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2-4

気に入らなくなったので書き直しました。ちょっと話の流れが違います。

こっちの方がしっくりくるような気がしますね。


「ふうん」

インユェは何もしていなかった。ぼろぼろの衣装は、インユェの素性をごまかした。

持っている得物がとんでもなく普通ではないが、鼻で笑われて終わった。

鉄製の武器というものを持っていないというのは、田舎者と、そして野蛮と思われて終わるらしかった。

そこが都や陪都の甘さだった。

前時代的な物の威力を甘く見すぎているらしい。

それも、女が持っていれば、その得物の威力もたかが知れている、というのが認識らしい。

まあ、面倒くさい手続きをしなくていいらしいのは、便利だ。

船のふちに腰かけ、男たちが手続きをするのを眺め、インユェはどこら辺が別れを告げる機会だろうか、などと考えていた。

河を下ってきた船は、船内を調べられることも普通らしい。

それは色々なものを隠し持っているかどうか、調べられるという事でもある。

まあ、この船はそんな隠すものなどないのだし、すぐ終わるだろう。

インユェは、口に指を突っ込み、歯の間に挟まった蟲の殻を引っ張り出そうとしていた。

意外とこれが気になるもので、取れないといつまでももやもやとするのだ。

そんな事をして時間をつぶしていると、男たちの手続きが終わったらしい。

「インユェ」

声をかけてきたのはひげの男で、やっと終わったのかと見れば、彼は何とも言い難い表情をとっている。

「なあ、この船の護衛として、正式に雇われないか?」

誘う声は割と好意的だった。

これまでの彼女のやってきた事を思えば、それは格別の物だった。

普通、あれだけの強さを見せられて、これだけの好意的な言い方になる事はない。

どこかで必ず、恐れや嫌悪の色が混ざる物なのだ。

ひげ面の男の言い方は、そういった物を感じさせなかった。

「おれは自分のやりたい事をする。この船の護衛は、そんなにやりたいものじゃない。おれは泳ぐのそんな好きじゃないし、ぐらぐら揺れる船っていうの、苦手みたいだし」

それは船での戦闘で気が付いた弱点だった。

自分はどうやら、船という安定しない面での戦闘が苦手だという事だ。

別に精進すればいいのだが、やはり揺れない地面を歩く方が性に合っているのは事実だった。

そのため素直にそう言ったインユェを見て、男は肩をすくめる。

「やれやれ、あんたほどの腕利きとは二度と縁がなさそうなんだが」

「当然だろ、おれは牙だ」

「牙ってなんだ」

「村で一番強い蟲狩の称号」

「ふうん、……あああっ!?」

男は一拍遅れて目を剥いた。

そんな驚く事だろうか。まあ、こんなか細い見た目ではしょうがないかもしれない。

平地に来てからの経験から、インユェはそう判断した。

山では見た目で実力を測られないが、平地では見た目が重視される。

「牙、あんた今、牙って言ったのか!?」

「言ったけど」

それがどうしたのだ。だが驚くという事は、牙が何たるかを知っているという事でもある。

「知ってんの?」

「風の噂で……当代随一の腕を誇る蟲狩を、北の魔の山では牙というって」

「ああ、おれの里、魔の山とか言われてんの? 確かにいろいろいるけどさ。ん。牙を知ってたんなら早く言えばいいのに」

「普通思うか! そんな細っこい見た目で……弱そうで……牙は筋骨隆々の屈強な女だとばかり」

「残念、実際はこんな女だ」

男は何かを激しく悔しがっていた。

「北の魔の山に行ったとき、俺は牙との縁組を勧められたんだ……」

「へえ、あんたおれの旦那になるかもしれなかったの」

ちょっとびっくりしたが、男の言葉には続きがあった。

「村の血が濃すぎるから……新しい血を入れるために、子供をつくるのに協力してくれと言われたんだが……」

なんか聞き覚えがある。インユェは記憶をさらって思い出した。

「! ああ、二年前におれにあてがわれるはずだったの、あんた? 最後の最後で逃げられたって村長が言ってたっけ」

そうだ。

二年前に、インユェは一時期、そう言った男の相手をするように命じられていた。

だがそれが成功したことは、一度もない。

村長もわかっていなかったのだが、平地の男というものは、自分よりも強い女には魅力を感じないやつが多いのだ。

