最終話「あぁ、彼の恋人でストーカーになりたい」
彼にどういう方法で迫ろうかといろいろ考えてしまう。
さっきみたいに唇に軽く自分の唇を押し当てるか。それとも、あの魅力的な耳を舐めてみようか。大きくて男の人の手だと分かる彼の手の指を一本ずつ口に含もうか。
あぁ、どれも私にとても魅力的だ。あれもこれも何でも彼にしたい。
いろんなことを彼にしてそれをカメラに収めたい。カメラに収めたいのに私のカメラは壊れて大切な宝物になってしまった。
「あ、あのっ!」
「何か思い付いたの?」
私は彼に言わなければいけないことがあるんだ。それはとても大切なことで彼に迫る前に解決しときたいことだ。
「カメラを買わせてくださいっ!」
甘い笑みを浮かべていた彼はキョトンとした顔で私を見る。その表情もカメラに収めたいと思ったのに手元にカメラがないことに悔やまれた。
カメラさえあれば今の表情を撮り、何度でもその瞬間を楽しめるというのに。一人で写真を見つめ、ニヤニヤと出来るのに。今の手元にはカメラがない。
「カメラがほしいよ……」
カメラさえ手に入れば、彼の一つ一つの表情を仕草を心置き無くじっくりと見ることが出来るのに。
カメラがほしい。無性にそう思うのに彼は首を縦に振らない。私にカメラを買わせてくれない。
「昨日からカメラカメラって、そんなに俺に嫉妬させたいの?」
「そうじゃなくて、私はあなたの全てを記録として収めたいだけ」
「それは大切なことだけど、君はカメラって言い過ぎだよ」
ギュッと私を抱き締める力が強くなる。そんだけ彼は私を好きでいてくれるのだと考えるとカメラなんてちっぽけなものだと思い知らされた。
カメラなんかなくとも私の記憶に一つ一つ刻み込めばいい。カメラがあった方が勿論いいに決まっているが今はないから仕方がない。
彼の一つ一つの仕草を見逃さないように彼を見つめる。瞬きをすることがもどかしく感じるくらい彼を真剣に見つめた。
「すき」
無意識に呟いた言葉と同時に頬に当たる柔らかい感触。頬に彼がキスをしてくれたのだと分かる。
嬉しくて紅潮した頬に嬉し涙で視界がぼやけながらも彼を見つめ続けた。好きだと私はこんなにもあなたを愛していると伝えるために。
だけど見つめているだけではもう物足りない。私は彼の甘さを知ってしまったのだから、もう今までの見るだけの日常には戻れない。
「すき。ううん、愛してる」
人というものは欲張りなのだ。一つ貰えると次は二つ目がほしくなる。それが人間なのだ。
一つ目は見るだけで楽しんだ彼の姿。二つ目は隠し撮りをした彼の後ろ姿の写真。三つ目は彼が壊したカメラ。
そして私が無性に手に入れたいと思っているものが、彼自身。彼の全てがほしい。
「愛してる。だから、あなたは諦めて私のものになって?」
私に愛の言葉を囁いてほしい。まだ聞いたことがない彼からの愛の言葉を私は聞きたい。
彼が私のことを好きだとは知ってる。それがどのくらいなのかが分からない。
ただ単に好きなのか、それとも大好きなのか。それか、私と同じくらい愛してくれているのか。
「既に俺は君のものになってるよ」
「えっ?」
「それと同時に君は俺のものだけど、ね」
あぁ、なんて嬉しい言葉なのだろうか。彼は既に私のもので、私は彼のものだったなんて素晴らしい。
嬉しくて嬉しくて、私は彼の唇に軽く自身の唇を押し付ける。片手で彼に抱き付きながら、もう片手で彼の耳を触った。
どこもかしこも彼の全ては私のものだと知るといくらでも何でも出来る。彼を好きにしていいんだ。
そして、彼からも好きにしてくれる。私は彼のものだからどこでも触ってくれる。
「ふふふっ、好き好き。愛してる!」
何度も何度も唇にキスをし続け、興奮気味に彼に愛の言葉を囁く。彼はそれを受け止めながら嬉しそうに私の頭を撫でた。
