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魔法少女は僕のエクスカリバーを求めない。  作者: 大岸 みのる
第一章:僕の股間は聖剣のようです。
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・二人が目覚めたそうです。

 風が舞う中。桜子は浮遊を徐々に始める。ゆっくりと上昇していく姿に魅入るように睨んだ美花。


「……珍しいわね。桜子ちゃんが本気を出すなんて」

「ええ。最も私事に関して本気はあまり出しません。ですが、お兄さんが関わっているのなら話は別です。それに、あなた相手では本気を出さなきゃいけないようですし」

「そう思ってくれるのなら光栄よ。桜子ちゃんッ!」

 

 吹き荒れる風の中を瞬間移動にも劣らない動きで駆けだした美花。その瞬発的な速度は一般人の目では絶対に追えない。

 その動きで、桜子の元へと駆けだす美花は掌に、魔力を溜めている証拠である紫色のオーラが零れる。

 レベル9の第四位である美花が扱う属魔法は炎。桜子にとってそれはとても相性の良い相手であった。


 属魔術には多彩な属性がある。魔法科高校に通う生徒は、一学期に自分に合った属性を決められるのだ。主に魔法科高校で教えられる中で一番威力の高い魔法は三タイプの中では属魔術。桜子はその属魔術において最強クラスとも言える。

 その属魔術は基本的に一人一つしか属性を使う事ができない。それ以上を使おうとすると脳に甚大なダメージを生み、魔法少女としての能力を損失してしまう恐れがある。

 

 光速や音速の類で走る美花は右掌から炎が溢れ始める。明らかにその炎は宙に浮いている桜子へと向けられた殺意のあるモノだ。

 風を纏い、空中に停滞する桜子も同じように右掌から魔力を滲ませる。魔力が次第に風へと変わり、濃密な風が張り巡らされた弾が出来上がる。濃密に練られた風の弾はおよそハンドボールの大きさと変わらない。

 美花は掌に溜めた炎を桜子めがけて掲げる。

 掌の中心から溢れだすのは火柱。その太さ・長さは保存大樹と称しても何ら違いはない。

 炎の大柱と化した美花の魔法が迫ってくる中で、桜子は自らを纏わせている風をさらに強め、風に防御命令を下す。

 直撃した炎は桜子の周りを徘徊する風を焼き尽くしていく。主に空気中の酸素を含む桜子の風防御には、効果的だと美花は睨んでいた。

 だが、全ての炎の大柱が桜子めがけて走り終えても、桜子の焦げた姿は見えない。

 全ての炎が手中から消えた美花。炎が空気中からも消えると、桜子の風防御壁は全く崩されていなかった。それどころか、桜子は笑みを浮かべながら、美花に向けて言葉を放った。


「それがレベル9第四位の力ですか?」

「これだけだと思わないでほしいわ!」


 美花の悔しさが強く含まれた眼差しを受けた桜子は、優越感に浸っていた。

 それもその筈で、この桜子も本来の実力ならばこの程度で終わる筈がない。彼女もまたレベル9で桜子の次に強い人間なのだ。噂に聞いていた戦い方は、美花の長所は幻魔術系統の魔法を得意とした人間である。実戦において、本来の美花ならば昴会長の能力を奪い取るような事はせずに、むしろ二対一で桜子相手には襲いかかってきた筈だ。

 桜子は、兄――海斗を狙う黒幕は別にいるのだと判断した。美花を操るのはとてもじゃないが、他に思い当たりそうな節はない。他のレベル9達も、桜子と同じように属魔術を得意とするのが大半であり、レベル9で幻魔術や体魔術を扱うような人間は逆に珍しい。


 ――――学園島の外部の人間? それとも、四月朔日さんに直接状態異常を起こした人がいるとも……。

 

 一度冷静になった桜子は、一先ず怒り狂った美花に視線を落とした。

 だが、そこには美花の姿はなく、すぐ背後に聖剣エクスカリバーを両手で構えた美花の姿があった。燃えるような赤眼が桜子を睨み、白金の刃が桜子を襲おうとしている。

 躊躇せずに振り下ろされるエクスカリバーに桜子は咄嗟に、今まで溜め続けていた濃密な風の弾を美花に向けて撃ってしまった。


 ――――狙いを外した!?


