01 「あぁ、彼のストーカーになりたい」
私は彼が好きだ。
染めもしない綺麗なすらりとした黒髪も好きだ。光の加減で黒に見えたり茶色に見えたりする瞳も好きだ。すらっとした体格なのに意外にも筋肉が付いているところも好きだ。
彼は異性からモテる。その素晴らしい容姿も私は大好きだ。
陰から隠し撮りをした彼の後ろ姿の写真をニヤニヤと怪しい笑みを浮かべるぐらい彼が大好きなのだ。
いいや、後ろ姿だけでも十分美味しいが横顔も正面からも、上からでも下からでも、彼だったらどんなところからでも美味しいんだ。私はどこでも彼なら美味しく頂くことが出来る。
どんだけ私が彼が好きかなんて、その話だけでは分かるはずもない。写真なんて序の口だ。
彼が落書きして捨てた紙、使い切ったノート、ぐしゃぐしゃに丸められたちり紙、身長が高くなって着れなくなった服。全て全て、私は大切に数多くあるゴミから引っ張り出した。
「なんて、出来たらいいのになぁ……はぁ」
そう、さっき心の中で言っていたことは私の妄想である。いいや、さっき言ったことで一つだけ真実はある。それは隠し撮りをした後ろ姿の彼の写真だけだ。
後ろ姿の写真を何枚も焼き増しして、それを舐めるように見つめるのが私の日課だ。焼き増しした分だけ使い用があるのだ。
一つは手帳に挟め、いつでも観れる用。一つは常に側にいてくれるように写真を小さくして頭から下げる写真入れに入れる用。一つは風呂場でも眺められるようにする加工用。一つは寝ている時も夢で逢えるように枕の中に入れる用。
いろいろありすぎて全部を言うのには時間がかかる。そんぐらい数多く焼き増しをしているんだ。たった一つしかない彼の後ろ姿の写真を。
「ふふふ、あぁ……彼のストーカーになりたい」
彼のストーカーになればどんなにいいことが待っているのか。考えるだけで体が熱くなってくる。
私が妄想したことをしてもいいだろう。たった一つしかない後ろ姿の写真だけではなく、いっぱい見つからないように隠し撮りをしていいだろうか。
火照った体を冷ますために風呂場で冷たいシャワーを浴びる。今は夏になりかけているといっても冷たいシャワーを浴びると風邪を引いてしまうかもしれない季節なのに、私には関係がなかった。とにかく、火照った体をどうにかしたい一心だった。
勿論のことだが、私の手元には一枚の水に濡れもいいように加工された写真があった。
「あぁ……ストーカーになりたい」
この行為こそが既にストーカーだろ!とツッコミがくるかもしれないが、私はそうは思わなかった。
ストーカーなるもの、ストーキング対象者の跡を付けるべし。対象者の家を知り、ゴミ置き場を知り、対象者が使って捨てたものを集め、一人でニヤニヤする。対象者が危なくないように家を出たら護衛してあげて無事に家に着くまで見届ける。毎日のように対象者には贈り物をする。
時にはご褒美といって、対象者がお風呂に入ってるところを覗き見したり。
「あぁ……ストーカーってなんて素晴らしいものなの」
うっとりと自分自身を抱き締める。彼の後ろ姿の写真はちゃんと胸に抱き締めている。
彼の写真はどんなことがあろうとも常に持っている。持っていなければ落ち着かないし、私が私ではなくなるのだ。
妄想は膨らむほど体は熱くなる。それはもう冷たいシャワーでも体が冷めないくらい熱い。
意味がないシャワーを止め、私は風呂場から出る。服を着て、外に行く準備を進めた。
今は夜だ。明日は学校が休みだから遅くまで起きていても大丈夫なんだ。いいや、彼のためなら寝ないでも大丈夫だ。
「夜の彼はどんな感じかな?」
不気味な笑いを浮かべ、私は外へ行くために玄関のドアを開く。そこは未知なる世界の扉のように感じた。
外に出てぷらぷらと夜道を歩き出す。最初に言っておくが私は彼の家がどこにあるか分からない。ストーカー失格だ。
だが、それには理由がある。私は本当の彼のストーカーになるために放課後の彼を付けようと何度も試みた。それが全て失敗に終わっているのだ。
彼を付けようとするが、すぐに彼を見失ってしまう。一体どこに行ったのか、何度も何度も辺りを走り回るがどこにも彼の姿はない。
昼間はそうなるのだから夜こそは大丈夫だ。何を根拠に大丈夫なのかは分からないが、昼間駄目なら夜しかないと思っている。
少しくらい怪しい動きをしても夜なら暗いし、彼の家を探すことくらいは出来るだろう。家の表札を見ながら歩けば、きっと見つかるはずだ。
「ふふふっ、待っていてね。私の王子様」
写真に写る彼の後ろ姿に恋慕の感情を抱き、胸に抱き寄せる。心がぽかぽかと温まるのを感じた。
何時間もずっと家の表札を見ていた。それなのに彼の名字はない。あとどれくらいで見つかるのかと思うと嫌になってくる。
そんな自分の気持ちを振り切るためにパチンッと自分の頬を勢いよく叩く。そうすれば目が覚めるのだ。
「さぁ、探してみせましょう!」
私がいつでも彼を見守れるように家を見つけるんだ。
あぁ、彼を見守れると思うだけで素晴らしい気持ちになれる。体が火照り、何度も彼の写真を体に擦り付けた。
「あぁ、気持ちいいよ……ふふっ」
夜の住宅街で私は不気味な笑いを浮かべるのだった。