山では崇拝の対象になるほど強いインユェは、そう言った男たちにとって、話で聞くだけなら何の魅力もない相手なのだ。

実際に彼女を見れば、考えも変わったかもしれないが。

その結果として、インユェはいまだ処女だし、夫もいない。

その事実は、男を盛大に悔しがらせていた。

「知っていたら……結婚して、一緒に暮らすっていうのを……」

男の想像は、決して叶わない。

「残念、もうおれ売約済みだから」

そのわけを、インユェはざっくりと言った。

「本当に?」

「ああ」

「それが、陪都に来た理由だというのか?」

「そうそう。おれの殺せない相手が、この陪都にいるんだ。おれはそいつにまだ捨てられていないはずだから。そこに行かなくちゃいけない」

「もし捨てられていたら?」

「そん時はそん時だろ、でもおれは行かなくちゃいけない」

フーシャの代わりなのだから。

彼女はそれをちゃんと覚えていた。自分が何のために平地まで来たのかを覚えていた。

そして、ヤンホゥの衝立なのだ。

役目を捨てるのは、捨てられたと判明してからでいい。

「おれは自分の役割ってもんをわかってるんだ」

インユェは手を離し、とん、とこれまた無造作な足運びで桟橋に着地し、悠々と歩き始めた。

男はそれをいつまでも見送っていた。

その視線を感じ取りながらも、インユェは一度も振り返らなかった。

その未練を持たない所が彼女の良さでもあり、欠点でもある。

一度狩ると決めた蟲はどこまでも追いかけていくのだが、ほかの生き物、特に人間への執着心がかなり薄いのだ。

去る者は追わず来る者は拒まず、といった姿勢をとり続けていた彼女にとって、まさにヤンホゥは特別な男だった。

最も、彼女はまだあの男に捨てられていないと思っていたので、別に去られたわけではないというのが前提なのだが。

そんな彼女は、歩きながらも自分の問題点に気が付いた。

「場所分かんねえんだっけ」

そこだった。太陽を見れば方角が分かる。空気の匂いを嗅げば、市場のような場所がどこかもわかるし、どちらが河なのかも十分わかる。

だが、建物は分からない。

まして、一度も来た事がなければ、見た事もない建物を探すのだ。

陪都に入って早々に、インユェは手詰まりの状態になっていた。

宮城とよく似た造りの陪都は、やはり坊とかいうらしい集まり方をしていて、複数の建物がまとめて高い壁に囲まれている。

これでは探しようがない。調べようもない。

足りない頭を回転させて、彼女が道を探そうとした時だった。

「おい、こんなところに居やがったのか!」

いきなり、彼女は腕をつかまれた。

考え込んでいたせいで、たたらを踏む。

掴んだのは男で、どこかの商人らしい顔をしていた。

「てこずらせやがって。ようやく見つけた、このくそあま」

それはいったいどういう事だろうか。

「なに、おれの事探してたの。というか離してくれないか。邪魔」

「ごちゃごちゃ喋ってんじゃねえ! 奴隷の身分でご主人様に刃向かおうってのか」

男はインユェの言い方がすべて気に入らなかったらしい。

いきなり頬を叩かれた。

思い切り音を立ててはたかれたのだが、インユェがこれしきの事で衝撃を受けるわけもない。

村に大角甲虫が入ってきて、村で集めた一年分の樹液を根こそぎやられた時に受けた、体当たりの方がよほど衝撃がある。

あれは痛かった。骨が折れたかと思ったし、それでも意地になって首を落とした時、足をひねって全治一週間ほどの捻挫になったのもまた痛手だった。

あの季節は蟲狩に都合のいい季節で、租税用の蟲の殻を集めている最中だったっけな、などと彼女は暢気に考えていた。

「さっさと来い!」

それでも引っ張られていく。

だが腐ってもインユェは牙だった。

彼女がその気になれば、男程度の筋力で引きずっていけるわけがない。

少しだけ体重を移動させ、体勢を変えただけで、男はインユェを引っ張っていけなくなる。

「離せよ」

インユェは朗らかに言った。

彼女の沸点は変な所にあって、頬を叩かれた程度では怒らない。

「逆らおうっていうのか……!?」

「だから離せって言ってんだよ。あんた耳は聞こえていないの? そういうもんなの? 冗談もたいがいにしたら?」

インユェはそう言い、腕を自分に引き寄せた。

途端男は地面に転がった。

そんな男を眺め、インユェは長柄刀の石突を地面に置き、それにもたれかかるようにしゃがみ込んだ。

「おれを誰と勘違いしているの?」

「ひ、ひいいっ!!」