 元々殺す気はなく、この風圧凝縮弾も美花自身に当てるつもりはなく、ただの挑発の意味で溜めていたものだった。だが、濃密に溜め続けてきた風の弾は、美花に放たれた。

 咄嗟に聖剣エクスカリバーで防御する美花。激しい風が美花を襲う。

 綺麗な銀色のポニーテールは風で揺られ、一房に束ねていた紐のシュシュがちぎられる。

 その瞬間、美花の長い髪が露になり、風で乱暴に暴れ始める。

 赤い眼は既に桜子を睨んでいなかった。いや、逆にこの状況に酷く動揺していた。


「くっ!? な、何で私が……!?」


 我に返った美花。というか、桜子の知っている美花に戻っていた。

 元来、四月朔日 美花は優しくて、料理も家事も何でもできるその名前の通りの性格である。しかし、兄・海斗に関してはお節介ばかりを働かせて来て、中学の時点では毎日一緒に登校している仲になっていた。

 海斗の事になると、桜子相手でもめげない美花は、戦っていた先刻の状態の方が少々素であると言えた。

 

「これ……どうやって止めるのよッ!」

「落ち着いて四月朔日さん。あなたならやれるわ」

「そんなこと言っても……って桜子ちゃん!?」

「こうなった状況は後で話すので、とりあえず私の攻撃を受け流すことに集中してください」

「わ、わかったわ……ッ!」


 美花はエクスカリバーを横に構え、桜子の濃密な風魔法を受け続けている。歯を食いしばり腕を真っ直ぐに伸ばす美花。必死に抗う姿は、不謹慎ではあるが、桜子にとっては滑稽であった。今まで散々桜子に対して勝利の笑みをこぼし続けてきた相手は今、桜子の手によって多少状況は違えど、苦痛の表情を浮かべている。

 一瞬、このまま邪魔者である美花を消してしまってもいいかな、なんて考えが脳裏を過るけど、そんなことをしたら兄に怒られそうなので思考ごと掻き消した。


 ――――それにしても、シュシュが取れたら元に戻るってことは、呪われたシュシュでもつけてたのかしら。

 

 シュシュが外れる、または破壊されることによって、多少の違和感を放っていた美花は我に返った。という事は、黒幕か何かにシュシュを渡されてつけたのか。あるいは、シュシュをつけている美花が何者かに呪いをかけられたのか。そのどちらかしかなさそうではある。


「くっ……レベル9を舐めるんじゃ――――ないわよッ!」


 勢いをつけた美花は、桜子の魔法に見事抗って見せた。全身から迸る魔力を見る限り、抵抗している間に体魔術を使用したのだろう。

 消した筈の『このまま死ねばいいのに』という思考が結局蘇ってきた。それだけ桜子の中では美花は天敵なのであろう。

 

 黒幕が分からないまま、二人の戦闘は引き分けという形で終了し、手当や魔法による屋上のコンクリートの修理により、日が落ち出して真の夕焼けとなった。全ての作業を終えた二人は屋上にて腰を下ろす。

 とりあえず、兄に聖剣を戻すのは、起きてからにしようという話になった。


「それにしても久し振りね、桜子ちゃん」

「ええ、魔法学園島に住んでいたのは知っていたのに、今まで会いませんでしたからね」

「あ、あははは……」


 愛想笑いをしながら、兄の方へと視線を向ける美花。彼女もまた桜子がこの魔法学園島に住んでいるというのは知っていた筈だ。それでも会いに来なかったのは、何かしら会いにくい理由があったに違いなかった。そして、それは桜子も同じである。できるだけ、この島に来たからには美花の顔など見たくなかった。理由は簡単で、美花は絶対に兄の事が好きだからである。

