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06 「あぁ、彼が関わったものは全て私の宝物」

 気付いたら私は自分の部屋に突っ立っていた。

 どうやって家に戻って来たのかあまり覚えてないが彼に「君が心配だから家まで送るよ」と言われたんだ。そうして彼が家まで私を送ってくれた。


「もしかして夢なのかな?」


 明るくなった空を窓越しで見上げると寂しさが込み上げてくる。さっきまで彼といたのに今はいないことに。

 本当にこれは都合のいい夢ではないのかと疑うぐらい素敵な夜だったのだ。


「ああっ、これは」


 夜に家を出て行った時と変わらない部屋なのに一つだけ変わっているところがある。それは机の上に置かれた壊れたカメラだ。

 このカメラは彼が壊したカメラで間違いない。やっぱりあの夜は夢ではなく現実なのだと思い知らされた。

 ふふふっと笑みをこぼし、愛しげにカメラを優しく触る。壊れたカメラはもうカメラとしては使えない。それでもこのカメラは私の宝物になったのだ。


「彼が壊したカメラって素敵」


 今までは彼の後ろ姿の写真が入っている大切なカメラだったのに今では宝物だ。彼が壊したカメラということで宝物になったんだ。

 壊れた部品を一つ一つ丁寧にクリアケースに入れていく。いつでも鑑賞出来るようにしておくために机の上に飾っておくんだ。

 全部の部品を入れ、クリアケースを優しく抱き上げた。愛しくてつい抱き締める力が籠ってしまう。


「ふふふっ、好き。何度言っても足りないくらい愛してる」


 私はクリアケースに入っている彼が壊したカメラを抱き締めたまま、机に飾ってある後ろ姿の写真を見つめる。朝から彼のことを妄想して美味しくいただくために。



 しばらく部屋で壊れたカメラと後ろ姿の写真をうっとりと見つめるが、重大なことに気付いて部屋から出て行く。向かう先は彼の元だ。

 今日こそは休みの日に彼がどこに行っているのか知ると決めたのだ。彼のものを見つめるのも実に素晴らしい時間だが、実際に彼を見つめる方がもっと素晴らしい時間だ。

 家を出て、彼の家へと急ぐ。もしかしたら彼はもう家を出て行っているのかもしれない。


 急がなければと思うと逆に急げなくなるのはどうしてなのだろうか。

 角を曲がろうとした私の腕を掴み、引っ張って私を抱き締める人物は誰なのか。いいや、私は知っている。

 程よく付いた筋肉は彼だということを知っている。私が逢いたくて仕方なかった彼なのだ。

 彼が私を抱き締めたのかと分かると、もう急がなくていい。彼に出逢えたのだから、休日に彼が何をしているのか知ることが出来るのだ。


「君に逢いたかったよ」

「わたしも、私も逢いたかった」


 恐る恐る彼の背中に腕を回す。抱き締めてくれるなら私も抱き締め返していいんだ。私も彼を堪能していいんだ。


「いきなり家を飛び出すから焦ったよ。君を見失うことはないけど、何かあった時にすぐに対処出来ないからこれからは気を付けてね?」


 チュッとまぶたに唇を落としながら彼は私に注意する。それは私が心配だから注意したんだ。

 嬉しくて涙が溢れる。涙を彼は零すことなく丁寧に舐めとった。

 溢れる涙の分だけ彼は優しく涙を舐めとる。美味しそうに涙を舐める彼の姿に胸が苦しい。

 格好よくて色気があって甘い彼をもっと好きになる。もっと愛してしまっている。

 人というものは欲張りだ。後ろ姿の写真だけで満足していた時期が懐かしく思えてきた。


「本当は君の涙を小瓶に入れて保存したいのだけど、今は持ち合わせがなくてごめんね」


 愛しそうに私の頬を撫でる彼に見惚れてしまう。彼は私のことをこんなに愛してくれていたなんて嬉しすぎる。

 涙で濡れたその唇に私の唇を押し付けた。しょっぱい味が伝わったが、それ以上に彼は甘いと知っているから大丈夫だった。


「嬉しいよ。君からキスをしてくれるなんて……」


 嬉しそうにしている彼だが夜と比べてどこか悲しそうな気がする。彼の変化に首を傾げるとギュッと力を込められた。

 キスのお返しというように彼は私の頬に口付けた。


「今日に限って充電が切れるってどういうことなんだよ」


 ぼそりと忌々しげに呟いた彼は片手で私を抱き締めたまま、もう片手で手のひらより小さい小型カメラを触っていた。

 あぁ、彼は最近発売されたものを使っているのか。後で私も同じカメラを買おう。もっと彼が側にいる実感を感じるために。


「まぁ、今日は君がずっと側にいてくれるからいいけど。惜しいことをしたよ」


 はぁと深いため息を吐き出す彼が心配になり、腕を伸ばして彼の頬に触れてみる。カメラなんか無くても大丈夫だというように。


「充電切れた時に限って君は積極的なんだね」

「そういうわけじゃない。あなたが悲しそうにしてたから」


 それに私はいつだって積極的だと思う。熱心に学校では彼を見つめ続け、彼を護衛しようとしたり、友達と話している内容を盗み聞きしたり。休日には外に出て彼を探してみたり。

 私はいつだって彼に積極的だ。ただ彼を見つけきれないでいたために積極的じゃないと思われているのだ。

 本当は後ろ姿の写真で妄想して何度も美味しくいただいているというのに。


「じゃあ、もっと積極的な君を見せて?」


 コテッと首を傾げる彼に私は全力で頷いた。

 だって積極的に彼に迫っていいということだろう。それはなんて美味しいお話なのだろうか。

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