第七話 『魔術見学』より
目が覚めて辺りを確認すると、見覚えがあるような無いような。寝ぼけた頭でははっきりと思い出せない。
(確か・・・新しい実験いっぱいやって・・・爆発とかして・・・魔術式教える約束があって・・・そうだ、シマさんに魔術式教えなきゃ)
そこまでぼんやりと思い出したところで、ここがどこかも忘れて立ち上がり異界への扉があるであろう場所に手をかける。が、なかなか開けることができない。目を擦りながら手を動かしていると、なぜか扉が横にスライドしたがなんとか開けることができた。
「あ~、シマさんいましたぁ」
部屋の中心には、布団に入った志摩が静かに寝息を立てていた。
「シマさ~ん、おやくそくのじかんですよ~」
と、ソフィが志摩に近づいた時、足が絡まって前のめりに倒れ出す。
「あれぇ~?」
ドスンッ!!
「ごふッッ!!?」
見事なまでに頭が鳩尾にヒットした。
「いや~、シマさんのベッドとってもふかふかで・・・いえ、すみませんでした」
「まったく。まぁもういいが」
確かに昨日は新たしい未知を期待したが、こんな未知は御免こうむる。だが、そもそもソフィが約束を果たそうとしたことが発端なため、強くは言わずに注意にとどめておくことにする。ジャストミートした所がまだ少し痛いが・・・。
「そうだ。次の成果を発表する会議ってのはいつやるんだ?」
「そういえば言ってませんでしたね。次の発表は3週間後です」
「3週間後か・・・」
思っていた最悪の場合ではないが、それでも時間は狭められた。だが、だからといって焦って事を仕損じるのはしたくないので、志摩の中で仕方ない事だと片付けた。
「とりあえず朝食にするか。ソフィは学院の出勤時間・・・・時計ってあるのか?」
「ありますよ。数年前に職人ギルドと職人科が合同で造った時計塔がありまして、朝日が昇った時と決まった時刻に鐘を鳴らして知らせてくれます」
「そうか。それで時間は大丈夫なのか?」
「はい。8時の鐘が授業開始の知らせなので」
壁掛け時計を見ると時刻はまだ6時前だ。ちなみに今日は火曜日で骨董屋『ろまん』の定休日である。
「ならまだ時間はあるな。ちょうどいいから朝飯食ってくか?」
「はいっ!あっ、でもよろしいのでしょうか?私お世話になってばっかりで・・・」
咄嗟に遠慮をうかがわせたが、最初の嬉しそうな顔を見ていまさら駄目だなんて言えるわけもないだろう。
「口に合うかわからないがな。それに教えてくれるんだろ?魔術式」
「はいっ!」
朝食を食べながらお互いの世界の事や故郷のことを話し、片付け終わったら魔術式の写しと翻訳作業に勤しんだ。そうしていると時間はあっという間に過ぎ去って、ソフィが学院に行かねばならない時刻になっていた。
「私は準備がありますから、もう行きますね」
「あぁ。お昼頃にはオレもそっちに向かう。生徒たちにはちゃんと話してあるよな?」
「えぇ。知り合いの魔術式の研究者が来たと言ってあります。外見的特徴も伝えてあるので、怪しまれはしないかと。それと扉の位置も研究室ではなく、隣の準備室に移してあります」
「助かった。じゃあまた後で」
「はい、行ってきます」
手を振りながらソフィが扉の向こうに消えていく。彼女が去ったあとの部屋はいつも以上に静かに感じる。昨日あったばかりだというのに寂しさでも感じているのかと志摩は不思議な気持ちになった。
定休日の骨董屋『ろまん』の事務室に、パソコンのキーボードを打つ音だけが響く。
店は休みでも志摩にはやることがある。古美術を扱うだけあって、保存状態は常に気を使っているし掃除も毎日欠かさない。
「・・・こんなもんか」
志摩はメールの送信ボタンをクリックする。朝の掃除が終わったあと、通っていた大学の考古学に精通している教授に連絡を取ろうとしたところ、ちょうど海外の講演会に参加するため日本を発っており、会う約束はできなかった。ならばと正体不明の文字を解読するにはどうすればよいかメールで質問を送ることにした。直接ゼミ生だったこともあり今でも連絡を取り合っていて、なにより骨董屋『ろまん』を紹介してくれたのもこの教授なのである。
それからしばらく、インターネットで検索をかけながら魔術式について調べていたが特に成果はなく、画面右下の時計を見ると昼前になっていた。
(少し早いがそろそろ行くか)
