第一話
初めての投稿です。初心者なので暖かく見守って頂けると幸いです。
本日は晴天なり。雀の小さな囁くような鳴き声、そして窓からきらきらとした採光が部屋を照らし網戸にしている窓からはさわやかな風がミントグリーンのカーテンを揺らす。
―――――誰しもが平等に訪れるその自然の祝福とも言える朝のひと時を小野寺家も例外なく受けていた。
キッチンでは芳しい香りと共にフライパンを器用に扱う男が一人とそこに似つかわしくない漆黒の羽を纏った二羽の鳥が男の肩に止まりそれを見つめている。
「春様!そろそろ優様の支度の準備の時間が…」
「わーってるって!…ていうかお前、俺に言う暇あんならアイツ起こして来てくれよ!」
時刻は朝の七時半。春と呼ばれたフライパン片手の男に二羽の内の一羽が声を掛ける。この時点で通常の鳥と違うのはお分かりの通り言葉を話すという事だろう。それをさも当たり前かのように、さらにはこき使うこの男は叫びながら己の頭を肩に乗るその鳥にぐりぐりと押し付けた。もちろんそれは愛情から来る行動ではなく単なる嫌がらせによるものである。
「何言ってるんですか!私が行けば『優を起こすのは俺の役目なのに!』って後でいつも拗ねるじゃないですか」
「ばッ、フギンてめぇッ!俺がいつ拗ねたってんだよ!だいたいお前はそういつも小姑みたいに…」
「またそんな言い掛かりを…。春様がしっかりして下されば私は嘴を挟まなくて済むんですけどね」
「鳥だからって口を嘴に変えんじゃねーよ。何上手い事言った、みたいな顔してんだこの馬鹿野郎」
「ば!馬鹿呼ばわりされるのも口を嘴って言うのも咎められる筋合いありません!」
「んだとこの……」
「春様、ソーセージいい具合に焦げてきた」
フギンと呼ばれた一羽の鳥もそんな春の行動に負けじと小さな体を駆使して頭を押し返しているが、そんな言い合いを終始黙って見ていたもう一羽がフライパンの上で転がるソーセージが段々と焦げに侵食されているのを指摘した。
「うおっ!?やっべ、ムニンもう少し……焦げる前に言ってくれよ、頼むから」
そう言いながら春はコンロの火を消しフライパンの中身を皿に移した。
「っしゃ、あとは弁当に詰めれば完了っと…。俺、優起こしてくるわ」
そう言うや否や見た目年齢四十代の親父が身に付けるには可愛すぎる花柄のエプロンを外し、それを冷蔵庫に磁石でくっつけられたフックに掛けた後、彼は愛息子を起こすべく二階へと上がって行った。
肩から降りた二羽の鳥達はカウンターに置かれた色とりどりのおかずを見つめ、ムニンは余程気になるのか先程出来上がったソーセージに顔を寄せた。
「フギン、つまみ食いしても春様にバレないかな」
「…鳥の丸焼きにされてもいいなら別にいいんじゃないでしょうか?」
「……それはちょっと嫌かなぁ」
ちょっとなの?と聞きたくなる程ゆったりとした言葉で呟く相棒であるムニンの性格に、長年の付き合いで理解はしていてもフギンはその小さな嘴から重い溜息を吐きざるを得なかった。
◇ ◇ ◇ ◇
ったく、フギンのヤツ。俺がいつ拗ねたって言うんだよ。
そうぶつくさ垂れながら階段を登る春。だが彼の頭の中には今まで愛情持って大切に育ててきた自称、『俺に似て男前で思いやりのある優しい息子』の事を考えればいっきに花畑のトーンで彩られる。
いくつになっても目に入れても痛くない程可愛い息子の優。
今年で十七歳になる優を高校に送り出すべく部屋の前に着いた彼はトントンと扉をノックした。
「お―――い優、入るぞ――……って、……!」
言いながら扉を開き部屋に足を踏み入れた瞬間、例えるならそう……ドス黒い何かがぶわっと彼に襲いかかった。何事かと思い肩幅以上に足を開きそのオーラの正体を見極めるべく体制を低くした春の目に飛び込んできたのは…、
「…親父……、今何時だ…」
