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5‐12

兵士たちは戸惑っていた。

門を開けろと言われる前に、そいつらが入ってきたのだ。

なんとそいつらは、高い城の城壁を軽々と六本脚の馬で飛び越えてきたのだ。

戸惑わなくてどうする。

それでも彼らが武器を向けなかったのは、ひとえに彼らとともに陪都公がいたからだ。

いなかったら曲者として、叩きのめしていただろう。

それが果たしてできる事なのかは置いておいて。

「で、牢ってどこ」

「ここはいろんな匂いがしますね。あの災厄花の匂いもかすかにする」

「でもよ、変な話だ。ここは裏が山なのに、蟲が一匹も来ていない」

「それはそうですよ爪。ここはそれ以上に、虫除けの匂いが強い。……きっと牙様がそれを教えたんだ」

「まあ虫除けは禁忌十種に入ってないけどな」

「あの人らしいなさりようではありませんか」

「若長! 牢ってどっち?」

「ここをまっすぐ突っ切って、人の腐った匂いが一番強い所よ。道なりに行きたいなら、ここをこう通ってそれからここを曲がって、二股の道を左に進んで、それから……」

「まてフーシャ、お前どうして城の造りがそんなにわかる?」

「いろいろやりましたから」

くすくすと笑うあまりにも、美しい少女。彼女の服の胸元や腹は、何で染まったのか青い服が紫に変色している。

そんな彼女は、その集団の中でも指導者のようにも見える。

だがおかしい。その底なし青の衣装は、陪都の上位の女官の衣装だ。それも最高位といっていい立場の。

とても、蛮族衣装の集団と一致しない。

「若長。それじゃあ俺たち迎えに行きますね!」

子供といっていい年の少年が手を上げる。

その時だった。

「ご苦労だった、陪都公」

その声に兵士たちは背筋をただした。

この、支配者としての声を発するのは我らが皇帝に他ならないからだ。

彼らが背筋をただしても、皇帝が姿を現しても、その集団は集まって話し込んでいる。

陪都公も、それに参加している。

皇帝は陪都公に近づき、当たり前の声で命じた。

ぱっと、その集団全部が皇帝に顔を向けた。会話が止まる。

「お前のそやつらをもってして、この都を救うのじゃ」

「陛下。申し訳ありませんが、彼らは私の部下でも何でもないのです」

「何?」

陪都公の言葉に、皇帝は眉を寄せた。意味が分からないと言いたげだ。

「彼らはフーシャの言葉ならばまだ聞くでしょう。しかし私の言葉では動かないものなのです」

「そのフーシャとやらはどこじゃ?」

「あちらに」

皇帝はフーシャを眺めた。美しすぎる娘だ。後宮に入ればたちまちのうちに、畏敬の念さえ覚えてしまいそうな娘だ。

それでも、インユェには劣る。そんな感想を心の中で抱きつつ、皇帝はフーシャに命じた。

「おぬしは陪都公の女官じゃろう? 余が命じる。そやつらをもって、この都を救うのじゃ」

フーシャは何かを考えるように口をつぐみ、目を左右に走らせた。

「あんた、ばっかじゃねえの?」

一人、向こう傷を持った青年が吐き捨てた。

「そーだね、馬鹿だ」

「頭悪い」

「というか、おかしい」

「「ねー」」

口々に、言えば言うほど処刑されかねない発言をするその集団の中で、まともに見える灰色髪の青年が、彼らを手を振って静かにさせて、進み出た。

「この者たちは、あなたの命令で動く集団ではありませんよ」

フーシャは頭を抱えていた。もっと穏便なもっていき方を考えていたのだろうか。

都の衣装を着ているフーシャは、視線で彼らを抑え、言った。

「お初お目にかかりますわ。皇帝陛下。私はこの蟲狩の若長、弱頭芙沙と申します。申し訳ありませんが陛下、彼らはあなた様の言葉で動くという事を理解できない集団なのです」

