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骨董屋『ろまん』より  作者: メルツェル
~第一章・『先生の課題』から~
3/16

第三話 『科学』より

 扉を抜けると未知の世界でした。


 ソフィアはせわしなく視線を動かし、その目はキラキラ輝いていて実に楽しそうだ。


「すごいです!!綺麗なガラスに見たこともないすごく精工なものがこんなに。本当に別の場所に繋がっているのですね。ここにはお一人で暮らしているのですか?」

「あぁ、縁あってここの先代から譲り受けてな」


 居間は二階の廊下と吹き抜けであり、上にも日の光が入るように屋根窓もついている。オシャレなのかもしれないが、冬は暖房が効きづらいし屋根窓は掃除が大変だしでここだけは先代に一言申したい。

 

「この黒い板にガラスがついているのはなんですか?」

「それはテレビと言って遠くの場所を映すための道具だ。まぁ、詳しい話の前にお茶でもいれよう。少し座って待っていてくれ」


 座布団を差し出し、台所へのガラス戸に手をかけたところで


「そうだ。ここでは部屋にいるとき靴は脱ぐものなんだ。すまないが敷物を用意するから手に持っていてくれ」

「く、靴を脱ぐんですか?わかりました」


 少し恥ずかしそうに戸惑いながらも了承してくれた。


 志摩は汚れた靴下を履き替え、電気ポットからティーバッグを入れたポットにお湯を注ぐ。ティーカップとお茶菓子と靴を置く新聞紙を取り出して居間へと戻るとそこには


「あっ!イブキさん、ありがとうございます」


 ソフィアが座布団に足をのせ、ちゃぶ台に座って待っていた。


「すみません、テーブルを出しておこうかとも思ったのですが、勝手に探すのも失礼かと思いまして」

「ソフィア、テーブルは君が座っているそれだ」

「えっ!?し、失礼しました!!こんなに低いからてっきり丸椅子かと思って!!!」


 ソフィアが慌てて立ち上がる。


「いや、こっちの説明不足だった。すまない」



 それから文化の違いを再認識しながら、一つ一つ説明していく。ソフィアは恥ずかしそうに自分が座っていたところを白衣の袖で拭いていた。


「という訳で、部屋の中では靴を脱ぐのが基本。板張りの床では椅子も使ったりするが、このい草でできた畳という床ではほとんどの場合、座布団を敷いて床に座るんだ。もっともこれは日本が島国で、独自の文化を築いたからという特殊な例なんだが」

「なるほど、遠い国だと文化も異なってきますが、こういった文化は初めてです。やはり世界が違うからでしょうか?」

「っ!?・・・気づいていたのか?」


 異世界から来ましたなんて、例え魔法の世界でも頭の病気を疑われるのではないかと話し出すタイミングを見計らっていたが、まさか向こうから切り出してくるとは。

 

「確信があったわけではありませんが、アレクシア学院は様々な国からの留学生も受け入れています。もし、大陸の向こうにある別の大陸だとしても、これほど科学によって発達した文明があるのに噂一つ聞かないなんて不思議に思ったんです。その様子では本当にここは異世界なんですね」


