朝飯前の冒険
井戸から汲み上げた冷たい水で顔を洗い、まだ薄暗いうちに宿屋を後にする。
シンは冬の朝の澄み切った空気が好きだ。
「さあて。どんな旅になることやら」
ドアを出た途端、この冒険の波乱を示すかのように、敵が姿を現した。
「ずいぶん早い出発だな」
行く手を塞ぐのは、いかつい男。肩にはトゲトゲの防具を付け、力自慢するかのように重そうな鉄球を振り回している。
「お前こそ、早起きじゃないか」
シンは手に持つ幅広の大剣で相手を指す。
「朝早ければオレ達に出会わずに済むと思ったのか?腰抜けめ」
男は鉄球をブンブン音が鳴る程に早く振り回しながら、近付いてくる。
シンはニヤリと口の端だけ上げて、事も無げに鉄球をかわす。
「お前はまだ寝てろ」
男はあっけなくシンの大剣に腹を斬られて倒れた。鉄球がゴロリと転がる。
「うぐっ」
「おやすみ」
シンはひらひらと手を振ってその場から立ち去る。
オレンジがかったピンク色の空。朝焼けに照らされる美しい草原。
景色を楽しむ間も無く、すぐに行く手に敵の姿が見えた。
「おはようございます!朝からあなたに会えるなんて、素晴らしい一日になりそうです!ああ。本当に素晴らしい!」
両手に短剣を持って、騒がしく向かってくる。
「はいっ!お命頂戴いたします!」
シュッシュと短剣がシンの顔をかすめる。
「…まったく、朝から騒がしい…」
シンはため息をついて大剣でそれを受けとめ、敵をはじき飛ばした。
「なかなかやりますねえ」
嬉しそうに笑いながら近付いてくる男に、シンは静かに一太刀浴びせる。
胸を斜めに斬りつけられ、血しぶきをあげながら男は倒れた。
「うぎゃあぁっっっ」
「本当にうるさい奴だ。静かに眠れ」
シンは振り返りもせずに歩き出す。このまま行けば、朝のうちに次の街に辿り着けるだろうか。
ドカーンッ
突如、足元で爆発が起きた。視界の右端で何かが動く。
岩陰から小柄な男が顔を出し、手榴弾を投げつけてくる。
「一人か…?」
シンは周囲を注意深くうかがう。
ササッ
微かな音に、敵がもう一人居ると気付いた。
「左か…?」
少し右に体を動かすと、予想通り左の岩陰からも手榴弾が飛んでくる。
左右からひっきりなしに起こる爆発。辺りは煙でいっぱいになる。
シンは目を閉じ、気配を頼りに敵の居場所を探り当てる。
「まずはお前だ」
右の敵から切り崩し、次は素早く左へ。
「二人仲良く、おねんねしな」
先程斬った男と全く同じ顔をした男。同じように驚いた表情のまま崩れ落ちた。
気付けばすっかり夜は明けてしまった。足早に進む。
ザワザワ
風と共に草が波のようになびく。強い日差しの下で何かがキラリと光った。
目をこらすと、そこにはスピアを持った細身の男が立っている。
「待ちくたびれたぞ。ここまでずいぶんと時間が掛かったじゃないか」
無表情に言い放つ男の白い服がまぶしい。
「散歩を楽しんでいたんだ。害虫を退治しながらだったから少し時間が掛かったよ」
シンも表情を変えずに応える。
対峙するだけで額に汗が滲む。これまでの敵とは明らかにレベルが違う。
じりじりと間合いを詰め、一歩また一歩と近付く。目を離した負け。油断は命取りだ。
勝負は一瞬。
一撃で全てが決まる。
相手をスピアを引いた瞬間に、シンは大剣を前へと突き出した。
「くっ」
深く刺さった大剣を抜く。相手は腹を押さえながら睨み付け、最後の力でスピアを振る。
「つっ」
スーッとシンの左腕を血がつたっていく。
「腹減ったなあ」
シンは血の流れる腕をそのままに、大きく伸びをした。
敵の消えた目の前には、目的の街が広がる。
太陽はもうすぐ真昼になると知らせている。
字数制限のある投稿だったので、ちょっと最後が消化不良かなあ。書いてから数か月経って改めて見ると、反省点がいろいろ見つかりますねえ。