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02 「あぁ、彼の家を飽きるまで見つめたい」

 夜の住宅街で何時間もかけて私はやっと彼の名字を見つけた。彼の名字は珍しいのできっとこの家だと分かる。

 分かるのだが、まだ安心は出来ないので彼が出て来るまで私は近くで見守ることにした。朝になれば彼は寝ぼけたまま部屋のカーテンを開け、朝食を食べる。しばらく家でボーッとしてから、どこかに行くために家を出るんだ。

 休日に彼がどこかに絶対出かけるなんて私は既に知っている。彼が友達と話しているのを盗み聞きしたんだ。休日は出かけると。

 その言葉を聞いてから、私は休日は家にいない。彼を探すためにいつもどこかに行ってる。それでもどこにいるのか見つけきれないでいた。


「だけど、今度こそは行き場所を見つけるね」


 彼は休日にどこに行くのかやっと分かることになるんだ。

 楽しみだと思う分だけ顔がニヤついてしまう。抑えきれない笑いが口から漏れてきた。


 今はやっと零時になり、今日へとなる。あと数時間後に彼は起きるのだと思うと、残りの数時間なんてあっという間だ。

 彼の部屋であろう二階の一つの部屋を見つめる。あそこで彼は寝ているのだと知るとゴクリと喉が鳴った。


「覗きたい……」


 ベッドの上で寝ている彼を永遠に見つめ、触ってしまうかしまわないかのギリギリの境界線まで手を伸ばしていたい。許されることなら彼に触れたい。

 あの温かそうなぬくもりを直に感じ、火照った体をどうにかしたい。叶うことなら彼自身も私に触れ、一緒になって火照る体をどうにかしてほしいんだ。


「彼はどういう恰好で寝ているのだろう?」


 パジャマなのか、Tシャツなのか、それともパンツ一丁で寝ているのか。あぁ、それとも何も着ずに寝ているのだろうか。

 何も着てなかったら私は彼がいないベッドの上で何十時間もいられるだろう。常に彼を見たいと思っている私はそこに居座れるかもしれない。

 いいや、例え服を着ていたとしても彼のベッドということなら何十時間も何日でもいられるだろう。


「ふふふっ、楽しいなぁ」


 妄想するのが楽しい。ストーカーになるというのはこんなに楽しいことなのだ。

 早く、一秒でも早く、私は立派なストーカーになりたい。常に彼を護衛して見つめられる存在になりたい。

 彼が使って捨てたものも全部集めて、私はニヤニヤとしときたい。いつまでもいつまでも、私は彼が使ったものだから彼の側にいるという実感を感じられることが出来るのだ。


「好き、好きだよ。もう愛してる」


 彼が寝ていると思われる部屋に向かって愛の言葉を囁く。聞こえないと知っていても言葉にする。きっと彼に想いは伝わると信じているんだ。


 うっとりと彼の部屋であろう所を見つめていた時だった。ポンッと肩を後ろから叩かれた。

 幸せな今の時間を壊す不届き者は誰だ!という勢いで後ろを振り返る。「私の邪魔をするな!」と怒鳴ろうと思っていたのに私は後ろにいた人物を見て何も言えなくなった。

 後ろの人物はどっからどう見ても警察の服を着ている。コスプレではないなら本物だろう。


「最近、この辺りで不審人物がいるみたいなんですが……」

「えっ、えっと?」


 私は決して不審人物ではない。ただ彼のストーカーになりたいだけなんだ。

 警察は夜中に一つの家を凝視している私を怪しんでいる。長時間もそこにいたので怪しまれるのは当たり前のことだ。

 私はそのことを忘れていた。どうしてもっと上手に隠れていなかったのかと自分で自分に怒りが込み上げてくる。


「あの、私は……」


 この絶望的な場面をどうやって切り抜ければいいのか。ダッシュして逃げるか、警察を倒して逃げるか。それとも自分はストーカーだと認めるか。

 どれにしたって無理がある。私はまだ捕まりたいし、高校生だと分かると補導対象にもされたくない。


 そんな絶望的な場面で私は後ろから腕を掴まれ、引っ張られる。ポスッと誰かの胸に抱き込まれた。

 この程よく付いた筋肉はまるでいつも見つめていた彼の筋肉みたいだ。こんな場面なのにそう思うと顔がニヤついてしまった。


「この子、俺の彼女なんだ。さっき喧嘩しちゃって家から出て行ってしまったから追いかけて来たんだ」


 だからこの子は不審人物じゃないよ。そう警察の方に説明する声は彼にそっくりだった。甘くて腰にくる声は彼にそっくりだ。

 私は私を抱き寄せた人の声にうっとりと耳を傾けるのだった。


 しばらくすると警察の方は去って行き、この人が説得に成功したのだと思い知らされる。

 どうして不審人物な私を助けたのか分からないが、取り敢えずお礼を言わないといけない。


「あ、あの……」


 私が喋ろうとしたのが伝わり、しぶしぶ抱き締めていた私を離してくれた。

 後ろを振り返り、私は助けてくれた人物を視界に入れる。街灯の明かりがその人物を照らす。


「なっ、なっ……」


 私を助けれくれた人物はずっと見つめていた彼だったのだ。見間違いとかはない。絶対に彼だ。彼しかいない。

 言葉を発することを忘れ、いつもよりもずっと近くにいる彼を観察する。さっきまで触れていた彼の体を見つめ、熱が向上するのを感じた。

 もっと触れたい。もっと近くで見ていたい。さっきのように抱き締めてほしい。いいや、むしろ私が彼を抱き締めたい。


「あっ、あう……触れてもいいですか!」

「ん、いいよ」


 欲望が口から出ていたというのに彼は嫌な顔一つもせずに頷いた。それに私は大きくガッツポーズを取る。

 触れてもいいという許可が下りたのは素晴らしいことだ。彼に堂々と触れれるし、いろんなところを触れる。

 ストーカーだったら見ているだけで決して触れれなかった。彼のことを妄想して火照った体をどうにかしていた。

 この際、ストーカーにならなくてもいい。彼に触れれるならストーカーじゃないものでもいい。


「俺も君に触れてもいいかな?」

「……っ」


 なんて嬉しい言葉なんだろうか!触れるのと同時に触れられたいという私の気持ちを見事に直撃してくる。何度も何度も首を上下に振ると彼は甘い笑みを浮かべた。

 どうして彼が私を助けてくれたのかなんか、今の私はすっかりと忘れていた。

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