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05 「あぁ、彼は甘くて美味しくていつまででも味わっていたくなる」

 地面には壊れたカメラ。だけど、そんなのはどうでもよかった。

 カメラの中に入ってる彼の後ろ姿のデータはパソコンにも携帯にも入っているので大丈夫。カメラはまた別のを買えばいいんだ。

 それよりも私は彼の言った言葉に全ての神経が働いた。

 妬いたいうのは私が好きだからと自惚れてもいいのだろうか。


「すき……」


 無意識にポツリと呟いた言葉は果たして彼に聞こえていただろうか。

 きっと聞こえていたんだ。無表情だった彼はすぐに甘ったるい笑みを浮かべたのだから。


「もう一度言って?」


 甘く囁く声にゾクゾクと全身の震えが止まらない。

 もっとその甘い声で囁いてほしい。何度でも彼が求めるなら私は「好き」と言うから、そっと甘く囁いてほしい。

 紅潮した頬でうっとりと彼を見つめ、何かに取り憑かれたように何度も言葉を呟いた。


「すき……あぁ、好きなの。もっとその声で私に囁いて」


 出来ることなら甘い彼の声を録音して永遠に聞いていたい。いつでも聞いていたい。

 いいや、録音だけでは物足りない。動画を撮影したいくらい。彼の一つ一つの仕草をじっくりと何度も見るために、覚えるために見たい。

 この今の場面を録画していたら私はどんなに幸せになるのだろうか。考えただけで呼吸が荒くなる。

 私の変化にすぐに気付いた彼はクスッと笑みをこぼした。彼は敏いんだ。呼吸が荒くなった理由なんて分かっているのかもしれない。


「変なことでも考えたの?」


 私の手よりも大きい男の人の手が伸びてきて、頬を優しく撫でる。優しくゆっくりと撫でる手付きにビクッと体が跳ねた。

 触れられる度に想いが更に募る。もっと触ってほしいと思うし、いろいろと妄想もしてしまう。それが彼の言う「変なこと」だということだろう。

 彼の言葉に思いっきり首を上下に振る。そうすれば、彼は嬉しそうに目を細めた。


「嬉しいよ。俺もいつも君のことを考えているから……」

「ああっ、私も嬉しい」


 いつも私のことを考えてくれるなんて、どんなに嬉しい言葉なのか。

 私だけじゃない。彼も私のことを考えてくれている。それがどんなに嬉しいことなのか。

 堪え切れない喜びで体が震える。その震えを我慢するために自分自身を抱き締めた。


「私はいつでもあなたのことを妄想するんだよ。あなたは何をしているのだろうって、あなたの後ろ姿の写真を見つめて想うんだ」


 本当は彼を見つめながら危なくないように護衛したい。彼が寝ている部屋を外から見つめていたい。何枚でもどこからでも彼の写真を撮りたい。彼をずっと妄想していたい。彼が使ったものを手に入れたい。彼に贈り物をしたい。

 あぁ、そんなことをしていたかったのだ。ずっと夢見ていたんだ。彼のストーカーになることを。


「そんだけ俺が好きってことだろう?」

「うんっ、好き。大好き」


 違う。大好きじゃ足りない。愛しているんだ。私は彼を愛している。

 愛して、愛しすぎて追いかけたくなる。彼が逃げても私はどこまでも追いかけられる気がする。

 頬を撫でている彼の手に自分の手を重ね、そっと微笑んだ。


「あなたは私から逃げれないんだよ?」


 どこまでも追いかけるから。そう囁くと彼は私を引き寄せ、抱き締めた。


「俺が逃げられない訳ではない。逃げられないのは君の方だよ」


 そうかもしれない。私は彼を愛した時点で逃げることは出来ない。彼を愛さないことは出来ない。愛すことしか出来ないんだ。


「やっぱり君は柔らかいね。この感触をどんなに待ち望んでいたのだろう」

「わたしも……私も待ち望んでいた」


 彼はどんな触り心地をしているのだろう。意外に筋肉がある彼は硬いのだろうか。

 彼の体を妄想するだけで鼻から血が流れた。それでも何度も美味しくいただいたことか。

 思い出しただけで鼻がツンッとなる。ヤバイと思ったのと同時にたらりと少量の血が流れた。


「可愛いね」


 血を拭くことなく、私は彼の言葉に酔いしれてしまう。こんな鼻血を出す女でも可愛いなんて言葉をくれるのかと。

 私の反応に満足しながら彼はポケットから取り出したティッシュで血を拭く。綺麗に丁寧に拭く彼は優しい。こんなに丁寧に拭く人なんか彼以外いない。

 綺麗に拭きあげたティッシュをどこからか取り出したチャック付きのポリ袋の中に丁寧に入れる。空気を抜き、綺麗にチャックを閉めたのだった。


「君の血が付いたティッシュは捨てることなんて出来ないだろう?」


 不思議そうに見ていた私に彼はそう言う。その言葉に納得して私は笑みを浮かべた。

 私も彼の血が付いたティッシュは捨てれないと思ったからだ。たった一つしかない後ろ姿の写真と同じくらい大切な宝物になっているだろう。

 彼の使ったものなら何でもほしい。彼のものならどんなものでも美味しくいただける。


「私もあなたのものがほしいよ。何でもいいから、ちょうだい?」


 本当に何でもいいんだ。彼のものだったら何でもいいんだ。彼のものだったら何でも宝物なのだから。

 彼は私の血を取ったのだから、私も何かをもらってもいいだろう。例えば、あの甘い声を発する口の中にある唾液がほしい。

 指にガーゼを巻いて口の中の唾液を取る。そのガーゼは大切にチャック付きのポリ袋に入れるんだ。

 あぁ、なんて素晴らしいことなのだろう。


「私にあなたの唾液をちょうだい?」

「いいよ。君が望むならあげるよ」


 更に強く私をギュッと抱き締める。そのまま顔を近付け、彼の唇が私の唇に触れた。

 開いた唇から舌が口の中に入ってきて口内をかき乱す。深くかき乱すので私と彼の唾液が混じり合う。

 深く絡み合ったためか、唇が離れた時には寂しい気持ちにさせられた。


「俺の唾液をちゃんと飲むんだよ。君がほしいって言ったんだ」


 彼は私がほしいと言ったからキスをしてくれたのか。唾液をちゃんとくれたのか。

 嬉しくて嬉しくて、一滴も残さず大切に美味しく飲み込んだ。

 彼は声も手付きも、唾液も甘い。病みつきになるくらい彼は甘くて美味しいんだ。

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