幸せの在り方~もう1つの世界~
突然の大雪。
その日、街の交通機関はマヒした。
「雪・・・すごいわね」
窓の外を眺めながら椋に向かって呟く。
「うん・・・」
椋は趣味のトランプ占いをしていた。
「・・・あっ」
何を占っていたのかはわからない。
でも、悪い結果が出たことは声のトーンでわかった。
何か。
何か、良くないことが起きる。
根拠のない不安が心に積もっていく。
まるで街を覆う雪のように・・・
渚の出産と訃報を聞いたのはその数日後だった。
私と椋は抱き合い涙した。
大切な友人がいなくなってしまったことに。
何より、朋也の気持ちを考えると涙が止まらなかった。
陽平やことみたちとは定期的に会っていた。
でも朋也とは・・・
何度かみんなで朋也の部屋を訪れる話をしたことがあった。
ただ顔を合わせた時に何て言えばいいのか・・・
誰にもわからなかった。
仕事は続けている。
その情報だけがせめてもの救いだった。
地元の保育園に就職してどのくらいたっただろか。
見慣れた人が園を訪れた。
早苗さん。
渚のお母さんだった。
そして、連れられて女の子が一人。
名前は岡崎汐。
渚と朋也の娘。
早苗さんから1つ約束された。
いずれ朋也が園に顔を出します。
だからそれまで汐には何も言わないで欲しい、と。
汐ちゃんが5歳の夏。
その時は訪れた。
ボタンと遊ぶ汐ちゃんの傍らにたたずむ男。
朋也だった。
いろいろとあったのだと思う。
でもちゃんと戻ってきてくれた。
嬉しさで目頭が熱くなる。
「岡崎汐ちゃんのお父様ですね。
汐ちゃんの担任の藤林杏と申します」
朋也の背に向けて改まった挨拶で声をかける。
「心配かけたよな、ごめんな」
ボタンと戯れる汐ちゃんを眺めながら朋也が謝る。
「もう解決したってわけよね?」
あえて口に出すことで実感を得る。
「何かあったら相談してよね」
お世辞とかそんなんでもなんでもない。
純粋な本心だった。
「お姉ちゃん、何か良いことあったの?」
家に帰って来た椋が訪ねてきた。
「え?なんで??」
「なんかね、すっごい嬉しそうな顔してるから」
椋に言われるまで自覚はなかった。
汐ちゃんの送迎に園を訪れる朋也。
朋也は汐ちゃんのパパ。
そして、大切な友達の旦那さん。
頭ではわかっている。
でも・・・
朋也と話ができるのが嬉しかった。
春。
高校の時のメンバーで集まった。
もちろん、朋也と汐ちゃんも一緒だった。
「再婚とか考えないわけ?」
相変わらず空気の読めない陽平が唐突に朋也へ問いかける。
「・・・」
場が静まりかえる。
拳を握り、照準を陽平に合わせる。
「俺は・・・俺は、渚以外考えられない・・・かな」
朋也の答え。
なぜか胸が苦しくなった。
わかっていたこと。
でも、いざ本人の口から聞くと・・・
やっぱりつらい。
「・・・お姉ちゃん?」
椋が心配そうに声をかけてきた。
私としたことが顔に出してしまっていたのだろうか。
「な、なんでもない」
明るく振る舞って、取り繕う。
「お姉ちゃん、入ってもいい?」
部屋の扉がノックされ、続いて椋の声が聞こえた。
今さらと言わんばかりの態度で椋を迎え入れる。
・
・・
・・・
沈黙が続いた。
椋は気が付いているのかもしれない。
私の気持ちに。
「お姉ちゃん・・・岡崎くんのこと・・・」
椋が控えめに話しかけてきた。
「・・・うん」
全てを聞く前に答える。
「でも・・・それって・・・」
「渚を裏切ることになるのもわかってる。
朋也を困らせることになるのも。全部わかってる」
自分に言い聞かせるように声を出す。
「でも、でも、朋也しか見えないの。ダメなの・・・」
かつて椋が朋也に思いを寄せていた。
そして、椋はちゃんと失恋できていた。
私もそのつもりだった。
テニスコートから渚を保健室へ連れて行く朋也の姿を見た時に。
ちゃんと失恋できていた。
はずだった・・・
でも・・・
渚の訃報を聞いて5年。
ずっと朋也のことばかり考えていた。
きっと軽蔑されてしまう。
だから私はずっと心にしまっていた。
だけど・・・
溢れ出した想いはどうすることもできなかった。
休みの日。
気が付くと古河パンの前に立っていた。
「あら?」
私の姿に気が付いた早苗さんが声をかけてきた。
「・・・渚に線香をあげたいんです」
嘘ではない。
でも、とっさの言い訳だった。
「渚・・・私、最低だよね」
仏壇にある渚の写真に語りかける。
「でもね。朋也の苦しんでる姿はもう見たくないの」
返事はない。
当然だ。
でも、話を続ける。
「あんたがいなくなって、朋也も汐ちゃんも一生懸命生きてるの」
一言一言想いをこめて。
「だから、私が支えになってあげたいの・・・」