彼女の笑みは捕食者の笑みによく似ていた。

男はたちまち顔を真っ青にさせた。

華奢なインユェだが、格が違うと知らせたのだ。

「ど、奴隷の癖に……!!」

「そこが大間違い。おれはあんたの奴隷じゃない。おれの主は一人きり」

インユェは歌うようにそう言った。じゃらりと手枷足枷を鳴らし、おどけた調子で言って見せる。

「おれの主はおれが決めた。それでもってあんたじゃない」

「親分!」

インユェが言った時、男の周りに、屈強な男たちが集まってきた。

男の顔に血の気が戻り、たちまち叫ぶ。

「その奴隷を捕まえろ! 性根を叩き直してやる!」

それは一種の恐れだった。

未知の物に対する恐れであり、同時に不気味さに対する恐れだった。

なぜならば、華奢な女がどうあがいたからと言って、樽のように太った男を転がせるわけがないのだ。

先ほどの事は何かの間違いだと、男は思いたかったらしい。

屈強な部下らしい人間たちが、インユェを取り囲む。

「ああ、面倒くさい」

呟き、インユェは長柄刀を一度振った。

振って構え、ひょうひょうと言ってのける。

「死にたくないなら、退きな」

これを、鎧具足に身を包んだ男が言ってのけたら、それは実に様になっただろう。

だがインユェは女で、ぼろぼろの奴隷の中でも最下層の身なりをしていて、おまけに奴隷の象徴でもある枷を手足にはめていれば、様にならない物だ。

おまけに武器も石でできている。

男たちが舐めてかかるには、十分な要素がそろいすぎていた。

男たちは、格の違いに気が付かなかった。

「女、痛い目に遭いたくなかったら、おとなしく捕まりな」

「いやだぜそんなの。なんであんたらの言うことを聞かなくっちゃいけないわけ」

インユェはそう言い、目を細めた。

囲まれていては、誰かを押しのけなければ道を作れないし、跳躍するには長柄刀がいささか邪魔だ。

これしきの重さを邪魔だと思うインユェではないが、長さが致命的に長すぎた。

やっぱり匕首が恋しいな、などと考えつつ、インユェは構えた。

ざわりと周囲がどよめく。

彼らにとって、奴隷が牙をむく場面など滅多にある物ではないのだ。

どよめきは広がり、わずかばかり、同情の声が漏れてくる。

あんな若いのに。

あんなか弱いのに。

あんな体で。

どれもこれもがインユェが敗北すると思い込んでいる声たちで、しかしインユェは気にならない。

有象無象の言うことなど、気になるわけもない。

ただインユェは構えた。次の瞬間には、決着がついてしまうと誰もが思っていた。

それもインユェの敗北という形で。

男たちの一人が、にやにやと笑いながら言ってくる。

「今ならまだ許してもらえるぜ。旦那は寛大だ」

「何、許されなきゃならないわけ? あんたの旦那だろうが何だろうが、おれが許してもらわなきゃいけない相手じゃない」

「その口もすぐにきけなくなるぜ」

「あっそ、出来んだったらやってみな」

にいとインユェは挑発的に笑った。人間相手にはこれがよく効く。

美女が挑発的に笑うのを見て、意欲がわかない男などいるわけもなく、そのお高く留まった面を引きずり落としたいと思うものだ。

男のその口だった。一気に飛びかかってきた男を、インユェは軽くかがむ事でかわした。

売り物に対する手加減なのか、速度は鈍いもいい所。馬鹿にされているようで、インユェは気に入らなかった。

この牙相手に、こんなのろまな動きで、捕まえられるわけがない。

体勢の崩れた男の襟首をつかみ、軽々と放り投げる。勢いのついた男は無様に転がって、蛙のつぶれたような音を立てた。

それを見もせずにインユェは言う。

「次、来な。何人がかりだってかまいやしねえよ、おれに勝てるわけもない」

男たちは、馬鹿にされた分を取り返すべく、一気に群がってきた。

結果は簡単で、男たちは地面に倒れ伏すばかり。

このころになると、人だかりが出来上がり、うるさい観衆が現れ始めていた。

こういうのは嫌いだ。インユェは思う。

こんなよわっちいのを転がしたからと言って、インユェが強いという証明にもならない。

弱い者いじめは性分に合わないのだ。

そんな事を思いつつも、インユェは騒ぎを聞きつけて現れた役人たちが、自分を取り囲んだので、実は面倒くさい事になりだしたのだな、とここでようやっと気が付いた。


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