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神様の息子だと知らされた今日この頃。  作者: 櫻 晃(さくら あきら)
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第六話

 昨日父親に明かされた真実が、嘘かと思う程に何もない一日、の筈だったのだが、今の状況に一人溜息を吐いた。

 正午前に退院し、父親の春と共に帰宅したはいいが、家に入るや否や仕事だと言って出て行った春の姿は今はなく、玄関で一人、靴も脱がずに佇んでいる。

 昨夜の話を蒸し返されるのが嫌なのか、はたまた本当に仕事があったのか。只、普段なら夕方に出かける筈が、まだ太陽が真上にある時間帯に出て行かせてしまったと、(すぐる)の心にふと罪悪感が浮上した。

 もしあの時、父親が病室に入って来た事に気づかず寝ていれば。もしあの時、父親の手を掴まなければ。自分の知的好奇心のみを優先させ、問い詰めなければこうして父親に気を(つか)わせる事もなかっただろう。

 そして、そんな春の内情(ないじょう)を立証するのが、玄関に予め用意していたバッグだった。

 鍵を開けて玄関に足を踏み入れた途端、用意していたバッグを手にし、春はそのままの足で出て行ってしまった。流れるようなその行動に呆気に取られていた優が、引きとめようと持ち上げた手は空振り、(ちゅう)を掴んだだけ。

 優自身も会話をどう切り出そうかと悩んでいた為、行動が一瞬遅れてしまったのだ。

 昨日の一件後は病室で普通に話せていたが、一夜(いちや)明けて迎えに来た父親の顔はそれはもう(ひど)い物で、目の下にくっきりできた(くま)、そして表情はどことなく引き()っていて、話をした事を後悔しているのだろう事は明白だった。かと言ってそれは優も同じで、父親が帰った後、一人残された病室でどうしても話を思い出してしまい、彼の目の下にも父親とお揃いで隈が彩られていた。

 普段スキンシップ (と言っても主に春が優に寄って行って返り()ちにされる事)で会話する二人には、ちゃんとした話し合い、というコミュニケーション形式は苦手だったりするようで。その原因は春の過度なスキンシップが優をそういう風に育ててしまったのだが、春本人は、『反抗期も全て息子からの愛情表現だ』と言い張り全くもって気付いていない。

 そんな優が玄関で立ち尽くしていて、我に返ったのは数分後。

 何やってんだ俺、と一人呟いたが誰に独り言をツッコまれる訳でもなく、少々恥ずかしい思いをしながらも靴を脱いでリビングに向かった。

 扉を開けて一番に目に付いたのはダイニングテーブルの上にある食事と二羽の黒鳥。きっちり昼と晩の二食分ある事に、本当に用意周到だなと食事を見下ろし溜息を吐く。そしてそんな彼を見つめる二羽の小さな黒い頭を両の人差し指で撫でれば、二羽は気持ちよさそうに目を細めた後、優の指に頭を摺り寄せてくる。


「ほんとお前ら、鳥なのに懐っこいよな」


 あの猫とは大違いだ。なんて言えば、二羽は優の言った意味がわからないと同時に首を傾げた。その愛らしい仕草(しぐさ)に胸の辺りがほわほわし和む優。元来動物好きの優にとって、アニマルセラピーが一番心を落ち着かせるようだ。だがそんな癒しのひと時から現実に呼び戻すかのように電子音が鳴り響いた。それはズボンの後ろポケットに入れてある携帯からで、しかもその発信者が誰だか想像がついてしまった優は一瞬悩んだ後、携帯を取り出し通話ボタンを押した。刹那、


「っ小野寺(おのでら)ぁあああ!!おまっ、何で俺の電話でねーんだよぉおおおッ!!」


 もしもし、という間も与えず聞こえた叫び声は言わずもがな、優の同級生の敷島(しきしま)からの連絡。耳を攻撃するその声に反射的に携帯を耳から出来る限り離した優は、未だ電話口で(わめ)く敷島に苛立(いらだ)ちを隠す事なく、うるさいと一言返せば一瞬で静かになった。


