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骨董屋『ろまん』より  作者: メルツェル
~第一章・『先生の課題』から~
12/16

第十二話 『夢の課題』より

 ―――定例会議から時を遡ること二日。


「おじゃましまーす」

「ソフィか。交代してきたのか?」

「はい。リゼルさんにお任せしてきました」


 窯の番は交代制にしたが学生たちには学業(やるべきこと)がある為、支障をきたさないよう配慮された。日が昇ってから授業の開始までと、それが終わってから日が暮れかける頃までが生徒たちが交代で行い、それ以外を志摩とソフィの二人が受け持つ。その為二人の負担は大きいが、元々没頭すると徹夜も当たり前なコンビは生き生きしている。しかし、ただ見張るというものは精神力を大きく奪う上、鍛冶場という場所はとにかく熱いのでより負担も増す。そのせいか足取りも少々重い。だが、失敗は許されない今は一瞬たりとも目を離せない。

 そんなソフィは空いた時間で、骨董屋『ろまん』の居間にて疲れを癒しつつ日本語の勉強をしていた。


「遅いが昼飯にするか。ソフィも軽いものだがいいか?」

「はい。シマさんのご飯はどれも美味しいから大好きです」

「(オレの料理でこれだけ喜ぶと、タマちゃんとこにつれてったらどんな反応するんだ?)・・・とその前に」

「?」




 いま、志摩は台所に立ってハムエッグを焼いている。そしてその顔はいつもの3割増険しい。

 志摩は料理が苦手でも得意でもないが、料理をうっかり黒炭に変えたりはしない。では何故これほど険しいかというと、台所に届く水の流れる音とソフィの鼻歌が原因だ。

 窯の番をしていたせいか、ソフィの綺麗な金髪にも砂や煤が付いていることに気がついた志摩が、特に他意はなく浴室を勧めたのが始まりだった。

 湯水が湧き出るという言葉にソフィは目を輝かせ、実物をもって説明したら喜んでとびついた。いくら善意とはいえ、若い女性のシャワー中にひとつ屋根の下にいるのは偲びないと適当に散歩にでも出ようとしたら

「途中で使い方がわからなかったり、気になることがあったらすぐに聞けないです」と、止められてしまった。

 それならとソフィがシャワーを浴びている間に昼飯を作っていたのだが、その判断が甘かったことを志摩は思い知らされた。


『わきゃぁ!!つ、冷たいっ!?あ、そういえば最初は冷たいって・・・うぅ・・・ブルブル』


『あっ!!ほんとにあったかい。凄いです・・・。シマさーん!すごいですよーこれっ!』


『わぁ、すごい泡!!アハハ、おもしろいですっ』


『あぁ~、ここ汗が溜まるからお湯で流すとすごく気持ちいいです』


 志摩はなぜ自分の方が気を張っているのだろうと疑問を持ち始めていた。一応、白衣にはいろいろと細工がされているらしいので最低限の警戒心を持っているのだろうが、もっと羞恥心をもって欲しいところだ。

 ソフィは面白かったり不思議なことがあるとすぐ志摩を呼ぶので、このままでは近所に彼女が志摩を呼ぶ声が聞こえるのではないかと気が気ではない。ご近所のおばさん達の噂話は伝達スピード、脚色力、どれをとっても恐ろしいのだ。


「はぁ~、ホカホカでした。シマさん、ありがとうございました・・・って、指に何か巻いてますがどうしたんですか?」

「なんでもない、気にするな。それよりちゃんと髪は拭いたか?」

「はいっ。あんなに上質なものを使わせていただいて恐縮ですが」


 お客様用のバスタオルを出したが、ソフィのことだから遠慮してちゃんと拭いていないかもしれない。そう思った志摩は、脱衣所からブラシとドライヤーを持ってきてコンセントに繋げスイッチを押す。すると音を鳴らしてドライヤーが温風を出し始めた。


「お、おぉっ!?シマさんこれはなんですか?あったかい風が出てきました」

「今はおとなしく座ってろ」

「は、はい」


 おとなしくなったソフィの髪を遠くからドライヤーをあて、ブラシで優しくとかしてやる。思った通りソフィの髪はまだ湿っていた。


「ソフィ、ガスが気体になる話は前にしたな」

「はい。気化、ですよね。水も蒸発して気体になるとか」

「そうだ。だが気体になるには温度が条件として必要なんだが、液体は必要な熱を周りから奪って気体になるんだ」

「熱を・・・奪う・・・?」


 志摩の位置からは見えないが声からソフィが目を見開いて驚いているのがわかる。


「だからこうして濡らしたままにしておくと、体についた水滴が体温を奪って体調を崩したりするんだ」

「なるほど」


 志摩の言いたいことがわかったのか、それ以降はソフィは為すがままになっておとなしくしていた。


「なんだかとっても気持ちいいです。もしかして誰かにやってあげたりするんですか?」

「ん?あぁ。裏手の老夫婦の孫が長期休暇で遊びに来ると、必ずうちにも来るんだ。髪をとかせと女王様気取りの妹みたいな子がな」

「ふーん。そうなんですか」


 髪もだいぶ乾いたので冷風で全体を冷やしながらとかしてやる。


「でも、本当に気持ちいいですねぇ。ベッドもふかふかシャワーも気持ちいい、なにより不思議がいっぱいあります。今すぐここに住みたいくらいですよ」

「オレは魔術のほうが不思議でしかたないがな。それに部屋は余っているがうちの家賃は高いぞ。なにせ店は閑古鳥だからな」

「おや?ここに住めるんでしたら私が繁盛させてみせますよ?」

「ふっ。それはありがたいな」


 定例会議も近づく中、穏やかな時間を堪能する。もしも、新型お手軽かまどが完成しなければと言う不安はソフィには無い。それよりももっと先、これが終われば次はどんなことをしようかとウキウキしている。


