第二話 『異界』より
「あいたたた・・・」
突然開かれた扉に驚き、ぶつかりはしなかったが尻餅をついてお尻が痛い。
「なんなんですか、もぅ・・・」
と、開かれた扉に目を向けると、
「「・・・」」
そこには目つきの鋭い男性が無言で見下ろしていた。
「わきゃああああああああ!!!」
「お、おい」
志摩は混乱する頭でなんとか状況を整理しようとする。相手が錯乱しているせいか、逆に落ち着くことができた。
自分の目を見て悲鳴をあげられたのはショックだが・・・
(ここは居間、じゃないよな。)
見回して見ると、さっきまでいた居間よりも大きな部屋に見たこともない道具が所狭しと置かれており、壁の一面には書物が並べられている。部屋の中心には大きめのテーブルが置かれて、その上にも呪文のような文字が書かれた羊皮紙や何かの道具が散らかっていた。
(オレが見てきたどんな国の文字とも違う。詳しく調べなければ断言できないが、遺跡に掘られていた文字にもこんなのはなかったはずだ。)
いつの間にか志摩は目の前の女性のことも忘れ、好奇心に任せるままにテーブルの上の道具に歩み寄っていた。
すると、志摩の眼光に腰を抜かしていた女性が勢いよく立ち上がり、
「だ、駄目です!!お金ならいくらでもあげますから、これだけは持っていかないでください!!お願いします!!」
なにやらとんでもない誤解を受けたようである。
「あっ、いや、すまない。つい気になって・・・」
そこまで言って志摩はあることに気がついた。
見たこともない文字、見たこともない場所。女性は二十代前半だろうか、白衣を着ており金髪をおさげにした透き通るような碧眼の持ち主である。ここは日本なのだろうか?それに
「日本語が、わかるのか?」
「へ?な、なにを言って・・・」
そう訪ねようとした時、志摩が入ってきた扉と反対にある普通の扉から老年の女性の声が聞こえた。
「先生、ソフィア先生?どうかなさいましたか?なにやら悲鳴が聞こえたのですが、なにかありましたか?」
「ベ、ベルナール先生!?」
ソフィアと呼ばれた女性は志摩と扉を交互に見て、一瞬悩んだ顔をすると
「いえ!大丈夫です!」
「しかし、とても大きな物音も聞こえましたが・・・中に入ってもよろしいですか?」
「それは・・・そう!!とても大きなガロロマが出て驚いてしまって!!」
「まぁ!?あ、あの黒くて素早くてカサカサ動いて時々飛んだりする」
「はいっ!棚の隙間に逃げちゃってまだどこかにいるかもなんです!!」
「・・・ソフィア先生、今研究に没頭する気持ちもわかりますが、ちゃんと掃除もしてくれないと困ります」
「は、はい、すみませんでした。アハハ・・・」
「では、失礼します」
そう言うとベルナールは足早に去っていった。
なにやら焦った感じもあったが、ガロロマとやらが原因だろう。
(ガロロマ・・・黒くて素早くカサカサ動き時々飛んだりする・・・アレだな)
「いやぁ、危なかったですね」
アハハと笑うソフィアに志摩は、何が危なかったのかさっぱりわからない。緊張がほぐれて少々ハイになっているのかもしれない。ならば今のうちにと志摩は状況の整理を始めた。
「さっきは突然済みませんでした。オレは伊吹志摩と言いますが、ここは日本ではないのですか?」
「ニホン・・・どこかの町ですか?ここは王立アレクシア学院の私の研究室ですが・・・あ、名前がまだでしたね。私はソフィアと申します、この研究室の責任者です。イブキシマさんは泥棒さんなのにご丁寧ですね」
「いえ、日本は国です。あと伊吹が姓で志摩が名前、それと泥棒じゃない」
するとソフィアが驚いた顔をした。
「姓って・・・イブキさん貴族の泥棒さんだったんですか!?姓と名が逆なのは初めて聞きました」
「姓はありますが貴族ではありません。その辺はあとで説明するとして、ここに来た経緯を先に説明させてください。なんとなく今ので、ここが日本やオレの知る国じゃないのはわかりました。あと泥棒では断じてない」
志摩はソフィアに、扉に鍵を挿し自分の部屋からここに出たこと、アレクシア学院というのも聞いたこともなく自分のいた日本という国は、ここからずっとずっと遠いところにあることを説明した。
「別々の場所を繋げる扉、ですか・・・そんな魔術初めて聞きました。確かに見たこともない魔術式も刻まれていますが、魔力を流しても反応しなかったんで模様だと思っていました。
あ、さっきみたいに楽に喋ってもらっても大丈夫ですよ。イブキさん目はすごく怖いですけど、話し方とか優しそうですし」
興味深そうに扉を観察しながら、心底驚くように言った。
後半、志摩が気にしていることをさらっと言われた気もするが、それよりもっと気になる言葉が聞こえたので流すことにする。