「だいたい開口(かいこう)一番に喚く奴がいるか!ったく、だから嫌だったんだよ、お前の電話出るの!」

「ひっでー!これでも俺心配してたんだぜ!?お前が事故ったって聞いてから延々電話したし、それなのにお前出ねーから今日病院に電話したら、もう退院しましたけどって言われるし!」


 電話を取ったのが女性の看護師だったのか、もう退院しましたけど、を裏声で言う敷島にふざけてんのかと、さらに苛立ちが沸く。


「ああ、悪ィな。」

「全然反省してねーだろ、心が籠ってねーんだよこの野郎…」


 とはいえ心配してくれていたのには感謝すべきかもしれない、と優は考えたのだが、礼を言いたくない奴のトップ3に入る敷島に、素直にお礼の言葉を()べる事は皆無(かいむ)だった。


「明日の昼飯奢(おご)ってくれんなら許すけど」

「快気祝いで俺が奢られる側じゃねーの」


 そんな優を知ってか知らずか、敷島が気遣って提案するのに対し、憎まれ口で返す優。お互い(ゆず)る事をしない為、しばし無言が続いていた最中(さなか)、玄関のインターフォンが鳴った。


「……っと悪い、誰か来た。後でかけ直す」


 なんとも電話を切るには良いタイミングでインターフォンが鳴り、それを逃すまいと一方的に電話を切った。あのままでは敷島の泣きが入り、延々と自分に対する愚痴(ぐち)を聞かなければならかった為に、それを回避できた彼の表情はご機嫌そのもの。


「はいはーいっと、」


 だがそのままのテンションでモニターインターフォンの通話ボタンを押した優のテンションは、画面に映る人物を目視した途端に急降下した。何故ならその人物が先程まで電話をしていた相手、敷島だったからだ。しかも敷島は悪戯(いたずら)が成功したとばかりにニヤニヤとした笑みを浮かべ、手まで振っている。


「……うちはセールスお断りなんで」

「うおい!ちょっと待てぇい!」


 淡々と告げれば、関西人ばりに手を振り下ろしツッコむ敷島に、何故そこにいるんだと聞けば、学校サボって来たから早く入れてくれとの事。仕方なく通話オフのボタンを押して玄関に向かい、鍵を開け扉を開いた。

 相も変わらずニヤニヤと顔を緩ませ佇む敷島に、とりあえず中に入るよう促そうとしたのだが、それを言う前に「おっじゃましまーす!」と元気良く挨拶して入る敷島。そして靴を脱ぎ、勝手にリビングに向かった彼を見送った優は項垂(うなだ)れた。



「おお!久しぶりだなフギン、ムニン!」


 リビングに入るなり二羽に近寄る敷島に、フギンもムニンもバサバサと羽根をばたつかせ挨拶しているようだった。


「いやぁ――、お前ん所のペットは相変わらず個性的でいいな」

「それ、褒めてんのかよくわかんねーんだけど。で、用件は?」


 優が椅子に座れば向かいに座る敷島に尋ねると、そうだと声を上げ鞄を漁り、中から数冊のノートを取り出した。


「今日の午前中休んだ分のノート。ちゃあんと授業受けて持ってきてやったぜ、あの俺が!んで後は選択授業だけだったから早めに持って行ってやろうと考えた訳だ!」


 そう満面の笑みを向けてノートを渡された。本人が踏ん反り返って言うのはどうかと思うが、誰がどう見ても敷島の授業態度は良いとは言えず、基本寝てるか音楽を聴いているかの二択だ。だからいつもテスト前に優に泣きついてノートをせびるあの敷島が、どういう風の吹き回しなのか…。受け取ったノートの中身は汚い字ではあるがちゃんと授業内容が(しる)されていた。