シンプルなシルバーの目覚まし時計を鷲掴み呆然と座る息子の姿がベットの上にあった。
だがそれ以上に変わった事もなく、いや、変わったといえばそれは優が纏っているドス黒いオーラだった。
「え、今か?七時半だけどどうかし……」
「六時に起こしてくれって言っただろーが!このバカ親父っ!!」
「どぅわッ!!?」
どうかしたか、と言い終わる前に優が手にしていた時計を自分の父親の顔面に目掛け剛速球で投げ、もちろんそれを回避する事ができなかった春の顔面にミシリとめり込んだ。それによって豪快に尻餅を着いた父親に追い打ちを掛けるように優は馬乗りになり襟元を掴みぶんぶん前後に揺らした。
「昨日言ったよな!?今日俺、朝練あっから六時に起こせって寝る前に!!」
「そ、んな、事!言って、な…」
「どうせまぁた酒飲んで記憶ぶっ飛んだんだろーが!てめぇの口からアルコール臭がぷんぷんすんだよッ!!てゆーかなんで目覚まし時計止まってんだよ!俺の今日の一日を返せッ!」
「うっぷ、…す、すぐる!頼む、から、揺らすなっ!は、吐く……」
「吐け!そして自分ので窒息していっぺん死んでこいッ!!」
最終的に優による辛辣な言葉で魂が抜け切った父、春は廊下にズルズルとへたり込んだ。
「っとやべ…!部長に殺されるッ」
そんな父を諸共せずに現時刻を思い出した優は父親から退き急いで支度する為に階段を駆け下りていった。
「…お、俺の可愛い愛息子が……」
這いつくばりながら既に姿の見えなくなった階段に向けて手を伸ばすが生憎その手を引き上げてくれる者もおらず、顔面へのダメージが思った以上に高かった為にガクリと床に伏した。
父の勝手な妄想とは程遠く息子は元気に逞し過ぎる程に育ってしまい、そんな現実と顔面の痛みに先程まで脳内に彩られていた花畑は一瞬で枯れ果てるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
「フギン、ムニンおはよ!これ弁当だな」
身支度を整えた優はキッチンに向かい二羽の鳥に問いかけた。コクコクと頭を上下に振る二羽にニカリと歯を見せ笑った優は未だ詰められていないおかずの内のソーセージを一つ摘み、小さく千切り二羽の口元に差し出した。それを待ってましたとばかりに食らいつくムニンとムニンが食べ終わるのを待ってフギンも咀嚼したのを見届けた優は弁当箱に乱雑におかずを放り込んだ。
父親が丹精込めて作った様々なおかずが、今ではぐちゃぐちゃと弁当箱に放り込まれて見るも無残な事になっていたが、そんな事を気にしている暇もないくらいに切羽詰っている優は早々に蓋をし、袋に入れて玄関へと向かう。
玄関に置いているスクールバック。
スポーツ推薦で入った彼の鞄は一般生徒とは違いエナメルバックで、それを引っつかみ肩に斜めがけした後、
「行ってきます!」
おそらくまだ立ち直れていないであろう子離れが全くできてない父親の泣く姿を想像しながらも、気にせず優は玄関の扉を開け自転車に跨った。
自宅からはものの十分の距離ではあるがペダルを漕ぐ力はいつもの数倍。晴天が今日は嫌に癇に障る。
まだまだ残暑が残る九月の朝に自転車全漕ぎに、額にじわりと汗が滲んだ。それでも一分一秒でもと漕ぎ続ける理由は所属する部活の部長である三笠先輩。
おそらくこの時間に向かえば怒号を正座で受ける事は間違いなく、それを思えばこの暑さでも多少背筋が冷えた。
「ああ……、俺やっぱ死ぬかも」
誰に言う訳でもなく呟いた言葉は風に流され消えていった。
読んで頂いて誠に有難うございます。更新は不定期となっておりますが、なるべく早く上げれるよう励みます。
以下登場人物のおさらい
小野寺 優:当小説の主人公。高二の男子。
小野寺 春:主人公の父親。
フギンとムニン:春のペット。カラスっぽい風貌をしている。