(それには、まず課題―――ですねっ)




 次の日の夕刻。45時間の焼成を終えた後15時間程冷まされ、ダグの手によって窯から出される。


「ッ!!こいつぁ・・・」


 ダグは驚きながらソフィに手渡す。

 その見た目からは想像できない軽さにソフィはバランスを崩しそうになる。


「シマさん・・・これが―――」

「あぁ。これが『七輪(しちりん)』だ」


 生徒たちも実際に触れてみてその頑丈さ、軽さに驚きを隠せない。


「じゃあさっそく部品を取り付けましょう」

「嬢ちゃん」

「あっ、ダグさん。この度はわがままを聞いていただきありがとうございます」

「いいってことよ。それよりこれなんだけどよ」


 そう言ってダグが渡したのは爪のついた鉄輪。所謂『平五徳』だった。

 五徳は日本で調達したものを無理やり合わせようと考えていたのだが、ダグの持っているそれはシチリンの口にぴったり合うものだった。


「ダグさん、これ・・・」

「いやな、せっかくだがら完璧に仕上げたいかなぁってな」

「なんやおっちゃん、粋やなぁ」

「ダグ殿、素晴らしい贈り物に感謝する。ですが、仕事があったのでは?」

『おやかたぁーーーーーーっ!!』

「やべっ!!じゃあなお前ら。後で完成品持ってこいよ」


 そう言うとダグは足早に逃げ去っていった。


「ダグさーーん!!ありがとうございまーーす!!」


 ソフィが大声で感謝を伝え、生徒達も習って感謝を叫ぶ。


「ソフィ。みんなで作り上げたこの魔術装具で明日は頼むぞ」


 最早、世界が違うとか学院の者ではない等というのは関係なく、この製作に携わった一人としてソフィに想いを託す。そしてそれは生徒達も同じだった。


「シマさん・・・はいっ!!任せてください!!」






「『シチリン』とはそれのことかね?」


 太った男が『シチリン』を指差す。


「はい。ですが、まずはこちらをご覧下さい」


 ソフィは一枚の羊皮紙を取り出し、書かれていた魔術式を起動させる。すると、炎が吹き出し破裂することなくその場で燃え続ける。


「ソ、ソフィア先生!!これはっ!?」


 目の前の光景に教師たちは目を丸くして腰を浮かす者もいる。


「火炎の魔術式です」

「ソフィ先生!!ついに新しい術式の開発に成功したのね!!」


 席を立った白髪交じりの老年の女性が嬉しそう声を上げる。この女性は、志摩が初めてやってきた時に訪ねてきたベルナール先生である。


「いえ、これはある方が見つけ出したものです。私はそれを手伝っただけに過ぎません」

「ある方?」

「はい。我々にはない常識を持って、物事を様々な角度から見ることのできる方。その人のおかげでこの魔術式は生み出されました」

「なんだ、ソフィア殿の成果という訳ではないじゃないか」

「で、ですがソフィア先生もこの成果に貢献した一人。ならば評価されて然るべきでしょう」


 太った男性が嫌味のように言うが、すかさずベルナールが反論する。すると、いままで事の成り行きを見ていたテオドリックが口を開いた。


「確かに新たな魔術式の誕生は大変素晴らしいことですし、それの補佐といえども一端を担っていたソフィア先生にも評価があっても良いはず。ですが、」


 一旦言葉を区切り手を組むと、目を尖らせソフィを突き刺す。


「ソフィア先生の分野は『民間における便利な魔術道具の開発』だったはず。これほどの偉業を達成した今、庶民の為の魔術道具になど拘らず魔術開発に専念したほうが良いのではないですか?」


 周りからもその意見に肯定的な言葉が飛び交い、ベルナールでさえ理解を示している。

 だがソフィはそれらの意見を一蹴する。


「せっかくですが、私の分野もこれからも変わることはありません。民間が豊かになればなるほど国は発展、成長し、結果的には魔術開発も大きく前進する糧となるでしょう。私の研究課題はそれらを可能とすることができます」