 ソフィアは柔らかな言動とは裏腹に、研究者としての観察眼や最後の一言に確信を込めた彼女のしたたかさに志摩は舌を巻いた。

 彼女はブーツの下に敷いている新聞紙を見ながらさらなる疑問を述べた。


「こちらの文字も私の知る限り見たこともありません。なぜ言葉が通じるのかは調べなければわかりませんが、イブキさんが話されてる言語は中央共通言語ではないですよね?」

「あぁ、オレはいま日本語で話しているし、中央共通言語というのも聞いたことがない」

「おそらくあの扉が原因だと考えられます。他にも色々気になっていた事とかあったのですが・・・例えば、その、甘い匂いのするお菓子、とか・・・」


 お茶菓子に持ってきたモンブランを少し頬を染めチラチラと見ている。

 志摩が夕食後に食べようと買っておいたコンビニのモンブランを出したのだが、ソフィアは気になって仕方ないようだ。

 なんだか一気に力が抜けてしまった。


「とりあえずお茶にするか」


 やれやれと志摩はティーカップに紅茶を淹れる。


「えっ?」


 ソフィアが小さく驚き、注がれた紅茶をじっと見ていた。さっきまでモンブランに釘付けだったのに、急に真剣な目つきになった。


「紅茶の淹れ方なんて適当だからあまり期待しないでもらいたいが」

「あ、いえ、すみませんじっと見たりして」


 差し出されたティーカップを慎重に口元へと運ぶ。


「・・・あったかい。いえ、熱い・・・」

「熱かったか?すまない、少し冷まして・・・」

「イブキさん!!!!」


 考え込むようにうつむいたソフィアは突然、大きな声で志摩を呼んだ。

 あまりにも唐突なので志摩は言葉を失ったが身を乗り出してソフィアは続ける。


「先ほどお茶を取りに行く際、それほど時間はかかっていませんでした。何故、イブキさんは短時間でお湯を沸かせたんですか?」

「そ、それは電気ポットに入っていたからだ」

「デンキポット?」

「あぁ。それに水を入れれば自動でお湯が沸き、温度も保てる」

「・・・それも科学ですか?」


 ソフィアの言いたい事がなんとなく志摩にもわかったが、それにしても食いつき方が半端ではない。


「そうだ。さっきも言った通り技術というのは無限に広がるんだ。多くの人と道具を使い手間をかけて電気というエネルギーを造り、お湯を沸かしたり光をつけたり様々な用途に応用できる。科学はそうやって可能性を広げ、空の向こうにまで登ることだってできる」

「空の・・・向こう・・・」


 志摩はうなずく。

 するとソフィアが急に立ち上がり


「イブキさん、いえ!イブキ先生!!私に科学をご教授下さい!!!」


 と勢いよく頭を下げた。


「ちょっと待ってくれ、オレは君が思うほど科学技術に詳しいわけじゃない」


 使い方を知っているのと、原理を理解しているのとでは別次元の話だ。

 それでもソフィアは食い下がってくる。


「なら協力だけでも!!お願いします、時間がないんです!!」

 

 身を乗り出して志摩と顔が数センチ位にまで近づいたところで


「ていっ」


 焦るソフィアの脳天にチョップした。


「わきゃ!!」


 軽い力だったが正気に戻ったのか申し訳なさそうに姿勢を正した。


「落ち着いたか?」

「はい・・・すみません、私ったらこちらの都合でご迷惑を」

「それはいいんだが、さっきの時間がないっていうのは?」


 思えばソフィアは初めから何かに悩み、焦っているような節はあった。研究者特有のものかとも思ったが、今のでなにかあるとハッキリした。

 あまり踏み込むのも如何なるものかとも思ったが、魔術を見せてもらったのだからなにか力になってはやれないか、という思いからだった。

 ソフィアは少し悩みながらも話し始める。


「実は、月に一度成果を発表する会議があるのですが、次の発表までに誰もが認める成果を見せなければ私の研究室がお取り潰しになってしまうんです」

「それは・・・急な話だったのか?」

「いえ、前々から私の研究に対する疑問の声はありました。今の生徒も現在5名と少ないですし・・・」

「それで、ソフィアは何を研究しているんだ?」


 この質問にはソフィアの声に少々嬉色が混ざった。


「私が研究しているのはですね、『民間における便利な魔術道具の開発』です」

「あぁ、あの『お手軽かまど』もそう言う意図で作ったのか」 

「はい。冬が始まる前に薪は備蓄に入りますが、それでも足りなくなってしまうと火を燃やすことができなくなります。せめて、焚き火やお湯を沸かせるくらいの炎を持続して出せたらと思い研究を始めました。そう!庶民の暮らしを支える安価で便利な魔術道具の開発こそが私の研究目標です!!」

「お、おぅ」


 熱く語りだしたソフィアに若干引きながらも志摩は感心していた。


「しかし、それなのになぜ成果が出ないとはいえ、取り潰しになりそうなんだ?」


 そう言われテンションを落としながらもソフィアは語る。


「それは、魔術開発の主流が魔法に追いつくことだからです。魔法士を数で補おうと誰にでも使える魔術を魔法に近づけるため、各国は研究を重ねています。ですが、魔法に近づけようとするほど魔術式は巨大化し、それでも魔法士の足元にも及ばない結果になりました」

(いくらコップをバケツに持ち替えたところで大波の威力には勝てないということか?)