朝話し合ったのだが、今日は魔術式を使っているところを実際に見てみることになったので、志摩は結構楽しみしていた。
靴をもって扉を抜けると昨日と同じ研究室・・・ではなく、ソフィが言っていた準備室に出た。昨日見た研究室の3分1くらいの広さで窓と扉がひとつずつと一人用の机とベッドが置いてある。志摩は目の前の扉を慎重に開けてると、そこは昨日見た研究室だった。誰もいないことを確かめ部屋に入る。
(ソフィはいないのか?少し早く来すぎたか)
その時、廊下に続くであろう扉が音を立てて開かれた。ソフィが戻ってきたのかと思い視線を向けると
「すまない、早く来す、ぎ・・・た」
「「・・・え?」」
そこにいたのはソフィではなく二人の少女であった。
一人は明るい栗茶色の長い髪をツーサイドアップにした翠眼でツリ目の元気そうな少女。もう一人は褐色の肌に輝く銀髪をうなじの辺りで一つに束ね膝裏まで垂らした赤眼でジト目の女の子だ。栗茶髪の子の胸くらいまでの身長しかないが、それより褐色の肌と銀髪のコントラストが印象的な子である。二人はここの制服であろう同じ服を着ているおり、銀髪の子は制服の上に一枚大きめの白衣を着ている。
しばらく無言で見つめ合っていたが、最初に口を開いたのは志摩だった。
「突然済まない。ここの責任者であるソフィの招待で来たんだが」
「あっ!もしかしてシマ・イブキさんですか?」
銀髪の子がハッとしたように答えた。自分を知っているということはソフィの生徒だろう。ちゃんと説明があったことにホッと胸を撫で下ろす。それにソフィの名前を出した瞬間に二人の警戒の色が和らいだ気がした。
まずは挨拶からと口を開きかけた瞬間、
「あぁっ!!昨日、ソフィ先生が言ってた協力者だね?わたし魔術科2年生のアンリって言うんだ!よろしくッス!!」
「あ、あぁ。よろしく」
栗茶髪の子がいっきに距離を詰めて握手してきた。見た目通りの元気いっぱいの子なようだ。
「いやー、ソフィ先生の言っていた通りキッツイ眼力だね!!これならオークだって一撃だよ!!」
「アンリさん、それ褒めてないです」
本人は褒めているつもりなのだろう。サムズアップして笑顔を輝かせているアンリの横で、銀髪の子が静かに嗜める。
しかしソフィは一体どんな説明をしたのか。場合によっては少し長めにお話をする必要がある。
(というかやっぱりいるのか。オークやらモンスターは)
「あの、アンリさんはいつもこんな感じで。すみません、悪気はないんです。」
「いや、大丈夫だ。気にしていない」
「紹介が遅れました。私はここの研究生で、職人科3年生のリーゼルシュミアと申します。リゼルとお呼びください」
「シマ・イブキだ。よろしく頼む」
専門学科の3年といえば15、6歳だろう。ソフィのような例外もあるが、身長とは裏腹に大人の対応をするこの銀髪の子は、見た目通りの歳ではないのかもしれない。
「今日はこの学院の魔術を見学させてもらう約束だったんだが」
「ありゃ。ソフィ先生用事があるとかで職人科の方へ向かったけど、まだ戻ってないみたいだね」
「その用事が長引いてるのかもしれないな。仕方ない、ここで・・・」
待つと言おうとした時、アンリが然もいいことを思いついたとばかりに笑顔を向けてきた。
「そうだ!!シマさん、その案内わたし達がやるよ」
「たちって・・・私も?」
「そうと決まれば善は急げ。ささっ、リゼル先輩もいっくよー!!」
「ちょっ、おいまッ!!」
最後まで言わせてもらえず、志摩とリゼルの手を掴んでアンリは研究室を飛び出し走りだす。どこからこんなパワーが出ているのかと思うほど力強く引っ張るので全く止まれず、リゼルの方を向くとその顔は諦めに満ちていた。
しばらく為すがままだったがようやく落ち着いてきたので、ゆっくりと周りを見渡してみる。学院全体を見渡すことはできないが、石造りの建物が並び、欧州の観光地に迷い込んだ気分になる。
「それじゃ、昨日ソフィ先生にアドバイスした人ってやっぱりシマさんだったんだ」
「オレがどれほど役に立ったかなんてわからんけどな」
「そんな事ありませんよ。行き詰まっていた実験が一気に広がりましたし、なによりソフィ先生がとても楽しそうでした」
「そうそう。あっ、着いたよ。ここが魔術科の試験広場だよ」
手を引かれ連れてこられたのはサッカー場二つ分もある大きな広場だった。その端では二人とは違う制服を着た学生たちが、女性の教師の監視のもとで横を向き一列に並んでいた。そして中心には木枠に吊るされた的がある。
