学校イチャラブ編06 「あぁ、彼を好きになるのは当たり前のことだ」
漫画とかだったらHRが終わった瞬間に机の周りに人が集まるはずなんだ。だけど私の机の前に来た人は彼だけだ。
私は彼以外は恋愛対象にもならないし、興味もないからいいのだけど、彼は違うと思う。なにせ、いつも彼の周りには人が集まるのだから。
可愛い系の女子も綺麗系の女子も、イケてる男子も、みんな彼の周りに集まる。それを見つめるのが私の日常だった。
今、彼が笑った。返答の困る質問をされて困っている。苦笑いをしている。そんな彼の表情を見て楽しんでいた。
「どうしたの?」
彼は私の顔を覗き込みながら首を傾げる。私を心配する表情も大好きだ。
いつでも彼のいろんな表情の写真を撮りたいと願ってしまう。撮りたい、撮りたいと思うほど体が熱くなり、今まで考えていたことなんてどうでもよくなった。
私は彼を愛している。どんな彼だって愛しているんだ。
彼のどんなものだって愛せる自信もある。彼の写真、彼が壊したカメラ、彼の体液、それら全てを愛しているんだ。
「すき」
席から立ち上がり、勢いよく彼の首に腕を回して抱き付く。いきなりだったが彼は優しく甘く髪を梳いてくれた。
「俺も君が好きだよ」
彼の首元に顔を押し付けると人を誘う甘い香りが漂ってくる。その甘い香りは危険だと分かっていても、私は嗅ぐだろう。
彼の全ては私の全て。甘い香りを嗅ぐことによって体が火照っててしまってもいい。私は彼のことを愛しているのだから。
「すき……」
すりすりと首元に顔を押し付けていると彼がクスッと微笑んだ気がした。
抱き付いたまま、首元から顔を離して彼を見上げる。見上げた彼の顔はいつも以上に嬉しそうだ。それでいて、彼の瞳は熱ぽい。
「ああっ」
そっと片手を彼の顔に伸ばす。優しく頬に触れ、彼の頬の感触を楽しんだ。
私は嬉しいんだ。恋い焦がれた彼に触れることが出来て、いろいろ想像出来て、彼が私を熱に溺れた目線で見てくれることが。
「興奮しているだね。こんなにクラスメイトがいる教室で」
こんなところで興奮したらイケないと分かっている。分かっているのだが、彼のことになると興奮しない訳がない。彼のことだったらなんでも興奮してしまうんだ。
息が荒くなるまま、私は彼に自身の体を押し付ける。そうすれば、彼はクラスメイトの前だろうが何だろうが私の求めるものをくれる。
息が出来なくなるくらい激しいキスをして。そう言うと優しい彼は激しくて甘いキスをしてくれる。
「この子は俺のだよ」
甘い彼を貪るキスの最中で彼はそう言い放つ。誰に向けて言ったのか、私には分からない。
その言葉より私は彼とのキスに夢中でそれどころではなかった。
だけど、これだけは言える。そっとキスを中断して、私は彼を見つめた。
「あなたも私のだよ?」
「そうだね、俺は君のものだ。どんなことでもしよう、俺だけのお姫様」
チュッと軽いキスをして、彼は甘く微笑む。それが嬉しくて嬉しくて、私は彼にギュッと抱き付いた。
休み時間は彼と一緒に常にいたが、昼休みになると彼は知らない人から呼び出されていた。
私が知らないだけで彼は知っているのだろう。なにせ、その人に向かって「待ってたよ」と言っていたのだから。
私は彼がいなくなった教室の机でボーッと彼が出て行った教室のドアを見つめる。本当は見つからないように後ろから付いて行きたいが、彼が「大事な用みたいだから行くね」と言っていたので付いてもいけない。
私の幸せの一つは彼をストーキングすること。常に彼を付け回して彼の行動を把握することが幸せなのに、大事な用だと言われると無理していけない。
近すぎるとストーキングが出来ないことが欠点だが、私は今の状況に満足している。恋い焦がれた彼が目の前にいつもいるんだ。今ぐらい待っても大丈夫だ。
「ねぇ、ちょっといい?」
私の机の前に来た人は待ち焦がれていた彼ではない。可愛い女子生徒だ。
私は彼以外の人は興味があまりないので時々見かけるくらいの人だという印象だ。
「話があるのだけど」
女子生徒は挑発的に微笑む。その笑みすら可愛らしい。
私は頷くことしか許さないという笑みでも、女子生徒は可愛らしい。
そして、この目の前にいる女子生徒が何を話そうとしているのか、私は分かってしまう。きっと彼のことだ。
彼は魅力的で誰もが彼のことを知りたいと願ってしまうのだ。
「あなたも私と同じなんだ。彼のことが好き過ぎてストーキングをするほど好きなんだね」
「…………はっ?」
可愛らしい女子生徒はいかにも、何言ってんのコイツというような目で私を見てきたが関係ない。私は知っている女子生徒は照れてるだけだということを。
「彼のことが好きなんだね。染めもしない綺麗なすらりとした黒髪も好きで、光の加減で黒に見えたり茶色に見えたりする瞳も好き。すらっとした体格なのに意外にも筋肉が付いているところも好きで、その素晴らしい容姿も好きなんだね」
あぁ、私には分かる。この女子生徒の気持ちが痛いほど分かる。
「あなたは彼の写真が欲しいのでしょう。正面からの写真、後ろ姿の写真、横顔の写真に、上から下から撮った写真も、全て全て欲しいのでしょう?」
違う、写真だけじゃないんだ。彼のもの全てが欲しいんだ。
着れなくなった服や、使われてクシャクシャになったちり紙も、綺麗な指に挟まれたシャーペンもボールペンも欲しい。彼の口から溢れる甘い唾液も、健康的な肌から滲み出る汗も全て欲しいんだ。
他の人がそれはゴミだというものだって私にとったら宝物。全て、彼に関わるもの全て宝物なんだ。
「あなたは彼が好きなのでしょう?」
目の前で顔色が段々と悪くなる女子生徒に首を傾げてそう聞く。女子生徒は震えている手をギュッと握り締め、私を最後の力を振り絞ったように睨み付けた。
「あんた、キモいんだけど!」
「どうして?」
「どうしてって……」
「人が人を好きになるのは当たり前じゃないの?」
だって彼も私と同じことを考えて想ってくれている。この想いが当たり前なんだ。
人を人を好きになるということは、その人のストーカーになるということなんだ。
それをキモいなんて言う人は知らないんだ。そう、この女子生徒はきっと知らない。
「あなたは本気で人を好きになったことがないんだ」
女子生徒は目を見開く。そんなに私が言った言葉は驚くものがあったのだろうか。私は当たり前のことを言っただけだ。
私の目の前から走り去る女子生徒を見つめながら、不思議で堪らなくて首を傾げた。