ずるい女。
最低な女。
自分で思う。
渚に報告した後、早苗さんへも伝えた。
素直な気持ちを。
「・・・渚の分も幸せになってくださいね」
どんな気持ちでこの言葉をくれたのだろう。
早苗さんの優しさが身に染みる。
「私・・・最低な女ですよね」
涙が頬をつたう。
「でも、ダメなんです。朋也のことあきらめられないんです」
両手で顔を覆う。
ポン。
早苗さんの手が優しく頭をなでる。
「苦しかった・・・ですよね。今まで。
あとは汐ちゃんと朋也さん次第です」
早苗さんの優しさを感じれば感じるほど渚への罪悪感が膨らむ。
一週間後の休みの日。
駅前の喫茶店に呼び出されていた。
朋也と一対一で。
早苗さんが気を使って汐ちゃんを預かってくれたのだろう。
「で、話ってなんだ?」
特別話は聞かされていない様子で朋也が訪ねてきた。
私は一言一言。
ゆっくりと朋也へ想いを伝えた。
「渚を裏切ることになっているのはわかってる。
でも、それ以上に朋也の隣にいたいの。
朋也の隣で笑っていた渚はいないの。
渚の代わりでもなんでもいいの。
私を朋也の隣にいさせてほしいの」
朋也を困らせることはわかっていた。
でも伝えなければいけなかった。
自分自身がちゃんと失恋できるように。
「気持ちは嬉しい。でも、やっぱり俺は・・・」
朋也の返事はわかっていた。
「それでもいいの。お願いだから傍にいさせて・・・」
自分でも意味が分からない。
でも、想いが溢れ出して言葉が止まらない。
「ずっと二番目なんだぞ?」
「周りからいろんな噂されちまうぞ?」
そんなのは承知している。
それでも一緒にいたいと思うから・・・
気持ちを伝えたのだから。
翌日。
朋也は自然に接してくれた。
まるで何事もなかったかのように。
「「ごめん。なかったことにして」」
口にするのは簡単だったんだろう。
でも、それを口にすることで朋也を更に苦しめることになる。
朋也はそんな人間だった。
だから私も何も言わずに、自然に接した。
9月9日。
朋也に呼び出された。
古河パン。
渚の家に。
「こ、こんにちわ」
少し緊張して、思わずどもる。
「は~い」
中から早苗さんが出向いてくれた。
そして奥の部屋に通された。
そこには、朋也と汐ちゃん、秋生さんの姿が。
お茶を運んでくれた早苗さんが座るのを待って朋也が切り出した。
「おっさん。早苗さん。汐。俺、こいつと再婚しようと思う」
「・・・渚のことはどうするんだ?」
秋生さんが低いトーンで尋ねる。
「忘れたいとか、過去にするとかそんなんじゃない」
朋也が答える。
「今まで3人で頑張ってきた。そこに杏が加わる。ただそれだけだ」
「・・・女たらしですねぇ、朋也さんは」
朋也さんなら大丈夫、と続けて早苗さんが言う。
「私も、私も、渚は大切な友達だから。
だから、あの子が残した幸せを護りたいんです」
気持ちが先行して、意味が分からない。
でも、理屈じゃない。
本当にそう思うから出てきた言葉。
「汐ちゃん、一緒に園まで行こう」
朝食の時に汐ちゃんを誘う。
「うん。杏ママと一緒に行く」
「じゃあ、帰りはパパが迎えに行くからな」
「パパとお家に帰らないで杏ママがお仕事終わるまで保育園にいる」
「振られたぞ・・・渚ぁ・・・」
自然な会話。
私は今、朋也と汐ちゃんと、渚のアパートに一緒に住んでいる。
名前も藤林から岡崎になった。
私は藤林のままでもよかったと思っている。
でも、世間体を気にして籍を入れることを早苗さんにうながされた。
汐ちゃんのこともあるのだろう。
私は素直にそれを承諾し、受け入れた。
アパートの表札には岡崎朋也、渚、汐、杏の文字。
私たちは三人に戻ったのではない。
四人で生活を始めたのだ。
「保育園まで一緒に行くか」
朋也の提案でみんなで部屋を出る。
朋也の右手と私の左手を握る汐ちゃん。
「ねぇ、パパ。なんでパパは指輪を両手にしてるの?」
左手と右手の薬指にある指輪に疑問を感じた汐がたずねる。
「左手はママのものだもん。だから、杏ママが右手なの」
朋也の代わりに私が答える。
「ふ~ん・・・」
なんとなく首をかしげながら汐ちゃんが答えた。
朋也と私の右手に光る指輪。
朋也の左手の指輪ほど輝いてはいない。
でも、それだけで十分だった。
渚。
私、あなたの代わりにはなれない。
でも、あなたが守りたかったもの。
代わりに守っていくから。
あなたが愛した人を。
私もずっと愛していたから。
彼が用意してくれた私の場所で。。。
END
杏にも幸せになってほしい。
でも、渚と汐のことは「なかったこと」できない。
そんな思いで書き上げた作品です。
本作の雰囲気を少しでも味わっていただければ嬉しいです。