 志摩は大雑把にだがあたりをつける。


「私は魔術科に在籍していたのですが、巨大化するばかりで魔法に追いつけない研究の未来に疑問を感じ、予てより私の作りたかったもの、安価に買えてそれでいて役立つ便利な魔術道具の開発・研究室を学院長の許可を得て開設しました。

 ですが、先生方の中には私に魔術式を魔法に近づける研究をやってほしい方や、庶民の為の魔術道具開発は無意味と切り捨てる方がいて・・・」

「それで、そいつらに目をつけられて今回の課題を出されたわけか」

「はい・・・もし満足な成果を出せなければ、私は他の研究室へと転属になります」


 最初に他の先生が入ってこようとした時に志摩を隠し立てた理由がわかった。

 不審な人物が研究室に現れたら問題だろう。もちろんソフィアに非はないが、今問題が起きると目をつけている者たちがどんな言いがかりをつけてくるかわからない。最悪の場合、会議を待たずして取り潰しの可能性を考えた結果の行動だった。


「しかし魔法とやらはそれほどまでに魅力的なのか」

「前にも話しましたが、この世の理を言の葉のみで操れる魔法士の力は強力無比です。ですが魔法士としての才能を持った者は少なく、魔法士が多く在籍していると言われる私たちの学院でも5人、留学生を合わせても8人しかいません。全員特別クラスに分けられており、最高位の勉強環境が整えられ学費はそれぞれの国が援助しています」

「まさに国の宝だな」

「はい。そして、その魔法に少しでも近づけようと魔術式を使って誰にでも使えるよう再現したのが魔術です。正確に言えば『言われている』というのが正しいですが」


 引っかかる言い方が気になったがそこは後にする。


「最初は学院長自ら認めた研究室だけあって何も言われなかったんですが、満足な成果を出せずだんだんと・・・」


 俯いた次の瞬間にはソフィアは顔を上げ志摩の目を見つめる。落ち込んではいるが諦めは一切ないようだ。


「イブキ先生、恥を承知でお願いします。イブキ先生より聞いた『科学』『電気エネルギー』どれも聞いたことのない、未知の学問を学ぶにあたってどうかご助力お願いします」


 ちゃぶ台に額を擦りつけるほど深く頭を垂れる。

 沈黙の中時計の秒針だけ音を刻む。

 志摩は黙っていたがやがて口を開いた。


「ソフィア」

「はい」

「オレは古美術・・・アンティークや珍しいモノを集めるのが好きで、科学技術がどういった原理で動いているのかとか詳しいところまでは専門外だ」

 

 ソフィアの顔に暗いものが落ちる。


「ただ、調べることはできる。それを魔術に生かせるかは君次第だが」

「・・・っ!イブキ先生!!」

「その代わりソフィアは魔術について教えてくれ。なにかアドバイスできることがあるかもしれないし、純粋に魔術という未知に興味がある」

「はいっ!私の知識でよければ喜んで!!」


 ソフィアは嬉色いっぱいの笑顔で答える。


「本当にありがとうございます、イブキ先生!!」

(まだこれからなんだがな・・・まぁなんとかするか)

「ところでその先生ってのやめないか?正直先生って柄じゃない」

「でも教わる私から見たら先生ですし・・・」

「それなら魔術を教わるオレはソフィア先生って呼べばいいのか?」

「ん~、なんだかイブキ先生に先生って呼ばれるのってなんか違いますね。そうだ!!」


 何やら思いついたようにでソフィアが笑顔を咲かせる。


「私のことはソフィって呼んでください。親しい人や研究室の生徒たちにだけ呼んでもらってるんですが、これから一緒に研究するということでその呼ばれ方がしっくりします」

「そうか、それならソフィと呼ばせてもらおう」

「はいっ。イブキ先生は親しい人からなんて呼ばれていたんですか?」

「オレか?オレは大学のゼミでは志摩さんなんて刑事モノっぽく言われたな」

「シマさん・・・いいですね!!私これからシマさんって呼ぶことにします!!」

「お、おう」


 ソフィはテンションが上がると周りが見えなくなるようだ。魔術に興味を示し、周りが見えなくなった志摩も人のことを言えないが。 


「あー、安心したらお腹すいちゃいました。お茶の続きしましょ、シマさん」

(まったく・・・)


 苦笑しながらも冷めてしまった紅茶を入れ替え、この先ソフィに振り回されることを覚悟するがそれも悪くないと自分をおかしく思うのだった。





 ~おまけ~

「こ、このマローネ味のケーキ!!神秘です!!神秘を秘めた美味しさです!!!」

「ただのコンビニのモンブランだがな」

「あれ、シマさんの分は?」

「ん?あぁオレは別に・・・」

「こんなに美味しいのに食べないなんてもったいないですよ

 

 はい、あーんしてください」


「・・・君はもう少しガードを上げたほうがいい」

「ガード?障壁魔術ですか?」


挿絵(By みてみん)

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