「だってなんで、若長でもお頭様でもないやつの言うこと聞かなくちゃなんねえの?」

「黙りなさい、ブータオ」

しかしその集団は、ブータオという青年の言葉にこくこくと頷いている。

「陛下、彼らを動かすのでしたら、それに見合う報酬をくださいませ」

「都を救うのじゃぞ? なぜじゃ?」

「この者たちは、陛下の常識とは違うもので生きておりますゆえ。我らには我らの生きざまがあります。生き方も。暮らし方も。それに、ただ頭から命じればよろしいのは、あなた様の兵士たちだけですわ。そして彼らは、そうではない」

皇帝は納得した。

そして言った。

「では、都を救った暁には、それ相応の報酬を用意しよう」

「……それと」

「まだなんぞあるのか?」

「この者たちが頭と認めている者が、牢獄にとらわれていると思われます。そのものを開放していただきたいのです、今すぐに。その者がいれば、彼らは陛下が思う以上の働きができるのです」

「さすが若長。まともにしゃべってるぜ……」

「私たちはいささか言葉がよくありませんからね」

「お前も自覚あんのかよ」

「もちろん。敬意を払うのは姉さんだけで十分」

「歪んでんな、おい」

「あなたにも言われたくない」

皇帝とフーシャのやり取りの間も、彼らはこそこそ話している。

「よし、一時的にそやつの……」

「それはいらないぜ」

皇帝の命令の途中で、ケラケラと笑う、この状況にはあまりにも似合わない明るすぎる声が響いた。

その声を聴いたとたん、ぱっと蟲狩の集団が輝いた。

「牙様!」

「お頭!」

「頭領!」

「御大将!」

「姉さん!!」

彼らは一様に彼女を呼び、彼女の方を向いた。

そして、目を見張った。





ぼろぼろの衣装は、これ以上ないほど汚れきっていた。

髪は短いという以上に、無理やり刻まれたようにばさばさとしている。

手足には引きちぎられた枷。

鞭で打たれて、血のにじんだ四肢。顔にも痛々しい傷跡がある。

それでも彼女は、輝くように美しかった。尋常ではない物を感じさせるほどに。

瞳はどんなものよりも煌き、この満月の夜の月と同じだけ光っているような黄金。

脚もはだしで、寒々しい。

そんな彼女は、蟲狩たちを見回し、笑った。

「来ちゃった?」

「来ちゃったって、俺たちが来ないわけがあるか!」

向こう傷の青年が言う。

それを受け流し、彼女は声をあげて笑う。

「ひどい身なりだな」

「ああ、これでも。おれをどうにかするものじゃないでしょう、ヤンホゥ様」

声をかけてきた陪都公にこたえる彼女は、彼が上着を脱ぎ、被せたのでくすぐったそうに笑った。

「あったけえ」

「で、この者たちはお前を目指していたのだが」

「ふうん。……お前たち、悪いんだけど自分たちだけでやるならやってくれないか?」

彼女の言葉に、蟲狩たちは目を丸くして、言葉の続きを促した。

「あのさあ……おれ、都の誰にも関わらないって、そういう誓いをしちまったんだよ」

「なんで?」

フーシャが焦った声で言う。そんな彼女に、牙が答える。

「誰にもかかわるなって言われたから」

フーシャが絶句した。ヤンホゥのほうが立ち直りが早く、問いかける。

「より上位の相手では、誓いを破れないのか?」

「あのひとより上の人、早々いないっていう身分の相手に誓っちまいましたし。……来てくれてうれしい。元気そうで何より。お前らがやりたいならやればいいさ。おれは介入しない」

