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ちょっと短いですが。深夜のテンションで行きます。


「あれはだな、お前が気になってしょうがない人間たちが雇った隠密だ」

「隠密」

インユェは言葉を繰り返した。隠密とは聞いた事のある単語である。

山でよく聞いた言葉だ。蟲に近付くためには、隠密を尊べ。

ひそかにしろ、気付かれないようにしろ。そう言う意味だったと思ったが、どうもヤンホゥの言い方だと何か違うらしい。

「正体はいかに」

「覗きだ」

これまた簡潔で、身も蓋もない事をヤンホゥは言った。

だがこれだけ分かりやすい言葉もない。

「覗かれていていいんですか」

「俺の立場上、覗かれないという事は滅多にない」

「大変ですねえ」

よく分からなかったが、とりあえずヤンホゥが大変なのだけは分かった。

「ヤンホゥ様、おれは眠いです」

言いつつも、腹が膨れれば眠くなってくるのが人間だ。

そして時刻も夜が更けたとなれば、睡魔には抗いがたい。

欠伸をしながら訴えれば、男は目を細めた。

「そうか、ならば牡丹に案内してやろう」

「ここで寝る」

「ここは食事をする場所だ、インユェ。お前がどこでも眠れるのは分かったが、ここでそれを発揮しなくていい。もう一度風呂にも入れ、どうやらお前は泥臭さが抜けていない」

「くさいの嫌ですか」

「臭いのがいいという人間は珍しいだろうな」

「だったら風呂入って寝ます」

インユェは目をこすった。一度自覚すると、睡魔という物は一気に襲い掛かって来る。

「そうだな、ついて来い」

ヤンホゥは鈴を鳴らし、女官や宦官たちを呼ぶと、きれいに空になった食器たちを片付けるように指示を出した。

そして自分は、インユェの肩を抱き、歩き始めた。

それに抗わなかったのは、その腕が自分を害さないと判断したからだ。

インユェのそう言った直感は正確で、外れたためしがない。

そしてこの陪都の宮城で、男が知らない道などない。




「女どもは、俺の言動や好みをいかに知るか。分かるか」

「さっきの覗きの人たちから情報をもらう」

「そうだ。いいや、そのために覗きを雇うから少し違うな」

インユェとヤンホゥはそんな会話をしていた。

女を抱き寄せる男、そしてか弱げに抱き寄せられた女という物は、見る人がどう見ても仲睦まじい男女でしかない。

これを見た覗きたちは、一様に二人の仲を邪推する。

そこまで説明されて、インユェは疑問を投じた。

「それをここまではっきり言っちゃっていいんですか」

「あいつらは声が聞こえるほど近くにはいない。気配が分からない絶妙の距離にいるからだ」

「気配が分からないのと声が聞こえないのはどう関係があるのです」

「気配に気づかれたらああいった奴らは、面目丸つぶれだ。気付かれないのが役割だからだな。そうなってくると、ある程度の距離を置かなければならない。そうすると、どうしても対象の会話が聞こえない距離になるのだ」

そんな物なのだろうか。ちょっと疑問に思ったが、ヤンホゥがうそを言う道理はないので、インユェはそれを信じる事にした。

しかし。

「おれなんかに気付かれちゃうなんてまだまだの隠密ですねえ」

インユェのしみじみとした発言に、陪都公はまた噴出した。

それはもう楽し気に笑い、インユェが寝ぼけた顔でそれを眺めていると、涙をぬぐう。

「お前が異常なんだ」

「おれが」

異常なのだろうか。牙が普通じゃないのは自覚済みだが、異常とまで言われるほどおかしいとも思ってみなかった。

「俺はこれでも武人だ、人間の気配はある程度察せる。だがお前は俺が全く察せない気配を察した。並みの武人以上の事だ。そしてお前の技量はよく知っている。見た事があるしな。あれを見て、お前が異常ではないと言い切れるほど世間を知らない非常識でもない」

「ヤンホゥ様、よく分かるんですね」

インユェ自体が分からない物を、そうも簡単に言ってしまうとはさすがだ。

彼女が感心していれば、男はある建物の前で立ち止まった。

「ここが牡丹だ、お前の住む宮だ、覚えておけ」

インユェは言われるがままにその建物を見て、呆気にとられた。

とても女性的な、しかし豪奢な宮がそこにはあった。

建物の様式としては、宮城と何も変わらないだろう。

しかし気配がまるで違う建物だった。

とても女性的だ。官能的ともいえるかもしれない。

そして乙女らしさもにじみ出ている。

何と形容すればいいのか分からないそこは、何かの間違いなのではないかと思うくらいに豪華だった。

インユェは呆気にとられ、男がそんな自分の顔を見ているので、やっと言った。

「この建物何……」

「牡丹だ。美しいだろう」

美しいなんてものではない。この世の物とは思えない。

こんな建物に入れられるほど、自分はお嬢様ではない。

しかし、奇妙な建物でもあった。

何故かと言えば答えは簡単で、人の気配が一切しないのだ。

そして明かりも焚かれていない。

確かに、今日ここに来るという事は誰も予想していなかっただろうが、インユェは唾気を思い出していてた。

椿は、確か自分が入った時お出迎えがあった。

皆綺麗な女の人たちが頭を下げ、いらっしゃいませと声をそろえた。

牡丹はそう言った美しい女性たちがよく似合うのに、誰もいない。

そこでインユェは、この牡丹殿が呪われているという事を思い出した。

誰もが次々死んでいく宮だったと思った。

なるほど、怖がって近づけないのか。

そうなれば中もそれなりに埃をかぶっているに違いない。

埃位でどうにかなる自分じゃないので、まあ大丈夫だろう。

インユェは、ヤンホゥを見て言った。

「じゃあ、おれはここで」

「お前を一人にするわけがないだろう」

言われたことにきょとりとして見れば、ヤンホゥは当然と言った調子で彼女に言い放った。

「積もる話もある。今日はここに俺も泊まるぞ」


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