「……明日は雨か、(やり)か…」

「素直にありがとうって言えよ!このツンデレ!」

「誰がツンデレだ、こらァっ!」


 机をバンっと叩いて敷島の発言に異議を唱えると、音にびっくりしたフギンとムニンが羽根をばたつかせ暴れた。


「わ、驚かせたな!ごめんお前等っ」

「小野寺、動物に対しては素直なのね」


 あわあわと両の手を動かして(なだ)める姿を見た敷島が、ジト目で言った。


「お前と違って動物は可愛いからな」

「…動物と比較される俺って……」


 優の宥めの甲斐(かい)あって、落ち着いた二羽が彼の肩に片方ずつ止まる。その姿を見た敷島が何故か考え込むようにうーんと(うな)りだした。

 どうしたと問いかければ腕を組み、首を傾げていた敷島。だが何か思い出したのか、すぐにあっ、と声を上げて言った彼の一言に、優の表情は一変する事になる。


「そーいえばあの北欧神話の偉い神様も、お前みたいに鳥乗せてたよなっ。こぉ、両肩に一羽ずつ」


 自身の肩を指差し言った何気ないその言葉を聞いた優の心臓がドクリと脈打った。


「前やったゲームでさ、結構忠実なキャラ設定で覚えたんだよ!つーか俺、学校の勉強は頭に入んねーのにゲームとか漫画だったら頭に入んの、マジでどーにかなんねーかなぁ……って。おい、小野寺聞いてる?」

「え、あ……おう、」


 敷島の言葉が頭を駆け巡る。別に只のゲームの話なのに。……だが聞いたタイミングが悪かった。

 不審がる敷島の問い掛けになんとか応答したものの、優は自分の顔色が悪くなっているのを感じていた。それはスーっと冷たい風が顔を覆っている感覚に似ているかもしれない。


「おい、お前顔面真っ青……。ま、まさかなんか後遺症とか残ったのか!?」

「いや…、大丈夫。たぶん寝過ぎていきなり大声出したから貧血になっただけだろ。…悪い、今日は帰って来んねーか?…ノートは助かった」


毎日部活で声枯れる程大声出してる奴が、よくこんな口からでまかせが出るもんだ。

そんな咄嗟の言い訳にしては上出来なそれに、敷島も疑う事はなく、心配の表情から安堵の表情に変わった。


「そ、それはいいけどよ…。ちゃんと体調治してから学校来いよ?お前ん所の部長も心配してたぞ?」

「部長が?」

「ああ、俺等のクラス迄来たぐらいだからさ。連絡入れておいた方がいいと思うぞ」

「…わかった。サンキュ」


 あの部長が、といつもなら気分も上がる話ではあるが、まだ血の気が戻らない頭はそんな朗報すら受け付けなかった。

 敷島もそんな優の反応に違和感を感じつつも、絶対言わない礼を言葉にした優が今、どれほど頭が回っていないのか理解した為、鞄を持って椅子から立ち上がり玄関へと向かった。

 

「じゃあ俺帰っけど、なんかあったら連絡寄越せよ。親父さん今日仕事でいねーんだろ?」

「あ…ああ、まあ…。けど大丈夫だって」


 靴を履いた敷島が振り返り様に告げた言葉に、優は歯切れの悪い言葉で返す。


「絶対だぞ」

「……あー、わーったよ」


 それをそのまま受け取る敷島でもなく、馬鹿は馬鹿なりに勘が鋭いのか、ジト目で優を見つめた。その視線に降参とばかりに両手を上げて了承すると、敷島は扉を開けて家を出たが、扉を締める直前に隙間から目を覗かせた。


「…絶対だからな」

「わかったって!早く帰れ馬鹿!!」

「ははっ!じゃあな~!」


 念押しで繰り返し言う敷島をいつもの調子で手で追い返せば、笑いながら扉を締めようやく帰った。


「…はぁ―――、何やってんだよ俺はぁああ…」


 再度同じ場所で同じ言葉を吐いた優は、玄関の段差に座り足を投げ出した。

 敷島が故意に言う訳もない話に動揺してしまった自分。理解していた筈がそれはつもりだったようで、実際は、まだ自分の本質を受け入れられていなかった。

 父親がこの場にいなかった事が唯一の救いで、もし居たらと考えたが、その答えは一つ。絶対父親はこんな自分を見て己を責めたに違いない。


「…………聞かなきゃ良かった、のかねぇ…」


 聞かなければこんな思いをしなくて済んだ。何も知らず、いつも通りに暮らせたんだ。

優は頭を抱え、後悔の念に項垂れた。

 そんないつもより小さくなった優の背中を、フギンとムニンが切なげな目で見つめていた事を彼は知らない。

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