後半は部下たちに温かい笑い声で言った牙を見て、蟲狩たちは各々立ち上がり……

「そんじゃ帰るぞー」

「ねえねえ牙さま、一緒に帰りません? ここもうだめだし」

「賛成賛成。ねえねえ若長、あなたも一緒に。やっぱりお二方がどちらもいないのさみしいおぅ」

「姉さんが指揮をとらないなら、どうにもならねえっての」

「都に来るまでも面白いものいっぱい見たし、収穫はあったね!」

「馬蟲、今日は休ませませんか?」

「このおっそろしい都から出たらにしようぜ」

帰る用意をし始めた。

皇帝はもう絶句しそうになる。

「待て! 望むものを好きなだけ用意しよう、それでも……」

「あんたは何一つわかってない」

向こう傷の青年が、皇帝を見やって言い切った。

「この大戦で、牙の指揮もなくやれって? 冗談じゃねえ。俺達は自分たちだけじゃどうにもならねえから牙を求めるんだ。牙のその指揮だけが、俺たちの真価を発揮させる。その牙がやらないんだったら、俺たちはやる気にもならねえ。どんだけ報酬吊りあげてもな。誰だって命は惜しいだろう?」

兵士たちはそれを聞き、唖然としていた。皇帝の命令をここまで拒否するやつらは彼らの常識ではいないのだから。

その一連のやり取りを見ていたフーシャが、ちらりとヤンホゥを見た。

その視線に何かを感じたヤンホゥは、隣で空を見上げて何か考えている、愛しい女に問いかけた。

「なあ、インユェ」

「なんでしょう?」

「お前は、都の人間とはかかわらないといったな?」

「ええ」

「それならば。……俺とかかわる事なら、聞いてくれんか?」

「あなたの言葉なら、喜んで」

「実はだな、言っていないが、皇帝は、俺の父なのだ」

突如の告白に、インユェは目を見開いて、そっか、と呟いた。

「……どーりで似ていると思いました。そっか、親子」

「だから」

ヤンホゥは、以前と同じ目をして、その燃え盛る目を彼女だけに向けて、言った。

「俺のために、都を救ってくれないか? 俺はむやみに人間が殺されるのを見殺しにするのは、気分がとても悪いのだ」

インユェは、ぽかんとした。背後でフーシャがこぶしを握り締め、よく言った! と言いたげなのも気付かない。

彼女を、蟲狩たちが実は見ている事にも気付かないで、ちょっと考えた。

「あなたのために?」

「ああ」

「誰のためでもなく、あなたの?」

「そうだ」

「そのために、部下の命を危険にさらせと?」

「お前がいれば、大丈夫だとあいつらは言ったぞ?」

「……」

インユェは黙った。黙って、それからふっと顔を上げて、晴れやかに、とても素晴らしい事を思い付いたという表情をして、誰よりも愛しい男に言った。

「それじゃあ、俺の無茶なお願いを、必ず聞いてくださいませんか?」

「ああ、俺ができる事であれば。愛しいインユェ」

「約束ですよ、破ったら首をもらいますからね?」

「それは恐ろしいな」

ヤンホゥも笑いながら返した。

都を救ってくれるのであれば、自分の首を欲しがるのであれば喜んでくれてやりたかった。

そうすれば、愛しい女だけの首なのだから。

インユェは一度目を閉じた。そして一歩前に進み、目を開く。

そこにはもう、軽快で愉快で、頭の悪そうな、気楽な女の子はいない。

自分の技能と部下たちの能力、そして蟲を狩る事に特化した、牙が現れた。

「集合!」

彼女が一言、言った。

そのとたん、帰る用意をしていた蟲狩たちは群がった。

「そうこなくっちゃ」

「牙がやらないわけがない」

「腕が鳴るぜ!」

「なあなあ、狩った蟲はもらっていいんだよな?」

「あなた確か、狩人装束新しいの欲しがってましたよね」

「そうそう、修復できない穴があってだな」

「牙だ牙だ!」

蟲狩たちは各々いろいろ言いながら、そして彼らの牙がやる気になった事を喜びながら、群がる。

インユェは歩き始めた。



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