「オレは魔術というもの自体見たことないんだが」
魔術という言葉は聞いたことはあるが、こんな知らない場所につながる扉があるなんて知らないし、そんな超常現象、世界を回っても志摩は見たことなかった。なによりソフィアが魔術という言葉を当たり前のように使っている。
「見たことないって、そこにあるじゃないですか?」
そう言ってソフィアがテーブルの上の羊皮紙を指差す。
羊皮紙の一枚を手に取ると、そこには見たこともない文字が8重の円状に書き込まれていた。
「これは?」
「これはですね、私たちが研究を重ね作り上げた『お手軽かまど・試作12号』です!」
自信たっぷりに大きな胸を張った。
「それで、これはどうやって使うんだ?」
「え?普通に魔術式にふれて魔力を流せば起動しますよ」
志摩はいよいよもって困ってしまった。だが、もしかしたらこれに触れれば、自分も魔法が使えるのではないか。そう思うと鼓動が高まる。緊張しながら魔術式とやらに触れる。そして・・・
何も起きなかった。
「えっ?そんなはずは・・・貸してみてください」
ソフィアがふれてみると、羊皮紙に書かれた魔術式が光りだした。
その時、志摩の視界に彼女の指先から白いもやが出ているのが見えた気がした。
「あっ、よかった。ちゃんとつきました」
羊皮紙をテーブルの上に置くと、円の中心から10cmほど上、何もない空間から小さな火の玉が出てきた。火の玉は小さく縮小を繰り返しながら浮いている。
志摩は目を見開いて驚いた。
「どうですか?これがあれば薪の節約にもなりますし、魔術式もここまで縮小させたんです」
「あぁ驚いた、まさか本当に魔法があったなんて・・・」
「魔法?そんな、魔法なんて私使えないですよ。これは魔術です」
「魔法と魔術は違うのか?」
火の玉に体を向けたまま、顔だけソフィアに向け問いかける。
「魔法士はわざわざ魔術式を書いたりしません。言の葉だけでこの世の理に触れることができます。そしてそれを魔術式によって擬似的に再現したのが魔術です。当然、魔法ほどの威力はありませんが・・・ってイブキさんは本当にどこから来たんですか?」
「オレのいた所には魔法も魔術もなかった」
「えっ?」
驚くソフィアをよそに、もう一度魔術式に触れてみようとする。
「あっ、駄目です!!」
言われると同時に触れてしまった。すると、火の玉は大きく膨らみ始めた。
志摩は反射的に体を反らすと
パァン!!!!!
と火の玉は破裂してしまった。
「・・・」
志摩は驚くと無言になるタイプなようで、そのままソフィアに振り返った。
「あー、すまない。オレのせいで」
「いえ、違うんです。火球を持続してその場に出現させる魔法式が不安定なのが悪いんです。うぅ・・・結構自身あったけど、ちょっとした刺激で安定性が崩れるのは問題ですよね・・・でもこれ以上の魔術式は量産が・・・」
「ソフィア?」
「あっ、すみません私ったら独り言を。それで、魔法も魔術もない所ということですが、イブキさんが着ている服から見てもとても大きな所だとは思います。ですが、ニホンという名前は聞きませんし、どんな町にも火種となる魔術式や井戸の水を清潔に保つ魔術式位はあるはずです。
もしかして大陸より外にあると言われている場所から来たのですか?」
「いや、おそらくそれも違うだろう。実際に見てもらえばわかるが、オレは科学というものが発達した文明の中で暮らしている。魔法や魔術と違って、火種を作るのにも多くの工程を踏むが、その代わりそこから応用して、可能性を無限大に広げていくことができる。技術ってやつだ」
「科学・・・技術・・・」
ソフィアが様々な気持ちを込めてつぶやいた。研究者としてなにか惹かれ始めているのかもしれない。
(っと、その前にちゃんとこっちからも扉が使えるか確認する必要があるな)
ソフィアに一言断って確認に向かう。
今まで好奇心に任せて忘れていたが、もし一方通行であったなら・・・と少し嫌な汗をかきながらも扉を少し開け、覗いて見ると見慣れた居間がそこにあった。ちゃぶ台が置いてあり、奥には事務室への襖、右はキッチンへのガラス戸と間違いなく志摩の家だ。ホッと小さく息を吐く。
となりを見るとソフィアがうずうずした様子でこちらを見ていた。志摩が邪魔になってよく見えないが、扉の向こうが気になって仕方ないように見える。
「よければお茶くらいだそうか?魔法や魔術について色々聞きたいし」
「は、はい!イブキさんがよろしいのでしたら!!」
笑顔で答えるソフィアに小さな笑みで返し、先に扉をくぐる。ソフィアが緊張しながらもワクワクした様子で志摩に続く。
きっと志摩が初めて扉を開けた時と同じ気持ちなのだ。
「ようこそ、骨董屋『ろまん』へ」
ガロロマ=Gのようなものです。