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03 「あぁ、彼に触れられるって気持ちがいい」

 私が彼の腕に触れれば、彼も私の腕に触れる。絡み付くような触り方で体がゾクゾクと反応してしまう。

 火照った体を彼自身が冷ましてくれるというのだろうか。それは何のご褒美なのか。

 私は夢を見ているだけなんだろうか。こんな美味しい展開なんてどこ行っても存在しなかったというのに。


「ああっ、もっと触れて……」


 私も彼にもっと触れたいと思っているのに、私は彼に触れている手を離してしまった。それでも触れてほしくて体を彼に擦り付ける。

 普通の人ならこんな自分の体を擦り付ける女なんて気持ち悪いだけなのに彼は嫌な顔一つもしない。逆に嬉しそうに笑みを深めた。


「どこを触れて欲しいの?」

「もっと、もっと全身を……あなたが触れてないところはないっていうまで触れて」


 髪から足の指先まで触れてほしい。優しく触れられるのは好き。酷く痛くされても彼なら好き。

 彼にならどんな触れ方をされても愛せる自信しかない。酷くされても優しくされても私は彼を愛している。

 優しく頭を撫でる彼は私の頬を両手で包み、コテッと首を傾げた。


「こんなので俺が足りる?」

「足りない……」


 もっともっと彼に触れてほしい。

 やっぱり優しい触り方だけでは物足りない。優しい触り方も好きだけど、それだけでは足りない。

 優しいだけでは駄目なんだ。彼をもっと知りたい。ずっと触っていたい。ずっと眺めていたい。


「もっと酷く触って……痛いぐらい強く触ってよ」


 私の願いを叶えるように強く彼は抱き締める。痛いぐらい強く抱き締め、私の耳元に唇を寄せた。

 甘すぎる彼の吐息が近くで聞こえ、ゾクゾクと体に甘い痺れが駆け巡る。


「ずっとこうしてみたかった。何度も想像していた君の体より柔らかくて、永遠に触っていたいよ」

「んぅ」


 耳をぺろっと舐められ、ピクッと体が跳ねる。

 それに彼が囁いた言葉はなんと言ったのだろう。まるで愛の言葉を囁かれた気がした。

 あぁ、愛の言葉ならどんなに嬉しいのだろう。こんなストーカー願望の私でさえ愛してくれるのか。


「すき……もっと私に触れて」

「いいよ。だから、君はもっと乱れて?」


 そっと彼は私の体を家の外壁に押しやる。私に追い被さるように壁に両手を付き、顔を近づけてくる。

 こんだけ近くにいれば、街灯が付いていても暗い夜の今でも彼の顔がはっきりと分かる。彼の黒い瞳は言いようもない熱を帯びていることも分かった。

 どくん、どくんと心臓が高鳴る。今この瞬間の彼を写真に収めることが出来れば私はどんなに幸せなのだろうか。永遠に熱の籠った彼の姿を見れることが出来るのだ。それは素晴らしいことだ。


「写真を撮ったらだめかな?」


 顔を近付けていたのを止め、彼はジッと私を見つめる。ジッと見つめれるとどこを見ていいのか分からなくなった。

 だけど、こんなに近くに彼がいるという機会はもう無いかもしれない。目に焼き付けるためには今しかないと分かると私は彼を見つめた。


「後でね。後でいくらでも撮らせてあげるから、今は俺だけに集中して?」

「……んっ」


 チュッと耳たぶに唇が触れる。彼に触れられる場所はどこだって好きだ。もっと触れてほしいと思う。

 それと同時に私はある思いが強く芽生えてきた。


「わたしも」

「ん、なに?」

「私もあなたに触れたいよ」


 彼の方が身長が高いので自然に上目で見る形になってしまう。可愛くない私がしても様にならないのだけど仕方が無い。私はそんだけ彼に触れたいのだ。

 恐る恐る手を伸ばして彼の唇に触れてみる。さっき体に触れた時は神聖な唇に触れるなんて許されないと思っていたのに今は触れたいと思っていた。


 柔らかくてふにふにしている唇が凄く誘われる。何度も何度も唇の感触を確かめた。

 触れる度に美味しそうだと心が訴える。このままかぶり付いてしまいほど魅力的だ。


「食べたい」


 柔らかいそこを食べたらどんな味が味わえることが出来るのだろうか。

 彼の声は腰が砕けるぐらい甘い声だから、きっと彼の味も甘いに違いない。蕩けるほど甘い味なんだ。何度でも味わいたくなるほどの美味しい味。

 スッと彼の唇の形をなぞる。食べたいと食べさせてと彼に伝えるために。


「そんなに食べたいの?」

「あっ、ぅ」


 パクッと唇に触れていた指をかじられる。甘い痺れが指から全身に駆け巡った。

 そんなに俺を食べたいの?と再度聞いてくる彼に全力で頷く。彼はさっきから何も嫌がってないので、もしかしたら食べさせてくれるかもしれない。


「嫌だ」

「えっ?」


 彼の口から拒否の言葉が出てくるなんて思いもしなかったから、つい聞き返してしまった。

 そうすれば、また「嫌だ」と彼は言う。どうして嫌なのか。私に食べさせてくれないのか。

 もしかしたら、私ごときには後ろ姿の写真だけで十分だと思われているのか。確かにそれだけでも美味しくいただけるが、私はもっと美味しいものを知ってしまった。彼のぬくもりを知ってしまった。

 あぁ、彼のぬくもりを知った私は彼からもう逃げられない。いくら彼が逃げようが私は彼を追いかけるだろう。そのくらい危険なものだった。

 だけど、ぬくもりを知る前から私は彼から逃げられないんだ。ずっと彼の後を追い、彼をいつも美味しくいただく妄想をする。


「いやっ、私はあなたを食べたい。食べさせてよ……」


 小さい子どものように駄々をこねる私に彼は甘い笑みを浮かべる。その笑みにゴクリと喉が鳴った。


「嫌だ、俺は食べられるより食べたいんだ。ずっと君を食べたいと思ってたんだよ」


 そこまで言葉を発したのに彼は違うと言うように首を振った。


「いいや、君は前から俺に美味しくいただかれていたんだよ。ずっと、ね」


 甘い声で甘い言葉を発する唇が私の指を咥え、しつこく舌で舐められる。それが気持ちよくて私はうっとりと彼を見つめた。

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