」

「あの人いないと、あたしたち生きていけないね」

二人組は軽口をたたきながら、蟲を襲っていく。

二人組の進路の後には、体液を流して斃れる蟲の死骸ばかり。

兵士たちは……ぞっとした。

得体のしれない相手に対する恐れを感じ。天の神に祈りをささげてしまった。

その時、信じがたいほど複雑で甘く、そして鋭い音が高らかに響き渡り、上空を大型の蟲が駆けて行った。続いて口笛がまた響く。

「牙が引き寄せ使ったね」

「あとちょっとだ」

二人組が、余裕そうに微笑んだ。




戦くほど大きな、指笛が鳴る。

貴族は、燃やされる己の花たちを呆然と見ていた。

貴族の周囲には、亡骸となった蟲たち。兵士たちの死体。

彼の許容量をはるかに超えた事態が起きていて、もう訳が分からない。

ただ、彼を救った二人組が言ったのだ。

「この花、蟲呼ぶぜ」

「食われたくなかったら燃やせ」

「燃やしてもいいか?」

命ばかりは大事な彼は、がくがくと頷いた。

その彼を見て、二人組は笑った。

「話が早くて助かるぜ! そうだ、怪我人は城に連れていけば、かなりの確率で助けてもらえるはずだろ」

「蟲の体液で汚れた道を進めよ、蟲は自分たちの体液の匂いが嫌いなんだ」

二人組はそういって、大量に咲き誇っていたあの、皇妃の愛している花を燃やし、何処かへ六本脚の馬に乗って去っていった。

周りも同じように、焦げ臭い。

あちこちをそうやって燃やして回っているのだ。

貴族の決断は早かった。命を助けてもらい、治療の事まで教えてもらったのだ。

信じられるかもしれない。

「傷のある者たち、急ぎ城へ!」

貴族は気力を振り絞り、言った。

「蟲の血で汚れた道を進めば、蟲に襲われる事はない!」

その時、愛を込めたような甘さを内包した、鋼の鋭さの音が貴族の耳にも届き。

それまで、人を食っていたように血まみれた大型の蟲たちが、その音めがけて進みだした。






(これで俺たちも終わりかもしれない)

ダーヤは檄を飛ばしながらもそう思った。陛下を救うための北東の道。逃がすための道を死守する彼らでも、蟲はそれなりに襲い掛かる。

鉄の武器が一切通じないその蟲たちの前に、部下たちが次々と倒れていく。

それでもダーヤは粘っていた。

皇帝陛下を救うため。あの時救ってもらったのだから、今度は俺が。

それは彼の勝手なエゴかもしれないし、ほかの兵士たちも皇帝陛下のためと、死力を尽くしているのかもしれない。

「下がれ!」

ダーヤは体の中をめぐる、熱い力を感じていた。

そしてそれを解き放てば、部下たちを救えるという確信もあった。

だがそれを解き放てば、何が起きるかわからない事もわかっていた。

彼は指示をし。指揮を飛ばし、ずっと迷っていた。

助けたい、守りたい、逃がしたい、生かしたい、俺の大事な部下たちを。

彼は今ほど、過去の自分が捨ててきたものを悔やんだ事はなかった。

捨てた過去。逃げ出した自分。

それが今、部下たちを殺すのだ。

……もう迷っていてはいけないかもしれない。

ダーヤは息を吸い込み、部下たちに退却を命じた。

蟲のむせ返る毒の匂いに、頭が快楽でしびれるようで。

それでも、彼は部下たちを逃がした。

反対もされたが、押し通した。

そして一人残り、大牙は力を開放した。

ひときわ高らかな、化け物の咆哮が、逃げた部下たちの耳に響いていた。


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