「あそこにいるのは共通科の生徒たちです。ちょうど魔術の実技授業中みたいです」
『それでは先ほどの授業でみなさんが書いた魔術式を発動させてみましょう。何度も言いますが火の魔術は決してお互いに向けてはいけませんよ』
『『『はいっ』』』
『ではまず、右から順番に風の魔術から!』
志摩たちのいる位置からは遠くてよく見えないが、一列に並んだ生徒たちの右端の少年が的に向かって紙のようなものを広げると強い風が生じて的を揺らす。風の魔術式を使った少年はガッツポーズをしている。その後は順番に風を起こしていく。そよ風くらいの風で的をかすかに揺らす者や、強すぎて自分も倒れてしまう者など様々だ。
「懐かしいねぇ、アレ。魔力の適正量を体に覚えさせるために何回もやらされるんだよね」
「魔術式は日常でも使われてるんじゃないのか?」
「起動だけなら簡単に出来ても、威力を膨らませて操るのは訓練が必要ですので」
「そうそう・・・ってシマさん、ソフィ先生の言った通り面白い質問するね。まるで魔術式を見たことないみたい」
「こことは違う、あまり魔術に頼らない上に使い方も異なる『ニホン』・・・でしたっけ?そちらの話も聞いてみたいです」
「そのうちな」
志摩は軽く笑ってごまかす。あまりどころか魔術式は見たのさえ昨日が初めてだ。
そうしているうちに授業はどんどん進む。水の魔術式では生み出した水を空中に蛇のようにまとわせる。土の魔術式は足元から土の塊が飛び出す。こちらも個人差があり、尖った槍状だったり丸く盛り上がっていたりと様々だ。そして、とうとう火球の魔術式の番になった。
『いいですか?火の魔術は扱いを間違えると自らも危険にさらされます。込められた魔力が少なく感じても、起動中にもう一度なんてやったら際限なく魔力を吸われますよ。込めながら調整できるようになるにはまだまだ練習が足りていませんからね』
教師が生徒たちに大きな声で注意を促す。その後、火球の魔術の練習が始まった。手のひらサイズの火球を出すまではうまくいっているようだったが、そこから先がなかなか苦労しているようだった。込める魔力の量がわからず、なかなか膨らませることができなかったり、言い付けを破り魔力を込め直して大きく膨らんだ火球の制御ができなかったりと様々だ。そんな生徒たちを相手に右に左にと教師は走り回っている。
「魔術も大変なんだな」
「しかたないよ、まだ共通科だし。いつもは自分の魔力を一摘みするようにして術式に込めれば発動するしね。それを大きくして自分でコントロールするとなると難しいんだよ」
「アンリさんは飲み込みが早いから一番にコツを掴んでいたという話じゃないですか。私なんて適切な魔力量をコントロールするのに、だいぶ時間がかかったというのに」
「わたしは兄貴達の魔術も見てたからねぇ。でもソフィ先生には負けるよ」
ここでソフィの名前が出てくるということは、やはり彼女は有名なのだろう。
「やっぱりソフィはすごいのか?」
「すごいというか、このアレクシア学院魔術科の最年少主席卒業生ですよ。魔力のコントロールなんてこの学院に入った時にはすでにマスターしていたって話も聞きます」
「あぁ、まぁ納得だな」
「それ以上に奇人変人のエピソードもたくさんあるんだけどね」
「そっちの方が納得した」
「アンリさんっ。シマさんものっからないでください」
「アハハ。やっぱり面白いねシマさん。先生が『ソフィ』呼びを許すわけだよ」
彼女は思った以上に生徒からしたわれているようだ。どうなるかとも思ったが志摩は他の生徒に会うのも楽しみになっていた。それにしても『ソフィ』呼びはそれほど信頼の証になるのかと、少しだけ誇ってもいい気がした。
その頃、魔術科の校舎をソフィは駆けていた。
「くしゅん。風邪?でもなんだか嬉しいこと思われた気がします。と、それより思った以上に時間がかかってしまいましたがシマさん怒ってるでしょうか・・・。いえ、昨日からお世話になりっぱなしなんですから、小さいことでも一生懸命お返ししなくては」
自身の研究室の前に着くと勢いよく扉を開ける。
「シマさーん、おまたせしま・・・あれー?」
誰もいない研究室にソフィの虚しい声が響く。
なろう用にtwitter始めました。
@J_melzel