髪を梳くように、それでいて髪に指を絡ませるように撫でる手付きが気持ちよくてうっとりとしてしまう。
「君は馬鹿で可愛いね。俺がどんなに君を愛しているのかなんて知らずに喜んじゃって」
クスクスと笑い出す彼を愛おしげに私は見つめる。彼の笑みはいつ見ても目を奪われてしまう。魅了されてしまう。
それにさっきの言葉に彼は私を愛していると言った。私はそれだけで嬉しいのだ。
「私の方があなたを愛してるもん!」
彼はどんなに私のことを愛しているのか私は知らないと言った。それでも彼に対する想いだけは負けるつもりはない。
彼の後ろ姿の写真を焼き増しして、いろんなことに使いボロボロになったとしても大切に持っている写真の想い以上に私は彼を愛しているのだ。
「うん、そうだね」
優しく頭を撫でる彼は私の言葉に肯定する。
やっぱり彼は私の想いが通じているのだ。彼に対する想いがどのくらいなのかを。
それに彼も私を愛してくれているのならカップルとかになってもいいのではないのか。彼のストーカーになりたい願望があった私が彼とカップルになるなんて凄すぎる。
「あのっ、私とカップルになってください!」
「ん?」
今日、二度目のキョトンとした表情で私を見つめる。私が何を言っているのか理解出来てないのだろう。
再度、私は彼に言葉を紡ぐ。「私と付き合ってください」と。
「俺達はもう付き合ってたよ。今更、またそんなことを言うなんて可愛いね。そんなに俺に好き好きアピールしたかったんだ」
彼の言葉に胸のドキドキが止まらない。
既に私達は付き合っていたのか。それは嬉しいことだ。あぁ、もしかして彼が私のものになり、私が彼のものになるということは付き合っているということなのか。
嬉しくてギュッと彼を抱き締める。彼もまた私をギュッと抱き締め返してくれた。
「キスしていいかな?」
彼からのお誘いの言葉に全力で頷く。了解を取らなくても彼がしたくなった時にしてくれれば私は嬉しい。不意打ちでもそういう雰囲気になってる時も私はいつでも嬉しいんだ。
彼をいつまででも見ていたいから目を閉じずに近付いてくる彼を見つめた。
「ん、君はどこも甘いから」
唇が触れ合う数秒前に彼は囁く。
私にしてみれば彼の方が甘い。彼のどこもかしこも甘いのだ。前に飲み干した唾液でさえ甘いのだから。
深く絡み合う舌に口の中で混じり合う唾液。全てが私を興奮させた。
唇を離された時には息が乱れ、うっすらと汗が滲んだ。
「君の汗も美味しいって知ってるよ」
うっとりと彼を見つめる私の首筋に顔を埋め、ぺろりと舌で舐める。汗がなくなるまで彼は首筋以外にも私の肌を舐める。
美味しそうに汗を舐める彼に私の想いは更に募るばかりだ。
私も彼の汗を舐めたい。彼の汗だったらきっと甘いのだろう。甘くて魅力的だ。
彼の恋人になったのだけど、私はもっと彼のものがほしい。
彼の唾液は何度も飲み干したのだけど、今度は唾液以外の体液もほしい。彼が私のを舐めたように、私も彼の涙も汗も舐めまわして飲み干したい。
彼が使いゴミ箱に入れられたものもほしい。捨てられたちり紙を保存して匂いを嗅いだりとかしてみたい。
着れなくなった服もほしい。自分も着てみてニヤニヤしてみたい。
写真も何百枚もほしい。何百枚だけでは足りない。もっとほしいと思う。使い方によって写真を変えるという贅沢なことをしてみたい。持ち歩く写真も日々によって違うなんて素晴らしい。
あぁ、考えただけでこれからの日常が素晴らしいものになっていく。
「あぁ、私はあなたを愛しているの」
彼の恋人になった今でさえ、私は彼のストーカーになりたいと思っている。だって、ストーカーって素晴らしいものじゃないか。
あぁ、私は彼の恋人でストーカーになりたい。
あぁ、ストーカーって素晴らしい。