 もちろん、桜子は美花の事を認めている。といっても能力的な面だけだ。それ以外は桜子にとっては嫌な部分ばかりだ。いつも説教をする美花に桜子は参っているのもある。

 色んな嫌いが混じり合って桜子と美花は仲が良くなかったのだ。それは今も同じで、これ以上会話は続かなかったし、続けたくもなかった。

 

「ん……」

「あ、海君!」


 目を覚ました兄が身体をゆっくりと起こした。後頭部を抑えているところを見ていると、どこか打ってないか心配である。

 そこに美花が抱き付く。ガバっという物音をたてながら涙目でハグを交わす。

 

 ――――やっぱりさっき、殺しておいたほうが良かったかな。


 腕組をしながら、ムスっとした顔を作り出した桜子。

 早く兄から離れろと思いながらも、桜子は美花に悪態を突くことができなかった。いつもなら平気でできたことなのに、今だけは桜子は美花の事を攻撃することができなかった。

 いや、やろうと思えばできるんだろうが、桜子の心の中にある何か(・・)がズキズキと痛みを生み出し、その場から逃げたくなっていた。

 見ているのも辛くて、すぐに踵を返そうとした時に、兄は桜子を呼んだ。


「桜子!」

「……お兄さん?」

「あ、本当に良かったぁ……。夢の中で桜子が殺されちゃって、僕どうしようかと思ってたんだよ……」

「わ、私が死んだ? ……随分悪趣味な夢を見てたんですね、お兄さん」

「え!? あ、ごめん。だけど、桜子が無事で本当に良かった!」


 向日葵のような笑顔。思わず桜子は自分の胸を抑える。

 

 ――――なんでだろう。今までお兄さんの笑顔なんていつも見てきたのに、なんで今日はこんなに心臓の音がうるさいの?

 

 よくわからない感情の湧き上がりに、桜子は躊躇う。だが、こちらに近づいてきた兄が桜子の頭を撫でた。

 

「顔、赤いよ? 夏風邪かな?」

 

 そう呟きながら、兄は桜子の額に、自らの額を押し付けた。

 これは単純に熱の温度を計っているだけの行為なんだけど、桜子は急速度で高鳴る心臓の音を必死に消そうとしていた。


 ――――いや、消えて! っていうかお兄さんもそんなに近づかないでよ! でも、なんで何も言えないんだろう……。ぅ――――恥ずかしいょ……。


 心の中で、真っ赤な顔をした自分を散々殺そうと思いながらも、心臓の鼓動を遅める事ができなかった。

 いや、出来たとしても、またすぐに上がるのは何故か確信していた。

 

「海君? いくら桜子ちゃん相手だからって、もう高校生でしょ? そこまでベタベタしてたら変よ?」


 口端がひくひくと吊り上がっている美花。兄の後ろに身を潜めながらも、桜子に対しては敵意をむき出しにしていた。その引き攣った笑いを見た桜子は、嘘を吐くのが下手なんだなと思った。


「あ、ごめんね桜子。僕がちょっと不謹慎だったかもね。桜子も良い大人だし、恥ずかしいよね?」

「え!? え、えーっと……た、確かにそう……かも?」

「疑問形?」

「ぅ……」


 桜子は兄の片手を、両手で包み込むように握る。


「わ、私は……そ、そそのいつまでも、お兄さんの妹ですよ?」

「ん? もちろんそうだね」

「だ、だから、もう少しだけ……このまま……」


 瞳を閉じた桜子は、兄の手を握りしめたまま幸せそうな顔をした。それは本人だけではなく美花や兄は分かっていた。

 それが気に食わない美花が、桜子と兄の間に現れ、繋がれた手を引き裂いた。


「とりあえず! 先に海君を男に戻しましょうか!」


 久し振りに触れた兄の手は、暖かかった。

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