「何を根拠に」

「根拠ならここに。この『シチリン』が示してくれます」


 そう言い、ソフィはシチリンについたダイヤルを握って魔術式を起動させる。すると中心の円盤型の金属についた穴から青い炎が吹き出した。

 今度こそ周りの者は腰を抜かすほど驚き、だれともなく「蒼炎・・・」と呟いた。テオドリックも表情こそ変わらないが紡いだ口に力が入っているのがわかる。


「知っていますか?炎は十分な空気を送りこむと、このように青く燃える事を。この『シチリン』はトイエ土を切り出して作られ、頑丈で軽く製作も容易なことを。これら全ては貴族が思いつき作らせたものではなく、庶民の間で見つけ出されたものだという事を」

「トイエ土ってドワーフたちがよく使うあの」


 ベルナールも目を大きく開きながらソフィに尋ねる。


「はい。トイエ土が火に強いことはすでに実証済み。さらに、そのトイエ土の塊を崩さず切り出しにすることによって空気の孔が多く、見た目からは想像できないほど軽いのです」


 それ以外にも組織が破壊されていないので練り物より頑丈であったり、断熱性が高いなどもあるが、そこは省略する。


「右のダイヤルは風の魔術式をコントロールするためのものです。こちらの開口部より空気を取り込み、左の火炎の魔術式のダイヤルと合わせてちょうどいい火力に調整できます。それ以外にもこの『シチリン』には様々な人々の知恵や経験を取り入れました。そこに庶民も貴族もありません」


 会議場が静まり返る。


「民間にも学問が広まり、その可能性の大きさはこの学院が証明しています。ならば、もっともっと学問の幅を広げていくべきです。

 私の研究はそんな世の中の土台となる魔術道具を作りたい。一人として欠けることなく、誰もが安心して学問を修められる世界を創るための手助けになる物でありたいんです」


 強い瞳で語るソフィに、言葉の真偽を問うこともできずに呆然とする一同。それでもなお、反論しようとする反対派の男性をテオドリックが手で制し、ソフィから目を離さずに問う。


「確かにこの学院は初代学院長が『学は拒まず 学を拒まず』をスローガンに掲げました。ですが、一人も欠けることなくというのは可能と思いですか?畑を耕す農民や荒くれの傭兵達にも学問が必要だと?」

「思います。農民でしたら農学として広め、知識を共有する必要性を。傭兵達こそ規律や法の重要性を理解してもらうためにも、私は必要だと考えます」


 真っ向から一歩も引かないソフィ。まるで空気が鉛のように鈍く重くなる。

 向かい合うテオドリックは静かに目を瞑ると小さく息を吐き、まとめ役の方へ顔を向ける。


「副学科長殿。そろそろ結論をまとめましょうぞ」

「えっ、あっそれでは、ソフィア先生の研究室の是非について・・・」

・・・

・・




―――会議室がある校舎の前で、志摩と生徒たちはソフィの帰りを待っていた。


「大丈夫かなぁ、ソフィ先生。うっかり転んで『シチリン』を窓の外に放り投げたりしてないかな」

「アンリさん。いくらソフィ先生がうっかりでもそれはありえません・・・たぶん」

「リゼル殿も完全には否定できぬのだな。しかし、それ以外での心配はないということか」

「当然です。あの『シチリン』を正当に評価できないなら、歩くことはできるオークよりも知能が低いとしか思えません」

「リゼル先輩ってたまにキッツイこと言うよな」

「あら今更?この研究室で一番怒らせてはいけないのはリゼルさんでしてよ」


 生徒たちの雑談を聞きながら志摩は腕を組んでじっと待つ。


「ねぇねぇシマさん。シマさんの故郷には何か面白い乗り物とかないの?」


 不意にアンリがそんなことを聞いてきた。


「あぁ・・・そうだな。アンリが気に入るかはわからんが、色々あるぞ」

「そ、それじゃ高いところから世界を見れたりするんですか?」

「わたくしにピッタリな、輝く装飾も?」

「旨いモンがぎょーさんあったり?」

「まぁ、あるな」


 一同は「おぉ!!」と目を輝かせている。そんな中エーリカが少し頬を染めながら、おずおずと出てきた。


「な、ならば竜や魔法を使わずに空を飛べたりは・・・」

「エーリカ、それはさすがに・・・」

「そうですわ。魔法も使わずに空を飛ぶなんて」

「できるぞ」

「「「「「えっ!!?」」」」」

「おっ、帰ってきたな」


 ソフィが戻ってきたのを確認した志摩が歩き出す。


「シ、シマ殿!!今のはッ!?」

「そ、そうですっ。高いところとは言いましたけど、どこまで―――」


 後ろから慌てて研究室メンバーがついてくるが、まずはソフィに結果を聞くのが最優先だ。


(まぁ、聞くまでもないか。あの笑顔じゃ―――)


挿絵(By みてみん)






 

 あけましておめでとうございます

 今年も『ろまん』共々よろしくお願いします


 七輪(又は七厘)は関西では『かんてき』とも呼ばれます。

 珪藻土で作られた七輪は水に弱いのですが、切り出し七輪は練り物に比べて水への耐性が高く(劣化はしますのでなるべく避けるのが望ましいですが)、その他にも組織が破壊されていないので空孔が多く軽い、耐久年数が長いなどの利点があります。

 職人によってほぼ手作業で作られ、その製造は《珪藻土切り出し技術保存会》の動画でも公開されています。

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